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元帥


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元帥(marshal,general)とは、

  1. 軍隊の階級の一名称。兵士・士官・尉官・佐官・将官のさらに上位に位置し、将官とは一線を画している。
  2. FPSの最高階級の称号。これは後述のアメリカの元帥にちなむ。
  3. OVA銀河英雄伝説」に登場する。→元帥(銀河英雄伝説)
  4. に「演奏してみたカテゴリ投稿しているドラマー。→元帥(yutori)
加筆依頼 この項は急造されたために内容が中途半端です。
調べものなどの参考にはなりますが単なるまとめであり絶対的に内容が不足しています。
加筆、訂正などをして下さる協者をめています。

概要


元帥
大将
中将
少将
准将
大佐
中佐
少佐
大尉
中尉
少尉
准尉
曹長
軍曹
伍長

その名の通りの最上級の階級であり、もはやと同じぐらい想像もつかない高みにある階級…かもしれない。
何しろ元帥のが、インドから中国仏教が伝わった際の「大元帥明王(atavaka)」、国家鎮護の明王から取られているのである。

あまりにも高すぎる位であるため、通常は「陸軍~」「軍~」「軍~」のように単なる軍組織のトップであることを示す名称であることが多く、統合的な元帥位は通常ない。また元帥の更に上に大元帥が置かれることもあるが、大元帥と元帥の権の違いなんてもう各軍隊に知悉していないと理解できないだろう。

また、元帥はその権を端的に示す「元帥日本では元帥)」を授けられることが多い。


各国の元帥


日本大日本帝国)では明治期に近代式軍隊理論の導入にともなって創設され、明治5年(1872年)、西郷隆盛が陸軍元帥(兼・参議)に任命された。しかし明治6年(1873年)、官制正によって元帥は止され、西郷は陸軍大将となった。
明治31年(1898年)元帥府条例の施行により元帥位が復活。大元帥天皇に対する軍事上の顧問として、陸軍の大将で「老功卓抜ナル者」に授けられる称号となった。東郷平八郎山本五十六はこの意味での元帥である(ただし山本五十六は死後に追贈)。注意すべきは、この「元帥」は階級ではなく称号なので、「軍元帥・東郷平八郎」といった呼称は正確ではなく、「元帥大将東郷平八郎」という「元帥の称号を持つ東郷平八郎大将」の意味での呼称が正しい。
1945年に元帥位はされ、自衛隊においても元帥に当たる位は設定されていない(ただし統合幕僚長(2006年まで統合幕僚会議議長)という軍事的権を持たない最高官位がある。また、自衛隊の最高揮権は現職総理大臣が担う)。

英語における元帥、marshalgeneralは少々事情が異なる。
イギリスにおける元帥(marshal)は常時任命されることはなく、あっても有事の際に国王が就くぐらいである。
アメリカにおいてはmarshallという極めて似たが既に人名(元帥叙任が有視されていた陸軍大将)としてあったため、大将の上位に「general of army」という階級を設けた。
なお、両軍においても、軍の元帥は「admiral of fleet/navy」で通している。

ドイツドイツ民主共和国)にも元帥位はあるが、やはり有名なのはドイツドイツ第三帝国における元帥であろう。
ドイツにおいては電信を積極的に活用電撃戦の元を築いたヘルムート・フォン・モルトケ大モルトケ)や"最後のオーストリア皇帝"フランツ・ヨーゼフ1世、対侵攻作戦「シュリーフェン・プラン」の発案者アルフレート・シュリーフェンなどが存在する。
第三帝国においては初代元帥ヴェルナー・フォン・ブロンベルクを始めとして、"砂漠"エルヴィン・ロンメルや"最も恐るべき敵"エーリッヒ・フォン・マンシュタイン、軍の創設者ヘルマン・ゲーリングなどが任命されている。なおかの有名なルーデル閣下大佐止まりである。

ソ連赤軍における元帥は「Маршал Советского Союза」といい、ソ連邦元帥と訳される。陸軍の場合は「ソ連邦元帥」そのままだが、軍の場合は「ソ連軍元帥」、軍は「航空元帥」がそれぞれ同格者となる。さらに上位者としてヨシフ・スターリンが「ソ連邦大元帥」を自らに任じたほか、航空総元帥・砲兵総元帥・装甲戦車兵総元帥・工兵総元帥・通信総元帥という5つの兵科総元帥の階級が40年間にわたって存在した。


元帥の一覧(日本)


陸軍元帥(旧制)

