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エニックスとは、ゲーム会社および出版社である。

概要

1982年設立。1999年に東一部上場。

元々は創業者である福康博が不動産情報誌配布事業として営んでいた営団社募集サービスセンターの新規事業としてパソコンゲーム市場へ進出するために設立した会社。ドラゴンクエストシリーズプロデューサーとしても知られる千田幸信氏が合流して、わずか3人で創業された。創業後すぐにゲームコンテスト開催を告知するも、全くの名であったことから怪しまれ、なかなかゲームを集められなかった。それでも根気強くマイコンショップなどを周り、さらに週刊少年ジャンプ編集部を訪問したところで鳥嶋和彦氏から堀井雄二氏を紹介してもらえることになり、ここからエニックスとジャンプ堀井雄二との関係が始まった。

集まった316本のゲームの中から受賞作13本が販売され、想定を大きく上回る売上を記録した(堀井氏の作品も販売)。エニックスは買い切りではなく印税契約を結んだため、優秀賞を受賞した「ドアドア」を制作した中村光一少年は、高校生にして100万円の収入を得たという(上京後の1984年チュンソフトを設立)。

1985年には任天堂と提携しファミリーコンピュータ市場に参入。翌年に「ドラゴンクエスト」を発売しヒットを飛ばす。以降はドラクエを中心にソフトプロデュースを展開。1988年発売の「ドラゴンクエストIII そして伝説へ…」で社会を巻き起こし、業界内での地位を確固たるものとした。また社内に開発部門を持たず外部企業開発を委託するパブリッシャーとして業界では異色の存在となる。な委託先にはチュンソフトクインテットトライエースなどが挙げられる。

ドラゴンクエストシリーズ関連が事業の多くを占めており、社内には「ドラクエ課」という部署が存在していた。

ドラゴンクエストシリーズヒットを受け一躍トップメーカーとなったエニックスではあるが、売り上げをドラクエに頼っている状態で、発売されなかった年度は売り上げを落とす不安定な状態が続いていた。これを打開し安定的な売り上げを上げるため、漫画雑誌業界に参入。1991年月刊少年ガンガンを創刊。創期こそジャンプマガジンなどの少年漫画誌同様の作が多く見受けられたが、年々それだけではなく少女漫画に近いテイストの作品も増え始める。1990年代後半には少年少女どちらにも当てはめられない独自の作を持つ作品が多数を占め、当時のファンからは「ガンガン系」「エニックス系」と呼ばれることになる。ガンガン創刊以前およそ15年もの間漫画雑誌で大きな成功が出ない中での成功を収め、業界に旋を巻き起こした。以降ガンガンWINGGファンタジーなど次々と姉妹誌を創刊していく。新人の発掘には1982年プログラムコンテストにならい、自社でコンテストを開催して優秀者をそのままデビューさせる手法を多く取っている。そのため関連雑誌には未成年作家も見受けられた。特に顕著なのが「妖狐×僕SS」などで知られる藤原ここあで、デビュー当時15歳という若さだった。

前述のプログラマ漫画家以外にも様々なコンテストを開催しており、アニメ企画者や声優コンテストも開催していた。声優コンテストは1回しか開催しなかったが3000人以上の応募があり、8名しかいなかった受賞者の中には野川さくら今井麻美早水リサ榊原ゆいなどが並んでおり、発掘と言う意味では成功を収めている(その後のサポートについてはアレだが)。

2003年4月1日に、スクウェアと合併しスクウェア・エニックスとなった。コンテストクリエイターを発掘する姿勢は合併後も継承されている。

主なゲーム作品

主な出版作品

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