エクセラー(Exceller)とは、1973年アメリカ生まれフランス・アメリカ調教の競走馬、アメリカ・スウェーデンの種牡馬である。
その末脚で三冠馬を撃墜してみせた現役時代、不遇に終わった種牡馬時代の二面を持つ名馬。
1999年アメリカ競馬殿堂入り。ブラッドホース誌選定・20世紀のアメリカ名馬100選では96位。
父はクラシック登録してなかったためにクラシックには縁がなかったが、凱旋門賞一本釣りを狙いサーアイヴァーを打ち破ってそれを果たしたヴェイグリーノーブル、母は現役時代も活躍し、彼を含めて種牡馬を3頭輩出したトゥーボールド、母父はボールドイーグルという血統。
アメリカの富豪、ネルソン・ハント氏に2.7万ドルとかなり安値で購入された。父と同じオーナーである。
その後、ハント氏のアドバイザーが長く立った繋ぎを持つ馬体を見て欧州向きと判定したためフランスへ渡り、モーリス・ジルベール厩舎からデビューすることとなった。
2歳の夏にデビューするが4戦1勝。デビュー戦で*マラケート(リードホーユーの父)に完敗したくらいしか特記することがなかった。
3歳時は始動戦でまたも*マラケートに敗れるが次走のリステッドは快勝。ジョッケクルブ賞(仏ダービー)へ向かうかと思われたが、同厩同馬主の大本命・ユースとの使い分けで同日の重賞・リス賞(GIII)に向かい重賞初制覇を果たす。
ちなみにユースはジョッケクルブ賞を快勝、ついでにやはり同厩同馬主かつ同父の*エンペリーが英ダービーを制しており、ジルベール厩舎は大フィーバーであったことだろう。
ユースがキングジョージを目指し英国遠征に向かった一方、彼はフランスに残留しパリ大賞典(GI、当時3100m)に向かいここを快勝。夏を越してロイヤルオーク賞(GI)に出走しGI連勝を果たした。
ユースはキングジョージでコケて、*エンペリーは愛ダービーで*マラケートに敗れて引退と春の主役たちは勢いが落ちており、その同期勢に反比例するかのような勢いで突き進んでいたが、秋の大目標凱旋門賞(GI)はイヴァンジカの前に19着惨敗。6戦4勝として3歳シーズンを終えた。
4歳時は連敗スタートとなった。その後コロネーションカップ(GI)とサンクルー大賞(GI)と2つの伝統レースを勝ちGI連勝を決めてキングジョージ(GI)に向かうが、当年の英ダービー馬・ザミンストレルに屈して3着となった。
欧州古馬トップクラスとなったのは間違いなかったのだが、ここで不測の事態が発生する。馬伝染性子宮炎のパンデミックである。
すでにアメリカで種牡馬入りの決まっていたブラッシンググルームやザミンストレルの競走キャリアを結果終わらせたこの大流行は、アメリカで種牡馬生活をしているヴェイグリーノーブルの後継としての期待もあった彼のキャリアにも影を落とした。
アメリカでの種牡馬入りを志向していたと思われるハント氏の意向か、渡航禁止措置が下される前に移動しようということか、彼はキングジョージの後米国に渡ることとなった。結局現役中に欧州には帰れず、凱旋門賞親子制覇は幻と消えたのであった。
さて不幸な事情もあってアメリカにやってきたわけだが、初戦のマンノウォーステークス(GI)ではマジェスティックライト(ニシノフラワーの父)に完敗。続くカナディアン国際ステークス(GI)ではリベンジを達成するが続くワシントンDC国際(GI)、ターフクラシックステークス(新設重賞で格付けなし)では2戦続けて完敗を喫し休養に入る。
この休養中にカリフォルニアに移動し、チャールズ・ウィッティンガム厩舎に転厩。本格的にアメリカ移籍となった。
ちなみにウィッティンガム師が最初に見たときの感想は「ずいぶんくたびれた歩き方をしている。こりゃあ期待できないかもな……」という感じだったそうな。
5歳シーズンは3月にダート10fのアーケイディアハンデ(GIII)から始動。初のダート戦であったがここでは快勝。2着との斤量差はなんと13ポンド差(5.9キロ弱)であった。つづくサンルイレイステークス(GI)では西海岸芝の強豪との初対戦となったが4着に敗退。
しかしこの後がこの馬の真骨頂、サンファンカピストラーノハンデ(GI)ではその強豪をまとめて切って捨て快勝。しかしセンチュリーハンデ(GI)ではその西海岸の強豪が1頭しか出てこず、ハンデ頭の二頭が突出して斤量が重くなってしまった。
こういう場合往々にして軽ハンデが有利になるのでここは負けてしまったが続くGIを三連勝。芝を完全制圧し、ハリウッド金杯ではダートをも制圧。シアトルスルーを前年のスワップスステークス(GI)で破ったジェーオートビンも撃破している。このときの彼は1978年の西海岸最強馬といっても差し支えないほどの凄みを発揮し始めていた。
こうして西海岸最強として君臨した彼であるが、秋は東海岸へ遠征。1977年の三冠馬シアトルスルーと1978年の三冠馬アファームドの決戦ムードが渦巻くダート戦線に挑戦状を叩きつけに行った。
