ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


大迫勇也


ヨミ: オオサコユウヤ
掲示板をミル!
63カキコ!

大迫勇也Yuya Osako, 1990年5月18日 - )とは、日本サッカー選手である。ドイツブンデスリーガヴェルダー・ブレーメン所属。ポジションはFW。183cm71kg。利き足は右。


概要


鹿児島県加世田出身。少年時代トップ下でプレーしていたが、中学のときにFWに転校する。鹿児島西高校に進学すると、1年でレギュラーの座を掴み、超高校級ストライカーとしてJリーグスカウトから注される存在となる。3年生のときに第87回全高等学校サッカー選手権大会で10得点10アシストの新記録を立。準々決勝の滝川二高戦で、大迫の規格外のプレーの当たりにした相手チーム将からかの有名な「大迫半端ないって」というフレーズが生まれる。

くからプロ入りをしており、Jリーグの6チームが争奪を繰り広げた中、卒業後は鹿島アントラーズに入団。シーズン開幕前の公式戦であるFUJI XEROX SUPER CUPのガンバ大阪戦で後半44分から途中出場をし、々と公式デビューを果たすと、2009年3月18日AFCチャンピオンズリーグ上海戦でプロゴールを記録。4月12日FC東京戦ではJリーグゴールも決めるなど、高卒1年から半端ない活躍を見せていた。

2年からは背番号9を譲り受けると、チームとして着実に成長していき、2011年ヤマザキナビスコカップ決勝の浦和レッズ戦では決勝点を決め、大会最優秀選手にいた。2013年には、プロ入り初の二桁ゴールとなる19ゴールを記録し、この年のJリーグベストイレブンに選出される。

2014年1月ドイツツヴァイテリーガ(2部)のTSV1860ミュンヘンへ移籍。シーズン途中の加入ながらもすぐにレギュラーを獲得し、15試合で6得点を挙げる活躍を見せた。

2014年3月5日モデル三輪麻未との入籍を発表。同年10月に第一子が誕生する。

2014年6月ドイツブンデスリーガ1.FCケルンへ移籍。開幕当初から出場機会を与えられると、リーグ戦2試合となる8月30日シュツットガルト戦で初ゴールを記録。昇格組のチームということもあってサポート恵まれゴール数が伸びず、スタメンから外れることも多くなるが、それでもチームの残留に貢献。

だが、2015-2016シーズントップ下やサイドハーフで起用されることが増えたこともあり、リーグ戦で結局1ゴールしか挙げることができず、不本意なシーズンとなる。

2016-2017シーズンは、アントニー・モデストとの2トップが嵌ったこともあり、飛躍のシーズンとなる。ここぞというときに結果を残し、リーグ戦7ゴール6アシストを挙げ、ケルンUEFAヨーロッパリーグ(EL)出場権獲得に貢献。

しかし、翌シーズンは、開幕前にモデストが中国へ移籍した影を受けチームは低迷。初のELの舞台を経験したものの、チーム事情で色々なポジションたらい回しにされて結果を残せず、地元メディアサポーターから批判が集まる。結局ケルンシーズン最下位に終わり、降格となる。これに伴い、移籍が確実視される。

2018年8月20日ブンデスリーガヴェルダー・ブレーメンに移籍。チームメイトにはヌリ・シャヒンなどがいる。2018-19シーズンはFWとして起用されなかったり代表招集やそれに伴う怪などもありリーグ戦は3G2Aに終わる。

それでも監督からの評価は高いようで2019-20シーズンにおいてはそれまで10番を背負っていたマックスクルーゼが移籍したことも影し開幕戦でのCFでのスタメンを確約する発言をする。開幕直後は期待に応え、新エースとして順調なスタートを切るも、練習中に足の靭帯を負傷して離脱。さらに、日本代表として出場したアジアカップ背中を痛め、またも離脱。復帰後も調子が上がらず、チームも8試合得点が続くなど深刻な不調に陥り、降格の危機に直面する。しかし、新型コロナウィルスによる中断明けとなったシーズン終盤戦に復調すると、自での残留の可性がくなっていた最終節のケルン戦で2ゴールを決める活躍を見せ、逆転での入れ替え戦進出に貢献。結果、ブレーメンは残留を果たす。シーズン得点数はドイツに渡ってからの最多となる8得点を記録。

2020-21シーズンチームの柱として飛躍が期待されたが、DFBポカール1回戦、ブンデスリーガ開幕戦といずれも低調なプレーに終わり前半だけで交代させられてしまう。地元メディアサポーターから厳しい批判を受けたこともあり、これによって序列が低下。出場機会が減してしまい、放出の話も出るようになる。2021年4月7日おこなわれたDFBポカール準々決勝レーゲンスブルク戦で得意の後ろから来たボールトラップしてのゴールを決め、ようやく公式戦初ゴールが生まれ、ベスト4進出をもたらす。しかし、最後まで序列は上がらず、巡ってきた出番で結果も残せず、キャリアで初めてリーグノーゴールに終わり、チームも最終節で2部に降格することが決定する最悪のシーズンとなった。


