まず功夫(カンフーは英語読みで、コンフーは広東語、北京語読みで、日本ではクンフーとも呼ばれている)とは簡単に言ってしまえば、中国武術と同じ意味を持ち、中国の武術全般を指す。
そしてこのカンフーを題材にした映画をカンフー映画(本場である中国や香港では「功夫片」)と言う。
ちなみに功夫片は現代物を「現代功夫片」時代物を「古装功夫片」と呼ぶ。
尚、映画用語で功夫と言う場合は主に拳法を指し、剣術物映画の場合は武侠片と呼ばれている。
カンフーシーンのある映画自体は戦前から作られていたが、当のカンフーシーンは舞踏的なモノで迫力に欠けており、アニメ合成など各種の特殊効果をも多用して派手な画面作りを行っていた武侠(剣術)映画に推され気味であった。
しかし、抗日ゲリラ上がりの広州オペラ俳優で初期の香港カンフー映画を代表するスターであるクァン・タクヒンが、実際にカンフーの達人で、その事から彼の出演作『黄飛鴻傳』シリーズでリアルなカンフーシーンが標準化し、以後は、それ以外の映画でも実際にカンフーを学んだことのある武術演技指導者達によってリアルな武術シーンを演出するようになる。(通常はこれをもってカンフー映画の始まりとする)
やがて、いっそうの迫力をめざし、開き直って武侠映画で多用されていたトランポリンやワイヤーワークはては効果音を駆使することで、ホンモノ以上に迫力のあるアクションシーンを作り出し、武侠映画と相互に影響を与え合いつつ、香港のカンフー映画は、他国のアクション映画には無い、独自色を強めていった。
そしてついに、1973年公開のブルース・リー主演作「燃えよドラゴン」の空前の大ヒットによって世界的カンフー映画ブームが起こる。
その時点ではブームの立役者であるブルース・リー本人はこの世を去っていて、その主演作も前述の燃えよドラゴンを含めてもわずか4本と未完成作1本という少なさから、ごく当たり前の流れか、ブルース・リー以外のカンフー映画も盛んに世界各国で公開される。
そんな中でも特に注目を集めたのがブルース・リーに見いだされたジャッキー・チェン、サモ・ハン・キンポー、ユンピョウの3人であった。
そんな中でもジャッキーは、ソレまでのシリアス路線中心のカンフー映画にコメディー色を加え、明るくコミカルなカンフー映画という新規路線を開拓し、一躍世界のスターダムに乗った。
それ以後も、コミカルカンフーにホラーを組み合わせ、世界中にキョンシーブームを巻き起こしたサモ・ハン・キンポーの監督作「霊幻道士」や、きっちり時代設定通りに弁髪をとりいれたジェット・リー主演の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」(ワンチャイ)、ジャッキー以上にコミカルさに比重を置いたチャウ・シンチー主演の「少林サッカー」といったそれぞれの時代を代表するカンフー映画が作られ続けている。
余談であるが昔の日本では、字幕に「カンフー」と訳さず、当時の日本国内にすでに確立されていた映画ジャンルであった「空手映画」にカンフー映画を分類したり、カンフーを「空手」と表示するなどのおおざっぱさ故の間違いがあった。
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最終更新:2025/04/27(日) 15:00
最終更新:2025/04/27(日) 14:00
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