ケッセルリンクとは、姓の一つである。
ドイツ語でケッセル(Kessel)とは薬缶(ヤカン)や大きな釜を意味し、リンク(Ring)は英語でのそれと同じく指輪や把手を意味し、要は大釜の取っ手を意味する言葉である。
ここから転じて、ヤカンなど調理器具の製造業を意味する組合からその姓が作られたと考えられる。このように、ドイツ語圏の姓として使われる。
などを意味する言葉として使われる。本記事では1及び2について説明する。
―闇統べる魔貴族―
『鬼畜王ランス』及び『ランス10』に登場する魔人。出身種族はカラーであり、魔王スラルの時代に魔人となった。
LP期(作中)においてはケイブリス派に所属する魔人であり、どちらの作品でもはっきりいってめちゃくちゃ強い。魔王を別にすれば最高クラスの戦闘力を持つ魔人として知られる。ろくな準備もせずに挑めばほぼ間違いなく返り討ちに遭う。詳細は省くが、とりあえず夜挑むのはやめておこう。
両作品共にメガネをかけた紳士&貴族風の風貌をしているが、体格や髪の色が異なる。魔人領の森の中に館を有し、逃れてきた多数の女性に血を分け与えて使徒としている。本人の紳士的な性格もあってか使徒たちはもはや崇拝の領域でケッセルリンクに仕えており、身代わりに殺されても厭わないほどの覚悟を持っているためそれなりに手強い。
魔人の中では珍しいほど人間、特に女性に対して紳士的であり、魔軍による侵攻の際も消極的なことから、さほど人類殲滅に対してやる気はないようである。しかし、別にシルキィなどのように特別優しいわけではなく、男に対しては容赦ない。色々な意味で。
鬼畜王では男性で、ランス10でも特定のイベントを起こさなければ男性のままだが、カラーなので元々は女性である。
アルベルト・ケッセルリンク(1881-1960)はドイツ帝国、ワイマール共和国、ナチスドイツに所属していた軍人であり、空軍元帥にまで上り詰めた人物である。常に明るく、朗らかな振る舞いや風貌から「微笑みのアルベルト」というあだながつけられる。
ドイツ軍がヴェルサイユ条約によって大幅に軍縮の憂き目にあい、多数の軍人がリストラの憂き目に合う中、陸軍で生き残った選ばれし者。英仏などの厳しい監視をかいくぐって1933年のドイツ空軍の創設に関わった。
第一次世界大戦から親友であったモルヒネデブゲーリングの後押しを受けながら順調に出世し、空軍大将として第二次世界大戦を迎える。
二次大戦においては緒戦のポーランドやフランス侵攻に従事し、フランス降伏後に遂に元帥に任命される。その後は北アフリカ戦線でロンメルを支援するべく航空作戦を展開し、地中海の要衝であったマルタ島を爆撃。駐留していた英軍を壊滅に追い込むが、アメリカの参戦や東部戦線(独ソ戦)への戦力転換などが祟って北アフリカは失陥。だが、その撤退作戦を指揮し、損害を抑えることに成功した。
その後はシチリア島を経由してイタリア半島を北上する連合軍と対峙すべく、イタリア戦線での地上部隊を含めた指揮官として活躍。彼は遅滞戦術を駆使して物量に勝る連合軍の進撃を抑止し続け、その功績で1944年7月にダイヤモンド・剣・柏葉付き鉄十字章を受章。これは当時では最高、末期まで通してみても黄金柏葉剣ダイヤモンド付騎士鉄十字章に次ぐ栄誉ある勲章で、彼の功績の大きさを示している。
だが、受章の三ヶ月後に軍視察の途中で砲身に頭を強打し、頭蓋骨骨折という重傷を負う。8時間も病院に担ぎ込まれるのが遅れながらも、一命は取り留めるという奇跡的な生還を果たしたが、3ヶ月の入院を余儀なくされ、軍務への復帰は1945年3月までかかった。その時に彼はルントシュテットに変わって西部総軍の総司令官を拝命することになるが、最早この時期の西部戦線を立て直すのは如何に防衛戦に長けた彼であっても不可能であった。
戦後、彼はパルチザン銃殺の嫌疑をかけられ、ヴェネツィアの軍事法廷で1947年に死刑を宣告される。しかし、これには異論が多く出たため、減刑が続き、1952年には健康悪化を理由に釈放される。その後はネオナチ組織の指導者になったり、回顧録を二冊出版したりしたあと、1960年に心臓発作でサナトリウムで息を引き取った。享年79。
古参の空軍幕僚の中でヒトラーによる左遷や追放などから免れた数少ない人物としても知られている。
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最終更新:2026/07/22(水) 20:00
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