ギラヴァンツ北九州単語

ギラヴァンツキタキュウシュウ

7.4千文字の記事
  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • LINE

ギラヴァンツ北九州とは、福岡県北九州市ホームタウンとする、Jリーグに加盟するプロサッカークラブである。

概要

日本プロサッカーリーグ
ギラヴァンツ北九州
基本情報
創設 1947年
クラブカラー イエロー
所属 J3リーグ
本拠地 ミクワールドスタジアム北九州[北九州市小倉北区]
ホームタウン 福岡県北九州市
前身クラブ 三菱化成黒崎サッカークラブ
プロサッカークラブテンプレート

前身は1947年に創部した三菱化成黒崎サッカー部。2001年に同クラブ体としたニューウェーブ北九州を創設。2010年Jリーグに加盟し、ギラヴァンツ北九州に称した。

北九州市市花であるひまわりを意味する「Girasole」と、前進するという意味の「Avanzare」を組合せた造語である。「Girasole」は、本来「ジラソル」と発音するが、ここでは「ジラ」部分を「ギラ」と読み太陽きと躍動を想起させる強い感とした。

エンブレムひまわりびらと太陽モチーフとし、中央には北九州市の「北」の文字が配置されている。クラブマスコットは、北九州市小倉南区曽根干潟に飛来する「ズグロカモメ」をモチーフにした「ギラン」。

ホームスタジアムは2017年完成したミクワールドスタジアム北九州北九州スタジアム)。略称ミニスタ。2016年以前は北九州市立本陸上競技場を使用していた。

歴史

三菱化成黒崎サッカークラブ』として1970年代に発足したチームが前身。元々北九州市は後にも先にも本州以外で天皇杯制覇を成し遂げた八幡製鉄サッカー部の存在も有り、一部地域ではサッカーが盛んであったが冷えに代表される重工業不振も有り、プロ化はと見られていたが2001プロ化をめざし市民クラブとして運営体がNPO法人の『北九州フットボールクラブ』を設立後、チーム名も『ニューウェーブ北九州』として新たに誕生した。

2001年より九州リーグJFLし、更にJリーグ入りをしていたが、2004年まで低迷を続けていた。2005年には元サガン鳥栖監督の千美徳を監督に迎え、JFL昇格争いに加わったが、結局昇格することが出来ず、2006年に千コーチに降格、2007年シーズンより元読売クラブ(現:東京ヴェルディ)監督の与那ジョージ監督として揮を執る。
2007年、再びJFL昇格争いを終盤まで演じ、九州リーグを制覇した後、全地域リーグ2位となり、見事JFL昇格が決まった。

JFL昇格後、2008年Jリーグに準加盟。しかし、Jリーグ加盟に必要な『JFL4位以上』と『観客3000人』をクリアすることが出来ず、2008年JFLリーグ年間5位でJリーグ加盟とは至らなかった。この年は福岡県サッカー選手権で見事に優勝し、福岡県代表として初めて天皇杯に進んだ。

2009年シーズン、前期では5位で終えたものの、後期になってJFLで上位争いを演じた。同じくJリーグ準加盟のガイナーレ鳥取らが調子を落とすと、北九州は勢いが増し、群馬県高崎市で行われた後期第16節、アルテ高崎戦で見事年間4位以上を確定させ、観客も3000人以上と軒並み伸びたことにより、同年12月Jリーグへの加盟が決まった。福岡県Jリーグチームアビスパ福岡以来2チームで、九州では5チームJリーグクラブ誕生となった。J2昇格を機にチーム名を現在の「ギラヴァンツ北九州」に変更する。

2010年シーズン大分トリニータJ2リーグに降格するため、サガン鳥栖アビスパ福岡ロアッソ熊本と合わせ、5チームが『九州ダービー』を行うことになり、アビスパ福岡と『福岡県ダービー』を開催。しかし、この年はJリーグの壁にぶち当たり、シーズン僅か1勝に留まってしまう。シーズン33試合連続勝ちし、シーズン1勝は2003年サガン鳥栖が作ったシーズン28試合連続勝ちなし、シーズン3勝を抜いてJ2ワースト記録となった。アビスパJ1復帰を果たしたため、当面福岡ダービーはお預けとなった。

