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北方領土


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北方領土とは、日本列島北海道よりさらに北部における、日本の領土である。
1945年まで日本が統治していたが、現在ロシア連邦により支配されている。

北方領土問題対策協会ホームページ[外部](外部リンク

北方領土 [画像を見る]

北方領土(北方四島)


 一般に「北方領土」とは、北海道の北東部にある

 [画像を見る]択捉島(えとろふとう) [画像を見る](くなしりとう) [画像を見る]色丹(しこたんとう) [画像を見る]舞群(はぼまいぐんとう)

 の群をす用である。太平洋戦争において、ポツダム宣言受諾表明(1945年8月14日ないし15日)後、これらの々に対して侵攻したソビエト連邦(その後継国家であるロシア連邦)による支配が今もって解かれておらず、日本ロシア連邦の間で係争地域となっている。

 ロシア連邦とって北方領土およびその周辺の域は、不凍港(でも面が凍らず使用できる港湾)の設置や、ロシア連邦海軍の艦船・潜水艦の航路、魚介類などの産資海底油田、天然ガスなどのエネルギーの獲得に重要な地域であり、日露間での交渉こそ行われているものの、返還に関して具体的な合意に至っていない。

 現在、北方領土に日本国民が入るためには、ロシア連邦政府の発行するビザ)が必要である。このビザを発行して北方領土に入ることは、ロシアの管轄・領有する地域であると認めているようなものであるため、1989年日本政府民に対してビザ発行による入を控えるよう要請している。

 見るだけであれば、納沙布岬(根室からバス)からよく見える。
 岬の展望台の望遠鏡を使えば、舞群水晶に建つロシアの施設まで見ることができ、いかに近い場所であるかがよくわかる。よく晴れていればも望むことができる。


千島列島


※「千島列島」の記事も参照

 千島列島は、北海道より北東、ロシア領カムチツカ半島にかけての域に連なる、大小30余りや岩礁により構成される列である。1855年の日露和親条約により択捉島が、1875年の樺太千島交換条約によって列全てが日本の領土となっていた。北方と同じく、太平洋戦争でのポツダム宣言受諾表明後にソビエト連邦軍の侵攻を受け、ソ連ロシア)の支配するところとなった。

 サンフランシスコ講和条約により、日本千島列島を「放棄」したことになっている。ただし日本政府は、ソ連が同条約に加わっていないこと、および「放棄」した千島列島の範囲を「得撫以北」だと定義していることにより、択捉島を除く千島列島については「どこのにも属していない」と見做している。また、色丹舞群千島列島ではなく、北海道の付属諸だとしている。

 ソ連サンフランシスコ講和条約に調印していないとはいえ、「得撫以北」については「放棄」したと認めていることから、千島列島全体を領土要・返還交渉の対とする公式な動きは基本的にい。ただし国会に議席を持つ政党の中で、日本共産党千島列島全体の返還をしている。


樺太(南樺太)


※「樺太」の記事も参照

 宗谷峡を挟んで北海道の北に位置する大島樺太サハリン)は、江戸時代よりアイヌ日本人(和人)・ロシア人が雑居する地域となっており、18世紀中ごろから日本ロシアロシア帝国)との間で係争地帯化していた。1855年の日露和親条約ではを画定するに至らず、1875年の樺太千島交換条約によっていったん全ロシア帝国の領土となった。しかし1905年、日露戦争における日本の「勝利」の結果、北緯50度線でが南北分割され、南側が日本の領土となった。

 千島列島とは異なり、ポツダム宣言受諾表明前の1945年8月11日よりソ連軍が北緯50度線を突破。進撃は15日以後も続き、25日までに南樺太全土を制圧。一部の部隊は転進して、択捉島以南の「北方」制圧を行っている。南樺太地域には日本陸軍88師団(兵約2万)のほか約40万人の民間人がいたが、多くが戦闘に巻き込まれ、郵便電信局事件や三船遭難事件戦後シベリア抑留といった戦災を被った(元横綱大鵬は南樺太出身で、ソ連の進撃前に辛くも北海道への疎開を果たした)。1943年に南樺太は「内地」への編入措置が取られていたので、樺太の戦いは「本土決戦」の一部と言える。

 サンフランシスコ講和条約により、日本は南樺太を「放棄」したことになっている。ただし日本政府千島列島と同様、ソ連が同条約に調印していないことなどを理由に、南樺太は「どこのにも属していない」と見做している。が、これも千島と同じく「放棄」したことは認めているので、積極的な領土要・返還交渉の動きはい。千島の返還をしている日本共産党も、南樺太日露戦争という「戦争により獲得した領土」であることを理由に、こちらは返還要の対にはしていない(日本社会党は南樺太および全千島の返還をしていた)。


北方領土に関わる3つの条約



1855年2月7日 日露和親条約(日本国魯西亜国通好条約)