初戦となったのはウッドワードステークス(GI、当時10f戦)。ここで対戦となったのはシアトルスルー。前走マールボロカップハンデ(GI)でアファームドを撃破し、センパイの貫禄を見せつけたばかりであった。
このレースではいつものように末脚を活かす差し追込を捨て先行し、逃げるシアトルスルーを追いかけていったが、コースレコードで悠々逃げ切ったシアトルスルーに完敗。三冠馬の実力を見せつけられた。
続くジョッキークラブ金杯(GI、当時12f戦)はシアトルスルーに加えアファームドとその同厩馬でペースメーカーのライフズホープ、2年前の勝ち馬で前年2着のグレートコントラクター、シアトルスルーの元主戦クリュゲ騎手の馬と少数精鋭ながらメンバーの揃ったレースとなった。
水が浮くような不良馬場で行われたレースはスタート前からゲートから飛び出すほどテンションの高かったシアトルスルーがスタートからぶっ飛ばすのをアファームドとライフズホープが追いかけていくが、シアトルスルーが更にアクセルベタ踏みで突撃していったため超超々ハイペースとなり、ライフズホープは向正面で力尽きる始末。
アファームドは意地で食いついていたが、捕まえに行こうとしたところで鞍ずれを起こして追えなくなった騎手がデッドウェイトとなり失速していった。
シアトルスルーが息を入れようとしたその刹那、一番内から強烈な勢いで後方から突っ込んできた影が一頭。エクセラーであった。慌ててシアトルスルーも追い始めるが彼の勢いが圧倒的であり普通であればあっさり置いていかれる場面であったが、シアトルスルーはここから驚異の粘り腰で簡単に抜かせない。
しかし超超々ハイペースを一気に捲って先頭に並びかけるほど余力を持っていた彼がついに直線半ばで抜け出して決定的差をつけた。これで決まったかと思われたがシアトルスルーは再度加速。逆に追撃を開始する始末である。なんだコイツ……しかし流石に抜き返すには至らず。三冠馬2騎を撃墜するという栄誉を手にしたのであった。
三冠馬2騎を撃破したという意味ではアソールトとサイテーションを撃破したヌーアがいるが、一度のレースで撃破したのは彼が初であった。アメリカでは三冠馬は3歳で引退するのが通例になりそうなので今後記録されそうにない記録である。アメリカンファラオもジャスティファイも3歳引退だし。
その後この勝利を勲章に西海岸に戻り、オークツリー招待ハンデ(GI)を軽々と勝利しこの年を締めくくった。10戦7勝、GI6勝(芝4、ダート2)という赫々たる戦績を挙げたが、エクリプス賞年度代表馬は三冠を達成したアファームド(11戦8勝、GI5勝)、最優秀古馬牡馬はアファームドを歯牙にもかけなかったシアトルスルー(7戦5勝、GI2勝)、最優秀芝馬はマックディアーミダ(13戦12勝、GI2勝、エクセラーとは対戦なし)に持っていかれて無冠となった。なんでや!
まあこの手の表彰が揉めるのは古今東西よくある話である。*ラムタラとリッジウッドパール然りマルシュロレーヌ然り。前者は選考ポイントでリッジウッドパールが勝っていたのに一部から文句が出た始末である。しかし三冠馬2騎を打ち破ったのは彼だけの勲章なので、賞以上の価値があるといえよう。
6歳時は燃え尽きたのか4戦全敗。サンタアニタハンデでアファームドにリベンジを許すなど精彩を欠いた。5歳で燃え尽きたのだろう。4月のセンチュリーハンデで敗れた後に引退し翌年種牡馬入りとなった。
とにかく末脚の破壊力が抜群な馬で、ダートのハリウッド金杯でも最後の2ハロンを23.4秒で駆け抜けるほどの脚力が自慢であった。
ヴェイグリーノーブルの最高傑作という評価もされて然るべき実績を持って引退したため、かなり大きな期待を持たれてはいたし、種付け料もしばらく高止まりするほどであったが種牡馬としては完敗。
ステークスウィナー19頭、GI馬1頭では期待に添う結果とはいえなかった。その後、スウェーデンの馬産家ヨーテ・オストランド氏に買い取られスウェーデンに渡ることとなった。18歳のときであった。
新しいスタートを切ることとなったのだが、スウェーデンではいきなり伝染病罹患疑惑が立てられてしまい、牝馬が集まらなくなってしまった。その中でも1994年の新種牡馬ランキング2位、1995年と96年にはスウェーデンの種牡馬ランキング上位10頭に入るなど少ない産駒ながら活躍はしていたので、病気だったとしても種牡馬として支障があるようなものではなかったと思われる。とんだ風評被害であった。
しかしこの煽りで想定より牝馬が集まらなくなったのはオストランド氏の牧場の財政に大きなダメージを与えてしまい、破産ということになってしまった。Oh……
スウェーデンでは破産手続きに入ると競馬にまつわるあらゆる金融取引ができなくなってしまうので、エクセラーの種付け料のやり取りすら禁止になってしまったため、知人の牧場に移り住むこととなった。
