ウィリアム・オーデッツ(Wiliam Odets)とは、「銀河英雄伝説」の登場人物である。
自由惑星同盟の文民、政治家。国防委員会委員。少壮の男性。一応は雄弁な説客だったものの、実際には口先の技巧にとどまり、自己の弁才を過信するところ大であった。
ローエングラム朝銀河帝国軍による同盟への“大親征”に際して停戦交渉の使者を買って出るが、失敗する。しかしその後たどり着いたフェザーンで流した噂は帝国軍内部に重大な政治問題を生ぜしめ、以後の作戦行動を一時停滞させる端緒となった。
立体TVの解説者の出身で、やがて政治家に転じる。宇宙暦799年秋に開始された帝国軍による同盟領大規模侵攻“大親征”の当時(7巻「怒涛篇」第三章)には同盟の国防委員会委員を務めていた。
宇宙暦799年秋、帝国高等弁務官ヘルムート・レンネンカンプ上級大将の横死をきっかけにローエングラム朝帝国軍による同盟再征“大親征”が開始されると、オーデッツは能弁によって後世に名を残さんという野心から自ら撤兵を求める特使に立候補した。最高評議会議長ジョアン・レベロはさして期待も抱かなかったが志願を認め、10隻ほどの小艦隊をあたえてフェザーン方面へと向かわせた。
オーデッツははじめ急進する先鋒の黒色槍騎兵艦隊に接触、通信システムの故障から危うく邀撃されかけたものの、かろうじて復旧が間に合い交渉を求めた。しかし司令官フリッツ・ヨーゼフ・ビッテンフェルト上級大将は、自身に交渉権限なし、宇宙艦隊司令長官ウォルフガング・ミッターマイヤー元帥に面談すべし、と取り合わず、航行の保証と案内・護衛役に1隻の駆逐艦のみをあたえた。
3日後、オーデッツ一行はミッターマイヤー艦隊に接触。ミッターマイヤーも同盟政府の特使とあっては役職上無視できず、彼との会見にのぞむこととなる。実質的な第一声から、オーデッツは両国間に締結されたバーラトの和約を引き合いに帝国軍再征の不当性を述べ立てたが、ミッターマイヤーは黙然として応じず、議論はむしろ麾下のカール・エドワルド・バイエルライン大将とのあいだに行われた。
オーデッツはレンネンカンプ横死の責任をヤン・ウェンリー一党に帰し、同盟政府がヤン一党に対処できていないのは帝国軍が時間を与えないからだと主張する。そして、時間を与えてもヤン一党が力を増し同盟政府の力は衰えるだけのことであろう、という辛辣なバイエルラインに対し、鄭重に同盟政府の能力不足を認め、こう言い放った。
| ……なにしろ、ヤンに一〇〇倍する兵力をおもちの皇帝ラインハルト陛下さえ、彼にたいして御手をこまねいておられる。私どもごとき非才の身にては、とうていヤンに敵することはかないませんでしょうな | ||
| - 田中芳樹『銀河英雄伝説7 怒涛篇』第三章-II | ||
彼の言は、皇帝ラインハルトへの明白な嘲弄だった。フォルカー・アクセル・フォン・ビューロー、ドロイゼンら居並ぶ諸将は当然ながら激発し、彼との会話の労をとっていたバイエルラインに至ってはブラスターを片手に身を乗り出したほどだったが、ミッターマイヤーの叱咤によって制止された。
だが、胸をなでおろすオーデッツに、ミッターマイヤーは問う。彼の部下が使者として同盟の元首を侮辱したとして、死をもって報復しようとする軍幹部がいるか。その表情はオーデッツに口先の返答を許さず、彼はそのような人物が存在しないことを認めるほかなかった。ミッターマイヤーはつづける。ヤンの部下は同盟政府に陥れられたヤンを生命を賭してでも救った。ゆえに皇帝ラインハルトは、大なる同盟政府をおそれずとも小なるヤン一党をおそれる、と。
