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若者


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若者英:youth)とは、年若い人。わこうど。若衆広辞苑』第七版,2018年,岩波書店子どもから成人への移行期にある人々をす。

以下では青年青年期)についても扱う。


歴史的・社会的背景


青年が「子ども」でも「成人」でもない独自の社会カテゴリーとして出現したのは、近代社会においてである。この青年期にそれぞれの社会において成人資格とみなされている諸条件が準備される。そのな条件として、一般的に①性的成熟を中心とする身体的発達、②知的・技の伸長を中心とする労働の準備、③情緒の発達、自確立を中心とする社会集団への適応の増進。しかし現在、a)熟化の傾向、b)高学歴化に伴う職業的自立の遅延、c)管理社会化と価値の多元化による自確立の困難という問題状況のなかで、青年期はいっそうと緊に満ちた時期となっている朗,竹内郁朗,石川(編)『社会学小辞典 新版増補版』,2015,有閣,p367

家族のなかでは親同士の関係とともに、親子関係も役割分業としての一面をもつ。注意を要するのは、子どもの権利という発想そのものが近代的であるということである。のみならず子ども概念そのものが、近代的なものであるという見解もある。たとえばフランス歴史であるPh・アリエスは、中世社会には子ども概念が存在していなかったという。当時子どもは、幼児の段階を過ぎると大人と同様の装をし、仕事をし、遊びをする存在であった。要するに子どもは、「小さな大人」であった(『〈子供〉の誕生』)。アリエス中世社会から近代社会への移行の過程で、子ども概念が誕生したという。そのような子ども概念の誕生に一役買ったのは、学校家族である、すなわち子どもは、学校家族に隔離されるようになる。そしてここで、特別な援助や保護を与えられるようになる。中世社会においては子ども社会化は、社会全体によって行われていた。たとえば徒修業は、その一つの形態である。しかし近代社会では、それが学校家族によって担わられるようになる、というのが「子ども」の誕生をめぐる、アリエスである奥井智之『社会学 第2版』東京大学出版会,2014,pp.87-90

今日的な意味での「青年」という用日本で用いられだしたのは、明治二十年に徳富峰が著した『新日本青年』や、明治三五年に中島造が著した『青年諸君に告ぐ』などが最初とされている。そこでは新たな国家の担い手として己努し自分を高めていく青年像が理想とされていた。

明治三〇年代には高島三郎らによって青年心理学の創始者であるスタンレー・ホールの紹介がなされ、日本青年心理学が始まる。また、教育制度の整備が進み、とくに日清戦争後は、尋常小学校より先の学校への進学者も次第に増加した一方で、社会の側ではそうした進学者の就職先がまだ十分に確保されていなかったため、行き場を失った青年層の不満や騒動が、「学校騒動」などといった形で社会的な問題になっていった。こうして大人として社会に受け入れられないが、もはや子どもでもないという「界人」としての青年の問題が露わになっていった岡田,2003,pp.7-8


ライフコース


20歳前後の大部分の若者は、この間に中学校高等学校大学や各種専門学校卒業し、就職する。日本では選挙権を18歳、被選挙権を25歳または30歳になると得る。社会学者・清水太郎は「職業集団に属した後は、従来獲得しきたった後的なと方法とによって自己を生かし、かつ社会を生かそうと試み、最後に基礎的社会に至っては政治を通じて社会そのものを高めて行く活動の体となることができる」というような社会人といわれる存在になるとしている。このようにそれまでの受け身の存在から、青年期は社会を作る側へ転じていく木村文(2005).現代社会の変動と若者 永井(編)『若者と現代社会』学文社, p.6


発達心理学


若者時代を表わす言葉として「青年期」と「思期」という呼び方がある。この二つはしばしばあまり区別されずに使われているが、発達心理学青年心理学では、おおよそ以下のような使い分けがなされる。思期は、「第二次性徴」の始まりによって特徴づけられる、おもに身体的な成熟の意味、一方「青年期」は、思期の始まりにともなって生じる「心理的変化」の時期を岡田,2003,pp.2-3

