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山中幸盛


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鹿之介といえば88版だろJK

山中幸盛(やまなか・ゆきもり 1545 ~ 1578)とは、日本戦国時代ドM武将。

通称は「山中鹿介(しかのすけ)」だが、講談等で誤って呼ばれた事から「山中鹿之介」とも。

中国地方の雄・尼子に仕え、衰退するを憂いて三日月

「願わくば、に七難八苦を与えたまえ」

と祈った逸話が講談等で良くしられる「山陰麒麟児」と呼ばれた美男子である。 


概要


尼子氏の庶流の出で、一騎討ちで毛利配下の猛将を何人も討ち取っている勇将であり、尼子十勇士の一人に数えられている。(なお尼子十勇士と呼ばれる人物のうち、山中幸盛含む3名以外は架の人物である)

-初陣滅亡-

彼が初陣を迎える頃、尼子は名君・経久、久を失い、急成長を遂げた毛利による攻勢を受けて前のであった。そのため彼は、く手柄を立てて出世しを支えるため、三日月に「に七難八苦を与えたまえ」と願う。

現代に例えるなら、経験値を稼ぐためいきなりハードモードゲームを始めようとするような感覚だろうか。

その後、幸盛はその願いの通り、押し寄せる毛利の大群に対しての如き武勇で立ち塞がり、戦不敗と名高い吉川元春をはじめとする毛利の大軍勢を上久らと共に何度も撃退(つまり元二つ名戦不敗」は誇大広告である)。一騎打ちで武将を複数打ち取るなど、多くの戦果を挙げた。しかし彼の奮闘もしく、毛利によって月山富田城全包囲された尼子は半年以上もったものの滅亡してしまう。

-尼子再軍結成-

幸盛は毛利へ仕える事なく、叔父で旧尼子重臣の立原久綱らと共にの都へ向かう。尼子氏の傍系であり粛清された新宮党抹消である勝久をの寺より招いて君とし尼子再軍を組織して、のべ三度に渡って出雲の奪回と尼子の最高をした。

なお、あまりの知名度故に彼を尼子再軍のリーダーや実質的指揮官だった事にする創作が後を絶たないのだが、勇将とはいえ旧尼子臣としてはそこまで地位が高くなかった幸盛は発起人の一人ではあるのもの、あくまで前線指揮官的なポジションであったらしい。
実質的に再軍の幹部だったのは当時の書状などから、立原久綱久盛、上久ら旧重臣達だったことが分かっている。(その辺りの立場の曖昧さも結果として揮系統の乱れや造反による敗北の遠因となったようだ)

軍は毛利軍が九州大友氏との総力戦に挑んだ隙を上手く突き、一時は出雲をほぼ奪回する勢いを見せたものの、体制を立て直した毛利軍に物量、資量、人材など全てに劣る再軍は苦戦。揮の乱れや造反を止める事が出来ず劣勢に立たされる。そして毛利に接収された堅月山富田城を奪回する事がついに出来ず、残党軍は敗退してしまう。

敗北して毛利に初めて捕縛された際は、幸盛は腹痛を装って繰り返し厠へ入り見りを油断させ、汚物に塗れながらも脱出してのける執念を見せた。

-七難八苦の苦闘-

その後、各地の半毛利から支援を受けて抵抗を再開したが勢いを増す毛利軍にはが立たず、二度出雲奪回にも失敗。そこで再軍一党は当時破の勢いで西に進軍していた織田に接近し、その客将として織田軍の下に入り毛利打倒をす。

近畿地方での緒戦で幸盛は繰り返し手柄を立て、名を挙げた。

しかし、羽柴秀吉下に入り宿敵の毛利軍と戦った際に別所長治の裏切りで織田軍の前線が崩れ、尼子一党が拠点とした上が孤立してしまう。
最後は織田信長に見捨てられるかたちで残党軍は壊滅。幸盛は毛利によりまたしても捕縛され、その果てしない執念を恐れた吉川元春により護送中に謀殺された。

