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機動戦士Vガンダム


ヨミ: キドウセンシヴィクトリーガンダム
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一つは、本作に今まで富野監督が携わってきたスタッフが少なく、若手のスタッフが中心となって制作が始まったことが挙げられる。その為、作品作りが思うようにいかない場面は多々あったといい、番組終了後若手のスタッフ富野監督は謝られるほどだったが、監督自身はその言葉を聞き、彼らについてはよく頑ってくれたと当時から評価している。ただし、前作F911stガンダムスタッフを呼び戻した後だった為、サンライズに対しては「何なんだろうな?この体制は?」と不思議に思っていたともされる。
また経験不足なスタッフが多かったものの当時対外的な圧(後述)に酷くストレスを感じていた監督にとって「スタジオ聖域のようだった」ようで、作品の制作意欲自体はとても高かったと「富野由悠季仕事」には記述されている。本作でデビュー、もとい若手だったスタッフの中には後々著名になった人物も多い。後のガンダムシリーズのほとんどに携わる石垣純哉、カトキハジメを始め、逢坂浩司新保卓郎(現:しんぼたくろう)、声優も新人の阪口大助をはじめ、渡辺久美子も「少年役以外のレギュラーは初めてだった」と話すなど、役者としての幅を広げた人物もいる。その事から本作品では若手スタッフや出演者の育成についてはそれなりの成果を収めているとも考えられている。

またもう一つが、スポンサーであるバンダイ役員の介入である。本作の中で最も個性的な特徴としてあげられるバイク戦艦については有名な逸話があり、放送開始直前のある時、富野監督は著名なデザイナーである某バンダイの重役村上克司に呼び出され「戦艦を出せ」と注文をつけられた。富野監督はその人物がデザイナーとして実績のある人物であると当時から認めてはいたものの、それに対し「戦艦が地上で飛ぶならば、バイクだってを飛んでもいいでしょう」と返したところ、「飛ばしてよ」、更に本当にバイク戦艦でいいのかと確認すると「かっこいいじゃないですか」と予想外の反応を示されてしまい、バイク戦艦を登場させたという経緯がある。
この例は現在本作が当時サンライズバンダイに買収される過渡期の作品であると同時に、その為の企画でもあったという説を裏付ける上で最も有名な逸話となっており、富野監督く「ZZの頃よりもバックがなかった」と言わしめるほど、これまで以上にスポンサーの権限が強かったという(「それがVガンダムだ」より)。事実、放送開始から翌年の1994年1月サンライズバンダイ下となり、富野監督サンライズ上層部もバンダイ側から送り込まれた人間に一新されたという。

そして、F91の直系の企画がなくなり本作ができたこと、スポンサーからの介入が著しく企画に影を及ぼしたこと、そして若手のスタッフばかりをあてがわれたこと等が、総じてこの制作会社の買収案件に起因する交渉の材料であったこと、そしてそのことを長年携わったサンライズの元経営が、番組終了間際まで富野監督にひた隠しにしていたという。このことを知った当時の富野監督は、く「人身売買されたような気持になりました(「それがVガンダムだ」より)」とるほど相当ショッキングな出来事だったようで、Vガンダム放送前から兆があった鬱病を、より悪化させた原因であるとしている。
(なおこ1994年に行われたバンダイによるサンライズ買収問題は、本作のみならず他のアニメにも影を与えており、例えば当初10年くらいの企画として1991年スタートしたシリーズものでタカラスポンサーの「勇者シリーズ」が、この年の5作勇者警察ジェイデッカー」で終了する可性があった。その後制作体制がやや冷遇されるも、8作の「勇者王ガオガイガー」まで続くが、版権がややこしくなるという事態に見舞われている。)

こういった苦悩もあったことから、現在富野監督は本作に関して関わったスタッフらの長所などは認めつつも、基本的に否定的な意見を述べることが多い。DVDメモリアルBOX発売の際は購入した人間しか見れないライナーノーツに「買ってはいけません」という見出しをつけ(ただし、これは「そういうと売れてしまうんですよね」という発言が後に続く)、2015年Blu-rayBOX発売に際しては「この作品は全否定したいと思っているものです」「何がダメなのか探してください」と発言している。

