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Nine Inch Nails


ヨミ: ナインインチネイルズ
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バンドロゴ

 

ナインインチ・ネイルズ(Nine Inch Nails)は、アメリカ合衆国インダストリアルロックバンド


概要


ノイズやテクスチャを緻密に重ね合わせた精巧なサウンド、”怒り”や”苦悩”をテーマとした内省的な歌詞が特徴。1990年代に最も成功したロックバンドの1つであり、現在音楽シーンの第一線で活躍し続けている。

正確にはバンドというよりも、フロントマントレントレズナーによるソロプロジェクトと言った方が正しい。(初期のアルバムシングルには「Nine Inch Nails is Trent Reznor」クレジットされている)楽曲はすべて作詞作曲から楽曲の制作に至るまでトレントレズナーがほぼ1人で担当している。他のメンバーに関しては、基本的にアルバム制作後のライブツアーを行う際にめて召集される。 

 


バイオグラフィー


Pretty Hate Machine (1988 - 1991)

トレントレズナーがミュージシャンとしての活動を始めたのは1983年頃のことである。

当時から「自分の音楽で成功すること」を強くしてはいたものの、それまで作曲をしたことが一切かったため、自信のさからなかなか音楽制作に踏み切れず、しばらくの間はスタジオ楽器店で働きながら他人のバンド演奏する日々を送る。

1988年、ようやく自分の音楽を作ることを決心したトレントは当時勤めていたスタジオ管理人と交渉し、いた時間にスタジオを使用する許可を得る。トレントはそこで作曲活動を始め、自身の音楽プロジェクトNine Inch Nails(以下NIN)と命名。「Down In ItSanctifiedなど複数の曲のデモ完成させると、それを様々なレコード会社に送り、その中で最も好意的な反応を示したTVTレコーズ契約を結ぶ。

1989年9月シングル「Down In Itデビュー。同年10月に発売された1stアルバム「Pretty Hate Machine」は当時はあまり話題にならなかったものの、その後2年間に渡りビルボードチャートに残り続け、2003年には売り上げ300万枚を達成している。ライブ活動も積極的に行い、ステージ上で機材を破壊したり、観客を攻撃的な態度で煽るその過パフォーマンスは徐々に話題となっていった。

 

Broken (1991 - 1993)

1991年ごろからTVTレコーズはNINの音楽性について深く干渉を行うようになってくる。自分の思うように音楽が作れないと感じたトレント契約打ち切りを申し出るが、TVTレコーズ側はこれを拒否。業を煮やしたトレントTVTレコーズを相手に契約問題で訴訟を起こす。

1992年TVTレコーズと裁判に勝利したトレントは、新たに契約を交わしたインタースコープ・レコーズの元で自身のレーベルであるNothingレコーズ」を立ち上げる。

さらに同年9月に、裁判の間に極秘裏に製作していたミニアルバムBrokenリリースポップメロウな前作とは一転、怒りの感情にられたノイジーでアグレッシブな作品となった。Brokenビルボードチャートに7位にランクインし、収録曲「Wish」1993年のグラミー賞ベストメタルパフォーマンスを受賞した。

 

The Downward Spiral (1994 - 1997)

1994年2ndアルバム「The Downward Spiralリリース。”自己破壊”や”孤独”をテーマとした陰な作にも関わらずビルボードチャート初登場2位を記録し、全400万枚を売り上げるヒット作となった。

その後のWoodstock’94への出演(この時の泥まみれで行われた「Happiness In Slavery」演奏1996年のグラミー賞ベストメタルパフォーマンス選出された)や、約2年間に渡るライブツアーSelf-Destruct Tourも大成功を収め、一気に時代を徴する人気バンドの地位へと登りつめる。

しかし、その成功による急な状況の変化に当のトレントはうまく順応できず、やがて周りからの次回作への期待というプレッシャーに押しつぶされ、次第にアルコールドラッグにはまっていくようになる。

さらに親友であったMarilyn Mansonとの確執と離別、育ての親である祖母との死別などが重なり、トレントはまさにどん底とも言える精状態に陥っていく…

 

The Fragile (1999 - 2002)

そんな最悪の精状態のなか制作された2枚組の3rdアルバム「The Fragileは、幾たびもの延期の末に1999年9月にようやくリリースされた。前作よりも暗く難解な作で、ビルボードチャートで初登場1位を記録するも、その翌週には一気に16位にまで転落。セールス的には苦戦を強いられた。(それでも最終的には200万枚を売り上げている。)

その後、ライブツアーFragility Tourスタート2000年には初来日も果たした)。だが、トレント状態とアルコールドラッグの問題は以前進行中で、2000年にはライブのため訪れたイギリスロンドンヘロインの過剰摂取を行い緊急入院している。

は深刻だった。なのに当時のはそれを全く自覚していなかったんだ。当時のを支配していたのはアーティストとして伝えたいことなんて、もう残っていないんじゃないか?」という恐怖だった。その恐怖から逃れるためにまたドラッグに手をだす、という悪循環に陥ったんだ。

トレントレズナー、2005330日、Kerrang!インタビューより

その後のツアーなんとか続行されたが、2002年にそのツアーの様子を収めたライブ作品「And All That Could Have Been」リリースして以降、しばらくNINは活動を休止することになる。

 

With Teeth (2005 - 2006)

