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UH-1


ヨミ: ユーエッチワン
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UH-1とは、アメリカのベル・エアクラフトが開発した汎用輸送ヘリコプター
現在で東側諸Mi-24ハインドと並んで世界中で使用されているベストセラヘリコプターである。

正式なニックネーム色恋「イロコイ(イロクォイとも)」なのだが、開発時のコードネーム「HU-1」から
ヒューイ」と読む者も多い。UH-1の兄弟であるAH-1を「ヒューイコブラ」と呼ぶのもそのせい。


UH-1の概要


累計で1万6000機以上が生産され、世界69ヶで運用されている西側諸ベストセラヘリコプターである。
1959年運用開始。なんだかんだいって21世紀の今もその直系が現役というか2001年に最新が開発されているとかなにそれ怖い。日本でだってが現役。

1956年10月20日に初飛行し、陸軍向けの緊急搬送ヘリコプターHU-1ロコイ(後にUH-1へ称)として正式採用された。軽量・高出なターボシャフトエンジン天井に配置する事で、キャビンスペースを有効に使用でき、野戦運用を考慮した堅な構造になっている。着陸のために下方視界を広く取れるよう機長側(左側)の計器版の幅がやや短くなっているのも特徴である。

UH-1は、1964年に大規模な介入が開始されたベトナム戦争ヘリコプターとして広く使用された。 UH-1は物資輸送、兵員輸送、負傷者の緊急搬送、電子線、地上攻撃などあらゆる任務で使用され、汎用ヘリコプターに名に恥じない活躍を見せた。
特に、UH-1は兵員輸送に大量に使用され、今日ヘリボーン戦術の基礎を作り上げた存在である。


UH-1の歴史


ベストセラヘリコプターUH-1の歴史余りにも長い。今や世界中で官民問わずあらゆる場面で使用されている。その為、この項では軍用モデルに限るなどある程度端折って解説する。
より詳細な解説はwikipediaを参照のこと。


全ての始まり ~モデル204の開発~


1952年アメリカ陸軍は練習機、負傷者緊急搬送用に新たな汎用ヘリコプターの選定を開始したのだが、既存の機種はどれも整備性に難があり、尚且つ出が不足しているものばかりだった。

そこで、翌年の1953年、陸軍は新汎用ヘリコプター計画を開始し、航空機メーカー20社に開発要なされ、ベル・ヘリコプターカマンエアロスペースの2社が名乗りを上げた。その後、ベルは新規開発したモデル209を、カマンは自社のH-43により強エンジンを搭載したモデルをそれぞれ提出した。

そして検討の結果、1955年ベル社のモデル209が選定され、陸軍はベル社に3機の試作機を製作するよう示した。陸軍は試作機にXH-40の仮制式名を付与し、1956年10月20日に最初の1機が初飛行した。1957年、残りの2機も製造され、その後新たにYH-40の仮制式名を付与し各種運用試験の為にさらに6機製造するよう示した。

運用試験の末、陸軍はベル社と100機の製造契約を結び「HU-1A」として制式採用、「ロコ」と命名された。
…のであるが配備された部隊では採用名の「HU-1(HU-I)」からヒューイ称で呼ばれることが多かったとか。
その名は製造元であるベル社が右のフットペダルに「HUEY」と刻むほど人気であったが、米軍内で公式に使用されることはほとんどかった。1962年9月の命名法正後で制式された全てのモデルの名称が「UH-1」に正されたのだが、「イロコイ」の名は正されなかった。なんでや。


さらなる発展 ~モデル204Bへの発展~


HU-1Aはヘリコプターとしては先進的なピストンエンジンが搭載されておりこの点は賞賛されたが、陸軍が行った運用試験においては、搭載するT53-L-1Aエンジン770では出不足だと判明した為、ベル社に善を要。ベル社はこれに応じて、モデル204(UH-1A)を元にエンジン960T53-L-5へ換装し、胴体を若干延長してキャビン容積を増やし、7人の兵員か、4つの担架と軍医1人を搭載できるモデル204Bを開発した。
モデル204Bは陸軍での運用試験の後、「HU-1B(後にUH-1Bへ名)」として採用され1960年製造開始、翌1961年に陸軍への引き渡しが開始された。また、軍・海兵隊でもUH-1Bを基にしたUH-1E/Fが採用されている。


