エリック・クラプトン(Eric Clapton、1945年3月30日-)とは、イギリスのサリー州リプリー生まれのギタリスト・ヴォーカリストである。
ジェフ・ベック、ジミー・ペイジと並ぶ「世界3大ロックギタリスト」に数えられる。
ローリング・ストーン誌が選出した「最も偉大な100人のギタリスト」第2位。ヤードバーズ、クリーム、ソロの名義でそれぞれ『ロックの殿堂』に3度輝き、2015年に『ブルースの殿堂』入り。
ブルースからの影響が色濃く、ペンタトニック・スケールを多用しながらも、それまでのブルースとは違う、正確且つ的確な運指に裏打ちされた流れるような滑らかな演奏で知られる。
「手の動きよりも演奏が速く聴こえる」という意味から『スローハンド(Slowhand)』と形容される。
(語源には諸説あり→スローハンド)
■1950年代
13歳の頃、ギターを買って貰う。
■1960年代
1965年1月『Five Live Yardbirds』(Yardbirds)リリース。
しかし、方向性の違いから同年3月ヤードバーズ脱退、その後”ブルースブレイカーズ”に加入する。
1966年7月『Breakers With Eric Clapton』(John Mayall &The Blues)をリリース。
またこの頃、ジンジャー・ベイカー、ジャック・ブルースと共に自身のバンド”クリーム”を結成、
同年12月『Fresh Cream』(Cream)をリリース。
1967年11月『Disraeli Gears』(Cream)をリリース。
1968年6月『Wheels Of Fire』(Cream)をリリース。
「White Room」や「Crossroads」等を収録した、2枚組みアルバム。Disc-1はスタジオ音源、Disk-2はライブ音源という変則仕様。Disk-1ではクラシックの影響をも感じさせる実験的なつくり、Disk-2では3人の火花散るインプロヴィゼーションが堪能できる。また、セールス面では全米チャートNo.1を獲得している。
1968年11月、親友のジョージ・ハリスンの依頼を受けビートルズ「While My Guitar Gently Weeps」(『White Album』収録)に参加、ギターソロを披露。
1969年クリーム解散、直後ジンジャー・ベイカー、スティーヴィー・ウィンウッド、リック・グレッチと共に”ブラインド・フェイス”結成。
同年7月に『Blind Faith』(Blind Faith)をリリース。
1970年7月初のソロ・アルバム『Eric Clapton』リリース。
また、このアルバムの参加メンバーであった、ボビー・ホイットロック、ジム・ゴードン、カール・レイドルの3人にデュアン・オールマンを加え、同年11月『Layla And Other Assorted Love Songs』(Derek And the Dominos)をリリース。
このバンドは”デレク&ドミノス”と名づけられた。
【Layla And Other Assorted Love Songs / Derek And the Dominos】
超人気曲「Layla」を収録。アメリカ南部スワンプ・ロックへの傾倒が伺える。
デュアン・オールマンとのギター合戦が聴き所。全米チャート16位。
1971年メンバーとの衝突からデレク&ドミノス解散、デュアン・オールマンの急死、麻薬中毒とアルコール依存症の悪化、満足のいく音楽活動を続けられなくなってしまう。
1974年麻薬中毒から復活し、7月『461 Ocean Boulevard』をリリース。
【461 Ocean Boulevard / Eric Clapton】
シングル・カットされ全米チャート1位を記録した、ボブ・マーリーのカヴァー曲「I Shot The Sheriff」収録。レゲエというジャンルとボブ・マーリーの名を全世界に知らしめた作品。また、このアルバム自体も全米1位を獲得、エリック完全復活をアピールした。
これに続いて、さらにレゲエ色を強めた『There's One In Every Crowd』、1975年9月ソロ初のライブアルバム『E.C. Was Here』、76年8月レゲエから離れた、アメリカン・ロックなアルバム『No Reason To Cry』、77年11月『Slowhand』をリリース。
「Cocaine」や「Wonderful Tonight」を収録。ギターバトルを繰り広げていた昔のような緊張感は完全に薄れ、まさにレイドバックな雰囲気漂うが、レイドバックゆえの緊張感?も味わえる一作。
78年11月さらにレイドバックな『Backless』をリリース。
