キハ141系 単語

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キハイチヨンイチケイ

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キハ141系とは、JR北海道が製造した改造気動車(通称PDC)である。

概要

国鉄分割民営化されて間もない頃。折からのバブル景気もあり、JR各社は独自の設計による新特急車両開発するなど意欲盛んであったが、その一方で無視出来ない問題も存在した。通勤・近郊輸送の善である。
国鉄時代から通勤輸送対策が施されていた首都圏はさておき、当時の地方都市といえば、当たり前のように客列車が走っていたり、電車あるいは気動車であっても、本来の仕事を失った急行車両が使いまわされていたりと、あまりよろしくない状態が続いていた。

これらの何が問題なのか簡単に説明しておこう。
まず、客列車は動を持たないために、それを牽引する機関車が必要である。その場合、列車終点で折り返す際には機関車を編成の逆側に付け直す「機回し」をしなければならず、余計な手間と時間がかかってしまう。また、機関車は加速が鈍く、最高速度もあまり速くないのでダイヤの栓になってしまい、路線全体の高速化に支障をきたす。加えて、いわゆる旧は乗降が狭く、乗り降りに時間がかかるため近距離輸送には適さない。こちらは国鉄時代に50系が投入されていたため、多少善されてはいたが。
急行車両についても同様で、機回しこそ不要なものの、やはり頻繁な乗り降りを考慮していない狭い乗降が問題となった。

そこでJR各社はそれらを置き換える近距離向けの車両の増備にも取り組むことになり、205系211系など国鉄末期に登場した形式の追加製造の他、719系721系キハ75形キハ100系といった面々の新規開発も行われた。
しかしながら郊外開発が進んだりすると、いよいよ新造だけでは輸送量が追いつかなくなってしまう。とりあえず列車や老朽化がしい車両だけでも置き換えて、あとは延命や改造で補おう、という流れに行くのは自然なことであろう。特に資面に不安があった北海道四国九州ではその傾向が強かった他、営業エリアの広い東日本、西日本でも同様のケースが多々見られた。食パンとか。
ちなみに、なぜ特急列車の投入が優先されがちだったのかというと、ぶっちゃけ特急のほうがかるからである。通勤輸送は乗車券収入だけだし、正直大半は定期客だし…じゃあ気もいいし、特急新しくしてバンバン乗ってもらおう、というわけだ。

前置きが長くなってしまったが、本題に入る。
前述の通り、JR北海道では新しく721系を投入して客列車駆逐を図るも、札沼線学園都市線)沿線の開発が進みそちらの輸送増強に迫られることになる。当時の札沼線は新旧の雑多な形式の気動車が入り混じる、まさに「ローカル線」であり、旧車両の置き換えと車両の増備を同時に行わなければならない状況であった。
しかし、これだけ数の気動車を全て新造している余裕はく、どこかに車両は余っていないか探した結果…そういえば721系の投入で51形が余ってたっけ…。

苗穂工場「じゃあ、これ気動車改造しちゃえばいいんじゃね?前にもやってるしキハ08)

本当に苗穂の人間の発案だったかは定かではないが…。こうして、51形客気動車へと改造されることになった。

キハ141・キハ142

最初に改造されたのがこのグループ。オハフ51が種で、室部分を運転室に改造し、走行機器を取り付けた。キハ141が1エンジンキハ142が2エンジンで、台車キハ56系発生品の流用。また座席の1+2列化やキハ142トイレの撤去なども行われている。

キハ141-1~14、キハ142-1~13、114201の計29両が製作され、基本的にキハ141とキハ142の2両ユニットを組み、適宜増結を行い運行される。なお、キハ142-201キハ143より後に改造されているにも関わらずこちらの仕様で、おまけに通常組む相手もおらず運用は専ら単独で編成中に入るというの存在であった。

キハ143

キハ141・142の成功で味をしめたのか、JR北海道は追加改造に乗り出すことに。
しかし何を考えたのか、今度は発生品ではなくハイパワー気動車キハ150形の走行システムを搭載するという暴挙に出たのである。このシステム、なんと450PSエンジンを1基搭載し、110km/h走行が可という代物(他の3形式は95km/h)。他にもデッキが撤去されたり、後に追加で冷房化改造されたりしている。
が、当の札沼線最高速度85km/hであり、 当然その高い性を持て余す結果となった。
かしこオーバースペックとも言える性が、後に運命を大きく左右することになる。

