オースミハルカ単語

オースミハルカ

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オースミハルカ(Osumi Haruka)とは、2000年生まれの日本競走馬鹿毛

数々の名を相手に、若武者・川島信二との逃げで沸かせた黄色メンコおしきお様。

な勝ち
2003年:チューリップ賞(GIII)クイーンステークス(GIII)
2004年:クイーンステークス(GIII)府中牝馬ステークス(GIII)

概要

フサイチコンコルドホッコーオウカ、*リンシェーバーという血統。
デビュー3戦1996年日本ダービーを制した「音速の末脚」「和製ラムタラ」。種牡馬としての産駒にはオースミハルカと同期ダート猛者ブルーコンコルドや、1歳上のGII番長バランスオブゲームなどがいる。
は18戦未勝利だが、牝系を遡ると日本在来牝系の祖であるフロリースカツプに行き着く伝統の牝系。3代サモアーなので、牝系の近いところでは2021年大阪杯を勝ったレイパパレ(6代サモアー)がいる。
1990年朝日杯3歳Sマルゼンスキーレコード更新したことで知られるアメリカ
には新潟大賞典を2勝したオースミグラスワン(グラスワンダー)がいる。

2000年4月2日浦河町啓一牧場で誕生。オーナーナリタブライアンナリタトップロードなどの「ナリタ」冠で知られる山路秀則。山路オーナーは「オースミ」冠も併用していた。
Haruka」と書かれた黄色メンコトレードマークで、レースを見ていてもたいへんわかりやすいであった。

名意味は「冠名+人名」として登録されている。

大きく澄み渡る夢よ遥か

クラシックの壁は高く

東・安藤正敏厩舎に入厩し、2002年8月10日札幌・芝1000mの新馬戦で、当時まだデビュー2年2kg減の見習騎手だった安藤厩舎所属の川島信二を上にデビュー。3番人気だったが、3番手先行から抜け出し4身差の圧勝デビューを飾る。

その後は8月の芝1500mのクローバー賞(OP)9月の芝1200mのすずらん賞(OP)札幌の2歳オープンに出走するも、どちらも2番人気で3着。この連敗で10月京都1400m・りんどう賞(500万下)では四位洋文に乗り替わり、-18kgと大きく体重を減らしながらここを先行策で勝利する。

この勝利阪神ジュベナイルフィリーズ(GI)に出走。傷の3連勝中のピースオブワールドが1.5倍の圧倒的1番人気で、2番人気からもう単勝10倍という一強ムード。オースミハルカは名手オリビエ・ペリエが騎乗したこともあってか、11.1倍の3番人気に支持されたが、中団からレースを進めたもののごちゃついた中で位置取りを下げてしまい、特に見せ場なく7着に終わる。

明けて3歳となり、桜花賞してトライアルチューリップ賞(GIII)へ。安藤勝己が騎乗したここでは9.4倍の4番人気。1.7倍の圧倒的1番人気だったのは、あのスティルインラブであった。
中団から、スティルインラブとほぼ同じ位置でレースを進めたオースミハルカは、直線で外に出したいスティルインラブの横を完璧ブロックして抜け出す。仕掛けが遅れたスティルインラブの猛追をクビ差ぎきり、名手の手綱で重賞初制覇を飾った。

しかし、本番の桜花賞(GI)では、安藤勝己がヤマカリリーに回ったためシンジシンジでも川島ではなく藤田伸二が騎乗。18.2倍の5番人気に支持され、中団からスティルインラブを見る位置で進め、外を回して直線に入るも、伸びを欠いて6着。前走で破ったスティルインラブ敗する。

続く優駿牝馬(GI)では藤田伸二が中に行っていたため久しぶりに川島信二に手綱が戻ったが(ちなみに川島騎手はこれが安藤厩舎のでのGI初騎乗)、ベテランから実績のない3年の若手に戻ったということもあり57.3倍の10番人気まで評価を落とす。中団から直線で内を突いたものの、特に見せ場はなく10着。スティルインラブの二冠達成を後ろで見送るばかりであった。

