オビ=ワン・ケノービは目をあけた。彼はアナキンの尻らしきものを見つめていた。[1]
アナキンの尻(Anakin's butt)とは、オビ=ワン・ケノービがアナキン・スカイウォーカーの尻に直面する場面のことである。『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』小説版の一節。
映画『スター・ウォーズ エピソード3/シスの復讐』のノベライズ(著:マシュー・ストーヴァー。2014年以降「レジェンズ」に分類)に存在するシーン。SW小説中でも異色作である同作でも指折りの変な描写として知られ、SNSのSWファン界隈などではしばしば話題になる。
作中序盤、敵将グリーヴァス将軍の旗艦<インヴィジブル・ハンド>艦内でアナキン、オビ=ワン、そしてパルパティーン最高議長の三人がちょっとした大変なピンチに陥るという、割とよくある気がするシリアスなシチュエーションで生じた尻アスな(より正確にはバット(butt)な)一節である。
作中の序盤、コルサントの戦いにおいて、敵に誘拐されたパルパティーン最高議長を救出するため、アナキンとオビ=ワンは敵指揮官グリーヴァス将軍の旗艦<インヴィジブル・ハンド>に侵入する。敵の最高指導者であるシス卿ドゥークー伯爵との対決では、オビ=ワンが倒され気を失うものの、アナキンはドゥークーを殺害してパルパティーンを救出することに成功する。
アナキンは気絶したままのオビ=ワンを担ぎ、脱出の途を探る。彼らは激戦に傷つき艦内重力が90度転回した<インヴィジブル・ハンド>艦内のターボリフト・シャフトを走り抜けてゆくが、重力がもとに戻ってしまい、奈落の底に落ちないよう必死に壁面のケーブルに(パルパティーンはアナキンの足首に)掴まるはめになる。危機に陥ったアナキンは、肩に担いでいるオビ=ワンが目を覚ましてくれることを望む。
そして――
オビ=ワン・ケノービは目をあけた。彼はアナキンの尻らしきものを見つめていた。
実際、それはアナキンの尻――まあ、ズボンに包まれているが――にそっくりだった。アナキンの尻を逆さまに見たことは一度もなかったから、完全に確かとは言えない。そう、この尻は逆さに見えた。それも不快なほど近い。
いったい、なぜわたしは、アナキンの尻をこんな近くで、逆さに見ているのか?オビ=ワンはとまどった。
「うむ、何か見逃したかな?」
「つかまっててください」アナキンの声がした。「ちょっとピンチなんです」
すると、これはやはりアナキンの尻か。たぶん彼は安堵すべきなのだろう。目を上げると、アナキンの足とブーツと――驚いたことに議長の顔がすぐそこに見えた。パルパティーンは彼の頭上でバランスを取り、アナキンのくるぶしを関節が白くなるほど強くつかんでいる。
「やあ、どうも、議長」オビ=ワンは穏やかに言った。「お元気ですか?」[2]
とにかく最初に思うところは、「なぜこんな丁寧にアナキンの尻の話をしているのか」という点であろう。そして「起き抜けにアナキンの尻を判別するオビ=ワン」という現実に打ちのめされ、「これはやはりアナキンの尻か。たぶん彼は安堵すべきなのだろう」「やあ、どうも、議長」が追いうちをかける。しかし物語上では、大変なピンチのさなかに頼れるオビ=ワンが目覚めてくれたのだから、たぶん読者は安堵すべきなのだろう。
いみじくも作中に書かれているとおり、『シスの復讐』におけるオビ=ワン・ケノービといえば、無敵の戦士にして比類なき交渉上手、リラックスすることを学び、微笑を浮かべ穏やかなユーモアを解する知恵者と評され、ひかえめで平静で常に思いやりのあるジェダイの模範、偉大な究極のジェダイの境地に至りながら彼らしくもまったくそのことに気づいていない、銀河の子供たちのなかの伝説の英雄である(念のため繰り返すが、すべて作中にそのように書いてある)。
起きたら目の前にアナキンの尻があるという理解を越えた状況にとまどいながらも、平静でユーモアを一切欠かさない反応は、まさにオビ=ワンらしいといえる。彼はアナキンの尻が逆さなのには気づいても、自分自身が逆さにぶらさがっていることにはまだ気づいておらず、パルパティーンが「頭上でバランスを取」っていると考えたまま、落ち着きはらって挨拶しているのである(その相手はここまで複数回、オビ=ワンを見捨てるよう主張しているのだが)。彼のその落ち着きに、たぶん読者は安堵すべきなのだろう。
そもそも『シスの復讐』のノベライズは、SW各映画に存在するノベライズの中でも異色作である。
そもそもノベライズ各作品で突出して分厚く、映画でのカットシーンにとどまらず拡張された内容、群を抜いて叙情的な描写や表現、小説の形式を利用した演出、各部ごとのエピグラフ、スピンオフ作品由来の要素の導入など、ノベライズのみならずSWスピンオフ小説全体を眺め渡してもこのような作品はそうそうない(かろうじて、同じストーヴァー作品だけあってクローン大戦ノベル『破砕点』とニュー・ジェダイ・オーダー『反逆者』にはどことなく近い雰囲気を感じられはする)。
しかし、それだけのことを踏まえたとしても、客観的に言って“アナキンの尻”は変なシーンである。SNSを「アナキンの尻」とか「Anakin's butt」で完全一致検索してみれば、長年にわたり言語を問わず少なからぬ読者が“アナキンの尻”のシーンについて、疑問、困惑、そして執着とともに語っているのがわかる。世界中にあまたいるSWファンの琴線に触れる謎のシーン、それが“アナキンの尻”なのである。
著者マシュー・ストーヴァーは2006年、「スター・ウォーズ」ファンサイトの掲示板(Jedi Council Forums)で質疑に応じ、『シスの復讐』ノベライズの執筆にあたって、ジョージ・ルーカス本人が単語や会話の差し替えまでかなり事細かに彼の原稿に手を入れたことを証言したうえでこう語っている。
What's in that book is there because Mr. Lucas wanted it to be there. What's not in that book is not there because Mr. Lucas wanted it gone.[3]
(和訳:あの本に存在するものは、ルーカス氏が存在させたいと望んだゆえに存在する。あの本に存在しないものは、ルーカス氏が存在させないことを望んだがゆえに存在しない。)
「『シスの復讐』小説版の内容は、すべてルーカスに望まれたものである」
ということである。これを前提として、
という事実を加えることで、
「“アナキンの尻”は、ルーカスに望まれたものである」
なんだか論理に不安はあるが、少なくともルーカスは"アナキンの尻”を「存在させない」ことは望まなかったようである。もし存在させたくなかったなら、ルーカス自身の手で原稿からカットされていたはずだ。「すると、これはやはりルーカスの望みか。たぶん我々は安堵すべきなのだろう」。
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最終更新:2024/11/10(日) 23:00
最終更新:2024/11/10(日) 22:00
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