 1855年(安政元年)、日本江戸幕府とロシア帝国により締結された条約である。日本側全権は川路聖謨(勘定奉行)と筒井(大付格)、ロシア側全権はプチャーチン提督1981年昭和56年)、鈴木善幸内閣は閣議了解によって、この条約が締結された2月7日を「北方領土の日」と定めた。(内閣府/北方領土の日)[外部]
 18世紀半ばより接触の始まった日本ロシアとの間で、初めて境線が定められた。

  1. 択捉島と得撫の間をとする
  2. 樺太についてはこれまでどおり日露両民混在の地とする

 樺太について、日本側は後のポーツマス条約時と同じ北緯50度線での南北分割ロシア側はの最南端のアニワ湾(亜庭湾)周辺のみを日本領・残り全ロシア領とすることをし、行線をたどる(ただし路は老中へ宛てた文書で、日本現実に亜庭湾辺りにしか及んでいないことを認め、樺太は放棄しても差し支えないのではないかと言っている)。しかし最終的にはロシア側が交渉の長期化を望まなかったため、択捉・得撫間ののみ確定することとなった。

二条 今より後日本国魯西亜との ヱトロと ウルップとの間に在るへし ヱトロプ全日本に属し ウルップ夫より北の方クリル諸魯西亜に属す カラフトに至りては日本国魯西亜との間にて界を分たす 是まて仕来の通たるへし

 正文は日本語中国語ロシア語オランダ語により作られた。全て有効である。
 ただしこの第二条につき、一部学者からロシア語オランダ語日本語で解釈に齬があると摘されている。日本語「夫より北の方クリル諸とある部分を、ロシア語オランダ語では「残りの、北の方の、クリル諸と読むべきとする・・・すなわち、現在日本政府が言う「放棄した千島列島クリル諸)の南端は得撫」という説と、「択捉・後も千島列島クリル諸)で、ここではクリル諸を択捉・得撫で南北に分けた」と解釈するべき(=「放棄した千島列島」に択捉・後も含む)とする説の対立である。
 日本政府は、日本語訳文も正文なのでこちらのに差支えはないとし、1992年日本語正文の条約文をロシア語翻訳したパンレットを、ロシア内に配布したことがある。


1875年(明治8年) 樺太・千島交換条約(サンクト・ペテルブルク条約)


 が定められなかった樺太日本人ロシア人・アイヌ間の紛争が頻発したため、幕末1867年(慶応3年)に小出秀実(館奉行)と石川利政(付)がロシア帝国首都サンクト・ペテルブルクに派遣されて交渉を行ったが、の合意には至らず「日露間樺太仮規則」を仮調印するにとどまった。
 日本の政権が明治政府に変わると、政府内では樺太の南北分割(あわよくば全領有)をする勢と、樺太は放棄して夷地(北海道)の開拓・防衛に尽すべきとする勢の対立が起こったが、前者は征論の敗北とともに失脚。後者を代表する黒田清隆の後援を受けた榎本武揚がサンクト・ペテルブルクに赴き、この条約が締結された。日本側全権は榎本武揚海軍中将・在露特命全権使)、ロシア側全権はゴルチャコ公爵(外務大臣)。

  1. 第一款 大日本国皇帝陛下ハ 其ノ後胤ニ至ル 現今 樺太(即哈嗹)ノ一部ヲ所領スルノ権理及君ニ属スル一切ノ権理ヲ 全露西亜皇帝陛下ニ譲リ 樺太ハ悉ク露西亜帝国ニ属シ 「ラペルーズ」峡ヲ以テ両界トス
  2. 第二款 全露西亜皇帝陛下ハ 第一款ニ記セル樺太(即哈嗹)ノ権理ヲ受シ 代トシテ其後胤ニ至ル 現今所領 「クリル」群即チ 第一「シュムシュ」 第二「アライド」 第三「パラムシル」 第四「マカンルシ」 第五「ヲネコタン」 第六「ハリムコタン」 第七「エカルマ 第八「シャスコタン」 第九「ムシル」 第十「ライコケ 第十一「マツア」 第十二「ラスツア」十三スレドネワ」及「ウシシル」 第十四「ケトイ」 第十五「シムシル」 第十六「ブロトン」 第十七「チエルポイ」並ニ「プラットチエルポエフ」 第十八「ウルップ 共計十八ノ権利及ビ君ニ属スル一切ノ権理ヲ 大日本国皇帝陛下ニ譲リ 後「クリル」全日本帝国ニ属シ 柬察加地方「ラパツカ」岬ト「シュムシュ」ノ間ナル峡ヲ以テ両界トス

 正文はフランス語日本語ロシア語ともにあるが、一部学者は正文ではないので効としている。
 ここでも後世、フランス語正文と日本語訳との齬を摘する意見がある。日本語訳では「ここに列挙された得撫その他の々のことを『クリル諸(群)/千島列島』としている」と読めるが、フランス語正文ではクリル諸千島列島のうち、現在ロシアが所有している部分」と読めるという点・・・つまりは、択捉・後を千島列島クリル諸)に含むのか否かということである。この点は国会で2度、取り上げられたことがあるが、日本政府の説明はそれぞれで異なったものになっている。


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最終更新日: 14/02/13 09:29
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