出会いは関西大学第一高等学校のラグビー部。クラスも家へ帰る方向もポジションも違ったので、当初は殆ど話す機会が無かったが、高1の夏に福徳が合宿の練習試合中に鎖骨を骨折し、監督に「お前一番ヒマそうだから付き添ってやれ」と促されて一緒に病院へ行く事に。合宿地はラグビーが盛んな地域で軽い野戦病院と化した待ち時間を埋めるかのように色々な無駄話をする。福徳は喉がカラカラになり後藤に「水が欲しいから持ってきて」と頼むが、後藤は水を探してるフリはしてるが、実際は終始その辺をウロウロし続け看護師に声もかけられず、いざ水道水を発見しても見て見ぬふりした結果、福徳は脱水症状を起こしてしまうも、この出来事をキッカケに2人の距離は一気に縮まった。
お笑いを始めたキッカケは高校から大学までお互い友達が殆どおらず(特に後藤は無口な為友達作りや授業のグループ決めにもかなり苦心した)、休み時間は教室にいるのがしんどかった。高校では逃げるように保健室へ行っては2人だけで喋ってゲラゲラ笑い合ったり保健室の先生を笑わせる事が楽しくて仕方なくて「俺たちの天職はお笑いなのでは?」と思い始めた事から(高校3年間でクラスは一度も同じにはならなかったが、常に行動を共にし前述の保健室ではベッドの上に座り話していたので周囲にBLなんじゃねぇか?と疑われたりもした)。高2の終わり頃から携帯のメールや紙で笑かし合いをしていく内に漫才の台本が出来上がりどちらが面白いか競うよりになるが、共に部活漬けでテレビもほぼ見ていなかったが、お笑いで2人して唯一ハマったのが福徳が持っていたのを後藤に貸したふかわりょうの一言ネタ本だった(後藤は幼い頃から家族の影響で嘉門達夫が好きで、共にお笑い番組は『吉本新喜劇』も好きで若手時代に憧れの芸人として池乃めだかを挙げていた事もあったが、他の当時流行っていた番組含めてそこまではハマらず内容の意味も深くは理解していなかった)。ダウンタウンが頭角を現して以降のお笑い芸人の中ではダウンタウンの影響は受けていない異色のコンビでもあり『ダウンタウンのごっつええ感じ』についても「小学生の時に見ていたが当時は意味が分からなかった」と振り返っている。
2002年に共に関西大学へ内部進学と同時にNSC大阪校に25期生として入学・コンビを結成。コンビ名の由来はNSCの入学願書を出す前日に福徳も泊まっていた実家の後藤の部屋で適当に響き重視な流れで“ジャルジャル”と“ジョロジョロ”を思い付くが、どっちにしようか決めかねてる内に寝る事になって、寝ながらまだコンビ名を考えている時に「“ジャルジャル”でええか」と決まった(ちなみに2017年8月30日に放送された『水曜日のダウンタウン』にて若手芸人200人を対象としたアンケート調査「カッコイイと思うコンビ名ベスト10」では第6位にランクインしている)。NSCに入学して半年ぐらいは漫才をしていたが、NSC在学中に出場したM-1グランプリでは1回戦で敗退。その翌日にはNSC内でネタ見せをしなくてはならなかったが、当時はちゃんとした漫才のネタが前述の1本しかないのに1回戦負けしたネタでネタ見せするのは嫌だった為、即席で作ったコントを披露したところウケが良かったのをキッカケにコント作りへ傾倒するようになった。
2006年にほぼ無名のダークホースとして出場した『オールザッツ漫才』で準優勝を果たし、一躍関西のお笑いファンから注目の的を集める(放送当時のネット界隈でも話題になり、当時のネット検索ランキングで当時大流行だったノロウィルスのランキングを数時間だけ上回った)。
2003年末から出始めた大阪の劇場『baseよしもと』では2008年の頃には在籍当時の中心トップを扱いを受けるぐらいに人気を博していたところを、フジテレビで当時人気を集めていたネタ番組『爆笑レッドカーペット』への出演で全国区に知名度を広げ、同年10月にはしずるやはんにゃ等の関東の新鋭若手コンビと並んでフジテレビの深夜のコント番組『THE THREE THEATER』のレギュラーに抜擢される。半年後には『THE THREE THEATER』は『爆笑レッドシアター』としてプライムタイムに昇格し、同時にジャルジャルも初の全国区のプライムタイム枠のレギュラー獲得となった。