これをもって交渉の打ち切りが通告され、これ以上は皇帝ラインハルト本人を説得するよう申し渡された。オーデッツはラインハルトとの交渉まで軍事行動を控えるよう食い下がったが、勅命が更新されぬ限り行動をつづけると一蹴される。結局、オーデッツは皇帝への直訴のため出立するが、それを知ったミッターマイヤーは、オーデッツ程度の説客が皇帝を説得できるわけもなく、また皇帝への直訴を望む以上は阻むべきでもないと考え、いちおう注意喚起の通信を入れるだけで忘却してしまった。
皇帝との交渉を最後の望みとしたオーデッツだったが、皇帝ラインハルトは面会すら認めず、彼の任務は完全に失敗に終わった。だが、失意のなか到着したフェザーンで彼は意外な行動に出る。皇帝とともに出征中の統帥本部総長オスカー・フォン・ロイエンタール元帥に叛意ありと大声で語りはじめたのである。
彼の流した噂はロイエンタールに遺恨を持つ内務省内国安全保障局長ハイドリッヒ・ラングの目に留まり、司法尚書ブルックドルフを巻き込んでロイエンタールの身辺調査を行うきっかけとなった。結果、かつてラインハルトとの権力闘争に敗れたクラウス・フォン・リヒテンラーデ公爵の係累を称するエルフリーデ・フォン・コールラウシュなる女がロイエンタールに匿われていることが判明する。彼女から聴取した内容は、ロイエンタールを弾劾するに十分なものだった。
調査の報告書は宇宙暦801年(新帝国暦2年)2月、オーデッツの努力むなしく滅亡した同盟の首都ハイネセンに駐留する帝国軍大本営に届けられ、当時企図されていたヤン一党の拠るイゼルローン要塞への親征を中止させる最大の要因となった。後の世に言う「一〇〇〇万人の足をとめた一通」である。
自己の弁論能力に強い自負を抱いているが、その実はせいぜい技巧だけの弁舌にすぎない、自信過剰の小人物である。対したミッターマイヤーに「竜頭蛇尾の長舌族」と酷評されたように、「“舌ひとつで帝国の大軍を制止する”意欲で食用カエルのようにふくれあがって」挑んだはずの停戦交渉はミッターマイヤーに一蹴されて終わり、ただ<人狼>を去るにあたって胸を張るだけの虚勢をふるうのが精一杯であった。
帝国軍諸将の前で吐いた毒言こそ嫌味としては多少の効果を示したものの、帝国軍の侵攻を止めるには何の役にも立たなかったうえ、ミッターマイヤーの反駁には何も返せずに終わった。正直この期に及んでどう言っても状況は好転しなかったろうが、圧倒的に強大な敵を相手に思慮のない嫌味を吐くという行為が停戦と撤兵の交渉という任務の目的に合致したものかどうかは大いに疑念の残るところである。
ただ、同盟政府の特使というだけで、携行武器どころか事実上なんらの後ろ盾も意味のある武力ももたない身でありながら、ウォルフガング・ミッターマイヤーや彼の部下たちと直接対面して皇帝ラインハルトを煽れるというのは、それなりに大したたまではある(か、あるいはよほどの考えなしかである。判断は将来の評価にゆだねられることとなろう)。
彼の能力はその自信に比し矮小な結果しかもたらさなかったが、フェザーンで流した根拠なき噂に関してだけは非凡な創作力と熱意と評されている。そのような行動に出た理由は定かではなく、舌先で帝国を混乱させんとする悲壮な決意か、弁舌への自信喪失に対する極端な反動か、あるいは自暴自棄、自己の流言の効果への過剰な自信、はたまた誇大妄想の類……とさまざまな推論が述べられているにとどまる。
結局、同盟政府特使としてのオーデッツは、同盟滅亡の回避にはなんら寄与しなかったといえる。だが彼の行動はヤン一党の討伐を目す1000万帝国軍の足を止める引き金にはなった。ミッターマイヤーは彼を抑留すべきだったかもしれない、と作中に述べられているゆえんである。そして究極的には、彼の行為が翌年末のロイエンタール元帥叛逆事件まで影響を与えたと言えなくもない。同盟から帝国への最後の意趣返しとしてオーデッツを見るならば、彼は誰にも想像しえなかった大成功を収めたのかもしれなかった。
