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新自由主義


ヨミ: シンジユウシュギ
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新自由主義英:Neoliberalism)とは、思想・信条の一類である。

市場原理主義英:Market fundamentalism)と批判者に呼ばれることがある。
 


概要


辞書に記載されている定義

新自由主義について辞書に記載されている定義は次の通りとなっている。

政府規制を緩和・撤して民間自由な活に任せ成長を促そうとする経済政策。

-知恵蔵(朝日新聞出版)より引用-

 

政府などによる規制の最小化と、自由競争を重んじる考え方。規制や過度な社会保障・福・富の再分配は政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由経済活動を妨げると批判市場での自由競争により、富が増大し、社会全体に行き渡るとする。ネオリベラリズム

-デジタル大辞小学館)より引用-

 

性質その1 小さな政府

新自由主義者は政府の権弱体化させるのを好み、小さな政府を理想とする。政府経済への介入を底的に嫌い、市場原理(market principle)に委ねれば上手くいく、と説する。

政府による社会保障社会・富の再分配を敵視し、「政府の肥大化をまねき、企業や個人の自由経済活動を妨げる」と批判する。

新自由主義者の一部は「政府の権を強くすると全体主義になる。ナチス・ドイツソ連のようになる」というふうに全体主義への恐怖心を煽りつつ自らのを述べることがある。

政府が手がける官営事業をことごとく民営化する緊縮財政を好む。官営事業の中には低技労働者を大量に雇用して安定した待遇を与える部門があり、低技労働者を雇用して過酷な待遇を与える民間ブラック企業が出現しにくいようにしている。官営事業を民営化することで、低技労働者を雇用して過酷な待遇を与える民間ブラック企業が出現しやすいようになり、雇用情勢の悪化、つまり賃下げと長時間労働の蔓延が進んでいく。

新自由主義者の一部は、低技労働者が賃下げに苦しむことに対して、自己責任という言葉を使いつつ「をせず己の技を磨かないからだ」と放言する傾向にある。

身を切る」と称して公務員や議員の給料を引き下げる緊縮財政を支持する傾向にある。公務員の給料を引き下げることで優秀な人材が民間企業へ流れるようになり、官庁の士気と実が低下する。また議員の給料を引き下げることで賄賂や接待に弱い議員が増える。新自由主義により政府や議会の弱体化が進んでいく。

新自由主義者の一部は、官僚をいて民間企業を褒め称えることに熱心である。そういう姿は民尊官卑と評される。
 

性質その2 労働意欲の刺激

新自由主義は、個人の自由を何より優先するリバタリアニズムと掛け持ちして支持する人が見られる。新自由主義は経済思想で、リバタリアニズム政治思想なので、この2つの言葉は違いだが、累進課税を敵視するところなどの共通点がある。

所得税累進課税弱体化させ、労働意欲を活発化させ、内の生産・供給を強めるのが大好きである。人々の労働意欲を刺すること、つまりインセンティブ(刺)を与えることを優先する傾向があり、「労働意欲至上」といった観がある。

また、終身雇用・年功序列の賃体系を否定して成果義・義の賃体系を導入し、労働意欲を刺しようとする傾向もある。

「才を発揮すればするほどガッガッポと稼げるのある社会を作り上げる」「才を発揮する人にを見せる」といったふうにという言葉を織り交ぜてりかけ、人々の銭欲を強に刺する。

累進課税弱体化させて自由競争が過度に突き進むと貧富の格差が拡大し、格差社会となり、一部の人たちが富を独占してしまう」という批判に対しては、「トリクルダウンが発生し、社会全体に行き渡る」と反論する。

労働意欲が熾になればなるほど、「仕事すればするほど、お金かる」とみんなが思いこむようになり、「休暇を取っている場合ではない、いた時間をすべて仕事に注ぎ込もう」という仕事中毒ワーカホリック)の心理状態となり、長時間労働が増えて労働者の余暇が減っていく。新自由主義に染まると仕事中毒ワーカホリック)と長時間労働が蔓延する傾向にある。

仕事中毒ワーカホリック)と長時間労働が蔓延すると、非婚化と少子化が進んだり、消費意欲が減退したり、需要が減ってデフレになったりする。新自由主義が広まるとデフレになるという傾向がある。


