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重巡洋艦(艦これ)


ヨミ: ジュウジュン
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※この項では、『艦隊これくしょん~艦これ~』における「重巡洋艦」について、史実解説を中心に記述しています。

 概要

重巡洋艦(一等巡洋艦/甲巡)と軽巡洋艦(二等巡洋艦/乙巡)を区別する一番のポイントは、に8インチ(20.3センチ)を積んでいるか、6.1インチ15.5センチ)を積んでいるかである。ロンドン軍縮条約でそう決まったから、そうなっている。

ところが、『艦これ』の仕様では軽巡洋艦でも20.3センチを装備できる。これでは条約に基づいた重巡軽巡の区別をくしてしまうばかりか、改造近代修をすれば軽巡火力と装甲が上昇し、速も回避も似たようなもの。そのくせ重巡の方が燃費が悪く、修理に資材と時間がかかる上に、重巡は対潜い(史実では、大戦末期に間に合わせ的に装備?)とあっては、対の高い「摩耶」のみ僅かに利用価値を認められる程度で、艦これスタートしてからしばらくの間は重巡無能用論”提督の間では流となっていた。

しかしその後、重巡夜戦火力上限の向上という上方修正が入り、5-3や2013/11/1より開始されたイベントE-2、E-4、E-5などの夜戦MAPで評価が覆る。特にE-4のボス飛行場姫」撃破に必要とされる三式弾を運用できた事が大きな功績であったといえる。

さらに2013年12月に入り航空フェイズにおける対攻撃の仕様・計算式などが出うとそれまで産廃扱いだった三式弾、14号電探の価値が相対的に上昇。これらを火力・連撃装備を崩さずに併用できる拡性の高さがさらに重巡の評価を上げ、現在では優秀な随伴艦として多くの提督諸氏に運用されている。
また、航空巡洋艦2013/12/24の大アップデートで対潜攻撃が可となり(要水上爆撃機・カ号観測機)、重巡洋艦との差別化が図られている。後に2014/1/15に2度火力上限が向上し、劣化軽巡の名は全に返上する事となった。

さらにさらに2014年4月23日アップデート水上偵察機及び観測機、水上爆撃機(航空巡洋艦のみ)による観測射撃システム及び戦における連続射撃が導入。条件を満たせば軽巡でも発動できるものの、基本3スロット軽巡(改造後)では観測射撃は戦の火力のみの攻撃計算のため撃値はカウントされない事で火力不足になりがちになるのに対して重巡は4スロットの強みで火力を維持しつつ装備が追加できるため撃戦においては文字通り戦艦に次ぐ活躍が期待できるようになっている。

さらに(以下略)、前述した「軽巡重巡の違いが~」という意見に対応したのか、「軽巡フィット」という概念が導入され、軽巡に20.3cmを積むと命中率が落ちるようになった(といっても、誤差程度の修正率だ、という意見もあるが)。


※ここから、史実での重巡戦隊ごとの戦史解説等。艦名が太字なのは改二実装艦であることを示す。

 第四戦隊 (高雄型)

高雄(艦これ) [画像を見る] 愛宕(艦これ) [画像を見る] 摩耶(艦これ) [画像を見る] 鳥海(艦これ) も参照

■im3326649(静画)

太平洋戦争では高雄重巡洋艦によって編成され、開戦以来「愛宕」を旗艦として第二艦隊の戦隊を務めてきた部隊。『艦これ』では、任務に「第四戦隊」を編成せよ!出撃せよ!があるため、それなりの知名度を持つ。

高雄重巡洋艦は、前級の妙高戦闘を重視し過ぎたために、戦隊・艦隊の艦として使用するにはいささか不安な仕上がりとなったことから、この点をめたの高い巡洋艦として造られ、特徴的な巨大艦を持つことになった。
しかし友事件(昭和9年)の発生で、艦上構造物の重量化によるトップヘビーが艦の不安定性につながることが明らかになったので、「高雄」「愛宕」については艦をやや縮小する装を行ったが、「摩耶」「鳥海」については、装を行う前(運悪く、開戦の年が工事入り予定年だった)に太平洋戦争開戦となってしまった。
艦これ』ではこの点を踏まえて、姉妹艦ながら「高雄」「愛宕」と「摩耶」「鳥海」で絵師を別にしている(声優は同じ)。