辞世の句

憂き事の 尚この上に 積もれかし 限りある身の 試さん

※なお、息子山中幸元は、武士をやめて摂津にて造業を始めて清酒の醸造に成功し、鴻池財閥の元を築いた人物である。三菱東京UFJ銀行ルーツの1つでもある。(「山中幸盛」の詳細はWikipediaの該当記事[外部]参照の事)
また、幸盛と共に再軍の一員として戦った亀井茲矩(幸盛の親戚とも言われる)は尼子再軍の崩壊時にたまたま別働隊を率いて羽柴秀吉に従っていたため難を逃れ、生き残った者たちをまとめ上げて羽臣として活躍、後に因幡鹿野、そして石見の和野として山陰の地に戻っている。

-後世の評価-

その高い忠義と悲劇の結末が評価され、江戸時代以降には(戦国武将達の色々と盛った逸話の出典として名高い)「名将言行録」などで取り上げられる。その過程でやたらと活躍が誇されたり「鹿之助」と間違って名が広まってしまったり、大半は実在も怪しい「尼子十勇士」なる同僚がセットになったりしたが、これは真田幸村」と同じような流れである。

幕末には尊皇攘夷思想の元祖とも言える思想の頼山陽山陰麒麟児」として高く評価され、その後も勝海舟ら名立たる人物に高い評価を受けてすっかり忠臣として名が知られるようになる。戦前楠木正成と並んで君愛国の教材にも使われた。

山陰麒麟児」ゆえ、コーエーの「信長の野望シリーズでも戦闘系としては高めのが設定されている。
しかし隣がよりによってどの作品でも異常なまでに優遇された最強の一である毛利一家のため、大体の場合は物量と知略で苦戦する羽に。

また、ニコニコ動画架空戦記等では、「願わくば、に七難八苦を与えたまえ」の言から「ドM」「M男」キャラ扱いされる事が多い。


戦国大戦


 ■azB007JSMDTW

よ!に七難八苦を与えろ!」

Ver1.2から参戦。本作では「山中鹿之助」表記。
(尼子)所属のコスト3・武10・統率4・気合持ちと、足軽としては最高レベルスペックを誇る武道である。武10・気合持ちとしては最も統率が高く、前田慶次SS秋山信友はおろか武田である武田勝頼をも上回り、前衛としての性は申し分ないのでスペック要員としての運用も可
計略「七難八苦」は、”自ゲージが少ないほど、武攻撃が上がる。その効果は敵にいると大きい。”
というまさにドMと呼ばれるにふさわしい仕様になっている。

その威は非常に高く、油断していると一撃で大ダメージを与え、あっさりを落とす事も少なくない。しかし、自ゲージ残量に反例して威が高くなるため、計略を使いたい時は自にいる(相手に攻められているとき)ことが多い。使用上、敵にいるとき、つまり攻めているときに効果が高くなる計略なので、使うタイミングには注意が必要だ。

また、書籍に付属する形で同名、同所属のEXカードが登場した。

こちらはコスト2.5・武9・統率2・気合持ちとやはり戦闘系のスペックで、「難関辛苦」という減少した兵に応じて武と統率が上がる独自計略を持っているが、あまりに強すぎたためか書籍発売から数日足らずで弱体化修正の憂きにあい、他には優秀な足軽も多いことから現在は不遇な扱いを受けている。


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補足


信長の野望」(PCシリーズにおける山中幸盛の力一覧。   

軍事 内政
群雄伝(S1) 戦闘 87 政治 85 84 野望 76
武将風雲録(S1) 戦闘 83 政治 64 72 野望 70 教養 55
覇王 采配 78 戦闘 85 智謀 23 政治 59 野望 10  
戦才 174(A) 智才 148(B) 政才 92(C) 73 野望 90
将星 戦闘 87 智謀 84 政治 45
烈風 采配 61 戦闘 79 智謀 57 政治 21
世記 采配 73 智謀 52 政治 14 野望 90
統率 73 知略 44 政治 13
下創世 統率 72 知略 37 政治 14 教養 54
革新 統率 74 武勇 85 知略 67 政治 16

  関連コミュニティ


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関連項目 


その他関連項目 尼子十勇士(後太平記 尼子十勇士(立川文庫) 尼子十勇士(常山紀談

最終更新日: 16/12/12 23:26
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