ニコニコ大百科モバイル

7/2(月)よりスマホまたはPCでアクセスした場合、各デバイス向けのサイトへ自動で転送致します


空挺軍


ヨミ: クウテイグン
掲示板をミル!
7カキコ!

空挺軍(Воздушно-десантные войска)とは、ロシア連邦軍独立兵科である。略称ВДВ(ラテン文字転記;VDV)。


概要


戦略ロケット軍、航空宇宙防衛軍と並ぶロシア連邦軍独立兵科である。スカイブルーのベレーとボーダー柄の兵シャツをトレードマークとしていることで知られる。

別段ロシアとて伊達や酔狂で挺部隊を独立兵科として扱っているわけではなく、ソ連時代から広大な領土を持つ陸軍として、また縦深攻撃理論の先駆者として、機動に優れた挺部隊を重視しているがゆえの編制であり、この点はアメリカ合衆国における独立軍種としての海兵隊較すれば理解しやすいと思われる。


沿革


ロシア/ソ連における挺部隊の歴史は古く、1930年8月2日軍大演習で12名の挺隊員がパラシュート降下を行ったのがその起であり、現在でも8月2日は空挺軍の日として祝われている。

この演習の結果は高く評価され、翌1931年には初の空挺軍部隊である航空強襲支隊がレニングラード軍管区で編成された。その後もソ連革命軍事会議の決定に基づき、各地で航空強襲支隊が編成され、1941年までには各1万人規模5個空挺軍団が編成されるに至った。この間空挺軍はノモンハン事件(ハルヒン・ゴール紛争)やフィンランド冬戦争に参加している。1941年のドイツ侵攻によって始まった独ソ戦においても空挺軍は奮戦し、一部では作戦も行われたが、多くの空挺軍部隊は狙撃師団(歩兵師団)に再編され都市防衛に従事した。

第二次世界大戦終結後、空挺軍は新たな戦略環境に対応すべく再編された。特に伝説的な空挺軍官V.F.マルゲロフのもとで、BMDシリーズを始めとする戦闘車両の導入などの戦向上が図られ、空挺軍は核戦争の時代に対応する新たなを手に入れた。冷戦期のソ連空挺軍はNATOとの全面衝突こそ生起しなかったものの、ハンガリーチェコなどソ連衛星への介入、アフガン紛争などに投入された。

ソ連崩壊後の空挺軍は、規模こそやや縮小されたもののチェチェンを始めとする地域紛争や外での平和維持活動など冷戦後の軍事環境に対応した機動展開部隊として、またロシア連邦軍の軍革のモデル部隊として、現在ロシア軍の精鋭部隊として今に至っている。


組織


現在のロシア空挺軍は約3万5千の人員を擁している。師団および団級部隊は以下のとおり。

このほか独立親衛特殊任務連隊(空挺軍スペツナズ)、工兵大隊、通信連隊、砲兵連隊、高射大隊、ヘリ飛行隊、修理大隊などの部隊が存在する。また、教育機関としてはオムスクの空挺軍教育センター、リャザンの空挺軍准尉学校及び空挺軍大学(V.F.マルゲロフ記念リャザン高等学校)がある。

ロシア空挺軍は戦闘車輌挺降下可自走砲などを配備し、他挺部隊にして火力と機動に優れているのが特徴である。現在は新BMD-4M戦闘の配備が進められている。


関連動画



■sm16791019[ニコ動]

■sm3377266[ニコ動]


関連項目



最終更新日: 14/01/26 03:54
タグ検索 パソコン版を見る


[0]TOP
ニコニコ動画モバイル
運営元:ドワンゴ