「間接融から直接融への転換をす」と称して、個人が投資しやすい環境を整えて、個人投資が増えるように取りはからう傾向がある。個人投資式や債券や先物商品や外貨や暗号資産を簡単に売買してマネーゲームに熱中できるように規制緩和することをす。「個人が努してけすることを奨励すべきだ。努している人の足を引っるべきではない」という言い回しで個人投資を増やそうとする。

個人投資を増やす政策を実行すると、「寝ても覚めてもお金を増やすことばかり考える」という人や「10万円をもらったら消費に回さずに投資に使う」という人が増えやすくなるので、消費を冷え込ませてデフレをもたらす一因になりうる。

新自由主義者の一部は、「った人が報われていない現状を変えて、頑った人が報われる社会を作ろう」とか「頑る人が足を引っられている現状を変えて、頑る人が足を引っられない社会を作ろう」という言い回しを非常に好む。どちらのスローガンも、「自分は頑っている」と信じている人の被害者意識を強く刺するものであり、わりと扇情的な言い回しである。
 

性質その3 株主至上主義

新自由主義の支持者には、「会社は・投資のものであり、・投資に利益をもたらすために存在する」とする者が多い。そうした考え方を至上とか資本主義という。

至上義になると、会社の業績を上げることや価を上げることを最優先し、従業員に対する賃上げを嫌がるようになる。人材を長期にわたって雇用して熟練労働者に育て上げるということを優先せず、気で賃下げに踏み切るようになる。その結果として労働分配率が低下し、貧困層の拡大につながっていく。

新自由主義の一部には、「至上義は所有権の絶対性を尊重するので資本主義の本来の姿である。欧では至上義が一般的なのに、日本至上義を受け入れていない。ゆえに、欧資本主義を理解していて優れており、日本資本主義を理解せず劣っている」という煽りをして、日本人の欧コンプレックスを上手に刺しつつ、至上義を賞賛する者がいる。

ちなみに、1960年代までのアメリカ合衆国において至上義は一般的ではなかったと摘されることがあり生明は会社の値段(ちくま新書)[外部]の第二章の58ページあたりにおいて「1960年代頃までのアメリカ合衆国には『は黙って経営者のいうことを聞いていればよい』という潮があった」と摘している。また、アドルフ・バーリ[外部]ガーディナー・ミーンズ[外部]1932年に発表した『現代株式会社と私有財産[外部]』という論文を紹介していて、「現代の大企業を支配しているのは雇われ経営者であり、は会社の所有者であるにもかかわらず会社の支配とは縁な存在になる」と論文の内容を要約している。、「欧では至上義が一般的」という表現には疑わしいところがある。 
 

性質その4 関税の撤廃

新自由主義は国家意識の義思想であり、関税をひたすら敵視し、自由貿易を極限まで推し進めようとする傾向がある。FTAやTPPといったの壁を取り除く貿易協定を好み、EUのようなの消滅を理想視する。いわゆるグローバリズムとの親和性がとても高い。

新自由主義者の一部は、関税を撤するような貿易協定を導入するとき、「世界に置いていかれる」「世界中のが発展し、日本だけが取り残される」「バスに乗り遅れるな」というような、感情に訴えかける煽りを駆使する。

自由貿易を促進すると、各企業発展途上国の低賃労働者が作った製品との価格競争にさらされるので、人件費の削減をすようになり、賃下げ(ちんさげ)が進んでいく。ゆえに自由貿易は賃下げ貿易といっていいものである。新自由主義は、そういう自由貿易を全面的に肯定する思想であるので、新・賃下げといっていいだろう。

新自由主義が流行する先進国では、企業経営者が労働者に向かって「々経営者は、君よりも安い賃で君と同じ働きをする労働者を、発展途上国においていくらでも見つけることができる」とか「発展途上国の労働者に君たちと同じ賃を支払うと、君たちよりもずっと活発に働いてくれる」と言うようになり、労働者に賃下げを受け入れることを迫るようになる。そうした言葉を頻繁に聞かされる労働者たちは「自分たちは高い賃をもらう資格があるのだろうか・・・」と自信を喪失していく。

自信を喪失した人間は自分以外のかを攻撃することで自信を取り戻そうとする習性があるのだが、先進国の労働者たちもそういう習性を持っている。ネット上で、あるいは政治活動で、もしくは経済論議で、対立相手を過度に攻撃する行為に傾倒するようになる。その結果として、先進国社会の分断と憎悪が広がっていく。