初戦の第四戦隊高雄4隻がって編成され、東南アジアの資地帯攻略に出撃する。ここで「鳥海」が、第一南遣艦隊の旗艦として単独で別動されるのだが、この経緯があってか、ソロモン方面で作戦する第八艦隊(三艦隊)が編成された時も「鳥海」だけが第四戦隊から引き抜かれ、第八艦隊旗艦に定されることになる。

愛宕」は開戦以来一貫して巡洋艦体とする第二艦隊の旗艦の座にあり、戦艦大和」や低速戦艦の第一艦隊が後方で為に温存されるのに代わって前線力部隊の一を担う。ガダルカナルの戦い以後の要な戦場には、常に第四戦隊の姿があった。

しかし長引く戦いで消耗し、戦隊の練度は低下。マリアナ沖海戦では、後方から飛来してきた味方航空隊を敵機と誤認して数機を撃ち落とすという失態も犯す。そして昭和19年10月レイテ沖海戦へ出撃した第四戦隊は、移動中に敵潜水艦の攻撃を受けて「愛宕」「摩耶」が沈し「高雄」が大破、「鳥海」はサマール戦で自沈処分となり、乗員は救助されたが、その救助駆逐艦襲で沈没して全員戦死。第四戦隊はわずか3日のうちに、事実全滅となる。
高雄」はかろうじて生き残ったが、全な修理不可能シンガポールに浮き台として係留され、そこで終戦を迎える。戦後イギリス軍によって没処分された。

艦これ』では、数々の戦いに参加した実績を買われてか、重巡の中ではステータス較的良好。「摩耶」は被害修理の際に一部を撤去して対装備を強化、防巡洋艦化された史実を踏まえて対が高い。「鳥海」には第一次ソロモン海戦の『三艦隊』に関する任務が現在までに4回設定されており、較的使用頻度の高い戦隊となるであろう。

他の重巡較してやや遅くなったものの2015年3月に「摩耶」が、同年3月末には「鳥海」に改二実装された。「摩耶」は全艦娘最強クラスの防巡洋艦カテゴリ重巡のまま)、「鳥海」は第八艦隊の旗艦として長く戦線を支えた重巡最強クラス夜戦火力を保持する。

 第五戦隊 (妙高型)

[画像を見る] 妙高(艦これ) [画像を見る] 那智(艦これ) [画像を見る] 足柄(艦これ) [画像を見る] 羽黒(艦これ) も参照

■im3318416(静画)

太平洋戦争では妙高重巡洋艦によって編成された戦隊。『艦これ』でも高雄と同様に編成任務があり、さらに出撃任務がマンスリー任務となっているため、この戦隊名は知られている方だろう。

妙高は「足柄」の逸話にもあるように戦闘を最重視して造られた艦で、最初に設計した平賀譲・造船中将の案では、魚雷を全装部分の防御の弱さを嫌った)してに特化したものだったと言われる。結局は平賀をめぐるゴタゴタの末に装をつけて建造されたが、その装のために今度は兵員居住区を圧迫することとなった。
とはいえ、このクラス重巡洋艦としては完成度が高く、高雄の大きな艦トップヘビーを心配されたのに対し、妙高は船体の安定性に優れていたという。

第五戦隊昭和15年以来、妙高定位置となっていたが、開戦時は「足柄」が第二南遣艦隊旗艦として軽巡長良」「球磨」と第十六戦隊を組んで既に別動されており、ミッドウェー海戦の直前には「那智」がアリューシャン方面の作戦を担当する第五艦隊旗艦(軽巡多摩」「木曾」と第二十一戦隊を組む)として引き抜かれた。このため大戦中ほとんどの期間の第五戦隊は、「妙高」「羽黒」のペアによって編成されていた。
この事情を踏まえか、『艦これ』の「第五戦隊」を編成せよ!の編成任務では妙高4隻のうち足柄が含まれておらず、妙高全体での編成任務は妙高重巡姉妹の全4隻を編成せよ!として別に存在している。

