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成良親王


ヨミ: ナリヨシシンノウ

成良親王1326~?)とは、後醍醐天皇の皇子である。


概要


野廉子で、同恒良親王、同後村上天皇がいる。

1332年に後醍醐天皇が隠岐に流された際にはこれに同せず、中御門宣明に預けられた。討幕後の建武政権では鎌倉派遣され、足利直義が補佐を務めている。中先代の乱の際に異護良親王が殺されたにもかかわらず、彼は京都へと戻され、征夷大将軍に任ぜられた。

やがて足利尊氏が離反し、九州から再挙して京都に迫ると、彼が天皇皇太子とされ和に至る。ところが1336年の後醍醐天皇の出奔によってすべてが停止され、親足利の可性が高かった成良親王の系統が皇統につくという後醍醐天皇にとっても美味しい話は永遠に消えうせたのである。

成良親王はその後、恒良親王が捕らえられた際ともに殺されたともいわれているが、実際の没年は不明である。


関連項目



最終更新日: 17/07/30 22:41
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