「さぁ~みんなで考えよ~う!!!」
クイズ世界はSHOW by ショーバイ!!とは、1988年~1996年に日本テレビ系で放送された往年の人気クイズ番組である。通称「SHOW by ショーバイ!!」「ショーバイ」。
世界各地のユニークな商売をレポートし、それを元にクイズを出題するという番組。
司会は番組開始当時フジテレビを退社しフリーになった直後の逸見政孝。アシスタント的ポジションのサブ司会として渡辺正行も起用された。「商売」をテーマにしているためポジションも逸見が店長、渡辺が大番頭と個人商店の役職が使用され、優勝者も「売上No.1」と称している。
出題VTRが流れた後スタジオで問題の説明をし、司会者と解答者のトークの後シンキングタイムに入るのが基本。解答者はあの手この手で逸見から答えを聞き出そうとし、番組開始当初の逸見は慣れてないからかヒントや答えを漏らしてしまうことがあった。中にはトークの時点で解答者から正解が出てしまったことがあり、逸見と渡辺は何も言えずに全員に正解されてしまったことも。
1990年からは早押しクイズの「何を作っているのでしょうか?」がレギュラーコーナー化。工場のとある製品の製造工程を1分程のVTRにまとめ、何を作っているのかを答えるクイズで、番組の看板の一つとなった。現在でもクイズ問わず様々な番組で見られる「工場見学もの」の元祖と言える。特番では「何を壊したのでしょうか?」「何の学校でしょうか?」などの派生パターンがある。ジャイアント馬場は本当に自分がわかったときにしかボタンを押そうとしないため、早押しボタンに手を掛けない回がほとんどを占めた。そのためボタンを叩いたときは解答ランプが点いた解答者そっちのけで馬場に焦点が当たる程だった。なお初めてボタンを叩いたときはミリオンスロットのボタンと早押しボタンが別だということを忘れてスロットのボタンを叩いていたため恥ずかしくなりセット裏に一時逃亡した。
回答を発表する前に「ミリオンスロット」で得点を決めるシステムがあり、「同じ問題を正解してもスロットの結果によって得られる点数が異なる」というゲーム性が付与された。特に他人の点を40萬点奪える「横取り40萬」や、高得点となる50・100萬点を巡るエピソードは有名。詳細は同項を参照されたい。
レギュラー解答者として山城新伍、野沢直子(後に山瀬まみ)が、準レギュラー解答者として高田純次、ジャイアント馬場、蛭子能収が週替わりで出演し、番組に華を添えた。
特に山城新伍は番組開始当初から司会の逸見に突っかかる厭味な解答者というヒール的ポジションを買って出たため、「逸見VS山城」というわかりやすい対立を番組に持ち込み、人気の原動力を作った。
これに乗っかる形で、特別版では逸見チームと山城チームに分かれて司会者の席を争う全面抗争を演出したり、山城に不利になるように横取り40萬を導入するなど、クイズ番組としての側面だけではなくバラエティ番組としての側面も非常に強くなっていった。
これによって一気に番組の人気が爆発。裏番組で人気を誇った「わくわく動物ランド」(TBS)を終了に追い込み、1990年代の日本テレビ黄金時代の幕開けを告げた人気番組として1990年代前半に君臨することとなった。またこの番組を皮切りに日テレは次々と人気クイズ番組を量産することとなる。
また、この番組をベースに春と秋の番組改編期には日本テレビの人気番組や新番組の出演者が一堂に会した「スーパークイズスペシャル」が放送され、こちらも番組終了後まで長年にわたり人気番組となった。こちらは各番組の出演者が一堂に会し、コーナーごとに司会が変わるという都合上、普段は司会でしか見られない人が解答席に座る例が多く見られ、コーナー次第では夢の組み合わせが実現した。
しかし、その衰退のきっかけは突如訪れる。
1993年、司会の逸見政孝が胃がんを宣告され、手術とリハビリのため逸見は芸能活動を休業。この番組も例外ではなく、休業後の半年間は島田紳助、板東英二など代理店長による週替わり司会によって番組は継続された。
だが、逸見は復帰することなくその年の12月25日に逝去。その直後の1994年の新年最初の放送ではレギュラー陣による総集編も兼ねた追悼番組となった。春まではこれまで同様代理店長でつないでいく。
1994年春にそれまで若旦那として出演していた福澤朗(当時は日本テレビアナウンサー)が2代目店長に就任。「新装開店!」がタイトルの前についた。
しかし番組の顔であった逸見を失った影響は大きく、徐々に視聴率が低迷。そのテコ入れとしてどんどん当初のコンセプトから逸脱するようなクイズやコーナーが増え、挙句にはルールの大幅改編やゲームコーナーのメイン化などを盛り込んだために全く別物の番組となり、さらに人気が低下する悪循環に陥る。一説によるとこれは制作側の権力が強くなり、逸見というストッパーがいなくなってしまったことが大きな要因だと言われている。福澤は司会であっても日本テレビの社員のため、制作方針に口を出すことができなかった。またこれと似たような経緯でマジカル頭脳パワー!!も所ジョージという大きな柱を失っている。
ミリオンスロットも1995年10月に遂に廃止され、名物のスロット撤去と共に更に視聴者離れは加速。
「マジカル頭脳パワー!!」「平成教育委員会」などのヒットに始まるクイズ番組ブームの人気が陰りを見せ、また「ためしてガッテン」(NHK)や「Xファイル」(テレビ朝日)、また同じクイズ番組である「クイズ!悪魔のささやき」(TBS)もなどの裏番組が台頭したこともあり、当番組の視聴率は低迷の一途をたどっていた。
(ちなみに、「ショーバイ」の問題VTRナレーターであった立川志の輔とレギュラー解答者だった山瀬まみが途中で降板し、裏番組「ためしてガッテン」に乗り換える形で出演している)
晩年に久本雅美が「看板娘」として司会に加入した頃には、「売れっ子ヌードモデルを探せ!!」などのゴールデンタイムにエロで釣る安易な視聴率稼ぎコーナーも登場するようになり、当初と全く異なる番組へと変貌していった。
1996年、8年間の歴史に幕を閉じた。
最終回スペシャルでは過去の名場面集と振り返り、山城新伍が早逝したかつてのライバル・逸見政孝への思いを語るコメントをした。番組最後には逸見店長と渡辺大番頭の名セリフ「さぁ~みんなで考えよ~う!!!」のシーンを流して幕を閉じた。
初代司会者である逸見の他、現在では山城新伍やジャイアント馬場も鬼籍に入ったため、往年と同じ雰囲気で番組の復活版を製作するのは非常に厳しくなっている。
なお、おっさんホイホイのコミュニティ画像には、当番組の逸見氏が使用されている。
やはり、現在の20代~40代にとっては非常に思い出深い番組であるのだろう。
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最終更新:2025/04/05(土) 01:00
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