イマニュエル・ウォーラーステイン(1930~2019)とは、近年ではすっかり有名になった世界システム論者である。
ニューヨークのユダヤ系の家に生まれた。1947年にコロンビア大学に入学しそのまま順当に母校で教職をとった。彼にとって最大の転機だったのは、この世代に共通して言える1968年の大学紛争であり、これを目の当たりにして以降マルクス主義の史的唯物論やアンドレ・グンダー・フランクらの従属理論、アナール学派第2世代であるフェルナン・ブローデルの研究方法を踏まえた世界システム論を推し進めるようになった。
社会の構造変動を主として国民国家を単位として分析してきた従来の社会科学を批判し、世界的分業の全体を包摂する世界システムを単位として社会のダイナミズムを分析する理論的な枠組みとして、「世界システム論」を提唱した。
彼が言うのは、人類がこれまで経験してきた史的システムは、ミニシステム、世界=帝国、世界=経済、の三種類である。
3つのうち、2と3を、「世界システム」と呼ぶ。世界システムが、経済的にも政治的にも統一されているケースが、世界=帝国であり、経済的には統一されているが政治的には分裂しているケースが、世界=経済である。ウォーラーステインの「ミニシステム/世界=帝国/世界=経済」は、カール・ポランニーの「互酬/再配分/市場」という分類と対応している。
近代以前の世界=経済は、全て最終的には世界=帝国へと変容した。しかし、近代世界システムだけは、長期に渡って持続し繁栄した、世界=経済である。近代世界システムのみが、持続的な世界=経済でありえたのは、それが資本主義的な世界=経済だったからであり、大航海時代以降世界を覆っていったというのが彼の歴史観である。
資本主義の本質的な条件は、ウォーラーステインによれば、無限の資本蓄積を優先するシステムだという。資本主義的なシステムにおいては、無限の資本蓄積以外の動機で行動している主体は不利になり、最終的にはそのシステムから排除されてしまう。
資本主義的な世界=経済を構成している基本的な制度は、次の6つである。市場、企業、国家、世帯、階級、身分集団。身分集団とは、エスニック・グループを始めとする、様々な文化的な「アイデンティティ」によって自己主張する集団のことである。
システムの中は決して均質な存在ではなく、中核・半周辺・周辺の3層構造になっており、周辺は中核に従属している存在だという。
資本主義的な世界=経済には、垂直的な分業があって、生産過程が中核的な商品と周辺的な周辺に分割される。中核か周辺かを分けているのは、利潤率の度合いである。利潤率は、独占の程度に相関している。独占に近いほど高くなる。それゆえに、中核的生産過程とは、独占に準ずるような状況に支配されている生産過程であり、周辺的生産過程とは、競争的な生産過程である。交換においては、独占に近い状況で生産される商品は有利な立場におかれ、競争的な状況で生産されている商品は不利な状況におかれる。したがって、結果的に、周辺的な商品の生産者から中核的な商品の生産者へと絶えず剰余価値が移動することになる。つまり、ここに「不等価交換」が生じている。
独占に準ずる状況は、一般には、強力な国家の後ろ盾によって実現する。中核的な生産過程は少数の国家に集まる傾向がある。それに対して、周辺的な生産過程は多数の国家に散財する。前者を「中核国家」、後者を「周辺国家」と呼ぶ。中核国家/周辺国家の分割は、近代世界システムのなかの国際的な階級分化といえる。
中核国家/周辺国家の間の不等価交換については、ウォーラーステイン以前の「従属理論」などの理論でも説明されてきたが、「中核/周辺」に加えて、両者の中間に「半周辺国家」を挿入して分析した点に、特徴がある。半周辺国家とは、中核的商品と周辺的商品がほぼ相半ばするところに立地している国家である。半周辺国家は、保護主義的な政策を推進することで、自国の企業の効率を高め、世界市場における競争力を向上させようとする。
近代世界システムでは、少数の国家が支配的な優越性を獲得することになる。優越性を持続させる方法は二つある。第一に、世界=経済を世界=帝国に転換する戦略がある。第二に、世界=経済において「覇権(ヘゲモニー)」を獲得する戦略がある。ある国家が覇権をもつとは、その国家が、国家間システムにおける行動の準則を定め、世界=経済を、生産・流通・金融の全ての面において支配し、最小限の軍事力の行使だけで自国の政治意思を貫徹することができ、世界全体で説得力を持つような文化的な言語や理念を提供できていることである。
覇権を獲得してきた大国は、これまで17世紀のオランダ、19世紀のイギリス連邦、20世紀のアメリカ合衆国の3つだとする。ところで、近代の世界=経済においては、覇権を獲得することは可能だったのに、世界=経済を世界=帝国に転換することはなぜできなかったのか。覇権が永続せず短期間で別の大国に移ってしまった事を、ウォーラーステインは以下のように説明する。
第一の疑問については、世界=帝国を窒息させてしまうからだという。世界=帝国になるということは、無限の資本蓄積を優先する行動に対して、これを抑圧することが出来る政治組織が存在している、ということを意味している。このような政治組織は、資本主義的な衝動の中にある企業の殆どからの敵対に直面せざるを得ない。こうして、資本主義的な世界=経済の下では、世界=帝国は成功しない。
第二の疑問については、覇権が永続しないのは、覇権が結局は、自己破綻せざるを得なくなるからである。覇権国となるためには、基礎となる中核的な生産の効率を向上させ、常に他国に対して優位を保っていなくてはならない。ところが、その覇権国は、政治や軍事においても主導的な立場を演じなければならないので、それらに対しても多くの資力を使わなくてはならない。このような仕方で、全ての領域で長く優位を保ちつづけることは不可能だ。やがて別の国家が覇権国の優位を少しずつ奪い、最後には消滅させてしまう。強力な覇権国が存在しているとき、資本主義的な世界=経済は安定的に機能するが、覇権国が覇権国として君臨できる時間は長くない。
そしてウォーラーステインはアメリカのヘゲモニーの終わりは近いとし、第4のヘゲモニー、あるいは資本主義に代わる新たな世界システムの登場のいずれかが起きるだろうと主張しているのである。
なおウォーラーステイン自身は政治的活動を活発に行い、反システム運動の旗手であることは補足として付け加えておく。
このウォーラーステインの理論はエポックメイキングを起こしたのは事実で、日本で川北稔などに盛んに紹介されたため日本ではやたら有名になった理論家のひとりである。
しかし彼の理論自体はまだ現在進行形で議論が行われている、というよりそもそも彼の主著である『近代世界システム』自体全6巻を予定していたはずの未完の書物であり、これからの世界を考えるうえで示されている一つの指針に過ぎないということを忘れてはいけないだろう。時間に余裕のある人は、ぜひ『近代世界システム』の1巻だけでも読むといいだろう。
掲示板
1 ななしのよっしん
2019/09/04(水) 08:15:03 ID: Kl8XX5Z8JS
「世界システム論」の社会学者ウォーラーステインが死去。死期を悟ったかのような最後の論考を発表していた
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最終更新:2025/03/21(金) 17:00
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