トイレしの100番台4両、トイレつきの150番台7両が製作され、こちらも基本的には100番台150番台で2両ユニットを組み、余った車両は単独で編成に組み込まれる。パワーに余裕があったためか、間にキサハ144を挟むことも多かった。なお、150番台のうち157だけが何故か逆向きであり、実際に100番台同様の使い方をされている。つくづくの多い形式だこと。

キサハ144

キハ143と同時期に改造された、「キサハ」の形式が示すとおりの中間付随である。
つまりから気動車改造されたのに走行用エンジンを積んでいないという、なんだかもうよくわからないことになっている。
内装はキハ143に順ずるが、台車キハ56系発生品が宛がわれたため、最高速度は95km/h。
また、最初は非冷房だったものの、後に冷房装置を追加。その際に冷房用エンジンが追加されている。
トイレしの100番台3両(101103)、トイレつきの150番台1両(151)が製作されたが、 151はすぐにトイレ撤去の再改造を受け104番された。

そして再就職へ

こうして、全44両が札沼線で活躍を始めたキハ141系だったが…。
2012年札沼線(桑園~北海道医療大学)の電化開業が決まり、電車へと仕事を譲ることになった。
先行量産キハ141/142-1の2両が一足先に鬼籍に入っていたものの、42両が一斉に置き換えられるのである(実際には733系の製造が遅れ、二段階での置き換えとなった)。

の落成から30年以上、改造からも20年前後が経過し、特に更新工事も受けていない。
いよいよこのともお別れか…と思いきや、ここで終わらないのがキハ141系である。

まず、キハ143ワンマン改造の上で室蘭本線に投入され、711系の運用を置き換えることが発表される。
背景には、札沼線電化区間の電車化を謳ったは良いものの、運用上の都合で達成のためには711系を投入せざるを得なくなり、じゃあちょうどいいから室蘭本線ワンマン化も同時に行ってしまおう、という論見があったものと推測される。
これによって、キハ143155以外の10両がワンマン化以外にも側面行先表示器や転落防止の設置工事などを受け、晴れてそのハイパワーを余すことなく発揮できる路線へと羽ばたいて行ったのだった。

一方、キハ141とキハ142は、札沼線で同僚だったキハ40キハ48とともに、大半がミャンマーに売却されることになった。新地では性のいい日本車両ということで評判らしく、地方で先にを渡った車両たちと共にゆっくりと余生を過ごしているようだ。また、一部車両都市観光地を結ぶ夜行列車に使用されている。

そして、最後の最後にとんでもない話が飛び込んできた。
なんと、JR東日本蒸気機関車C58復活させて運行する釜石線SL銀河」の兼補助動として、JR北海道からキハ141系を購入して再改造するというのである。こうしてキハ142-201キハ143-155、キサハ144-101103の4両が津軽海峡を越え、観光列車として再スタートを切ることになった。波乱万丈ってレベルじゃねえぞ。 
これら4両は2014年1月山総合車両センターでの再改造が終了し、700番台となって出場した。

なお、6両が譲渡されずしばらく苗穂工場に留置されていたが、後にそのまま解体となった。
内で再就職先を得た車両たちも、経年を考えるとそう長い時間は残されていないかもしれない。この数奇な運命を辿った車両たちの、一日でも長い活躍を願いたいところである。

現況

これらの生き残った車両群であったが、JR北海道に残る10両については、後継の新電車である737系2023年5月20日室蘭本線へ導入される旨が発表され、本形式の全運用を置き換えた。なお、残った車両の内8両を、JR北海道が運行する列車の種となるという報道がされており、今後の動向に注が集まっている。

またJR東日本に譲渡された4両も、本形式の老朽化の為SL銀河」の運行そのものを終了すると発表され、2023年6月10・11日の団体臨時列車を以て運行を終了し、キハ141は全となった。

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