2011年シーズン、この年の胸スポンサーTOTOに決定。三浦泰年が監督に就任すると、J2開幕3戦にして今期勝利を決め、36戦連続勝ちしで不名誉な記録を止めた。それどころか2連勝し、シーズン序盤は『ギラヴァンツの下のチームが何チームもある』といった現を起こした。更に躍進の波は止まらず、11月20日にはサガン鳥栖勝利し、三浦監督標にしていた勝点『56』をクリアし、来シーズンに望みを繋ぐ成績となった。アビスパ福岡J2に降格し、来季からは福岡ダービーが実現する。

2012年シーズン、この年の胸スポンサー安川電機に決定。同福岡県アビスパユニフォームスポンサー探しに苦労する中、順調な営業に見えるが前年の勝利給、反則等その他諸々の費用が積み重なり債務過に陥る等、決して順満帆とは言えない運営強いられているんだ!三浦監督は勝ち点82、70得点以上、55失点以内を標に掲げ昇格圏も視野に入れた揮を執る。

が、10位で迎えた9月28日、来季から導入される「クラブライセンス」の交付が発表され、北九州においてはJ1ライセンスが付与されなかったことにより、プレーオフ圏内(6位)に入っても来季の昇格は不可能となった。理由としては、本拠地の収容人数が1万5000人のJ1基準に満たないことなどが挙げられている。その後連敗し、掲げていた標勝ち点の達成も不可能となってしまった。

2013年三浦監督の退任(後、東京ヴェルディ監督に就任)、それに伴う選手の移籍でチームは大きくダウン。後任に柱幸一が監督に就任するも、3連勝以上が一度もないシーズンとなり、順位は16位へと降下。それでも上述した新スタジアムの建設着手が正式に表明されるなど、少しずつではあるがクラブとしての足場を固めつつあった。

2014年J1クラブから獲得した風間希、健太大谷幸として定着。けっして戦的に恵まれているわけではなかったが、柱監督は堅守をベースにしたスタイルで選手のを引き出し、エースの池元友はキャリアハイの16ゴール記録シーズンを通して上位をキープする。J1ライセンスが交付されていなかったため昇格プレーオフに進出できなかったが、クラブ最高成績となる5位でシーズンを終える。

2015年小松塁が18ゴール、原一が13ゴールと2トップってゴールを量産するが、前年活躍したGK大谷が抜けた守備が不安定だったこともあって前年を下回る7位に終わる。

2016年は地元出身の元日本代表・本山志が加入するなど、監督スタッフが「100点満点(の補強)。自分がやれる事は全てやれた」とする充実した選手がった。念願のJ1ライセンスを取得しいよいよJ1昇格を見据えたシーズンになる・・・はずだった。蓋を開けてみると深刻な不振に陥り、第16節には最下位にまで転落する。守備の不安定さは相変わらずなうえに、攻撃も原が16ゴールと孤軍奮闘していたものの、小松がわずか4ゴールと大ブレーキ。特にアディショナルタイムでの失点が増加し、勝ち切れない試合が続きついにシーズン最下位が確定。J3降格が決定する。シーズン終了後、柱監督が退任。

2017年に新スタジアムが完成。1年でのJ2復帰を掲げたが、上位との直接対決に勝てなかったことがいて9位、2018年はよもやのJ3最下位と落ちるところまで落ちてしまう。成績不振により、監督コーチが軒並み1シーズンで退任する事態となった。

2019年清水エスパルス監督の「昇格請負人」と呼ばれる小林伸二氏が就任。まずはクラブを建て直すことに言及し、選手のフィジカル強化などを図る。以降、勝ちの差一つで順位が入れ替わる怒涛の上位に食らいつき続け、第32節に2位以上が確定、J2復帰が決まる。翌33節、ガイナーレ鳥取相手に引き分けで終わったが、2位枝が敗れたため、クラブタイトルとなるJ3リーグ優勝を果たす。シーズンを通して守備が安定しており、勝負所の後半戦では町野修斗北川斗、大悟ら攻撃が活躍。前年の最下位チームが翌年に優勝するのはJリーグ史上初の快挙となった。