ベトナム戦争での教訓 ~モデル205の誕生~


これら"ショートモデル"と呼ばれるモデル204シリーズは一応の成功を収めたものの、陸軍内ではさらに輸送を高め、より多く人員を輸送できるモデルめられた。

これを受けてベル社は1960年エンジン1100を発揮するT53-L-9に換装、胴体を更に40cm延長してキャビンを広げ、モデル204の約2倍である15名もの兵員、または貨物1,800 kg を搭載できるようにした
モデル205を開発した。陸軍はモデル205YUH-1Dの仮制式名を与えベル社に7機の試作機を生産するよう示。陸軍での各種テストを行った後、1963年「UH-1D」として制式採用された。さらにエンジン1400を発揮する新T53-L-13に換装した「モデル205A-1も開発され、これも陸軍で「UH-1H」として採用された。

輸送に優れたUH-1D/Hは、それまでのUH-1A/Bに代わって軽輸送任務のとして使用された。
この為従来のUH-1A/Bにはこれら輸送部隊を援護する武装ヘリとしての役割が新たに与えられ、ロケット弾や機関銃を搭載したガンシップへと装された。
しかし、あくまで汎用ヘリであるUH-1に武装を施した程度では不足であり、後述の攻撃ヘリであるモデル209AH-1」が開発されることとなる。


さらなる高みへ ~モデル205/アドバンスド モデル205~


ベル社は、1970年代後半、モデル205と後述のモデル212を元に1500を発揮するT53-L-17エンジンを搭載するなどの良を加えたモデル205B」を開発した。モデル205Bは乗員数こそモデル205と同じ14名だったが、エンジンが強化されたことにより貨物搭載量は、機内で4800kg、機外で5100kgまで搭載できるようになった。

しかし、開発された時期が悪かった。当時は

という状況でえあり、モデル205Bは見向きもされず、結局5機が製造・販売されたのみであった。
むしろこの状況で何故開発した…

だが、捨てる神あれば拾う神あり
1980年代日本陸上自衛隊向けにUH-1Hをライセンス生産していた富士重工業が、同様にモデル205を元に良を加えたモデル205B-2/アドバンス205B」の開発を提案。ベル社はこの誘いに乗り、富士重工導で開発が進められた。…のだが、実際は富士重工単独での開発であり機体の80パーセント産技術としている。
1988年、試作機が初飛行し、1993年より陸上自衛隊「UH-1J」として制式採用され、配備が開始された。

このモデル205B-2/アドバンス205Bは、機体構造はモデル205を踏襲しているが、エンジン1800を発揮するT53-L-703に換装され、コックピット暗視ゴーグルに対応、機種にワイヤーカッターを装備し、映像伝送装置又は赤外線監視装置を備えるなど、各種近代修が施されている。


世界初の攻撃ヘリ ~モデル 209~


この辺りに関しては、AH-1やAH-56の項に詳しいので、詳細はそちらを参照のこと。

ベトナム戦争中、陸軍はUH-1Dの採用で職にあぶれたUH-1A/Bに武装を施し、ガンシップとして輸送ヘリの援護、地上攻撃に使用してみたものの、所詮は輸送ヘリのUH-1A/Bではやはり限度があり、なんやかんやで専用の攻撃ヘリコプターが開発されることとなった。
この新攻撃へり計画では、かの有名な変態企業ロッキード社のAH-56が選定され、開発が進められることになったのだが、諸般の事情で開発が遅延し、本格的な配備が1970年以降になる事が判明。

これはいかん!と陸軍はAH-56が配備されるまでの繋ぎとして、「暫定攻撃ヘリ」として既存の汎用ヘリの中から攻撃ヘリ修できるものの選定を開始。各社から既存の汎用ヘリに武装を施した案が提出されるなか、ベル社はこんなこともあろうかとUH-1を元に大改造を施したモデル209を提出。そして、トライアルを勝ち抜いて見事、暫定攻撃ヘリの座を射止めることとなった。
モデル209にはAH-1Gヒューイコブラ(後にコブラ称)の制式名称が与えられ、1966年4月に試作機2機に続き、量産機100機の発注がなされた。そして1967年に実戦に投入された。

