ケンドーコバヤシとは、TENGA芸人である。通称「ケンコバ」。
本名は「小林卍丸」「髑髏林禿鷹丸」「鬼切林虎殺丸」など。存命の人物にも関わらず本名に諸説あるというのがこの男の凄みである。
刑務所内で絞首刑となった母親の死体から産み落とされての獄中出産という壮絶さでこの世に生を受ける。生まれた直後から男気に溢れていた彼は「男が人前で涙を見せてはならぬ」と自身の出生の瞬間も泣き声を上げることはなく、唇を噛み締めて涙を堪えていたという。
その後は鉄仮面を付けられ地下牢に幽閉されて15歳まで成長していくが、ある日、実の父親から銀貨5枚(2500円)で売り飛ばされてしまう。その後は、猿の頭蓋骨で酒を飲む父と、ノーパン書道教室(授業中に客を取ることアリ)を営む母の元で19人の兄弟とともに育てられていく。
高校はかなりの進学校だったが、東京大学からの「君が入学してくれれば東大がさらに次のステップへ進める」との誘いをも蹴り大学へは進学しなかった。高校卒業後は路上で絵を売りながらしばらくブラブラしていたが、巨大な鷹に連れ去られてしまった弟の行方を探すために芸能界入りを決意する。
その他にも「タンパク質の海にエネルギーが生まれた反動で生まれた」「チベットの寺院に厳重に保管されていた『鬼の精子』を母親が静脈注射したことで受精した」「父は連続殺人犯」「ロシアで生まれた」「モンゴルで生まれた」「盗賊団に育てられた」「虎の乳を飲んで育った」「馬の骨をかぶって通学していた」「NSC内に蔓延する麻薬を撲滅するための潜入調査が理由で芸人になった(同期で一番怪しいのは陣内智則)」「Berryz工房9人目のメンバー・武蔵小山ガヤ子として活動していた」など、どのような人生を歩んできたかの諸説には枚挙にいとまがない。
ケンドーコバヤシ本人も、謎と波乱に満ちた自身の出生の真実に関しては「19歳の時に何者かに記憶を植え付けられた可能性がある」と語るまでであり、今後のさらなる調査が期待される。
また、心ない芸人仲間からは「これらの話は全てテキトーに吹いた嘘で、本名は小林友治で、大阪の普通の家庭で普通に育った」という声もあるが、どちらがデタラメを言ってるかは誰の目にも明らかである。
NSC大阪11期生。同期には陣内智則、中川家、たむらけんじなど。
ユウキロックとの「松口VS小林」、村越周司との「モストデンジャラスコンビ」などのコンビ時代を経て、その後はピン芸人へ。大喜利イベント「ダイナマイト関西」での最多優勝や、「オールザッツ漫才」での伝説的大暴れなど、確かな爪痕を残すも、リットン調査団やバッファロー吾郎の流れを汲む、どんなにマニアックなネタでも自分自身が面白いと感じていることを貫き通す芸風で「実力はあるが売れるわけがない芸人」の筆頭だった。
2005年ごろから「考えるヒトコマ」「人志松本のすべらない話」など深夜ながら全国放送の番組にも進出、徐々にではあるがお笑いファンの間での知名度を伸ばしていく。そして「アメトーーク」での自らプレゼンした「越中詩郎大好き芸人」「ジョジョの奇妙な芸人」で一躍売れっ子芸人の仲間入りを果たし、今やテレビ・ラジオのレギュラー番組以外にも「アメトーーク」「すべらない話」には欠かせない存在として頻繁に出演している。
(なお、「アメトーーク」ではよくTENGAの話をしており、「TENGA芸人」のプレゼンテーションもしたのだが、採用されなかった。また、雨上がり決死隊の蛍原徹のことを「ほとちんこスープ」と呼んでいる。)
大型バイク、旧車、少年漫画など男っぽい趣味がある一方で、少女漫画『ガラスの仮面』や『ママレード・ボーイ』が好きである。アニメ版ママレード・ボーイ関連の動画に「ケンドーコバヤシ」のタグが付くことがあるが、これは彼のレギュラーラジオ番組「ケンドーコバヤシのてめおこ」で「笑顔に会いたい」をOPのテーマ曲にしているからである。
バリトンボイスの美声の持ち主で、実は意外と声優の経験がある。「モストデンジャラスコンビ」として活躍している最中、既にアニメ『金田一少年の事件簿』の警官役を担当しており、洋画吹き替えや特撮の経験もある。
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最終更新:2024/04/19(金) 12:00
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