新自由主義の蔓延により自信喪失と攻撃的言動と社会の分断が発生する。新自由主義は、新・自信喪失といっていいだろう。

新自由主義がはびこるでは、攻撃的言動を繰り返す政治導者が大人気となる。外に喧で対応したり内の対立政治を痛批判したりして「何かを攻め立てる姿」を見せつけると、新自由主義によって自信を破壊された労働者たちが熱心に支持してくれる。
 

名称

新自由主義英:Neoliberalism)という言葉を考案したのは、ドイツアレクサンドル・リュストウ[外部]という経済学者である。1938年に知識人が集まって開催されたウォルター・リップマン国際会議[外部]で、この言葉を発表した。
 

核となる経済思想

新自由主義の基礎となった経済学者は、フリードリヒ・ハイエクミルトン・フリードマンとされる。ミルトン・フリードマンアメリカシカゴ大学で教を執り多くの子を育てたので、彼を慕う経済学者の一群をシカゴシカゴボーイズ)という。また新自由主義の基盤となる経済学を新古典派経済学と呼ぶこともある。

人々の労働意欲を刺して内の生産・供給を強めることを重視するサプライサイド経済学(供給者側経済学)も、新自由主義の基礎の1つとされる。これの支持者をサプライサイダーというが、な人はロバート・マンデルアーサー・ラッファーなどである。

ちなみにサプライサイド経済学の反対に位置するのはケインズ経済学で、需要・消費の活性化を重視するものである。

サプライサイド経済学は、ジャン=バティスト・セイが唱え始めたセイの法則(セーの法則、販路法則)を中核にしている。セイの法則とは、「供給は、それ自体が需要を創造する」と表現されるものである。


アダム・スミスは『富論』という著作で「見えざる手[外部]」という経済思想を書いた。そして、後世の経済学者たちがアダム・スミスの言葉を引用しつつ「それぞれの個人が自分の利益だけを追求すると、見えざる手により導かれ、社会全体の利益が増進する」と説くようになった。

「それぞれの個人が自分の利益だけを追求すると、見えざる手により導かれ、社会全体の利益が増進する」という考えは、「それぞれの個人が自分の利益だけを追求するのを肯定しておけば、何もかもよくなっていく。政府規制を緩和して、それぞれの個人を自由に活動させよう」という考え方となり、新自由主義の規制緩和を後押しするものとなった。
 


市場原理主義という表現


市場原理主義英:Market fundamentalism)という表現は、新自由主義(英:Neoliberalism)の別名称である。
  

命名者とされる人、学術誌における初出

Market fundamentalismという言葉は、イギリス社会問題ジャーナリストであるジェレミー・シーブルック[外部]が生み出したものであるという。パラグミ・サイナート[外部]というインド社会問題ジャーナリストが、そのように述べている(記事[外部])。

ジェレミーシーブルックは、『世界の貧困―1日1ドルで暮らす人びと[外部]』という著作を持っており、新自由主義を批判し、格差の拡大に警鐘を鳴らすタイプの人である。

1991年8月の『Anthropology Today(こんにちの人類学)』という人類学者向けの学術誌の1~2ページに、Market fundamentalismという言葉が載っている。

経済学者の八代尚は「市場原理主義という言葉は、そもそも経済学にはありません。」と『日刊サイゾー』の2011年10月29日版[外部]っている。

ラグミ・サイナートと八代尚の発言を総合すると、「Market fundamentalismという言葉は、経済学の外にいるジャーナリストが、新自由主義に対して独自の感覚で名付けたものであり、経済学者たちの議論から生まれた経済学ではない」ということになる。
 

蔑称の響きがある

市場原理主義(Market fundamentalism)という言葉には蔑称きがある。

原理義(fundamentalism)というのは、天地創造など聖書の記述をすべて事実と扱う米国キリスト教運動のことをす言葉である。そうした運動をする人たちを批判するときに使われた蔑称だという(臼杵 陽の論文[外部])。

1979年イラン革命が起こった。このとき政権を奪取した人たちをイスラム原理義者(Islamic fundamentalist)と呼ぶようになった。このため、「○×原理義」というのはイメージが悪い言葉で、これを自称する人はとても少ない。
 

批判者達に使用される

市場原理主義という言葉は、新自由主義を批判する立場の経済学者によって使われることがある。

ジョセフ・スティグリッツは、2001年ノーベル経済学賞を受賞したとき、次のような文章を書いている。


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最終更新日: 21/05/01 00:03
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