「大物喰い」の逃げ街道、始まる

秋華賞し、トライアルではなく敢えて古との戦いとなる8月クイーンステークス(GIII)に向かったオースミハルカ。しかしこレース夏競馬GIIIとは思えないメンバーっていた。
中でも1.4倍の圧倒的1番人気に支持されたのは、昨年の秋華賞エリザベス女王杯敗のまま圧勝、有馬記念での初から8ヶぶりの復帰戦となるファインモーション(武豊)。さらに2番人気は2年前の二冠牝馬テイエムオーシャン(本田優)。3番人気にも重賞4勝の実ダイヤモンドビコー(松永幹夫)がいて、4番人気には同期の桜賞・オークス4着マカリリー(安藤勝己)である。このメンバーの中ではさすがにオースミハルカ&川島信二のコンビ桜花賞オークスの結果にしろ上にしろ、見劣りすると見られたのは仕方ない。1~3番人気が58kgや59kgの中、52kgの軽ハンデにもかかわらず、単勝35.2倍の11頭立て7番人気であった。

かしこレースから、オースミハルカと川島信二の物語が始まった。

レースが始まる。内からファインモーションが好スタートを切るが、ん中から押してハナしていくがいる。黄色メンコピンク勝負服川島信二とオースミハルカである。
向こう正面で最内のダイヤモンドビコーを制してハナを確定し、逃げ体勢に入ったオースミハルカ。これまで好位差しで結果を出してきたに対して、実績のない上がこの強敵相手に初めての逃げの手である。馬券を握ったファンが「暴走かよ」と疑ったのも理はない。
しかし川島騎手は、ハナを取り切るとペースを緩め、狙い澄ましたように1000m614のスローな楽逃げに持ち込んだ。札幌の短い直線に入っても、オースミハルカの脚は止まらない。中団からファインモーションテイエムオーシャンが猛然と追いかけてきたが、最後はクビ差ファインモーションぎきって1着でゴールを駆け抜けた。

錚々たる面々を相手に、見事にしてやったりの逃げ切り勝ち。とはいえこレース、この時点では一般の競馬ファンにとっては「オースミハルカが勝ったレース」ではなく「ファインモーションが負けたレース」だったことは否めない。そしてファインモーションはこの後苦闘が続くのだが、それについてはファインモーションの記事に譲る。

川島信二はこの年の2月にマイネブラウで小倉大賞典を勝ったのに続く重賞2勝を挙げ、この勝利によって川島はこれ以降、1戦を除いて引退までオースミハルカの手綱を取ることになる。

されどトントン拍子にはいかず

さて、古相手に大物喰いを果たしたオースミハルカ。これで評価もうなぎ登り、若武者とともに逃げとして覚醒……したかというと、そうでもなかった。人気薄がノーマーク逃げを開けるというのは、競馬ではわりとよくあること(わかりやすい例:2009年エリザベス女王杯)。しかもファインモーションより6kgも軽いハンデでクビ差では、実よりも展開勝ちと見るのが普通である。

迎えた秋華賞(GI)では単勝13.7倍の6番人気人気は上がったとはいえ、勝ち負け有とまでは見られていない評価である。競馬ファンの見方はシビアであった。そして実際、スタートで出負けして逃げられず、中団からメイショウバトラー体を併せて前に食らいついたものの6着まで。前2戦よりは差を縮めたが、三冠を達成したスティルインラブとの0.3差は高いだった。

続いて向かったエリザベス女王杯(GI)では51.2倍の11番人気秋華賞の轍は踏まぬと2番の内から好スタートを切るも、メイショウバトラーがそれを制するように前へ行き、さらに大逃げに転向していた前年のオークススマイルトゥモローが外からそれをかわして大逃げを仕掛け、オースミハルカはメイショウバトラーを見ながら3番手につける。3コーナーメイショウバトラーくもスマイルトゥモローを捕まえるが、オースミハルカは4コーナーでそのメイショウバトラーを捕まえて、直線入口で先頭に抜け出した。そのまま後続を突き放して押し切りを図ったが、残り200mで外からアドマイヤグルーヴスティルインラブの壮絶な追いべに捕まり、最後は失速して沈み9着。
レース後、右第1の剥離骨折が発覚。休養に入ることになった。

半年休み、明けて4歳、6月愛知杯(GIII)で復帰。12.1倍の6番人気。ここでは逃げアインクライマーを2番手で追いかけたが、このときのアインクライマーの逃げ稍重の限定2000m戦で1000m通過が576という破滅的ハイペース。故障明け初戦でこのペースに付き合ってしまってはさすがにレースにならず、3コーナーまで保たず後退、あえなく大きく離されたシンガリ負け。

続く7月米子ステークス(OP)では川島騎手が同日の函館スプリントステークスで同じ安藤厩舎のタイセイブレーヴに乗っていたため、秋山一郎がテン乗り。ここは逃げを打ち、追ってきたチャペルコンサートに半身差されたものの2着にった。