上記の通り、原作では宇宙暦799年秋の“大親征”時が初登場だが、石黒監督版OVAでは先行する宇宙暦799年初頭、ゴールデンバウム朝銀河帝国軍による“神々の黄昏”作戦発動時(石黒監督版OVA第45話。原作5巻「風雲篇」第一章相当)に先行して初登場している。なお、この第45話時点では黒髪黒眉だが、原作通りの第67話で再登場した際にはどちらも薄茶色となっており、キャラクターデザインにブレがある。
当時、帝国軍の全面侵攻を前に同盟国内ではヨブ・トリューニヒト最高評議会議長の責任を問う声が高まった。原作では、従来トリューニヒトを希望の星として持ち上げてきた商業ジャーナリズムは「全市民の責任と自覚」を要求して責任を拡散し、むしろ「非協力的で権利ばかりを主張する市民」を批判した、という記述があるところ、石黒監督版OVAではこの主張をTV番組で開陳する役としてオーデッツが配され、現場で視聴していたTV記者にすら「太鼓もち」と罵倒される、という描写になっている。
おそらくは立体TV解説者の出という原作の設定を活かした描写かと思われるが、この時点でまだTV業界にいたのか、それともすでに政界入りしているものかは特に描かれていない。
その後は原作通り特使を務めることとなるが、この際に搭乗した同盟軍標準巡航艦には<ドーロホフIII>という艦名が設定されている。フェザーン到着後には、宿舎で暗澹とするなか届いた密書を頼りにアドリアン・ルビンスキーと密会、TVでの前歴を踏まえ、ロイエンタール叛意の噂をまことしやかに流して帝国軍を混乱させるよう使嗾される。その後、ルビンスキーがオーデッツを用済みとして早く始末したほうがよいと語るシーンもあるが、事後の結末は不明である。
掲示板
7 ななしのよっしん
2024/05/20(月) 01:18:48 ID: I6jKHYAyqR
論点ずらしとすり替えは、論客と自負している人たちの得意技だからな。論破王なんてのもいるし。
8 ななしのよっしん
2024/05/21(火) 21:58:07 ID: RVYYkLm4Tz
政治家の資質を「議論」という観点から見るなら、論破王なんて議論をゲーム扱いしてる手合いは、所詮は真の政治家にはなり得ない。
他方、ミッターマイヤーは必要最小限の、しかも筋の通った言葉とそれに備わった威厳だけで相手を完封してしまう。
ミッターマイヤーが後に国務尚書に推薦されるに足る資質を持っていたことを示すエピソードの相手役がオーデッツだったってところかな。
9 ななしのよっしん
2024/05/26(日) 08:16:45 ID: Wf7q4hAnTw
じゃあ他にどうしろっていうんだよ。同盟政府の対応に落ち度があったのは事実だし、謝り倒す時期はとっくに逸してる。揚げ足取りだろうが何だろうが相手の非を徹底的に抉るしか突破口はないじゃないか。
……って論法で消耗戦に持ち込み「わかったわかった、もうお前の勝ちでいいよ」って言わせたのがレベロ(任命しておいて全く期待してなかったみたいだし)で、「言いたいことはわかった。お前がそう思うんならry」で本題は捻じ曲げなかったのがミッターマイヤー(ヤンの部下云々は割とおまけ的なところあって結論自体はビッテンと同じ撤兵権限などないだし)ってところかな。
政治家としての格の違いというより、立場の違いが大きいだろうけど。
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最終更新:2025/12/09(火) 19:00
最終更新:2025/12/09(火) 19:00
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