2009年に『キングオブコント』の決勝へ進出するが最下位の8位に終わる。前年からこの年の9月にかけて発売された初の単独ネタDVD「戯」全3巻
の累計売上枚数は10万枚以上を記録している。
翌2010年は『キングオブコント』に2年連続で決勝進出し4位となった。同年『M-1グランプリ』でも初めて決勝進出するが全9組中8位であった。更には当時吉本では史上初となるコンビ単独海外公演をイギリスのロンドンで実施し、フジテレビの長寿人気番組『めちゃ²イケてるッ!』の新メンバーオーディションに合格しレギュラーとなる一方で『爆笑レッドシアター』が打ち切られる等、2010年はジャルジャルにとって波乱と激動の年であった。
2011年は終了した『M-1グランプリ』を受け継いだ大型漫才コンテスト『THE MANZAI』で認定漫才師50組に選出されたが、決勝進出組を決める「本戦サーキット」で本人らもドン引きするほどの大スベリをする(ネタ終了直後「お前らスベってたなー」と愛のあるイジりをしてきたジャルジャルの次に披露したキングコングはジャルジャルを上回るレベルの凄惨なドンズベリをしている)。
結成10周年の2012年はマニフェストとして2人揃って金髪で活動した(後藤はこの時人生で初めて髪を染めた)。
2014年にはフランスで単独ライブを実施したが、ムチャクチャにスベって失敗に終わる(逆にイギリス公演の時は反応がとても良くて非常にやりやすかったとの事で、英語なら少し分かるので気持ちも乗せやすいが、フランス語はさっぱり分からないからセリフを言っても気持ちが入ってこないのが失敗の要因だったのかもと自己分析している)。
2015年に5年ぶりに復活した『M-1グランプリ』で決勝進出し3位となった。同年11月にはレスリー・キー撮影のヌード写真集「SUPER JARU JARU」を発売。元々はイベント用のポスター撮りだけの予定が撮影当日に初対面のレスリーにかなり気に入られてしまい、撮られながら「ではちょっと脱いでいきましょうか?」等と誘導されてジャルジャル側も気持ちを乗せられてどんどん脱がされお互いの股間を握り合ったりディープキスをしてる写真などを8000枚ぐらい撮られ、レスリーが「これ写真集にしよう!」と言い出して発売する事になった。後藤は発売記念イベントで「パンツを履いてないし肛門を見せているので安心できない」と福徳も「レスリーさんにチンコを触られた」と告白した。
2017年の『M-1グランプリ』で決勝進出するも6位に終わる。同年は長年の冠番組レギュラーを2本失い、11月には『めちゃ²イケてるッ!』が翌2018年春を以て放送終了する事が正式発表された。
2018年の『M-1グランプリ』は結成15年目のラストチャンスだったが、「国名分けっこ」ネタで立川志らくから99点という破格の高評価を受けるも、最終で3位に終わった。
2020年の『キングオブコント』にて合計941点を獲得し悲願の優勝。2015年以降の新制度では初の完全優勝(1st、ファイナル両方で1位)であった。
』が1階ずつ積み上がっていく世界一高いタワー建設」という設定で新たに撮影した動画
を2018年2月15日から毎日1ネタとしてYouTube
並びに公式サイト
へ投稿中(計8000本を投稿・2039年11月8日にタワーが完成する予定としている)
