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FC今治


ヨミ: エフシーイマバリ

FC今治とは、愛媛県今治市を本拠地とするサッカークラブ、及びJFLに所属するサッカーチームである。

概要

日本サッカークラブ
FC今治
基本情報
創設年 2012年
運営法人 株式会社今治.夢スポーツ
所在 愛媛県今治市
サッカークラブテンプレート

元日本代表監督である岡田武史オーナーを務めるクラブである。

トップチームは元々、愛媛FCセカンドチームだったが、愛媛FCの経営判断に基づき別クラブトップチームとして再独立した。

FC今治となった当初は、愛媛FCとの競合を避けるために「J3までしかさない」という標であったが、岡田武史オーナーになってからというものの「J1す」「2025年までにはJ1優勝し、且つ日本代表を10人以上は輩出したい」という壮大な標が建てられており、今もその標達成に向かって、オーナーとその愉快な仲間たちが壮絶な試行錯誤の日々を送っている・・・。

歴史

日本フットボールリーグ
FC今治
基本情報
創設年 1976年
チームカラー 株式会社今治.夢スポーツ
ホームスタジアム ありがとうサービス.夢スタジアム
[今治市]
ホームタウン 愛媛県今治市
前身 愛媛FCしまな
要獲得タイトル
全国地域サッカーチャンピオンズリーグ:1回
四国サッカーリーグ:5回
サッカーチームテンプレート

元々は愛媛県越智大西町を中心とした周辺地域をホームタウンとした『大西サッカークラブ大西SC)』として1976年に創設。1978年には愛媛県東予リーグに加盟し、1982年には愛媛県リーグ2部で初昇格初優勝を成し遂げ、翌1983年に県1部に所属。その後1991年での四国サッカーリーグ昇格と同時に『今越フットボールクラブ(今越FC)』に称して、ホームタウン今治市越智全域の11とする(※前年には育成組織が設立されている)。「今越」は今治市の「今」と越智の「越」を合わせて「いまお」と読む。なお、四国リーグでは8チーム中最下位で愛媛県1部に自動降格している。

長い長い再びの愛媛県1部在籍を経て、2001年四国リーグに復帰しその後定着。2004年トップチームは別法人運営されるために切り離され『愛媛しまなFC』に称。これはトップチームの更なる地域密着と強化の向上が的であった。2009年からJリーグクラブ愛媛FCの下部組織となることが決まり、そのセカンドチームとして『愛媛FCしまなみ』に称。その影プロ契約選手も増えた結果、天皇杯出場の常連ともなっていく。

2012年には愛媛FCによる運営が出来なくなったことから消滅危機に遭うものの、愛媛しまなFC時代と同じ運営会社により再び独立する形で存続、現在の名称である『FC今治』に称する(※当初は『FC.IMABARI』という表記だった)。ちなみに今越FC時代の下部組織のチームは全てFC今治に移管されている。名称変更してから全的に有名な地元のゆるキャラバリィさん」をクラブエンブレムに採用したことが、愛媛県代表として出場した同年の天皇杯本選でシードサンフレッチェ広島(当時J1)に勝利したことで話題となり、一躍時のクラブとなった。2013年には、2014年から新規創設したJリーグ3部(J3)の加盟をしていることが、地元愛媛新聞にて明らかになった他、J3加盟条件の一つである収容人数5000人以上のサッカー専用スタジアムの建設構想も明らかにされている。

2014年11月、昨年のJ3加盟計画にリンクするかのように、現在運営法人51%を取得した岡田武史元日本代表監督クラブオーナーとなり、その人脈で様々な大口スポンサーを獲得し、また、その知名度で大手メディアから注され、広島天皇杯で倒した時以上の注を浴びるようになる。ついでに内にサッカー専用スタジアムの建設も着手され、それもほぼ現実のものとなってきた。結果としては、かなり危なげながらも2年でJFL昇格を成し遂げて、愛媛県2チームの全リーグチーム誕生となったのだった。余談だが、岡田武史オーナーになってからバリィさんの立場はエンブレム採用から「スペシャルサポーター」へと移った。

2017年8月には待望の専用スタジアム、『ありがとうサービス.夢スタジアム』が工。同年、J3ライセンスを取得した。

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関連項目

クラブ公式サイト

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最終更新日: 18/09/07 08:36
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