モデル 209はUH-1を元に、攻撃に特化した機体として開発されたであるが、ベースであるUH-1の面影はど残っていないといっていい。というか動系統とテイル部分以外はほぼ新規設計である。
エンジンはUH-1と同じものが搭載されているが、胴体が被弾率・被発見率を下げる為、極限まで薄くなっている(全幅は僅か99cm!)ため、最高速度は236km/h→352km/hにまで向上している。
兵員室をしすることで搭載量を武装の搭載に回し、コックピットをタンデム配置に変更、新の火器管制システムを搭載、機首下部に機を装備したターレット配し、胴体中央左右に各種武装を搭載できるスタブウイングを装備するなど、大幅な良が加えられており、そのため従来の武装ヘリより効果的に尚且つ大きな火力を発揮する事が可になっている。

モデル209AH-1世界初の攻撃ヘリとして、現在でも世界11ヵで運用されている。
アメリカ陸軍では、AH-1Gを元に各種良を加えてながら運用し、最終AH-1F以降は後継の戦闘ヘリ AH-64にその座を譲った。
海兵隊では、Gを元に海兵隊仕様に変更したAH-1J、Jを双発化したAH-1T、T近代修を加えたAH-1Wを開発・配備した。
そして魔改造定評がある海兵隊では、Wを元に新規開発更なる修を加えたAH-1Zを開発した。


双発型の開発 ~モデル208/212/412~


モデル 208

ベル社は、モデル205を元にエンジンを双発化して信頼性を向上させた試作機、モデル208を開発した。
エンジンコンチネンタルT51を基に開発された1540を発揮するXT67が2機搭載されており、1965年4月29日に初飛行した。1968年5月1日、最初の発注カナダによりなされたが、発注に当たっては、いくつかの良が要請された。これを基に開発されたのが、後述のモデル212である。

モデル 212 

ベル社はカナダ軍の要請を受け、試作機であるモデル208を基に、幾つかの良を施したモデル212を開発した。最大の良点はエンジンをXT76から2000を発揮するプラット·アンド·ホイットニー·カナダPT6Tへの変更だが、そのほかにも、動系が全体的に設計されており、機内容積拡のため機首部を延長している。

2機のエンジンの2本のタービンは、1本のローターシャフトへまとめて出され、メインローターを駆動する。
その為、たとえ片方のエンジンが停止しても残ったエンジンで飛行を継続できるなど、単発機であったベースモデル205べて、信頼性が非常に高くなっている。

カナダ軍は、このモデル212を「CUH-1N (後のCH-135)インヒューイ」として採用し、1971年から軍への引き渡し、及び運用を開始した。

モデル212はその信頼性の高さから、各で採用され、現在でも日本を含む世界45で運用されている。
特に、イタリアではアグスタ社(現:アグスタ・ウエストランド)がライセンス生産したAB 212を元に、電子戦機の「AB 212EW」や、対潜の「AB 212ASW」が開発され、欧州を中心に世界24ヵで運用されている。

また、アメリカ軍・海兵隊でもモデル212の採用を検討していたのだが、カナダベトナム戦争へのアメリカの介入に否定的な立場を取っていたこと、エンジンカナダ製であることからカナダとの貿易赤字が発生することなどが下院議会で問題となり、採用が大幅に遅れる事態が発生した。これだから政治屋は…
結局、議会はエンジンカナダ製PT6Tから米国製T400へ変更したモデルのみ採用を認めることとなり、
モデル212は「UH-1N ロコ」として採用された。そこまでヒューイが嫌いか。嫌いなのか。
しかし、現場の兵士からはもっぱら「ヒューイ」や「ツインヒューイ」と呼んばれたんだとか。

その後、アメリカ陸軍・軍で後継のUH-60が開発されて、UH-1Nが更新された後も、アメリカ海兵隊ではしつこく良を加えながら使い続け、新規開発モデル450「UH-1Y」が開発されることとなる。

モデル412

ベル社は1970年代後半、2機のモデル212を元に2枚だったローターブレードを4枚に変更したモデル412」の開発を始め、1979年に初飛行させた。ローターブレードを4枚に増やしたことで巡航速度60km/h向上している。
さらに、現在ではトランスミッションやアビオニクスを近代化したモデル412EP生産されている。
モデル412は従来モデル212を運用していたを中心に、現在世界40で運用されている。


UH-1の頂点 ~モデル499/450~ 



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最終更新日: 13/08/17 18:20
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