第五戦隊(「妙高」「羽黒」)は第二艦隊の一員としてソロモン要戦役に参加。一方「那智」と「足柄」は北方南方でそれぞれの艦隊の旗艦任務に従事し、昭和19年に「足柄」は本土へ呼び戻されたが今度は「那智」の戦隊へ組み入れられ、レイテ沖海戦へは4隻って参加したが、第五戦隊栗田艦隊、第二十一戦隊志摩艦隊所属で別行動となり、ついに最期まで四姉妹がひとつの戦隊で戦うことはかった。

那智」が昭和19年11月ニラ襲で、姉妹の中では最初に戦没。レイテ沖海戦重巡7隻を一挙に喪失したで、残存の重巡は第五戦隊へ寄せ集められたが、「妙高」と「高雄」は修理不能で航行不能、「利根」は本土へ帰ったものの燃料不足で浮き台化され、「足柄」「羽黒」のみが東南アジアを彷徨うように戦い続ける。
そして昭和20年5月に「羽黒」、6月に「足柄」が戦没。「妙高」は本土へ帰れないままシンガポール終戦を迎え、戦後イギリス軍によって没処分される。

艦これ』では、初期状態は艦のステータスにこれといって特徴があるわけではないが、現時点で同一戦隊四姉妹全員改二実装されている一の重巡姉妹である。キャラ作画に特徴があり、クソコラ選手権二次創作の方面では一部で大変な人(意味深)となっている。

 第六戦隊 (古鷹型・青葉型)

[画像を見る] 古鷹(艦これ) [画像を見る] 加古(艦これ) [画像を見る] 青葉(艦これ) [画像を見る] 衣笠(艦これ) も参照

■im5049326(静画)

いわゆる“条約”として知られる古鷹青葉重巡による戦隊青葉古鷹を基本に手直しを加えたという位置づけのため、この四艦は準・姉妹艦と言える。

ワシントン軍縮条約で戦艦の数を制限され、巡洋艦を「は5~8インチ排水量10000トン以内」にカテゴライズされたことを受けて、日本海軍はこの内で如何に巡洋艦を重武装させるかに心血を注いだ。
古鷹はその第一として生み出された巡洋艦で、条約の上限排水量10000トンに対して8000トン、その中に8インチ単装6基(後の近代装で連装3基に変更)を効率よく収めたものとして、高く評価された。逆に英においては、日本がこのような効率的な巡洋艦を生み出したことを脅威と受け取られ、後のロンドン軍縮条約締結の原因になったとされる。
艦これ』での「古鷹」のセリフ重巡洋艦のいいところ、たくさん知ってもらえると嬉しいです!」には、自身が日本における重巡洋艦の先駆けとなったことへの自負が見え隠れする。

とは言え、軍縮条約が過去のものとなり建造制約?なにそれおいしいの状態になった太平洋戦争においては、古鷹青葉は旧式艦として扱われ、の第二艦隊や南雲機動部隊(第一航空艦隊)ではなく中部太平洋方面の第四艦隊へ配属されていた。珊瑚海海戦では五航戦および「祥鳳」と出撃したが、連携の拙さから「祥鳳」を撃沈される。

第六戦隊とも言うべき戦いは、昭和178月ってきた。重巡鳥海」を旗艦とする第八艦隊(長官:三軍一中将→三艦隊)は、第六戦隊に加えて軽巡夕張」「天龍駆逐艦夕凪」という、旧式艦のオンパレードというような容だったが、第一次ソロモン海戦で連合軍に対し(戦術的には)勝を収めた。

しかし第一次ソロモン海戦の帰路に潜水艦の襲撃で「加古」が撃沈されたのを皮切りに、10月レアオバ事件サボ島沖夜戦で「古鷹」、11月第三次ソロモン海戦一夜戦で「衣笠」を立て続けに喪失。残存艦が「青葉」のみとなり、ここで第六戦隊は解隊となってしまう。
青葉」はその後所属部隊を転々とし、何度も瀕死になりながら、終戦軍港内・大破着底状態で迎えた。


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最終更新日: 20/01/15 21:46
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