再びJ2に戻ってきた2020年、ディサロシルヴァーノと町野の活躍もあって昇格1年ながら第7節から9連勝・10戦敗で第18節にクラブ初の首位に躍り出る大躍進を遂げる。しかし、9月下旬から停滞し失速、21節から9戦勝となったことで昇格争いからは脱落。それでもディザロは得点ランク2位の18得点と奮闘し、クラブ最高タイ記録の5位でシーズンを終える。
このシーズンを最後に池元友が現役を引退

2021年は危惧された通り、ディザロ、町野ら前年の躍進を支えたが軒並み引き抜かれることに。さらに開幕前に9年間に渡り、観客数を増しして発表していたことが発覚。クラブイメージダウンとなる。このような状況でチームシーズン中4度最下位に転落するなど大きく低迷。最終節まで混戦模様の残留争いの中で踏んるが21位シーズンを終え、史上初となる2度J3リーグ降格が決定。降格決定の翌日、小林監督監督退任およびスポーツダイクター専任が発表される。

J3での出直しとなった2022年は前年まで小林監督の下で3年間ヘッドコーチを務めた天野賢一が新監督に就任。1年でのJ2復帰を標に掲げたものの、スタートから躓くと上位争いに一度も加われないまま13位に終わる。

2023年は元栃木SC監督の田坂和昭が監督に就任。第2節で初勝利を飾ったものの、第3節以降は11試合未勝利と苦戦。第9節以降はJFL降格圏から脱出ができないほど低迷する。断トツの最下位となってしまった9月に田坂監督を解任し、小林ダイクター監督に復帰。しかし、それでも低迷するチームを救うことはできず、残り3試合を残してJ3最下位が確定してしまう。結局JFLから昇格できるチームがなかったことでJFL降格は免れたが、責任を取って小林監督ダイクター職と共に辞任。クラブを去ることになる。

クラブの特徴

サポーター

京都サンガF.C.とならびフラッグが痛いサポーターとして有名。参考ページexit

人口97万人のホームタウンを持つが、J参入からまだまだ日が浅く、お世辞にも本アクセス良好とは言えず収容人数もJ1基準に達していないためか、均約3200人と中々サポーターが駆け付けない(残念なことに、2013年度のJ全40チーム最低数字である)。

しかし北九州銀行都心小倉駅にて応援広告を出す等、認知度上昇に向けた取り組みは行われており、北九州内で試合が行われる際は熱く応援される。次の1勝を勝ちとることを信じて・・・!

スタジアム

2017年完成したミクワールドスタジアム北九州(正式名称は北九州スタジアム)は観客席とピッチの近さに定評があり、J1クラブサポーターですら羨むレベルの臨場感が楽しめる優れたスタジアムである。

辺に隣接された場所に作られたことも大きな特徴であり、MLBサンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地、AT&Tパークを連想させる。バックスタンドには屋根があえて設置されておらず、スタンドからを眺めることができる。プレー中のボールに飛び込む可性もあるが、敢えて防球ネットを設置せず、ボールは試合の運営催者に自ら回収させるとのこと。からの近さ故にバックスタンドコンコースには「つり禁止」の注意書きが設置されている。