但しその反面、
「ぼくは一本一本の話をおもしろくする努はした」「Vガンの制作はまがりなりにもまっとうできたはずなのだが」(「癒し」より)
Vガンダム」はロボットアニメとしては失敗してしまいました。しかしそのおかげで、この物語はこれまでが手がけてきたガンダムシリーズをなぞったものではない作品になりましたし、小説普通映画ストーリーラーとしては、重な経験を積ませてもらえたと感じています」「(ラストシーンは)十分に満足のいくものであった」(「ニュータイプ100%コレクション 機動戦士Vガンダム VOL.2」より)
「決してほめられたものじゃないんですが、そんなわけで、決して淡にやっていたわけじゃありません(笑)。」(「戦争平和」より)
が本気を出した時にはZガンダムVガンダムのような作品になる」ニュータイプ2015年4月Gのレコンギスタインタビューより)

と、実は当時から現在に至るまでこのようにも述べており、極めつけは「それがVガンダムだ」において
「作品というのはその人の経歴で見るものではないですから。面い面くないで見るものですから(中略)作家監督によって評価が落ちる作品が、決してその人にとって決定的な汚名になるとは思えないのです。」
「作品論としての評価ではないんですよ。そういった誤解はしないで貰いたい」
「このシリーズで、自身がこういう立ち居様になった結果というのは、作品論的なものではありませんでした。もちろん、そこには自身の問題もありはしますが、経営論が優先した作品だったのです。」

とまでっており、本作に富野監督が否定的なのは当時の制作事情に対するものであって、内容についてはバイク戦艦を除けば否定的な見解は一切なく、間違いだった、失敗だった、といった類の発言さえしていないのである。(誤解を生みやすい複雑な事情があるにせよ)センセーショナルな見出しだけを見た人によって、あたかも「作品として監督に否定された」という誤った解釈によるが、一部のファンに対して過剰に伝わってしまい、現在も様々な場で「暗く出来の悪い作品になり監督になった」といったような、誤解を生む誤った作品紹介をしている所も結構あるが、そのような事実は一切ない。誤った聞や偏見にとらわれず、未視聴のファンは一視聴者の立場として「見てください!」という事であろう。

また近年、富野監督自身は内容で言及していたバイク戦艦についてですら「今になっては一番気に入っている戦艦」だという発言もしており(【機動戦士ガンダムUC公式アカウントの広報いぬツイートより】[外部]放送終了直後の特集でも「もっとく登場させるべきであった」というコメントを残している。富野監督くこの事があったのは「コンテを4、5本切った1月」と『それがVガンダムだ』にて回顧しており、またこれを受けた富野監督が当時描き上げたタイヤメカイメージラフボードには1993年2月3月の日付が記してあることから、放送開始の直前とはいえ、現場では既に1クールの準備が相当進んでいる頃であり、そういったものが序盤はドゥカー・イクらの戦闘バイク部隊の登場などに留まっていたことを裏付けている。(同じくバイク兵器が作品内で登場しガンダムZZの後番組でもある「機甲戦記ドラグナー」にも、没案としてバイク戦艦が既に存在し、バイク戦艦はそのリベンジ的な意味合いがあるのではとう説もある(デザイナーは同じ大河原邦男

また本作は放送中の人気はそこそこ程度ではあったが、ビデオソフト販売はかなり好調で均1万5千毎という当時の基準以上のLD/VT売上を達成したと放送終了バンダイビジュアルインタビューで答えていることから、当時の既存のガンダムファンからのVガンダムガンダム市場の評価については依然高かったことも伺える。
富野監督は次回作のガンダム監督を引き受けず、今川泰宏Gガンダム監督推薦し、TVアニメからは暫く姿を消す。(その間の様子はエッセイ「ターンエーの癒し」に詳しい)。