この頃にはオストランド氏も相当キテいたようで、「もう飼育料払えないから処分してくれ」と何度も言い続けた。知人が「いや殺すくらいなら引き取るから、飼育料とかいいから」と申し出ても「いいから処分しろ!」の一点張りであった。風評被害に見舞われて思ったような稼ぎを得られなかったため、この疫病神が牧場を潰したと見てしまっていたのだろうか。
最終的にはオストランド氏が「こいつもうジジイだから受精能力がない、処分したい」と役所に話を持ち込んで屠殺許可を取ってきたため、知人もついに諦めて処分場送りとし、彼は食肉となった。1997年、24歳の春であった。なお受精能力が本当になくなったかどうかは不明である。
ただ、オストランド氏はアメリカから結構な金額を要してでもエクセラーを招聘し、勝負しようと意気込んでいた情熱的な馬産家であったのは間違いない。でなければ現役時代はとてつもない馬であったが、購入当時18歳と高齢の失敗種牡馬を買うなんてことはないからだ。
その彼を狂わせた謎の風評被害とそれによる牧場の倒産がなければ、こんなことにはならなかったに違いない……
この後、同年の夏にアメリカにもこの顛末が伝わるとアメリカの競馬関係者・ファン・愛護活動家の間で沸騰。引退馬愛護活動が本格化し、2003年に発覚した*ファーディナンド屠殺事件と合わせて大転換の契機となり様々な引退馬に関する団体・基金が設立されるきっかけとなった。オールドフレンズあたりが有名だろうか。
昔はダークミラージュなど名馬と言える存在でも血統背景が貧弱であったなら死ぬまで酷使されて実際に死んだという例もあったアメリカの馬への福祉は大きく変わっていった。
日本で起き、アメリカで猛烈にバッシングされた前述の*ファーディナンド屠殺事件はエクセラーの記憶も新しい頃にそういう話が出たために話が大きくなった部分は大きい。
その*ファーディナンド事件で大バッシングを受けた日本も、JRAの引退馬展示事業への助成や、寄付で成り立つNPO団体である引退馬協会が地道に踏ん張り続けた結果、思わぬバブルで活動が著名となりついに軌道に乗りつつある。
2022年には引退馬展示をビジネスの中枢に置く牧場・ヴェルサイユリゾートファームが厩舎を新築するために銀行から融資を受けられるようになったという話もある。
銀行がビジネスとして引退馬展示を認めたという証拠であり、日本の引退馬福祉においてエポックメイキングとなる事例といえよう。
ただ、この手の活動はすべてを救える訳では無いし、その分のリソースを他に回したほうが建設的では?と言われれば返す言葉もないかもしれない。
それでも、全ては救えなくとも経済動物として明日をも知れぬなか必死に疾走し赫々たる結果を残した馬くらいには幸せな余生を送らせる環境を用意するのは、彼らで名誉を得た者、楽しんだ者のせめてもの義務ではなかろうか。筆者はこう思う。
ともかく、エクセラーの不幸な末路は無駄にはならなかった。後輩たちの余生は彼の悲劇を契機にずいぶんといい方向に転がったのだから。
余談だが、エクセラーの血は父系こそ伸びなかったが母系に入って現代に伝わっており、シンボリインディや*ブリックスアンドモルタル、No Nay Never(ユニコーンライオンの父)の母母父に彼の名を見ることができる。
Vaguely Noble 1965 鹿毛 |
*ヴィエナ 1957 鹿毛 |
Aureole | Hyperion |
Angelola | |||
Turkish Blood | Turkhan | ||
Rusk | |||
Noble Lassie 1956 鹿毛 |
Nearco | Pharos | |
Nogara | |||
Belle Sauvage | Big Game | ||
Tropical Sun | |||
Too Bald 1964 鹿毛 FNo.21-a |
Bald Eagle 1955 鹿毛 |
Nasrullah | Nearco |
Mumtaz Begum | |||
Siama | Tiger | ||
China Face | |||
Hidden Talent 1956 鹿毛 |
Dark Star | Royal Gem | |
Isolde | |||
Dangerous Dame | Nasrullah | ||
Lady Kells | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:Nearco 3×4×5(21.88%)、Nasrullah 3×4(18.75%)、Hyperion 4×5(9.38%)、Bahram 5×5(9.38%)、Bull Dog 5×5(6.25%)
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最終更新:2024/04/24(水) 06:00
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