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悪妻


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悪妻とは、性質の悪い妻。悪女の一類。さげまん。対義は良妻、あげまん。


概要


人類が男女で分業制を行い、夫婦庭や社会の基礎単位としてから問題となって来たと思われる。やがて国家を作り上げ王制が成立すると、王統の永続的維持が国家の至上命題となりそれを担う女性たち(後宮・大ハーレム)の存在感が増し、行的にと言う意識に発展し臣下にまで及ぶようになる。

しかし、当然ながら男女間には価値観の違いや相性と言うものがあり、周囲の思惑通りに庭を運営できるとは限らない。また、王室に限らず多少の財や地位のある庭ならば婚間(外戚)の思惑が庭にも影を与え、一度問題が起きれば当人にそれほどの非がなくても悪妻で片付けられてしまう傾向もある。これは暗君と変わらない傾向で、しかも史書は男性たちによって担われるので女性の立場は常に弱く、夫の暗君評の尾ひれになってしまう場合もある。逆に名君または歴史上に名を残した人物が悪妻を持って苦労したことで、人生の逆を乗り越えたり庭を捨てることで政治創作に集中出来たりしたとされることも間々ある。

総じて、良妻にしろ悪妻にしろ○○の妻またはと言う形でしか歴史に名を残せない不等な歴史を反映する女性歴史であるが、近現代になってフェミニズムによる歴史の見直しが進むと、悪妻とされた女性の中から彼女たちなりの男性国家に対する接し方が「発見」されることもあり、一方的な見方は善される傾向もあるようだ。


何故悪妻なのか


大きく分けると

  1. (外戚専横
  2. 対立渡る世間は鬼ばかりvs
  3. 不貞淫乱
  4. 嫉妬ヤンデレ
  5. ・傾美女
  6. 浪費

となるのではないだろうか。

1については古来よりを乱すと考えられ、ヨーロッパでは結婚を禁止し王間のみで婚姻を行うことが行われた。中国でも外戚が新しい王を築くことが散見され、実家と婚との挟みになり揺れた女性も多い。王莽であった王政君やの王皇后曹操の曹節、楊堅である麗は、忠節を捨てた実家長を不忠となじり、男性とは違い孝より忠を取ったと言う逸話も残っている。このため、東洋では西洋とは逆に、あえて名門ではない庶民や下級貴族から側室として後宮に迎え入れることも行われた(近親婚を繰り返すよりは子孫のためにも望ましいことも古来より知られていた)。しかし、則天武后西太后日本の徳の大女性たちのように外戚と関係なく専横を振るった例もある。

2については1と同様に、結婚が政略である以上は宿命であろう。これにおそらく人類が始まって以来の問題であるの対立が加わるのだから根は深い。

3は論外だが、逆に男性は世継ぎのためとは言え、後宮を設けたり側室が認められないヨーロッパでもを持ったりすることが然と行われていたのだから、現代的な観点から一方的に非難するのは難しいかもしれない。

4は3の逆と言え、根本的な原因は男性側は合法的に浮気が出来てしまうことである。によっては嫉妬を抑えて、後宮をつつがなく運営するを持つ女性が良妻とされることもある。イングランドヘンリー8世の王妃でメアリー1世やエリザベス1世の継となったキャサリン・パーように連れ子にも情を注いで尊敬された女性もいるが、夫の死後に対立した女性とその子ごと残虐な報復に及んだ例も多い。

5は当人の責かと言われると微妙だろう。むしろ、堕落してしまった君責任や1の実家の専横の責任を負わされてしまう例が多く、妃などの評では当世より同情のも多く悲劇が作品ともなった。

6は3の不貞と並び今日的な問題である。夫をATM代わりにするならまだ良い方で、国家と王室の財政の区別がつかない場合は国家ATMと化すこともある。ただし、宮廷費としてならば大のように国家的機を有している後宮もあり、一概に削減ありきでことを進めるのは難しいのも事実である。

いずれの問題も多かれ少なかれ、男性社会の中で起き得ることと言えるかもしれない。ただ、前述の通り女性が行えば悪く描かれてしまう側面はあり、特に政治宦官と並び関わった時点で批判となる例も散見される。


歴史上の悪妻たち


中国の悪妻


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最終更新日: 18/09/07 23:23
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