アメリカ合衆国の発達心理学者、エリク・H・エリクソンの発達段階論によれば、第5ステージに相当する。青年期の課題は自同一性(アイデンティティ)の獲得である。青年期は、「自分とは何か」「これからどう生きていくのか」「どんな職業についたらよいのか」といった問いを通して自分自身を形作っていく時期である。青年期は、自同一性を獲得するために社会的な義務や責任を猶予されている準備期間(モラトリアム)であると言える。

同一性がうまく達成されないと「自分が何者なのか、何をしたいのかわからない」という同一性拡散危機に陥る。エリクソンは同一性拡散のあらわれとして、①対人的かかわりの失調(対人不安)、②否定的同一性の選択(非行)、③選択の回避と麻痺(意欲の低下=アパシー)などを挙げている長谷川東條大島丹野中,(2008),pp.71-72

青年期の終わりは、第二次世界大戦後、社会全体が豊かになるに従い、あえて自分を成人として位置づけなくても十分な経済をもち生活することが可になってきたこと、また技術革新スピードが速くなり、「もうこれで学ことは十分学んだ」という心理的ゴール感がなかなか達成されにくくなったことなどにより、次第に後のほうにずれ込む傾向がある。現代では、パラサイトシングルなどに代表されるように、青年期はもはや終わることがないという考え方も出てきている。また社会学の立場からは、現代の社会では成人としての意識を自覚する必要などなく、自分自身の方向性が未定のままであっても十分社会に適応することが可であり、もはや子ども大人の差異自体も失われているという摘もある岡田,2003,pp.11-12


心理的離乳


青年期には、家族から離れ、一人の独立した人間として自分を扱ってほしいという気持ちが高まる。これを心理的離と呼ぶ。代表的なものとして「第二次反抗」と呼ばれる親や大人に対する反発的な態度や行動がある。これは、自分はもはや子どもではない、一人前に扱ってほしいという気持ちの表われと考えられているが、しばしば現実視した、制限で責任な自立・自を要するものとなりがちである。

ホフマン(Hoffmann,J)は青年期の心理的な分離の過程として次の4つを挙げている岡田,2003,pp.12-15

  1. 独立:両親の援助なしに友だち遊びや休日の過ごし方などの個人的で実際的な問題を管理し、それに向かうことのできる
  2. 態度的独立青年と両親との間の態度や価値、信念などに関する分化と独自な自己像
  3. 感情的独立:両親からの承認、親密さ、一緒にいたい気持ち、感情的サポートなどについての過度な欲求にとらわれないこと
  4. 独立:両親との関係の中で過度の的感情(罪悪感、不安、責任感、抑制、憤り、怒りの感情)を抱いていないこと

ギャングエイジ


10歳前後の子どもが徒党を組む行動を、発達心理学では「ギャング」と呼び、その年代を「ギャンエイジ」と呼んでいる。いわゆる女子同士の「仲良しグループ」もこのカテゴリに含む。ギャング集団の中では強い仲間が発生する。仲間に加わりたいという願いが強まり、仲間から影を受けやすくなる。仲間結束して大人への反抗やいたずらを行なったり、また男女グループで対立や反をしあうのもこの時期の特徴である。ギャング集団での経験は、人が社会で生きていく上での基礎訓練として重要なものである。

しかし現代社会においては、ギャング集団は次第に影が薄くなっている。その背景には、子ども側の要因として①遊び場そのものが減少したこと、②少子化が進み、少人数になったり、そもそも集団を作れない子どもが増えてきたこと、③一人遊びやゲームなどのの中でのおとなしい遊び方が中心になってきたことが挙げられる。大人の側の要因としては、①少子化の流れの中で子どもへの過保護や過干渉が当たり前になってきたこと、②親自身が近所付き合いを好まないなど人間関係のあり方が変化してきたことが挙げられる。

こうしたギャングの衰退によるマイナスの影としては、「いじめ」が知的に成長した段階で陰湿な形で他人を攻撃する例が報告されるなどがある岡田,2003,pp.17-19


