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英語


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英語(えいご)とは、印欧語族(インド・ヨーロッパ語族)のうちゲルマン西ゲルマン語群に属する言である。

概要

英語

English

総話者数 約18億人(非話者を含む)
約5億人(話者数)
話者数の順位 1(非話者を含む)
2(話者数)
系統 インド・ヨーロッパ語族
ゲルマン
西ゲルマン語群
通用地域 世界各地
公用語採用 グレートブリテンおよび北部アイルランド連合王国(事実上)
[画像を見る]アメリカ合衆国(事実上)
[画像を見る]カナダ
[画像を見る]オーストラリア連邦
[画像を見る]欧州連合
他約80
コード
ISO 639-1 en

歴史的にはとしてイングランド地方で発展してきた言であり、その名称も「イングランド」に由来する「英語」の「英」は「イングランド」を漢字転写した「英吉利」に由来している。

現在ではイングランドのみならず、イングランドを含む英国(連合王)の全域で用いられている。また、かつて英国植民地であった地域にある英連邦(Commonwealth of Nations)の構成である場合もある。、すなわちアメリカ合衆国オーストラリアカナダなどでも用いられている。さらに、国際連合(UN)および欧州連合(EU)の公用語であるほか、各種の国際機関日常的に用いられている欧州連合(EU)には英語を含め24もの公用語が存在するが、欧州委員会などの実務機関では英語が最も頻繁に使用されている。国際連合(UN)においても英語を含む6公用語が存在するが、会議等では英語が最も頻繁に使用されている。際的な情報伝達に有用であることから、各外国語教育においても英語は特に重視されている。

としての総話者数は約5億人とされ、その数は中国語(約13億人、そのうち普通話は約9億人)に次ぐ第2位である。ただし、かつて英国移民植民地政策によって世界各地に広まっているという点が、中国語との大きな違いである。

また、英国、ついで米国が、それぞれ世界的な大きな影を有する国家になった影で、としての地位を確立するに至った。第2言として英語を習得している者の数も多い。日本教育機関においても、第1外国語としては英語を扱う場合がどである。インターネットにおいても最も用いられている言でもある (参照[外部]) 。

同じゲルマン西ゲルマン語群に属する言としては、ほかにドイツ語オランダ語が挙げられる特に基礎的な単家族や数字をす単など)はドイツ語と似通ったものが多いが、これは英語とドイツ語とが約2千年前に分流するまで同じ言だったことに起因する。ちなみに、英語に最も似通っている言フリジア、次いで近いのはオランダ語や低ザクセン方言などの低地ドイツ語といわれる。。一方、歴史的にイタリック(特にラテン語およびフランス語)の影も強くってきたため、フランス語などとの類似性も見受けられる。

文法

方言差

イギリス英語・アメリカ英語オーストラリア英語の三種に分けられるが、インドフィリピンなどを考慮すればそのの数だけあるともいえる。アメリカ人とイギリス人などはお互いに「どちらが標準で、どちらが訛っているか」と対立する部分もあるそうだ。

当然、同じ内でも地域ごとにも違いがありイングランドに限っても同じ内で通じないというのもある。たとえば「I'll go to hospital today.今日病院に行く予定だ)」が「I'll go to hospital to die.(は死ぬために病院に行く予定だ)」に聞こえる(dayの発音が違うため)など、シャレにならないものまである。こうした発音や彙の地域差は、しばしば英語圏の文学や娯楽作品などでネタにされる。

アメリカ英語に慣れている日本人にとってはオーストラリア英語が特に訛りがしいと感じられることも多い。なおカナダではイギリス英語、アメリカ英語、ケベック周辺のフランス訛りと3種類あるが前者2つはあまり違いがい。

歴史

現在使用されている英語の原は、17世紀初頭ロンドン方言を元に完成された。英語が生まれたイギリス(特にイングランド)は、歴史的に様々なの言の影を受けており、多くの外国語の単が見られる。

 前史

印欧語族の一からゲルマンが前五世紀ごろに成立した。
ゲルマンの話者たちは、紀元前までにその居住地を、スカンディナビア半島沿バルト沿、ユトランド半島ゲルマニア平原やさらにゴート族のようにまでにも広げていた。

しかし、紀元前のグレートブリテン(以降、イギリスと表記)にはケルト人が住んでおり、ゲールなどのケルトが話されていた。また、紀元前55年と54年にはガイウス・ユリウス・カエサルイギリスへ遠征をした。

その後年ほどたった紀元43年、ローマ帝国イギリスを占領する。この頃はおよそ上層階級ではラテン語が、下層階級ではケルトが話されていたようである。また、ローマからの距離もあって、ガリア(今のフランス)やヒスパニア(今のスペインポルトガル)など違い、言ラテン語化されなかったようである。そのため、この時代に入ったラテン語余りい。