スタッフ 


プロデューサー 小泉美明(テレビ朝日)、植田益朗(サンライズ村上克司
原作 矢立肇富野由悠季
監督 富野由悠季
美術監督 池田繁美
撮影監督 奥井大神洋一
音響監督 上靖夫
キャラクターデザイン 逢坂浩司
メカニックデザイン 大河原邦男カトキハジメ石垣純哉
脚本 顕、富田園田英樹神戸
代表的な作画監督 村瀬修功、瀬尾康博、新保卓郎、西村
代表的な原画 逢坂浩司重田西村芳、榎本勝紀
代表的な作画スタジオ スタジオダブ中村プロアニメアールガイナックス
音楽 千住明
演奏 キングレコードフィルハーモニックオーケストラ篠崎正嗣ストリングス
制作 創通エージェンシー電通
製作 テレビ朝日サンライズ

スタッフにはこれまでの富野監督作品に携った人物は非常に少なく、特に「重戦機エルガイム」以前のスタッフは、「1st」でのみ関わりのある植田益朗プロデューサー作画スタッフ富田くらいしかおらず、中堅スタッフも「Z」「ZZ」に僅かに携わった人物が数名(重田瀬尾康博、池田繁美など)であったり、上靖夫のように業界経歴はあるが、ガンダムシリーズ自体には関わっていなかった人物が名を連ねた。そしてそれ以外の制作の中心となった多くは、まだ経歴が浅くガンダムにもほぼ携わった事のない当時のサンライズやその下請けの若手スタッフ達であった。

富野監督自身はこの布について後年、書籍「それがVガンダムだ」の中で「意気込みの感じられる体制ではない」「薄い現場」など不満を述べているものの、スタッフの頑りに関しては「打ち上げで謝られたが、よく頑ってくれた」「逢坂君の柔らかいタッチに救われた」など認める発言もしている。また千住明の楽曲については、当時からサウンドトラック同封のインタビュー内で絶賛するなどしていた。

またこの若手の中には、後のガンダムシリーズを歴任するスタッフも数多く含まれている。カトキハジメ石垣純哉、村瀬修功、新保卓郎、榎本勝紀、大神洋一など、多数のガンダムシリーズスタッフが本作から輩出されており、村瀬修功(W)や西村芳(X)のように数年後にキャラクターデザインに抜された人物も名を連ねている。
またガンダムシリーズには関わらずとも、後にアニメポケットモンスターシリーズを歴任してブレイクする脚本の園田英樹や、後に「TIGER&BUNNY監督や「THE・ビッグオー」のキャラデザインで著名となるさいとうけいいち等が、若手として参加していた。

ちなみに本作は影を用いない作画が序盤多用されたものの(富野の意向であり、品質の良い原画制作に時間を割くため)、後半になるにつれ作画に影が増加したのは、瀬尾康博の率先した試みによるものであるという(書籍「ニュータイプ100%コレクション」スタッフインタビューより)。

ガイナックス制作に携わった数少ないガンダムシリーズとしても有名である。サンライズは以前『逆襲のシャア』のメカデザインガイナックスに依頼した経緯があるものの、作画に直接携わった作品は後にも先にも本作のみである。このことが有名ゆえ、ニコニコ動画では本作の良作画シーンの場面で「ガイナ担当した作画は…」と偽もなしにコメントされることも多いが、具体的には
・第7話、第15話の動画
・第35話、第39話、第44話、第51話の原画
が担当回である。これらの回はいずれも作画の品質が高いものの、それ以外の回でも逢坂浩司瀬尾康博の担当回など、作画品質の高い回自体はガイナックス担当以外にもたくさん存在するので誤解なきよう。
後半のガイナックスの原画については、後に「新世紀エヴァンゲリオン」の監督を務める庵野秀明も参加していたといい、野は放送前後のアニメ誌で度々本作をテーマにした発言を行うなど造詣が深かった。
また本作以降のガンダムシリーズ企画していた際、一時ガイナックスにも制作オファーが来ていたという。(どの程度のレベルでの話なのかはわからないし、なんやかんやで話は立ち消えになったものと思われるが。)岡田斗司夫の発言より。[外部]


ボンボン版は電子レンジに入れられたダイナマイトだ!!


アニメの放映に併せて、当時コロコロコミック人気を競ったコミックボンボンにおいて漫画が掲載された。

かしこコミックボンボン版、コミカライズを担当した岩村俊哉によって富野監督ビックリの凄まじいアレンジが施されている。


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最終更新日: 20/02/12 04:18
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