遥かな夢を追いかけて

上が川島騎手に戻り、乗りこんだのは連覇のかかるクイーンステークス(GIII)。この年のから導入される3連単の先行発売でも話題になったこのレース、1番人気(3.8倍)はこの年限定重賞を2勝していた同じオースミ冠の先輩オースミコスモ。2番人気(5.4倍)は愛知杯マーメイドS連続2着のチアズメッセージ。3番人気(6.7倍)は前年の2歳女王で、桜花賞3着・オークス5着から巻き返しを図るヤマニンシュクル。混戦模様の中、オースミハルカは8.8倍の5番人気だった。
前年同様、ん中のからハナを切ったオースミハルカは、1000m通過60フラットペースで後ろを離して逃げていく。昨年も勝った札幌の地、このペースで楽逃げできれば彼女の脚は止まらない。直線でも後続を突き放して逃げ、最後は6番人気エルノヴァの猛追をクビ差振り切ってゴールを駆け抜けた。
昨年同様の展開で連覇達成。今回は斤量も2着と同じ55kg、ノーマーク一発とは言わせない鮮やかな勝利であった。ちなみに3連単は71,170円の中波乱といったところ。

続いて向かったのは10月府中牝馬ステークス(GIII)。ここでは久しぶりにあのと再会する。そう、古となってからは苦戦が続いていたスティルインラブである。とはいえ古となっての3戦は全て混合戦だし、さすがにここでは三冠限定戦ならばと2.9倍の1番人気
一方オースミハルカはというと、前走の鮮やか逃げ切りで人気も……やっぱり特に上がってはいなかった。11.4倍の5番人気。前走で2着に負かしたエルノヴァが2番人気だったので、やっぱり逃げ切りよりも、届かずとも後ろから末脚を見せた方が評価されるのは競馬の常である。しかも同じ逃げメイショウバトラー(3番人気)がいたので、前走のような楽逃げはさせてもらえないだろうとも見られたのは致し方なしか。
11番から好スタートを切ったオースミハルカだが、大方の予想通り、大外からメイショウバトラーハナする。そのままメイショウバトラーが後ろを離して逃げ、オースミハルカは2番手でそれを追う。4コーナーで3・4番手にいたトシダンサーとチャペルコンサートが迫ってきて、直線入口でチャペルコンサートに並びかけられる。このまま後続にまれるか――と思われたが、ここからがオースミハルカの。逆に残り300mでチャペルコンサートを振り落とし、内で逃げメイショウバトラーを追いかける。間からはスティルインラブが追ってくるが譲らない。
最後の200m、オースミハルカとメイショウバトラー必死の追いべに、スティルインラブは追いつけない。メイショウバトラーと2頭、全な横並びでゴール実況メイショウバトラー逃げ切りかと思うほどの僅差だったが、僅かにオースミハルカがハナ差で差し切っていた。

逃げられなくても勝てることを示し、三冠を打ち破って重賞連勝。いよいよオースミハルカは、ビッグタイトル獲りに名乗りを挙げた。そう、エリザベス女王杯である。

1979年開業の安藤厩舎はこの年開業26年安藤師は騎手時代も含め、未だGIを勝ったことがなかった。オースミハルカで挑むエリザベス女王杯は、師にとっても騎手にとっても、悲願のGI制覇へ千載一遇の機会と言えるものだったのだ。
しかしそれ以上に、安藤師と川島騎手にとって、エリザベス女王杯は特別なレースだった。
それには、ひとり先輩騎手の存在がある。

その名は、岡潤一郎
安藤厩舎に所属した彼は、1988年の新人最多勝を獲り、武豊ライバル補として将来を嘱望されながら、1993年の落事故で、24歳の若さで世を去った。その騎手が生涯一勝ったGIが、リンデンリリーで制した1991年エリザベス女王杯である。
そして川島騎手は、安藤厩舎に入ったその日に安藤師から一本のを渡された。騎手の形見のである。それ以来、川島のような騎手になることを標にしてきた。

厩舎の亡き兄弟子が勝ったレースを、そのを託された子が、厩舎ので勝ち、師に初GIを贈る。完成させることができれば、これほど美しい物語もない。
オースミハルカでエリザベス女王杯を勝つということは、ただのGIタイトルではない。川島騎手にとっても、安藤師にとっても、特別な意味を持っていたのである。

