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オグリキャップ

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90年 有馬記念
オグリキャップ復活、ラストラン
はいる。そう思った。

2011年有馬記念CMより 

オグリキャップとは、日本の元競走、元種である。競走としての通算成績は3222勝(中央20戦12勝、地方12戦10勝)、な勝ち有馬記念安田記念マイルCS

1988年に最優秀四歳1990年に年度代表及び最優秀五歳以上1991年顕彰馬に選出されている。

1985年3月27日北海道の三石町(現在の新ひだか町)稲葉牧場で生まれる。ダンシングキャップホワイトルビー1994年桜花賞オグリローマンは半

地方競馬出身、第二次競馬ブームの立役者として、同じく地方競馬出身で第一次競馬ブームの立役者となったハイセイコー較されることが多い。称は「オグリ」「オグリン」「芦毛の怪物」等。

曖昧さ回避 この記事では実在の競走について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘については
オグリキャップ(ウマ娘)」を参照して下さい。

概要

笠松競馬場時代

1987年5月19日笠松競馬場デビューし、デビュー戦と4戦マーチウショウに敗れたものの、5戦から翌881月10日ゴールドジュニアまで8連勝(うち重賞5勝)を達成。この間8戦の時に地方開催の中京競馬場での芝1200mの中盃の勝利もある。
その後多少のごたごたはあったものの、地方通算12戦10勝の実績を掲げて中央競馬へと乗り込んだ。

四歳時のオグリキャップ

中央移籍初戦のペガサスステークスを制すと、その勢いで次走・毎日杯も優勝。本来ならば皐月賞に出走する流れなのだが、オグリキャップクラシック出走登録(中央競馬クラシックレースに出走するために必要な登録)をしていなかったため、皐月賞ダービー菊花賞への出走は不可能だった。

なお、この時にオグリキャップクラシックレースに出走できなかったことに加え、毎日杯でオグリキャップに敗れたヤエノムテキ皐月賞を制していることから大橋巨泉らからクラシック登録制度に対する抗議が上がり、後に追加登録料を払えば追加登録可となった(オグリキャップ自身は恩恵に与れなかったものの、1999年テイエムオペラオーがこの制度を使って皐月賞に出走、優勝を果たした)

結局皐月賞ダービーに出走のわなかったオグリキャップだが、京都四歳特別、ニュージーランドトロフィー四歳ステークスと四歳限定重賞をペガサスステークスから数えて6連勝。さらに高松宮杯、毎日王冠と古を相手に連勝し、当時日本タイ記録だった重賞6連勝を達成。

その後、一歳年上の天皇賞タマモクロスとの毛対決として注された天皇賞ジャパンカップタマモクロスに敗れるものの、最後の対決となった有馬記念リベンジを果たし優勝。見事にGI初制覇を果たす。

五歳時のオグリキャップ

が交代するゴタゴタがあったうえ、大阪杯から始動というプランも繋靭帯炎を発症し断念。シーズンは全休。

シーズンは昨年のライバルタマモクロス戦騎手南井上に迎え、産経オールカマーをレコード勝ちで復帰を果たす。その後、当初はオールカマーから天皇賞へ直行の予定も、あまりに旺盛な食欲から太め残りが懸念され、間に毎日王冠をはさむことが決定。その毎日王冠では、同じ地方大井競馬場)出身の天皇賞イナリワン突。イナリワンとの火の出るようなデットヒートハナ差制し天皇賞へ向かうことになった。

次走・天皇賞では同い年の菊花賞スーパークリークと対戦。勝負どころでヤエノムテキに進路をカットされ、猛然と追い込むもののクビ差の二着に敗退。続くマイルチャンピオンシップでは久しぶりのマイルの流れに戸惑うものの、安田記念バンブーメモリーハナ差で下し優勝。次走は南井の「借りはまだ半分しか返していない。ジャパンカップでは倍にして返してみせます」の言葉通り、連闘でジャパンカップへ向かうこととなった。

このジャパンカップではドイツイブンベイの繰り出したハイペース1800m及び2200m通過タイムが当時の1800m、2200m競走日本レコードを上回っていた)の中で四番手を追走。ニュージーランド代表ホーリックスにクビ差敗れたものの、走破タイムは勝ったホーリックスと同じく2.22.2で、これは1999年更新されるまで世界レコードだった。

その後、堂々のファン投票1位有馬記念へ進むものの、連戦の疲れが出たのか直線入り口でスーパークリークにあっさり交わされ5着に敗退。南井とのコンビはこれが最後となった。

六歳時のオグリキャップ

9月米国遠征(GIアーリントンミリオン)を見据え、安田記念からの始動。前年まで宿敵ともいえる関係だった武豊上に迎え、レコードタイムで快勝、全復活をアピールする。だが宝塚記念ではオサイチジョージの2着に敗退。さらにレース後に脚部不安(右飛節軟種)を発症し、遠征計画は白紙に戻されてしまう。

ここから歯車が狂ったのか、調整不足のうえぶっつけで出走した天皇賞は初めて掲示板を外す6着、調子の上がらないまま出走したジャパンカップでは生涯一の二桁着順である11着に敗れてしまう。

オグリキャップは終わった。もがそう思い、このまま引退すべきだというが多数上がり、「オグリキャップ有馬記念出走を取り消さなければの自宅及び競馬場爆弾を仕掛ける」という脅迫状が送られてくるという事態にまで発展した。

だが、営はオグリキャップ引退レースとして有馬記念出走を決意。

上に、ライバルであったスーパークリーク戦・武豊安田記念に続いて二度)を迎えたこのレーススローペースの中終始中団を進んだオグリキャップは直線で先頭に立ち、追撃してくるメジロライアンホワイトストーンを抑えて優勝。優勝後の「オグリコールは、同年のダービーにおける「ナカノコールと並んで、GI優勝・優勝騎手に対するコールさきがけとされる。

ちなみに、関連動画ゴール前のシーンで解説の大川慶次郎氏が叫んでいる「ライアン!」は2着メジロライアンのこと。

引退後は種となり、産駒の活躍が期待されたが立った成績を上げることは出来ず、2007年に種引退

そして2010年7月3日、転倒による複雑折により、安楽死。
芦毛の怪物」は天国のGIへと立った。

オグリキャップブーム

中央競馬より劣るとされる地方競馬出身のうえ三流血統でありながら中央競馬の強たちを打ち倒し、さらにタマモクロススーパークリークイナリワンら強ライバルと数々の名勝負を演じたオグリキャップの姿は当時のバブル気との相乗効果で第二次競馬ブームを巻き起こし、オグリギャルと呼ばれた女性ファンを獲得、関連グッズとして販売されたオグリキャップぬいぐるみ爆発的な売上を記録した。

その影は、「普段は競馬に縁のない芸人がオグリの名前を口にし、競馬興味を持たない主婦オグリの名前は知っている」とされたほど。

現在は全盛期とべて人気は衰えたものの、それでもオグリキャップの知名度は高く、競走の人気ランキングでは常に上位にランクインする、関連書籍が出版される、パチンコの題材になる、NHKの某ドキュメンタリー番組[1]では競走はおろか人間以外で一取り上げられる等未だ人気サラブレッドとしての地位は揺らいでいない。

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関連項目

脚注

  1. *「プロフェッショナル仕事の流儀」2017年2月13日放送回よりexit

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最終更新:2019/05/19(日) 20:00

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