」(後藤扮するオバサンに対して福徳が4分間ほぼ「オバハン!」とだけ捲し立てるという内容)は当時かなりの賛否両論を引き起こし、同大会の司会を務めた松本人志は「もっと点数伸びても良かったんじゃないか?900点台には乗ると思っていたけどなぁ…」と準決勝を敗退した芸人20組からによる審査員の点数(898 / 1000点)を疑問視し、点数が伸び悩んだ原因については「オバハンと言い過ぎたのでは?僕としては4個ぐらい多かったと思う」と連呼によって爆笑を見いだすネタの難しさを示唆するコメント(ボケをまぶしたねぎらいとも言える)もしていた(また大会直前の2010年9月21日に発売された週刊誌『FLASH』2010年10月5日号にて掲載された匿名の芸人97人による決勝進出組からの優勝予想アンケートではジャルジャルは0票であった)。爆笑問題の太田光は「アレは見事でした。ダントツでした。あの現場の空気であのネタをハメられるっていうのが凄いんですよ。あのネタは面白いけど、どこでもウケるってわけじゃないんですよ。あの時あのネタをやったからキッチリとハマったんですよ。」と絶賛している。またアンジャッシュは冠番組『白黒アンジャッシュ』にて「2010年のキングオブコントの準決勝で客が一番の盛り上がってたのはキングオブコメディ(この年の優勝者)とジャルジャルだった」と発言している。キングオブコントでは第3回を最後に決勝進出は途絶えており、第4回大会以降は全て準決勝敗退に終わっているが、同大会において2008年第1回目からの準決勝進出回数及び準決勝の最多連続出場回数の大会記録をしずると共に保持している。
」は審査員の松本人志からはその回の最高得点となる95点という高評価を受けるが、他の審査員の得点が伸びず、6位に終わった。ただ本人的には今までで一番良い意味で反響が大きかったと語っており、実際に放送直後のTwitterではトレンド1位になったり、多数の他芸人や芸能関係者に絶賛されており、翌年5月からは前述のネタを基にしたゲームアプリ
が配信されている。松本は大会終了直後の番組でも「1番面白いと思ったのはジャルジャルだけど、この場(その回は番組には優勝者のとろサーモンと準優勝の和牛が出演)にはいないというね」「ネタがあんなに良かったのに何故最終に進めなかったのかと言えば、ちょっとお客さんや審査員を感心させてしまった」と発言している。松本に「もう少しいったら漫才ではなく曲になってしまう」と言われるぐらい息のあった掛け合いから相当練習しているんだろうなと推測されていたが、実際は「毎回決まっていないというか毎回違う」「舞台上でもマジゲームとしてやっていた。(中略)勿論大筋の流れやここで盛り上がるウケるっていうポイントは決めているが、間(あいだ)はガチのアドリブだった。」後藤は「僕は福徳の解答者ですから。間違えてもウケルし」福徳は「僕はほんまに後藤を負かそうと思って、より難しくより難しく……『練習量が凄いんじゃないか?』って言われたのは大間違いで舞台以外での練習はほぼしていない。お笑いって本来は台本があってはいけないものじゃないですか。だから僕らはガチのゲームに挑んだネタをやりました」」等とその場の流れで遊びながらやってた事を熱弁しており、それにもかかわらず「練習量が凄い」と本来の狙いとは違う部分で評価されてしまった事をジャルジャルはGYAOのネット配信動画『M-1ファンクラブ』#16にて嘆いている。
」)とその他の出場者のネタを比較し、「ジャルジャルが凄いのは先述の4種のネタの系統(「あるある系の細かいモノマネ集」・「仮装大賞系」・「キャラ頼み系」・「不条理ボケ重ね系」)のいずれにも当てはまらない点だ。根源的に着眼点が違い。指向性も方法論もスキルも圧倒的で底知れぬオリジナリティを感じさせる」「およそ20年ぶりに現れたダウンタウン以来の革命家であり別格」と評した。
(本ネタになる前のアイデア「ネタのタネ
」を2018年2月15日から動画
として毎日1本YouTube
並びに公式HP
へ投稿)
(2015年7月〜2019年3月までbayfmで放送されたラジオ番組のアカウント)
(福徳が架空の芸人キャラクターになりきってツイートするアカウント)
(2016年3月〜2019年9月まで千葉テレビで放送。公式YouTube
でも一部放送回がアップロード
されている)▶もっと見る
掲示板
急上昇ワード改
最終更新:2026/06/14(日) 22:00
最終更新:2026/06/14(日) 22:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。