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サッカーボーイ

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88年、マイルチャンピオンシップ

走ることに、安心なんてめるな。危険と呼ぶか、冒険と呼ぶか。

見るものすべての、心をかき乱す。その末脚を人は愛した。そのの名は…

2012年マイルチャンピオンシップCMより

サッカーボーイとは、1985年まれの競走馬オルフェーヴル元ネタである。異論は認める

概要

ディクタス ダイナサッシュ ノーザンテースト。見たとおり、社台血統である。

名門牧場の良血お坊ちゃまであったサッカーボーイだが、困ったことにこののころから物凄く気性がしかった。どうも譲りであったらしい。

綺麗な栃毛で尻尾子然とした・・・、と言いたいところだが白目がちな三白眼をぎょろぎょろさせているせいで台しであった。

こんな感じで。

もっとも、気性のしさは勝負根性に繋がる場合も多いので、競走馬の場合は欠点と言い切れないから困る。実際、新勝ちを収めて以降、勝つ時は圧倒的なパフォーマンスを見せ付けた。新戦は9身。二勝は10身。阪神三歳ステークス(当時)は8身差のレコード勝ち。

これは、クラシックも大いに期待出来ると関西ファンは沸き立った。・・・のだったが。

サッカーボーイには裂蹄の持病があったのである。が弱かったことと、やはり恐るべき脚が蹄に過大な負担を掛けたからだろう。弥生賞で3着に敗れた後、よりにもよって石を踏ん付けてしまい状態が悪化。皐月賞は出られなくなってしまう。

抗生物質を投入して理矢理傷は癒したものの、体調は戻りきらず、NHK杯(当時のダービートライアル)でも4着に敗れ、ダービーでは一番人気(オッズを見て『お客さんしおる』と河内騎手は思ったらしい)を裏切る15着。クラシックの夢は散ってしまう。

ダービー後、状態が上向いたサッカーボーイは中日スポーツ杯4歳ステークス(中1800m)で顔がそっくりな皐月賞ヤエノムテキを並ぶ間もなく差しきって優勝

続く函館記念はダービーが二頭もいる面子だったのだが、レースは正にサッカーボーイの独壇場。4コーナで一気に捲ると唸るような末脚を爆発させて伸びる伸びるメリーナイスを5身置き去りにして優勝タイムは1分578の日本レコード57台というのは当時では信じ難いタイムであり、もがその強さに戦慄した。このタイム現在でも函館2000mの不滅のレコードとして君臨している。

これは、菊花賞が楽しみになった所だったが、サッカーボーイは捻挫したこともありここを回避。マイルチャンピオンシップに向かったのだった。

このレース凄かった。4コーナーでは4~5番手だったサッカーボーイ。そこから他のスローモーションに見えるほどの脚色でどーんと引き離し、4身差で圧勝。その破格のレース振りに驚愕した杉本清アナウンサーは「これは恐ろしいだ!」と叫んだのだった。この「恐ろしい」というフレーズ。他に使われたのは3歳にして2000m日本レコード叩き出した時のトウショウボーイに対してのみという、杉本実況における最大限の賛辞であった。

見事G1ホルダーとなったサッカーボーイ。次走は有馬記念に向かった。そもそも彼は、血統的にはどう考えてもステイヤーのであった。体も、首が緩やかな感じで距離は持ちそうな感じ。そんな彼がマイルCSに行ったのは、偏に気性が悪過ぎるからだった。しかし、ここまででずいぶん成長したでもあるし・・・。ということで、暮れの有馬記念への挑戦が決まったのだが・・・。

なんとスタートゲートで暴れて、顔をぶつけて前を折り、流血騒ぎをやらかしたのであるおいおい。そりゃねーよ。結果は4着入線(繰り上がり3着)。このレースオグリキャップタマモクロス名勝負として知られているが、サッカーボーイがやらかさなかったら彼がその間に割り込んでいたに違いないと信じているファンは、今も多い。

サッカーボーイはその後、故障のため、古になってからは一回もレースに出られないまま引退した。

何しろ勝つ時は他のとは次元が違うレースを展開して後ろを何身もちぎり捨てた。があるレース振りはファンから圧倒的に支持された。同時期の名タマモクロスオグリキャップにも人気は劣らなかったと思う。調時に、この二頭と2000mあたりで戦う姿が見たかった。もちろんやらかさないで。

引退後、当初は外産種を重視する社台の方針通り放出となっていた。御存知の方も多いと思われるが、当時の社台の総帥・吉田善哉氏といえば、筋入りの外産種至上義者。その底振りは、あのアンバーシャダイや、社台に念願のダービータイトルをもたらしたダイナガリバーすら例外を認められなかったことからもえる。しかし、サッカーボーイの種としての可性を信じていた次男・勝己氏がこれに強く反発。「下の社台ファームが内産種を育てられないようでは情けない」とまで言って、サッカーボーイを残すよう迫った。最後には善哉氏が折れ、サッカーボーイは事社台SSで繋養されることになった。

勝己氏の相馬眼は見事的中し、種としては大成功した。ナリタトップロードヒシミラクルといったクラシックホースから短距離ダート路線なんでもござれな幅広い産駒を出したのである。同期オグリキャップスーパークリークあたりが大失敗している事を考えれば素晴らしい事だろう。産駒には自身の切れ味と血統から来る当然のスタミナを伝える一方、そのしい気性も伝えてしまい、産駒の気性は総じてひどい。ブルーイレヴン京成杯でど引っ掛かりして暴走、惨敗した時に、あの武豊騎手が「には理です(抑えられません)」と言ったのが端的な例。

余談だが、ステイゴールドがサッカーボーイの全で、甥にあたる。ところがそのステゴが種入りして意気揚々とブリーダーズスタリオンステーションにやってきたら、サッカーボーイが物凄い勢いで威嚇したらしい。ちなみにステイゴールドも物凄くしい気性で知られた。・・・元ディクタスのようである・・・。

2011年、26歳で死亡。この年の三冠馬オルフェーヴルは甥のステイゴールドだが、サッカーボーイとよく似た尾毛。おまけにとんでもなくしい気性と荒っぽいレース振りも良く似ているのである。ステイゴールドメジロマックイーンというだけでオールファンには涙もののオルフェーヴルだが、一部のファンの間では「サッカーボーイの再来」と言われているんである。そのオルフェ三冠を勝った年にに召されるとは・・・。

なお、没後一年して2012年マイルチャンピオンシップCMに採用されたのだが、下半期からついたレースキャッチフレーズは「難を笑え」である。甥っ子やその息子の走りを引くまでもなく、勝つときは常に桁外れだった彼にピッタリなフレーズと言えよう。 

「弾丸シュート」と呼ばれたそのレースぶりは、今も色あせることはない。 

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最終更新:2020/04/09(木) 17:00

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最終更新:2020/04/09(木) 17:00

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