友人関係


分析ハリースタック・サリバン(Sullivan,H.S.)は、青年期に入る直前の時期に、同性同年代の友達とのきわめて親密で個別的な関係(チャム)が見られるとしている。子供時代の友人関係はどちらかと言うと「自分のために相手が何をしてくれるか」というよな利己的な関心に基づいているのに対して、チャム関係では「相手のために自分が何をできるか」といった利他的な関係が中心となる。こうした関係の持ち方は、その後の異性に対する情の原点となる。

分析学者のピーター・ブロス(Blos,P.)は、青年期の初期の頃の同性同年代の親友関係には次のような特徴が見られるとしている。それは、相手を自分自身の延長のように感じ、相手のことを「自分が所有したいと願う資質をもつ人」「自分がなりたいと望む相手」としてお互いに理想化しあうといった特徴である。やがて自分なりの十分納得して受け入れられる行動や価値観の基準(自理想)ができてはじめて、相手と自分の違いも受け入れられるようになっていく。この期間は青年期中期から後期に該当すると考えられている岡田,2003,pp.19-21


若者文化


子どもから大人への移行期にある青年期特有の役割・価値観・行動様式をもった下位文化をす。今日、とくに青年文化の開をみるに至った背景としては、所得準の向上によるユース・マーケットの成立という経済的条件と、独自な自己実現への強い欲求という精的・文化的条件を挙げることができる。また青年文化の多様な様相をあえて類化すると、それは既成秩序との関係から、同調・逸脱・対抗という行動様式と精構造特性を軸にして設定することができる。今日青年文化が、しょせんは支配的な価値の社会化の波に埋没する一時的なものなのか、それとも新たな文化創造の一を担うものなのかが注される。


若者論


朗,竹内郁朗,石川(編),p368


明治時代


「何故働かないって、そりゃが悪いんじゃない。つまり世の中が悪いのだ。もっと大うと、日本対西洋の関係が駄だから働かないのだ。」

夏目漱石『それから』,新潮文庫,p.102

「働らくのも可いが、働らくなら、生活以上の働でなくっちゃ名誉にならない。あらゆるな労は、みんな麺麭を離れている。」「つまり食う為めの職業は、実にゃ出来悪いとう意味さ。」

夏目漱石『それから』,新潮文庫,p.108

この小説朝日新聞に連載されていた明治四二(一九〇九)年の時期、日本社会日露戦争後の軍需バブルの崩壊期にあたり、代助が就職できなかった背景にはこうした経済事情もあったが、明治期の新ブルジョア階級に属していたこともある片瀬,(2015),pp.ⅰ-ⅱ


1970年代


社会学者の片瀬一男は、若者(青年)問題が、戦後日本社会学で本格的にられ始めた嚆矢は、昭和四五(一九七〇)年の第四三回日本社会学会大会におけるシンポジウム「現代の青年問題」だとしている。またここでいう「青年」とは大学生であり、①労働の問題としての青年論(階級論的青年論)、②文化の問題としての青年論(世代論的青年論)、③政治の問題としての青年論(時代的青年論)という3つのフレームに整理されるとしている。そしてこのうち①と③は1960年代的という時代制約的だったものの、②の文化の問題を扱ったものは、井上俊(1971)の論考、青年に特有の傾向としての「遊戯性」つまり「まじめ(俗)」を相対化し、そこから離脱する傾向、「実生活のなかに「あそび」の要素をもちこみ、実人生をある程度「遊戯化」しようとする志向」を軸とした「遊戯論」とエリクソンのアイデンティティ論(モラトリアム論)を軸として展開されていく事になったとしている。

ただし、日本ではエリクソンの理論は紹介者の一人・小木(1978)によって換奪胎され、発達論的な青年研究というより、「モラトリア人間論」、つまり1960年代の政治の季節が終わった後の「しらけ世代」(社会への不関与や未決定を特徴とする「アイデンティティ拡散」の状態のまま、いつまでもモラトリアムに安住する若者)といった世代文化論的な若者論へと変換されていった。その背景には、大学進学率の上昇によるモラトリアムの制度化と、豊かな情報消費社会の成立があり、そこから当事者意識ももたず大人になれないな「モラトリア人間」が誕生したことが強調されたという片瀬,(2015),pp.13-20


1980年代



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最終更新日: 20/04/06 22:21
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