任官者 任官日 官歴・功績等
西郷隆盛 明治5年(1872年)7月29日 参議(兼職) 維新元勲 薩摩
明治6年5月、元帥止→陸軍大将

元帥陸軍大将

受勲者 叙勲日 官歴・功績等
小松仁親王 1898年明治31年)1月20日 皇族 参謀総長 近衛団長
日清戦争で征清大総督
1898年明治31年)1月20日 元老 公爵 長州閥 参謀総長
第3代・第9代内閣総理大臣
日清戦争で第1軍
日露戦争で参謀総長
大山 1898年明治31年)1月20日 元老 公爵 薩摩閥 参謀総長 内大臣
陸軍大臣(伊藤黒田・山内閣
日清戦争で第2軍
日露戦争満洲総司令官 
1906年(明治39年)1月31日 侯爵 薩摩閥 近衛団長
日清戦争で第5師団長→第1軍
日露戦争で第4軍
保鞏 1911年明治44年)10月24日 伯爵 非・長(小倉) 参謀総長
日清戦争で第5師団長
日露戦争で第2軍
長谷川 1914年(大正3年)1月6日 伯爵 長州閥 参謀総長 朝鮮総督
日清戦争歩兵第12団長
日露戦争近衛団長
伏見宮貞親王 1914年(大正3年)1月9日 皇族 内大臣
日清戦争歩兵第4団長→第1団長
日露戦争で大本営附
川村 1914年(大正3年)1月9日 子爵 薩摩
日清戦争近衛第1団長
日露戦争江軍
寺内正毅 1916年(大正5年)6月24日 伯爵 長州閥 陸軍大臣 朝鮮総督
第18代内閣総理大臣
日清戦争で運輸通信長
日露戦争で陸軍大臣(内閣
閑院宮載仁親王 1919年(大正8年)12月12日 皇族 参謀総長
日清戦争で第1軍部附
日露戦争騎兵第2団長
上原勇作 1921年(大正10年)4月27日 子爵 薩摩閥(薩摩日向・都
参謀総長 教育総監
陸軍大臣(西園寺内閣
日清戦争で第1軍参謀
日露戦争で第4軍参謀長
久邇宮邦
(没時追贈)
1929年(昭和4年)1月27日 皇族 近衛団長 昭和天皇(香皇后
梨本宮守正王 1932年(昭和7年)8月8日 皇族
武藤信義 1933年(昭和8年)5月3日 男爵(没時追贈) 非・長(佐賀
教育総監 関東
寺内寿一 1943年(昭和18年)6月21日 伯爵(寺内正毅長男) 長州閥 教育総監
陸軍大臣(廣田内閣
支那事変で北支那方面軍
大東亜戦争南方
杉山 1943年(昭和18年)6月21日 非・長(福岡県小倉) 参謀総長 教育総監
陸軍大臣(近衛・小磯内閣
大東亜戦争で参謀総長
俊六 1944年昭和19年6月2日 非・長(旧・会津) 教育総監 従武官長
陸軍大臣(阿部内閣
支那事変支那派遣総司令官

元帥海軍大将

受勲者 叙勲日 官歴・功績等
西郷 1898年明治31年)1月20日 元老 侯爵 薩摩閥 内務大臣
軍大臣(伊藤黒田・山方・大内閣
日清戦争軍大臣(第2次伊藤内閣
伊東 1906年(明治39年)1月31日 伯爵 薩摩
日清戦争連合艦隊長官
日露戦争軍軍部長
井上 1911年明治44年)10月31日 子爵 薩摩閥 常備艦隊長官
日清戦争横須賀鎮守府長官
日露戦争横須賀鎮守府長官
東郷平八郎 1913年(大正2年)4月21日 伯爵(没時に侯爵) 薩摩閥 軍軍部長
日清戦争で第1遊撃隊
日露戦争連合艦隊長官
有栖川宮威仁親王
(没時追贈)
1913年(大正2年)7月7日 皇族 東宮(嘉仁親王=大正天皇
伊集院五郎 1917年(大正6年)5月26日 男爵 薩摩閥 軍軍部長 艦政本部長
日清戦争で軍部第一局長
日露戦争で軍部次長
 「伊集院信管」の開発者
伏見宮依仁親王
(没時追贈)
1922年(大正11年)6月27日 皇族 横須賀鎮守府長官
島村速雄
(没時追贈)
1923年(大正12年)1月8日 男爵 非・長(土佐) 軍軍部長
日露戦争連合艦隊参謀長
 →第2艦隊第2戦隊官(日本海戦時)
加藤三郎
(没時追贈)
1923年(大正12年)8月24日 男爵(没時に子爵) 非・長(広島
軍大臣(寺内・原・高橋内閣
21内閣総理大臣軍大臣兼任)
日露戦争で第2艦隊参謀長
 →連合艦隊参謀長(日本海戦時)
伏見宮博恭王 1932年(昭和7年)5月27日 皇族 軍部総長
日露戦争戦艦三笠」分隊長戦時)
山本五十六
(戦死後追贈)
1943年(昭和18年)4月18日 非・長(新潟県長岡) 軍次官
大東亜戦争連合艦隊長官
永野修身 1943年(昭和18年)6月21日 非・長(高知県) 連合艦隊長官
軍大臣(廣田内閣
大東亜戦争で軍部総長
古賀峯一
(殉職後追贈)
1944年昭和19年3月31日 非・長(佐賀県
大東亜戦争連合艦隊長官

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最終更新日: 16/04/23 23:03
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