中立とは、他で争いが起きても参加せず、自らも闘いを始めない立場のことである。
「真ん"中"に"立"つ」の字の通り、特定的な立場(片一方)に与しないという立場のことを指す。
中立の立場をとる国家は「中立国」、永久的な中立の立場をとる国家は「永世中立国」と呼ばれる。
「だったらみんなで手分けして広範囲を探せばよかろう」
なんら利害関係を感じさせない気楽な発言は即採用されることになりました。
たとえばAとBが何かで争っている際に、あなた(C)がAと親友関係だった場合、心情的にはあなたがAの味方をしてしまうかもしれない。だがそれはAの立場を擁護してしまったことになるので、その時点で中立ではなくなってしまう。
また例えば、あなたがAと親友関係だったが、Bの味方をすればお礼がもらえる事を約束されていて、Bの味方をしてしまうかもしれない。だがそれはBの立場を擁護してしまったことになるので、その時点で中立ではなくなってしまうだろう。
つまり、誰しも、何らかの立場を取るときは感情や利益といった何かしらの要素が関わっているのである。あなたが「どうでもいい」という立場で「〇〇すればいいんじゃね?」と言えば、この場合は中立になる(それによって不利益を受ける側はそう思わないかもしれないが)。
こういったことは、法律関係でも同じである。
人を壊したり殺したりした犯罪者は、遺族や友人達などからすれば重罪であり、その内容次第では、関係ない一般人にとってもものすごく重い厳罰を与えてほしいと思うのが常だろう。犯罪者に判決が下ってTVで放映された時、「何でこんなにクズなやつにこの程度しか罰が与えられないんだ」と思ったことはあるかもしれない。
しかし、裁判は片方だけを絶対正義とはしない。感情論で重い罰を与えたくても、法律などの上限や該当しない例などがあれば、その範囲や例に従って行わざるを得ない。裁判官や裁判員などが個人の感情で重罰を与えることができるのであれば、その国は感情だけでいくらでも罰を変更できる(法律もルールもないのと同じ原始人)と外国からは見なされることになる。
なので、法律の範囲で必要な事項や条件を確認し、被害者感情も考慮しつつ、かつ犯罪者の反省している感情や更生の可能性や刑を軽減すべき事項などを確認した上で、「総合的な判断」ができることが求められる。つまり、法律などにおいては、あくまで定められたルールに従った結果でなら「中立的な立場」といえるのである。
中立だと 関係ないと言ってさえいれば今でもまだ無関係でいられる…まさか本当にそう思っている訳じゃないでしょう?
中立の立場をとった場合、勝者にとっての敵となるばかりでなく、敗者からも援助してくれなかったという敵視を受けることとなる。
ただし、中立を宣言しているからといって、別に相手がそれを好意的に見てくれるとは限らない。徹底した中立を続けている永世中立国としてスイスなどが知られているが、政体としての中立の宣言にとどまらず、戦争などが起きた際にあえて宣言せず"中立的な立ち位置"の行動だけをとってくる人も国もいるからである。「どちらがいい思いができそうか」「どちらなら勝ち馬に乗れるか」などといった利益の部分で見ていて、あえて何もせず傍観しているというケースもありうる。
つまり争いの当事者達からすれば中立である国や人は「自分たちの味方にならない」存在であり、おいしいところを狙っている「漁夫の利」の可能性などを疑われるだろう。あるいはどちらかが倒れてもその疲弊した生き残り側を狩る敵に化ける可能性があるのではという可能性も疑われることになる(中立を宣言する/中立的行動をとる国はあっても物理的な障壁がない以上いつ参戦してくるかは分かったものではない)
仲間じゃないなら敵と見なせ
中立を称する側が意図しない形で当事者の敵とみなされる行動をとったり、あるいは何かしらの手助けをとった形になってしまってもそれで中立という立場が壊れる可能性がある。その際に「自分たちは中立だ」といっても、当事者からすれば「敵を手助けする行為なら全て」が敵対条件となる(相手側の裁量に委ねられる)場合があるため、中立側はうかつに行動できないという自縄自縛の状態になってしまうことにも繋がりかねない。
自身の利益のために中立から立場を切り替えることは可能だが、そのようなことをすれば「あいつは自分の都合のためならコロコロ変わるやつなんだ」として、周囲から「中立としての自分」の信頼も評価も失墜する可能性があり、この先の話し合いやケースで中立を宣言したとしても「あいつは口先だけだ いつ変わるか分かったもんじゃない」と、この先ずっと中立そのものの信用性も疑われ警戒され続ける結果になり、友好的な関係を築けていれば得られたかもしれない利益も得られなくなる可能性にもつながる。