一方、時代は下って4世紀、東方では民族不明のフン族がヴォルガ以東のステップからヨーロッパへと進入。東ゴート族を壊滅に追い込んだ後、西ゴート族を蹴散らし、ローマ帝国に侵攻。アッティラの時代には中央アジアからバルトに至る大帝国を築くにいたった。これをきっかけにゲルマン諸部族は民族大移動を開始。ローマ帝国領内になだれ込んだ。

すでに衰退したローマ帝国にはこれをとどめるはなく、本の弱体化を受け407年にローマ軍はイギリスより撤退。すると、今度はゲルマン人(アングル人・ジュート人・サクソン人)が侵入し、七王を建設。サクソなどのゲルマンが流入し、ブリテンゲルマン化が始まる。

古英語時代(五世紀~1066)

以後、大陸ゲルマン部族から分かれたイギリスにわたったゲルマン部族はその言を独特なものにしていく。暗黒時代と呼ばれる五世紀の間にゲルマン諸部族はブリトン人(イギリスに元から住んでいたケルト人)との戦いを優位に進めつつ、王を形成。要な王が七つだったため、後にギリシャ語でヘプターキー(七王時代)と呼ばれた。アーサー王伝説が生まれたのもこの頃。後に王は四つへ統合される。ちなみに、現在イギリスEnglandと呼ばれるのは初期に盛を誇ったのがアングル系の王だかららしい(Anglia(羅)>England)。

同時期にキリスト教イギリスに再伝来。ケルトキリスト教駆逐しつつアングロ・サクソン王に普及した。キリスト教の関連書物ががラテン語ギリシャ語で書かれていたこともあり、それらの単が根づいた。

アングロ・サクソン王は統一へと向かう。まず、ウェセックスがマーシアを滅ぼした。しかし、この頃北ゲルマン群の古ノルドを話すノルマン人の一、デーン人(要するにヴァイキング)がイギリス東海を脅かしていた。これにより先の四王のうち、二王が滅びた。結果としてエグバートのもとウェセックスイギリス統一を果たすこととなった。さらにエグバートの孫のアルフレッドの時代にデーン人を打ち破って彼らの勢範囲を東北部のデーンロウに限定しここに王は安定を見た。

アルフレッドは文化振も行った。彼自身がラテン語を使えることもあり、かなりのラテン語文献がこの時代英訳されている。そのため、古英語はおよそウェセックス方言が標準といえる。

とはいえ、デーン人の侵略がなくなったわけではなかった。1016年にはデンマーク王クヌートによって北海帝国に組み入れられるなどして依然としてデーン人の影は強く。8世紀から11世紀の間に、彼らの話していた「古ノルド」の単が使われるようになる。特に頭のsk-(例としてsky,skin)などのような顕著なものも有る。その数およそ一千。またgive,getであるが、これは古ノルドの影を受けてつくられた単である。これらはもちろん古英語にも存在し、それぞれOE. giefan, gietan(発音はイェヴァン、イェタン)とられていた。しかし、古ノルドのON. geba, getaの影により、英語本来の音である[ j ]が駆逐され、[ g ]にとってかわられたのである。もし、古ノルドの影がなければこれらの単のつづりはそれぞれ yive, yetとなっていたと考えられる。

また、古ノルドの影は英語の文法にも多大な影を与えたと思われる。特に、格変化についてはそれが顕著だろう。というのは、古ノルド古英語群の差こそあれゲルマンに属し、また先の民族大移動の時代にはまだ意思疎通可なである程だったと推測される。さてこのような差となると四年たってもある程度の同一性が有るはずである(日本語方言で例えると、一概には言えないが博多弁と大阪弁の違いくらいの差である)。具体的には単幹である。逆に言えば、単語尾即ち格の決定に重要な部分が違っているのである。

屈折語尾の違いは、意思疎通の阻を生む。古英語時代既に始まっていた屈折語尾の衰退は意思疎通の便宜を図るため、大いに加速されたと考えられる。

この時代の書物としてはBēowulf,Anglo-Saxon Chronicleなどが有る。

中英語時代(1066~十五世紀末)

11世紀半ばに、ノルマンディーギヨームによってノルマン・コンクエストが起こり、フランス北部にいたノルマン人がイギリスを支配するようになる。そして、イギリスの支配階級がフランス語しか話さない人々によって占められることになり、フランス語が大量に流入した(ちなみに、こいつらも元はノルドを喋っていたのだが余りにもフランスになじみすぎてさっぱり喋れなくなっていた)。これは15世紀まで続いた。これ以後、イギリス海外から侵攻されたことがない。
なお、この間にフランス語から借用された彙は一万に及び、その75現在まで残っているという(Wikipediaより)。特に十四世紀以降、百年戦争によって本フランスに敵対心を持ち、またフランスの領地を失った王侯貴族たちはやがてイギリスの言葉を使い始めた。その一方長らく政治の場で使われなかった英語には政治のための彙が少なくフランス語からの借用によってこれを補うことと成った。


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最終更新日: 19/01/26 14:02
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