休止期間中にリハビリ底的な自己管理を行い、鬱病アルコールドラッグしたトレントは、2005年5月にNINとして6年ぶりとなる4thアルバム「With Teeth」リリース。それまでの偏執的なノイズは鳴りを潜め、バンドサウンドや歌そのものを前面に出した作となり、ビルボードチャートに1位ランクインした。

「With Teeth」を作り始めてやっと気付いたんだ。ドラッグを借りなくても、は沢山のアイディアを思いつけるってことを。ここ数年の中生活のせいでイカれたと思ったけど、はまた自分の考えを持てるようになったし、本当に生き返った気分だよ。

- トレントレズナー、2005年10月20日、NewTimesインタビューより

その後約2年間は精的にライブツアーを行い(2005年8月にはサマーソニックに出演する形で2度の来日も果たした)、2007年にはライブ映像作品「Beside You In Timeリリースされた。

  

Year Zero (2007)

2007年4月5thアルバム「Year Zeroリリースツアーの合間にトレントラップトップ上で作曲したもので、前作のバンド志向のサウンドとは一転、打ち込み中心のエレクトロニカルな内容となっている。

「Year Zeroトレントが近未来アメリカ舞台に作り上げたストーリーを元にしたコンセプトアルバムで、アルバムツアーポスター等に隠された暗号を解読すると、Year Zero世界観にまつわるWebサイトURLが現れ、徐々にそのストーリー明らかになっていくという仕掛けになっている。

2007年5月ツアーオーストラリアを訪れた際、NINのアルバムオーストラリアではアメリカよりはるかに高い値段で売られていることを知ったトレントは、レコード会社に対し怒りの明を発表。

レコード会社は自業自得で負った傷を、消費者に肩代わりさせようとさせている。『ポップスは割引しなきゃ売れないが、熱心なファンのいるバンドCDはどんなに高くても売れる』…そう説明されたよ。君らは『熱心なファン』であるが故に搾取され続けるんだ。

 - トレントレズナー、2007年5月13日、NIN公式サイトより

さらに2007年9月ツアーで再びオーストラリアを訪れたトレントライブ演中にファンに対して「NINの音楽を盗め」と発言。

調べる機会がかったんだけど、あれからCDの価格が下がってるのを見た人はかいるか?……(観客側から「見てない!」というが続々と上がる)…なに見てない?…そこの君も…君もか?…そうか、も見てないんだな?ならどうするべきか教えよう。盗め!(観客側から歓が上がる)盗んで君たちの友達にもくれてやれ。

Youtube投稿された2007年9月16日オーストラリアシドニー演の動画より

これ以降トレントレコード会社に頼らない、新たな音楽の配信方法を模索していくようになる。

 

Ghosts I - IV・The Slip (2008)

2007年10月インタースコープとの契約満了に伴い、晴れフリーとなったトレントはまず自身がプロデュースしたソウルウィリアムズの新作「The Inevitable Rise and Liberation of NiggyTardust!」ネット上でリリース

配信サイトでは無料か5$(約600円ほど)支払うかを選択することができ、5$を選択するとより高音質バージョンダウンロードできるという方法が用意された。

それから3ヶ後の2008年1月トレントは現時点でのソウルの新作の売り上げを公式サイトで発表。約15万人がアルバムダウンロードしたが、5$を支払うことを選択したのはその内の18.3%だった。

このアルバムは宣伝に一切をかけていないし、取材したメディアかった。つまり、このプロジェクトの存在を知ることができた人々は多くはソウルかNINのファンであったはずなんだ。なのにこのアルバムに5$支払う価値があると思ったのは、その内の1/5にも満たなかった…これは朗報と言えるのか?ある程度予想はしてたつもりだったが…正直、この結果にはがっかりした。

- トレントレズナー、2008年1月3日、NIN公式サイトより

 

 

 

なお、このアルバム配信の一連の出来事についてまとめた動画ニコニコ動画にも存在している。→

 

 

 

かしこれにもめげず、その2ヶ後の3月2日にNINの6thアルバム「Ghosts I - IVがNIN公式サイトリリース。今度は無料、5$、10$75$300$の5つの価格から選択でき、それぞれ曲数や付属する特典が異なる仕様となっている。

さらに、その2ヶ後の5月5日にNIN公式サイトにて7thアルバム「The Slipを今度は無料リリースサンプリングレート96kHzの高音質ファイルフォーマットmp3FLACM4A、WAV提供され、ダウンロード数は15万件にも達した。後にリハーサル映像を収録したDVD付きのCDアルバム25万部限定で発売された。

 

2008年7月より、Light In The Sky Tourと題されたライブツアーが開始された。

過去最高規模の大掛かりなライティング・映像演出が施されたツアーで、ジェームズ・キャメロンのもと3Dカメラでの撮影による映像作品の制作企画されていたが、NINのどの作品の権利を保有しているユニバーサルミュージックインタースコープの親会社)が、以前トレントから批判されたことへのいせか、それらの楽曲を使用した映像作品を制作する許可を出さなかったため、この企画お蔵入りとなってしまう。

そこでトレントは残されたライブ演を「撮影・録音自由」にし、ファンライブ作品を自主制作することを暗に促す。さらに2009年1月には、プロによって撮影された400GBにも及ぶ3演分の高品質ライブ映像データネット上に故意に流出させるという、とんでもない行動にでる。 


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最終更新日: 15/09/28 01:06
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