殺戮に中立はありえない。傍観する事は加勢する事と同意だ。
また、感情やイデオロギー的な部分で言えば、当事者たちは自分たちこそが「真に正しい」「正義」の側であり、それに対して味方しなかったということは「正しいことに味方しなかった = 悪」というふうにみなされる可能性もないわけではない。最悪、「自分たちを脅かす奴らと同じ存在だ」と一緒くたに扱われる可能性もある。
加えて、誰の手助けもしないということは、逆に「自分たちの側も誰にも頼れない」ということである。自分たちがピンチになったときに周りに助けを求めれば「俺たちのときは助けてくれなかったくせに自分たちは助けてだなんてムシの良いやつだ」と思われることになり、今度は自分たちが逆に利益を奪われる側になりかねない。
自分が不利益な立場にならないよう、他の連携している勢力よりも、さらにたくさん自立した努力を求められる事にしかならな いというデメリットの問題もある。
つまり、中立を貫き続けるというのは、特定的なしがらみに影響されることなく自分たちの判断や裁量で物事が行えることであるが、しかし同時に他者に頼れない以上、場合によっては自分の意志と力で何とかしていかなければならず他からどう思われるかやそのデメリットも甘んじて受け続けなければならないという、割と危うい部分も併せ持った立場なのである。
永世中立国とは、他の国で戦争が起きても参加せず、自ら戦争を始めない国家のことである。他国間で戦争が起きても自国は中立の立場であることを宣言し、他国がその中立を保障・承認している国家である。現在周辺国等の承認により永世中立が成立している国家として、スイスとオーストリアが挙げられる。
スイスは1803年から1815年にかけて起こったナポレオン戦争時に自国の独立を守る為に中立主義を掲げ、ヨーロッパ諸国の代表による1815年のウィーン会議において承認された。アメリカ・イギリス・フランス・ソ連の4カ国とのオーストリア国家条約により第二次大戦後に国家の回復が認められたオーストリアは1955年に永世中立を宣言し、主要国の合意により成立した。
他に周辺国等の承認により永世中立が成立している国家は、ラオスとトルクメニスタンである。また、1867年のリヒテンシュタイン始め、コスタリカ・カンボジア・モルドバは永世中立の宣言のみをしている。
スイスが永世中立国であることは周知の事実であるが、中立の立場で自ら戦争を始めないからといって軍隊を持たないわけではなく、徴兵制度により国民には兵役の義務がある。さらに武器の製造と輸出も行っており、「永世中立国 = 平和主義国家」とは限らない。
掲示板
97 ななしのよっしん
2024/04/16(火) 16:04:34 ID: Gqcf+GxvQ3
関係あるのかないのかよく分からないが
学生の頃部活で物事を決めるときに、A案とB案があってA案が圧倒的優位に見えて俺もA案押しなんだけど、一応の意見としてA案の欠点とB案の利点を言ったらB案に決まるというのが度々あった
やはり要らんことをせず素直にAを押せばよかったのか、話が倍になるが判り切ってると思ってたAの利点とBの欠点も言うべきだったのか
そもそも中立のふりとも何の関係もなく、ここでする話じゃないんだろうか?
98 ななしのよっしん
2024/04/16(火) 19:42:13 ID: teCZiRBdTF
>>97
中立を名乗る奴が一方の短所ともう一方の長所だけ主張したらもはやそいつは中立じゃ無いってツッコミ待ち?
99 ななしのよっしん
2024/04/23(火) 14:27:01 ID: TGUGOjBxLZ
中立も結構だがその立場を独力で守り抜く覚悟を見せないと「お前のことは絶対助けないけど、いざ俺がピンチになったときは助けに来いよ」というものすごく自分勝手な嫌な奴に見えてしまう
これは人間関係においてはもちろんその国の評判が外交を左右する国家間の関係でも同じことが言える
たとえば武装中立国としてはスイスが模範的な例として有名だが、他方でオーストリアは平和主義の名の下で半年だけの形ばかりの徴兵制以外ろくに自国の防衛力を整備しておらず、その上で国際間協力に極めて消極的な独りよがりなメンタリティをしているので昨今の緊迫した情勢下で徐々に周辺国との関係が冷え込みつつある
永世中立や平和主義などと自称して自己満足に浸るのもいいが、それを他国が真に受けてくれるかどうかはまた別問題である。
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最終更新:2024/04/25(木) 21:00
最終更新:2024/04/25(木) 21:00
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