迎えたエリザベス女王杯(GI)。勢いに乗る秋華賞スイープトウショウ秋天3着から中1週で乗りこんできた連覇を狙うアドマイヤグルーヴ、復権を三冠スティルインラブ人気を分け合い、オースミハルカは16.0倍の5番人気重賞連勝してもなお、彼女競馬ファンが図りかねていたことがえるオッズである。
レースは例によって好スタートを切ったオースミハルカを制して、メイショウバトラーハナして大きく逃げる。オースミハルカはそれを5身ほど離れて単独の2番手で追う、府中牝馬Sとほぼ同じ展開。直線に入ってもメイショウバトラーを、馬場アナにオースミコスモと言い間違えられながら追いかけるオースミハルカ。
残り200m、メイショウバトラーを捕まえ、先頭に立つ。
だがそこで、外から猛然と襲いかかってきたのが、武豊アドマイヤグルーヴだった。
必死るオースミハルカだが、武豊完璧な騎乗をしたアドマイヤグルーヴの勢いに屈し、3/4身差で悔しい2着。川島騎手の騎乗にミスはなく、こればかりはもう相手が上だったと言うしかなかった。

再び苦闘の日々

エリ女走で競馬ファンもようやく「オースミハルカは強い」と認めたようで、続く12月阪神牝馬ステークス(GII)ではついに4.4倍ながら生涯一の1番人気に支持される。しかもこのレース、またもメイショウバトラーと一緒だったが、これまでの武幸四郎から武豊に乗り替わったバトラーが番手に控えたため、オースミハルカは単騎で逃げる体勢に持ち込む。これは彼女ペース……かと思われたが、川島騎手とでは桜花賞以来のマイルでは自分のペースを作れなかったか、それともエリ女の疲れが残っていたか、直線残り200mまで先頭でったもののそこで追ってきた集団に捕まり9着。

明けて5歳4月福島牝馬ステークス(GIII)から始動。5.9倍の3番人気トップハンデ58kgを背負うことになり、中舘英二のオルレアンが逃げたのもあって3番手からのレースとなったが、直線で抜け出したメイショウスカルに突き放されての4着。
しかもこの後深管瘤を発症。半年休むことになり、クイーンステークス3連覇は挑むことすら出来ずに終わってしまった。

10月、連覇を府中牝馬S(GIII)で復帰。7.7倍の4番人気。内からハナを切って単騎逃げに持ち込み、直線でも残り200mまでったが、ヤマニンアラバスタの末脚には置いていかれ、マイネマンサにもかわされて3着。

遥かな夢は魔法のごとくに

そして迎えた3度エリザベス女王杯(GI)秋華賞エアメサイアと、として39年ぶりに宝塚記念を制したスイープトウショウ人気を分け合う中、オースミハルカは16.4倍の5番人気。生涯最高と言える状態で当日を迎え、レース前から堂々と逃げ宣言をして臨んだ川島騎手とオースミハルカだったが、前走を考えると単なる単騎逃げでは、おそらく末脚自慢のスイープトウショウには敵わない。

ならばどうするか?
川島騎手の出した答えは明快だった。
――だったら、どんな末脚でも追いつけないほどの差をつける。

レースが始まる。最内の11番から川島騎手がグイグイ押していつも通り前に出て行くオースミハルカ。そこまではもが予想した展開。だが2コーナーを越えて向こう流しに入る頃には、京都競馬場の歓はどよめきに変わっていた。
そこには、後続を10身以上突き放して逃げ黄色メンコピンク勝負服の姿。乾坤一擲、オースミハルカでエリザベス女王杯を勝つ――川島騎手安藤師のを乗せた、一世一代の大逃げだった。

しかも川島騎手は後続を大きく突き放したところで一度ペースを緩め、1000m通過は60フラット。決してハイペースではない、オースミハルカにとっては楽逃げペース。まさに会心、これ以上ない完璧逃げである。
中、マイネマンサが掛かり気味に追いかけてきたが、オースミハルカは気にすることなく々と単独で逃げる。そのまま後続を大きく突き放して直線へ。オースミハルカの脚は止まらない。

エアメサイアはまだ後ろの方だ! エアメサイアはまだ後ろの方だぞ、これで届くのか武豊
先頭は全に、オースミハルカ、あと300m、今年はついに逃げ切るか!?