主なタイトル

現在の所属選手

背番号 Pos. 選手名 生年 加入年 前所属 備考
- 監督 増本浩 1982.7.11 2024 ガイナーレ鳥取 監督 【新】
1 GK 伊藤剛 1994.3.23 2024 ヴェロスクロノス都農
3 DF 伊東進之 2003.4.18 2024 福山ティ 【復】
4 DF 長谷川 1999.4.27 2022 順天堂大学
5 DF 本村武揚 1997.6.20 2021 ジェフユナイテッド千葉
7 MF 平原 2003.5.1 2022 高校
8 MF 拓海 2001.4.1 2023 山梨学院大学
9 FW 平山駿 1998.10.6 2021 法政大学
10 FW 永井 1991.5.23 2024 ファジアーノ岡山
11 MF 喜山康 1988.2.22 2024 松本山雅FC
13 DF 工藤孝太 2003.8.13 2024 藤枝MYFC 【レ】
14 MF 井澤(C) 1999.6.14 2021 鹿児島ユナイテッドFC
15 MF 小林里駆 2001.8.2 2024 順天堂大学 【卒】
17 MF 岡野 2000.9.15 2023 日本文理大学
18 FW 渡邉颯太 2002.3.1 2024 関西学院大学 【卒】
19 MF 井野文太 2003.9.12 2022 高校
20 MF 矢田 1991.4.2 2024 愛媛FC
21 MF 1992.7.14 2024 ガイナーレ鳥取
22 DF 樺織 2000.12.17 2023 同志社大学
23 DF 坂本 2000.9.6 2023 東海大学
24 DF 前田紘基 1998.8.25 2021 東海学園大学
25 FW 郷来紀 2004.10.11 2023 ギラヴァンツ北九州U-18 【H】
27 GK 田中 2000.5.10 2019 市立船橋高校 【H】
29 FW 高昇 2000.10.10 2023 日本文理大学
30 FW 高橋 2004.10.30 2024 奈良クラブ 【レ】
31 GK 大谷幸 1989.4.8 2024 北海道コンサドーレ札幌 【レ】
33 DF 1996.5.12 2021 水戸ホーリーホック
34 MF 高吉正 2000.8.25 2023 横浜大学
39 GK 谷口璃成 2003.6.7 2024 レイラック滋賀FC 【レ】
40 FW 宮澤 2005.10.31 2024 ギラヴァンツ北九州U-18 【昇】【H】
50 DF 杉山耕二 1998.4.19 2024 ウェルスパ大分

※備考欄は【】=全移籍での加入、【レ】=レンタル移籍での加入、【復】=レンタル先からの復帰、【新】=新任の監督、【昇】=トップチーム昇格、【卒】=新卒での加入、【特】=特別定選手、【2】=2種登録、【H】=ホームグロウン選手

過去に所属した主な選手

歴代監督

監督 在任期間 備考
与那ジョージ 2007年2010年 九州リーグ優勝(2007年)
JFL昇格(2007年)
J2昇格(2009年)
三浦泰年 2011年2012年
幸一 2013年2016年 J3降格(2016年)
原田武男 2017年  
森下仁之 2018年2018年6月  
哲二 2018年6月12月  
小林伸二 2019年2021年 J3優勝J2昇格(2019年)
J3降格(2021年)
天野賢一 2022年  
田坂和昭 2023年2023年9月  
小林伸二 2023年9月12月
増本浩 2024年

関連動画

関連リンク

関連項目

この記事を編集する
関連記事

親記事

子記事

  • なし

兄弟記事

掲示板

  • 25 ななしのよっしん

    2023/09/10(日) 15:18:32 ID: 1jS2HAC9Cw

    なスタジアムがかえって恥ずかしい
    多分落ちてしまうだろう

  • 👍
    0
    👎
    0
  • 26 ななしのよっしん

    2023/11/23(木) 10:16:59 ID: MnI7Us5UIN

    JFL降格と思ったらJFL優勝チームがJ参入意思を持っていない
    確定ではないが、首の皮一枚つながってる

  • 👍
    0
    👎
    0
  • 27 ななしのよっしん

    2024/01/26(金) 08:35:41 ID: oO8SISnZYK

    J3最下位→J3優勝J2 5位(一時首位)→J3降格→J3最下位

    この間わずか5年である

  • 👍
    0
    👎
    0

おすすめトレンド

急上昇ワード改

最終更新:2024/03/29(金) 02:00

ほめられた記事

最終更新:2024/03/29(金) 02:00

ウォッチリストに追加しました!

すでにウォッチリストに
入っています。

OK

追加に失敗しました。

OK

追加にはログインが必要です。

           

ほめた!

すでにほめています。

すでにほめています。

ほめるを取消しました。

OK

ほめるに失敗しました。

OK

ほめるの取消しに失敗しました。

OK

ほめるにはログインが必要です。

タグ編集にはログインが必要です。

タグ編集には利用規約の同意が必要です。

TOP