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山田哲人


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\夢へと~ 続く~/

山田哲人やまだ てつと、1992年7月16日-)とは、兵庫県出身のプロ野球選手二塁手)である。現在東京ヤクルトスワローズに所属。

日本プロ野球史上初のトリプルスリー複数回達成者。

概要

東京ヤクルトスワローズ #1
山田哲人
基本情報
日本
出身地 兵庫県豊岡市
生年 1992年7月16日
身長
体重
180cm
73kg
選手情報
投球・打撃 右投右打
守備位置 二塁手遊撃手
プロ入り 2010年ドラフト1位
経歴
際大会
代表チーム 日本
プレミア12 2015年2019年
WBC 2017年
プロ野球選手テンプレート

小学校から野球を始める。履正社高校甲子園に出場、高校生No.1遊撃手として2010年ドラフト会議ハズレハズレ1位オリックス・バファローズ東京ヤクルトスワローズが競合、抽選の結果東京ヤクルトスワローズに入団。2009年まで青木宣親の背負っていた背番号23を与えられた。

ヤクルト時代

2011年

二軍レギュラーとして起用され、全114試合に出場。規定打席に到達し、打率.259、5本塁打39打点17盗塁と上々の成績を残すが、1年は一軍昇格はく、このままシーズンを終えるはずだった。
ところが、クライマックスシリーズ前に川島慶三川端慎吾荒木貴裕と一軍の遊撃手が3人立て続けに故障で戦線離脱する緊急事態で、急遽一軍に呼ばれることになる。そして中日ドラゴンズとのファイナルステージ第2戦、まさかの1番ショートでスタメンに抜プロ初出場がポストシーズンという史上初NPBどころかMLBですら類を見ない記録(ついでにクライマックスシリーズでの高卒ルーキー野手のスタメンも史上初)を打ち立てる。第4戦ではプロ安打と初打点も記録(ポストシーズンなので公式記録にはカウントされない)したが、失点に繋がるエラーを犯し、第5戦ではスタメンを外され、チームも敗退した。

2012年

開幕一軍入り。4月5日阪神タイガース戦で代打としてめてレギュラーシーズンプロ初出場とプロ安打を記録した。その後は一軍と二軍の往復になったが、8月10日読売ジャイアンツ戦で1番遊撃手としてスタメン出場し、内海哲也からプロ本塁打・初打点マーク。最終的に26試合で打率.250、1本塁打という成績を残した。

2013年

開幕を二軍で迎えたが、不振の田中浩康入れ替わり5月下旬に一軍昇格すると、そのまま二塁のレギュラーに定着。一時は3割5分近くまで打率を挙げるなど好成績を挙げて、そのままほシーズンを通して1番・セカンドとして起用された。規定打席には届かなかったが、94試合に出場して打率.283、3本塁打26打点、9盗塁と飛躍のシーズンになった。

2014年

6ヶ連続先頭打者ホームランを達成するなど、チームの1番を打ちながらホームラン王争いをするまでに打撃が覚醒10月6日横浜DeNAベイスターズ戦では日本人右打者のシーズン最多安打記録更新する192安打満塁ホームランで決める。最終的に193安打で見事最多安打タイトルを獲得。143試合出場で打率.324リーグ3位)、29本(3位)、89打点(4位)、とキャリアハイの成績、盗塁も15決めた。オフ日米野球2015に出場し、一塁手を守った。

2015年

前半戦は1番を務めていたが、後半戦からは3番に固定された。8月22日中日ドラゴンズ戦で、前の試合を含め4打席連続ホームランを達成。この日のホームラン30号の大台を突破した。さらに9月6日には30盗塁に到達、この時点でトリプル3をほぼ確実とした。10月2日にはヤクルトが14年ぶりにセリーグを制覇。シーズン終戦10月4日、大台となる100打点。さらにアレックス・ラミレス以来の3ヶ連続でMVPを受賞した。最終成績は打率.329リーグ2位)、本塁打38本(リーグ1位)、盗塁34リーグ1位)、打点100リーグ2位となった。(DHCかよ)本塁打王盗塁王を同時獲得したのはプロ野球史上初。なお、パリーグでは柳田悠岐トリプルスリーを達成、セ・パ両リーグで同年にトリプルスリーが達成されたのは実に65年ぶりのことであった。

日本シリーズでは第3戦にて3打席連続本塁打を記録。これは1970年長嶋茂雄に次ぐ2人の大記録であり、1試合での達成は山田が初めてである。その後は10打数ノーヒット、5三振と一転して不調に陥ったままシリーズを終えたものの上記の大記録を称えられ日本シリーズ敢闘賞を受賞した。

オフWBSCプレミア12日本代表に選出された。契約では青木宣親から背番号1のユニフォームを渡された。

2016年

6月に自身5度MVPを獲得。三冠王どころか四冠王を狙える位置にあったが、田原誠次から死球背中を負傷してからは勢いが衰え、岩貞祐太からほぼ同じ位置に死球を受けてからは15打席連続ノーヒットと苦しんだ。それでも打率.304、38本塁打30盗塁史上初の2年連続トリプルスリーを達成し、コミッショナー特別賞を受賞した。

2017年

WBC日本代表に選出され、全試合に指名打者で出場。第1ラウンドの初戦キューバ戦でホームラン性の当たりを放ったが、観客に取られツーベースヒットになった。第2次ラウンドのキューバ戦では史上8人先頭打者ホームラン、ダメ押しホームランと1試合2本塁打を記録した。

レギュラーシーズンでは3・4月打率.191、2本塁打、8打点と打撃不振に陥り、6月打率.177、5本塁打、13打点と数字が伸びなかった。7月に入ってから調子が上向き、8月30日阪神戦で4年連続となる20号本塁打を記録した。
しかし長きに渡る絶不調がき、全試合に出場したが打率.247、24本塁打、14盗塁に終わった。通算打率2016年シーズン終了時点で.314だったのが一気に.298に低下した。

2018年

4月終了時点では打率.264だったが、5月打率を3割に乗せるなど、打撃が復調。バレンティンと共にホームランチームを牽引する。6月28日中日ドラゴンズ戦で8年にして初めてサヨナラホームランを記録。7月9日巨人戦ではサイクルヒットを達成した。140試合に出場し、打率.31534本塁打89打点、33盗塁で2年ぶり3度トリプルスリーを達成した。

2019年

2019年も様々な記録を残す。打撃では、6月30日巨人戦においてNPB史上300となる通算1000安打を記録。9月4日広島戦では、通算200本塁打サヨナラ満塁HRで達成した。走塁では、8月23日阪神戦で前年から33回連続盗塁成功の日本記録を立(その後38回まで記録を伸ばす)。8月30日中日戦では、同一シーズン32回連続盗塁成功の日本記録も打ち立てている(その後33回まで記録を伸ばす)。

史上初となる自身通算4度30本塁打30盗塁は達成したものの、打率は.271に留まり、4度トリプルスリーとはならなかった。

オフにはプレミア12侍ジャパン日本代表)に選出。決勝戦の韓国戦で逆転決勝3ランを放つなど、チームの初優勝・10年ぶりの世界一に貢献した。

人物

入団当初は高校先輩であるT-岡田あやかり「T-山田」という称があったが、先輩以上の実績を積みつつある現在はほとんど言われなくなっている。

応援歌

球団 レス No プレイヤー
ヤクルト 応援歌のピコカキコ一覧#67 8622

成績

年度別打撃成績


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最終更新日: 19/11/25 23:00
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