――関西テレビ 馬場鉄志アナ

残り200mのハロン棒を過ぎたとき、まだアドマイヤグルーヴスイープトウショウも5身は後ろにいた。
勝った。オースミハルカが逃げ切った。おそらくこのとき、レースを見ていたほとんど全ての人がそう思ったはずだ。そのぐらいに完璧な、芸術的逃げだった。
これ以上はない。後ろは届かない。届くはずがない。それこそ、魔法でもない限り――。

だが。
川島騎手も。
安藤調教師の願いも。
オースミハルカの、生涯最高の逃げも。
全てを吹き払うような、魔法のような末脚で。
大外から、1頭のが飛んできた。

世紀のわがまま魔女スイープトウショウが。

 

……もう、このレースに関してはこれ以上ることはない。あとはレース映像を見て欲しい。

何度見たってオースミハルカが逃げ切るはずのレースである。結果を解っていても、見直すたびに今度こそオースミハルカが逃げ切るんじゃないかと思ってしまうのは筆者だけではないと思いたい。

若武者のを乗せた乾坤一擲騎乗を、情け容赦なくぶったツンデレ魔女脚。
2005年エリザベス女王杯は、もっと評価されるべきレースだと筆者は思う。

その後

オースミハルカはその後、これまでずっと重賞では限定戦のみを走ってきたところ、なんと有馬記念(GI)に挑みタップダンスシチーを2番手で追ったが、4コーナーで沈みブービー15着。
明けて6歳、引退レースとして京都牝馬ステークス(GIII)に臨んだが、59kgという酷量を背負わされては逃げることもままならず8着に敗れ、現役を引退した。

通算22戦6勝、重賞4勝。結局、大きなには届かなかったが、若武者・川島騎手とのコンビで一度ならず二度までも、エリザベス女王杯で見せた渾身の走りは多くのファンの心に刻まれた。川島騎手彼女を「ハルちゃん」と呼び、「お様のようです」と溺愛していたという。

川島騎手によると、「気が強過ぎるところがあって、並んで走ると気持ちを前に出し過ぎてしまう」性格だったというオースミハルカ。
逃げといってもいろいろある。持ち前のスピードスタミナで他をすり潰すハイペース逃げ、緩急自在にペースを操る逃げ、玉砕覚悟の破滅逃げ。オースミハルカの逃げは、素直に、最も走りやすいスタイルめた結果としての、ケレン味のない逃げだった。だから府中牝馬Sのように、前にがいても単独で、自分のペースで走れさえすれば強かった。そういう逃げだったからこそ、2005年エリザベス女王杯大逃げ乾坤一擲ぶりが際立つのだ。
黄色メンコを煌めかせて、相手がであろうとも、自分のペースで軽やかに逃げたオースミハルカ。おしき、忘れがたき逃げである。

引退後は、故郷の啓一牧場で繁殖入り。第3オースミイチバン(アグネスタキオン)が2012年兵庫チャンピオンシップ(JpnII)と2013年ダイオライト記念(JpnII)と交流受賞を2勝しているが、どちらのレースもその手綱を取ったのは川島信二騎手だった。
特に後者では、単勝1.2倍の圧倒的1番人気だったハタノヴァクールを、単勝45.9倍の6番人気の身で鮮やかに逃げ切りクビ差完封。「大物喰い」と言われたの血を思い起こさせるレースだった。

2021年、第11ナリタマフディー(レイデオロ)を産んだのを最後に繁殖牝馬引退。まだ存命だったホッコーオウカと一緒に功労として余生を過ごすことになった。
ホッコーオウカはと一緒に暮らす時間を過ごして満足したかのように、2022年9月、29歳で大往生。オースミハルカものように長生きしてもらいたいものである。

川島騎手はその後、2007年安藤師の勇退によりフリーとなる際、騎手をもらい受け、今もお守りとして大事にしているという。
2024年現在川島騎手は現役を続けているものの、結局GIを勝てていない。つくづくあの2005年エリザベス女王杯を勝てていれば……とは思うが、いつかまた、オースミハルカの血を引くで、川島騎手が大一番で乾坤一擲の騎乗をする姿を見てみたいと筆者は思う。

血統表

フサイチコンコルド
1993 鹿毛
Caerleon
1980 鹿毛
Nijinsky II Northern Dancer
Flaming Page
Foreseer Round Table
Regal Gleam
*バレークイーン
1988 鹿毛
Sadler's Wells Northern Dancer
Fairy Bridge
Sun Princess *イングリッシュプリンス
Sunny Valley
ホッコーオウカ
1993 鹿毛
FNo.3-l
*リンシェーバー
1988 鹿毛
Alydar Raise a Native
Sweet Tooth
*ベーシイド Cool Moon
Polondra
ランズプロント
1974 鹿毛
*プロント Prince Taj
La Caravelle
サモア トサミドリ
第三スターリングモア

クロスNorthern Dancer 4×4(12.50%)、Nearctic 5×5×5(9.38%)

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