81年2月『Another Ticket』、83年2月ライ・クーダーも参加した『Money And Cigarettes』、85年3月コンテンポラリーな方向性『Behind The Sun』、86年11月さらにコンテンポラリーな『August』、89年11月『Journeyman』 をリリース。
【Journeyman / Eric Clapton】
「Bad Love」、「Old Love」等を収録。ブルースやロックをバックグラウンドに時にはハードに、時にはキャッチーに、時にはバラードにと、幅広くバラエティに富んだアルバム。ギターももちろんだが、ヴォーカルもよくクローズアップされる作品。
91年、息子のコナー(4歳)がアパートの53階から誤って転落死するという悲劇に見舞われる。最愛の息子の死にショックを受けたクラプトンだったが、その後コナーに捧げる曲を作る事で悲しみを乗り越えて復活を果たす。その曲が『Tears in Heaven』である。
同年10月『24 Night』、92年1月『Rush』と、数々の優れた作品を発表。そして1992年8月MTV番組内での演奏を収録した『Unplugged』をリリース、驚異的なヒットを記録する。
1994年9月ブルースのカヴァーアルバム『From The Cradle』、そして96年7月シングル『Change The World』をリリース、
【Change The World / Eric Clapton】(シングル)
カントリー歌手、ウィノナ・ジャッドの曲をベイビー・フェイス編曲の下カヴァーした作品。ジョン・トラボルタ主演の映画「フェノミナン」の主題歌として話題になり、97年にグラミー賞を4部門受賞した。
98年3月『Pilgrim』、99年10月『Clapton Chronicles : The Best Of Eric Clapton』リリース、
【Pilgrim / Eric Clapton】
これまでの作品と比べると派手さはないが、渋みの効いたアコースティックな作品。アルバムジャケットはクラプトン本人がファンだと公言する”新世紀エヴァンゲリオン”のキャラクターデザインでおなじみ貞本義行氏が手掛けている。
2000年6月『Riding' With The King』、2001年3月『Reptile』、02年11月『One More Car, One More Rider』
【One More Car, One More Rider / Eric Clapton】
アルバム『Reptile』のツアーの様子を収めたライブアルバム。「Change The World」、「Over The Rainbow」を収録。ギターだけでなく、ヴォーカル、バンドサウンドを含めた、ミュージシャンとしてのクラプトンの集大成的なライブ作品。
![]() Somewhere over the rainbow |
![]() Change The World(live) |
04年3月『Me & Mr.Johnson』、05年1月『Session For Robert J』をリリース。
2005年8月『Back Home』、07年10月『Complete Clapton』をリリース。
2018年1月に聴覚障害について明かし、ギターを弾くのが難しい状態にあると報道された。だが7月にはロンドン・ハイドパークでの公演が予定されている。
1974年以来、コンスタントに来日公演を行っている。直近では2016年に通算21回目となる来日公演を行った。
日本でも知名度・人気は非常に高く、クラプトンに憧れてギターを始めた人も少なくない。
掲示板
41 ななしのよっしん
2021/05/21(金) 14:41:10 ID: elFqhYF5D6
まあアストラゼネカじゃなくても副反応キツイ人はキツイみたいだけどね。
42 ななしのよっしん
2021/09/15(水) 09:22:21 ID: oNg+bCDoNc
先日、新曲を出したよ。
モロに反ワクチン・プロパガンダソング仕立てになってる。
エリック・クラプトン、新曲で反ワクチン思想を歌う「こんなデタラメには耐えられない」
https://
これだから、Queenのブライアン・メイから遠回しに「反ワクチン派は頭おかしい」なんて貶されるんだよな。
43 ななしのよっしん
2022/01/03(月) 22:24:15 ID: 5NJiCC+uJz
>>42
ま、まともな人間ならドラッグや酒で死にかけたりはしない。
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最終更新:2023/09/29(金) 07:00
最終更新:2023/09/29(金) 07:00
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