ショーン・コネリー(Sean Connery)とは、スコットランドの俳優である。
本名、トーマス・ショーン・コネリー。1930年8月25日生まれ。
1954年から俳優としての活動を開始、それまでは牛乳配達だの、ロイヤルネイビーだの、ボディビルだの職を転々としながら生計を立てていた。
1962年、007シリーズの初代ジェームズ・ボンド役に抜擢されて世界的に有名な俳優となる。007には計6作出演した。
降板以降も、1987年『アンタッチャブル』でアカデミー助演男優賞、ゴールデングローブ賞を受賞するなど、名優として名高い。
2006年に俳優引退を宣言。顔出しでの映画出演は、2003年の『リーグ・オブ・レジェンド』が最後。以来、何度かカムバックをオファーされているがすべて断っている。
若いころから抜け毛が多く、ジェームズ・ボンド役に抜擢された時点でかつらを着用していたが、当人としては役のためとは言え、かつらをつけるのは嫌だったようである。007を降板して以降はかつらをほとんど被っていない。
一方で体毛がやたらと濃く、ジェームズ・ボンド役に起用されたときは「こんな胸毛ボーボーのマッチョにボンドをやらせるのか!」という批判が起こったほど。
ちなみに、極真空手初段だったりする。
第1作『ドクター・ノオ』でデビューし、第5作『007は二度死ぬ』まで出演。
その後、第6作で交代したジョージ・レーゼンビーの評判が(当時)非常に悪かったため、第7作『ダイヤモンドは永遠に』で一度だけ復帰した。
また、さらにその12年後には、シリーズの制作権をめぐるゴタゴタの最中に生まれた半公式の番外編『ネバーセイ・ネバーアゲイン』(第4作『サンダーボール作戦』のリメイク)にもボンド役で復帰している。
コネリーの演じた初期007作品は、今でも非常に人気が高く、いわば正調007としてファンに愛されている。特に第2作『ロシアより愛をこめて』から『サンダーボール作戦』にかけての3作は、シリーズ最高傑作の候補にも挙がる。
後年のボンドに比べると、あまり人間的な側面が描かれず、冷徹なエージェントとしての姿ばかりが描かれている。たまに美女をハントしてジョークをかます以外には、ひたすら任務に励むだけのボンドで、敵を殺す際のあっけなさや冷たさはシリーズ随一。
現在でこそボンド役――ひいては「英国紳士」の代名詞として浮かぶコネリーだが、ボンド役への起用が発表されたときにはいろいろ批判を浴びた。労働階級出身のマッチョな大男であるコネリーは、原作者やファンのイメージするボンドとはかけはなれていたからである。
しかし、当時のプロデューサー(ハリー・サルツマンとアルバート・ブロッコリ)は、そんなマッチョなコネリーを気に入って起用した。そこで、当時の007シリーズの監督だったテレンス・ヤングは、自らの行きつけのテーラーやレストランにコネリーを連れていき、マンツーマンで、紳士としてのふるまいを叩き込んだ。おかげで、田舎者の肉体労働者だったコネリーは、撮影開始時には立派な英国紳士と化していたという。
掲示板
30 ななしのよっしん
2020/11/01(日) 20:00:51 ID: hMjm+JYupt
民放やNHKショーン・コネリーの追悼の作品を流すとなると
NHKだと日本で撮影が行われた「007は二度死ぬ」、
民放だと「ザ・ロック」や「インディ・ジョーンズ 最後の聖戦」が放送されそう。
31 ななしのよっしん
2020/11/01(日) 23:51:49 ID: DsweiYVtuf
32 ななしのよっしん
2020/12/13(日) 21:27:30 ID: Hx9kiLuIRW
実質上の遺作は「小説家を見つけたら」かな
若者に何かを伝えて去っていく、っていう役柄を考慮しても
(リーグは映画の出来がちょっと‥‥‥)
「丘」「風とライオン」とか、
男臭さを出しつつ幅広いジャンルと役柄に挑戦してた頃の70年代作品も好き
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最終更新:2024/12/02(月) 02:00
最終更新:2024/12/02(月) 02:00
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