個人成績


シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2009 鹿島アントラーズ J1 22 3
2010 [画像を見る]
鹿島アントラーズ J1 27 4
2011 [画像を見る]
鹿島アントラーズ J1 25 5
2012 [画像を見る]
鹿島アントラーズ J1 25 5
2013 [画像を見る]
鹿島アントラーズ J1 33 19
2013-14 [画像を見る]
1860ミュンヘン ツヴァイテリー 15 6
2014-15 [画像を見る]
ケルン ブンデスリーガ 28 3
2015-16 [画像を見る]
ケルン ブンデスリーガ 25 1
2016-17 [画像を見る]
ケルン ブンデスリーガ 30 7
2017-18 [画像を見る]
ケルン ブンデスリーガ 25 4
2018-19 [画像を見る]
ブレーメン ブンデスリーガ 21 3
2019-20 [画像を見る]
ブレーメン ブンデスリーガ 28 8
2020-21 [画像を見る]
ブレーメン ブンデスリーガ 24 0

日本代表

高校時代から逸材という評価を受けていたが、意外にもアンダー世代の代表に呼ばれながらも本大会のメンバーからはことごとく外される挫折を味わっている。特に、2007年U-17日本代表ではそれまでレギュラーの座を確保していたが、福浩監督からポジションを奪う闘志に欠けていると判断され、最後のU-17ワールドカップ出場のメンバーから外されている。2012年U-23代表においても、ロンドンオリンピックの最終メンバーに残ることができず、予備登録メンバーとしてチームに帯同している。

2013年7月Jリーグでの活躍が評価され、東アジアカップ2013の出場メンバーとして日本代表に初選出。初戦の中国戦でフル代表デビューを果たすと、続くオーストラリアでは2得点を挙げる活躍を見せ、東アジアカップ優勝に貢献。この活躍がアルベルト・ザッケローニ監督に認められ、柿谷曜一朗と1トップの座を争う存在となる。その後のヨーロッパ遠征では強オランダ相手に2点ビハインドの状況から1G1Aと結果を出し引き分けに持ち込んだ。日本人がA代表のオランダ相手にゴールを決めたのはこの時が初。

2014年には、2014 FIFAワールドカップ本大会メンバーに選出され、初めて日の丸を背負って世界大会に出場することになる。大迫は、第1戦のコートジボワール戦、第2戦のギリシャ戦とスタメンで起用されるが、何もできないままいずれも途中交代。最後のコロンビア戦は出場機会を与えられず、チームグループリーグ敗退となる。

その後、負傷やドイツでの不調の影もあってしばらく代表からは遠ざかっていたが、2016年11月に1年半ぶりに代表へ復帰。11月11日オマーンとの親善試合で2ゴールを決める活躍を見せると、ヴァヒド・ハリルホジッチ監督から安定したポストプレーが評価され、以降のロシアW杯アジア最終予選で1トップファーストチョイスとして起用されるようになる。2017年6月13日イラク戦では、先制ゴールを決め、8月31日オーストラリア戦では、高いキープで速攻を狙うチームの基準点としての役割を果たし、W杯出場権獲得に貢献。一部のマスコミファンからは得点の少なさが摘されていたが、前線で起点の働きができる重な存在として、就任した西野朗監督からも重宝される。

自身2度ワールドカップとなる2018 FIFAワールドカップ本大会のメンバーに選出されると、これまでアジア勢が一度も勝利したことがない南勢で尚且つ前回大会敗れていたコロンビア相手にコーナキックから決勝点をあげ日本グループステージ突破に大きく貢献。このコロンビア戦でのゴール間、ツイッターなどネットを中心に「大迫半端ないって」のワードが多く用いられ、2018年流行語大賞にノミネートされる。大会では、ポーランド戦以外の4試合で1トップレギュラーを務め、前線の基準点として2列を活かす重要な働きを見せていた。

ワールドカップ後に森保一監督が就任した新生日本代表において、ロシアワールドカップを戦ったメンバーが多く代表を去る中、引き続き前線の核として君臨。中島翔哉南野拓実堂安律という新しい2列のアタッカーを前線で操る存在としてチームに欠かせない存在となり、不在のときはチームが機不全に陥ってしまうほどであった。

2019年UAEで行われたAFCアジアカップ 2019では、直前の練習で負った背中の怪で出場試合が限られた中、準決勝のイラン戦では2ゴールを挙げる活躍でチーム勝利に導き、最終的に4試合で4ゴールを記録し得点ランキング2位につけた。だが、この大会で負傷を負っているにも関わらず強行出場させたことに所属チームブレーメン激怒し、一時日本サッカー協会と対立することとなった。2021年3月日本代表に選出された際は、ブレーメンで出場機会が減っていたため選出に疑問を持つが多数あがったが、3月25日韓国戦では2アシスト3月30日モンゴル戦では代表での1年半ぶりのゴールを含むハットトリックの活躍を見せ、存在価値をアピールする。5月28日ミャンマー戦では2試合連続ハットトリックとなる5ゴールを決め、ブンデスリーガで不遇だった憤をらすかのようなゴールラッシュを披露。

2019年9月現在、大迫がゴールを決めた試合で日本代表は負けなしである。


プレースタイル


プロ入り当初はヘディングが苦手であるとっていたがコロンビアFIFAランクアジア最上位のイランから決勝点を奪ったり名手ノイアーを破ったりするなど武器として成長している。

上半身は一見ヒョロヒョロしている(内田篤人談)がポストプレーが上手く体格で上回る相手にもボールをしっかり収めて二列を生かすことができる。またカップ戦に強い。

何でも準以上のレベルでこなせてしまう万ストライカーであり、テクニックや裏を抜けるスピード、周りを操るパスセンス、安定したポストプレー、高さ、前線からの献身的な守備と現代のセンターFWがめられるを全て持ち合わせている。


次へ»
最終更新日: 21/05/30 23:08
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