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家庭教師


ヨミ: カテイキョウシ

家庭教師とは、に小中高生を対庭で勉強を教える教師のことである。


概要


家庭教師と塾講師との界線は時に曖昧になる。

※最近は「塾で家庭教師」というサービスもあるため

ただ、学校教師(教諭)と違い、仕事をするにあたり特に資格は必要なく「大学に入ったばかりのアルバイト家庭教師」から「数十年の導実績を誇るプロ家庭教師」まで、そのバリエーションは実に多様である。

一般に家庭教師は「勉強を教えること」が第一の任務とされる。ただし、時に応じて「勉強習慣」や「勉強方法」などを導したり、それに特化している教師も中には存在する。


家庭教師が教える科目



国語


国語に次の2つのカテゴリーに分かれている。

・読解や記述などの「国語での思考・表現」

漢字や文法などの「暗記事項や技術的事項」

どうも多くの家庭教師は前者を教えることを敬遠し、もし国語導するにしても後者になりがちな側面がある。これは、国語という科の(一見)とらえどころのない性格に起因するのであろう。


数学(算数)


家庭教師が教える科の中で最もポピュラーなものの1つである。

それは「答えや解き方」に一義的な正解があることとも関連があるであろう。


英語


数学と並んで「教えられる」家庭教師が最も多い科である。

ただし「読み書き」と「英会話」は別のカテゴリーとされることが多い。


理科・社会


この教科に関しては「おまけ」程度にしか考えていない教師と、それに特化している教師とに二極化している。


副教科


副教科といえば「保健体育」の導で、あーんなことやこーんなことを想像した?

しかし、実際そもそも副教科の導を行っているケースはあまりなく、あっても「理科社会と同等もしくはそれ以下」という扱いである。


その他


その他にも「ピアノ」「運動」「趣味」など多様な分野に特化した家庭教師が存在する。

また最近は子どもだけではなく、社会人向けの家庭教師も増加しているようである。


家庭教師の就労形態


家庭教師を「依頼する側」にとっては、家庭教師は結構高額なサービスであることが多い。

となれば必然的に「家庭教師=高給」というイメージができがちだが、実態はだいぶ異なる。その要因は2つあり、

①時給は良いが労働時間は短いので日給にしたらそれほどでもない(また毎日仕事があるとも限らない)

派遣業者を介する場合、庭の支払い額の約半額が「ピンハネ」されている。

というものがある。


業務委託


最もポピュラーであり、最も過酷な就労形態。

確かに時給は見た上よいが、「雇用」ではないため労災や社保、厚生年金などは一切ない。家庭教師が「労働ダンピング」の一例として上に挙げられる文脈では、これが念頭に置かれている場合が多い。


雇用


一部の家庭教師サービスで採用している「本来の形態」。

ただし、仮に正社員であってもボーナスは基本的にない。


自営業(個人経営)


実は意外と多い「元来の形態」。

税務署に開業届を提出し、個人事業として事業を行うのが一般的。

※その割には「登録家庭教師」が多いような気もするが・・

生徒の募集は個人契約あっせんサイトや、自前のホームページ広告会社との提携、口コミなどを利用して自分で行う。

自営業なのですべての売り上げを自分のものにできるが、その一方で契約書の作成から、帳簿付け、確定申告などはすべて自分で行わなければならない。


歴史上の家庭教師


日本史上に残る家庭教師といえば、平安時代の後宮における2人の女房家庭教師が著名である。

※後宮が「庭」といえるのかどうかは微妙だが・・


清少納言(→藤原定子)


子で有名な清少納言は、日本最古の家庭教師であった。

後述の紫式部と同様、父親が学者ということで当時の均的な女性はるかにしのぐ教養を獲得し、その才を見出されて当時栄の極みにあった藤原定子の家庭教師としてスカウトされる。

ただ、藤原定子も実は母親が女官であり、もとから十分すぎるほどの教養があったのだから、彼女が家庭教師を必要としたかどうかよくわからない

ともかくも「香炉峰の」やら「山吹びら」やら定子と清少納言の蜜わせるエピソードは多いことは確かである。


紫式部(→藤原彰子)


のちに「賢后 上東門院」として後世にり継がれた藤原彰子だが、実は一条天皇結婚した当初は屏に書いてある漢字すら読めず、定子のことが忘れられない&インテリな后が好きな天皇の気を引くことができないでいた。

この状況を憂慮した藤原道長は、当時すでに源氏物語の執筆(ただしこの時点ではあの大長編になる予定はなかったらしい)で評価を確立していた紫式部(ただしこう呼ばれるようになったのはしばらく後である)をスカウトし、子の家庭教師として彼女に教養を身に着けさせることにした。

式部は、清少納言と違い「ガチの勉強オタク」であったため、テキストに選んだのは楽天の「新楽府」。内容は玄人向けで難解であったそうだが「将来の天皇)となるのだから、必要な教養を身に着けておいてほしい」という式部の配慮である。

結果として子は一条天皇との間に男の子を年子で産んだのだから、式部の「授業」は意味があったのだろう。

また、子は後一条天皇のころから長の方針に対しても自分の意見をできるようになっていたという。


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最終更新日: 18/11/24 17:35
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