スタジアム・ロック(Stadium Rock)とは、アリーナ・ロック(Arena Rock)とも呼ばれ、一度に数万人を収容可能な巨大会場での興行を行える、有名ロック・アーティストに冠された驚嘆的な形容表現、あるいはそうしたアーティストらの商業主義を揶揄した否定的なレッテルの両方の意味がある。
1960年代ロックンロールは米英で隆盛を誇るようになり、しだいに屋外で開催されるジャズ・フェスティバルなどで数万人・数十万人規模の観客を集めるようになった。ほどなくビートルズやローリング・ストーンズなどの60年代の人気グループが揃い出すと、彼らは前座を含めた興行形態だが単独アーティストとしても数百、数千、数万人といった観客を動員することが可能となり、その興行はナイトクラブからコンサート・ホールへとその会場を巨大化させていった。
初期のスタジアム・ロックの代表格はレッド・ツェッペリンであったといえる。彼らはその前衛的で暴力的なサウンド、ミュージシャンと観客の心が一体となるような、まさにスタジアム・ロック的なアンセムを続々と生み出し、最新の音響設備と照明機材を揃え、スタジアムいっぱいに満員となった観客達に、その轟音ロックを提供して興行成績の記録を更新させていった。やがて1975年にはローリング・ストーンズも全米で巨大興行ツアーを行い、LAフォーラムなどのスタジアムを観客で溢れさせ、レッド・ツェッペリンと観客動員数で覇を競い合うまでになる。
また70年代、空前のロック・ブームに沸騰した世界各地から、Queen、KISS、ヴァン・ヘイレン、AC/DCなどのHR/HM系アーティストが続々と登場、躍進し彼らもスタジアム・ロックとなっていった。
70年代はこの他にもグラム・ロックやプログレッシブ・ロックの人気も絶頂であり、ピンク・フロイドやディヴィド・ボウイ、60年代からの古豪であるフーなども巨大興行を行い、最早ロック業界はハリウッドを凌ぐ一大産業にまで成長する。
このロックがポピュラー・ミュージック・シーンの中で圧倒的主流となった時代が約20年以上続くことになる。
しかしこの期間、インディーズ・シーンでは、商業主義に反発したとするパンク・ロック・ムーブメントやニュー・ウェーブ、オルタナティブ・ロックのうねりが度々起こり、従来のスタジアム・ロックの人気は鎮静化、あるいは世代交代もあった。
また80年代は、MTVで綺羅びやかなポップシーンを彩ったマイケル・ジャクソンやマドンナなどの非ロック系のアーティストも巨大な商業的位置にあり、スタジアム・ロックと変わらない集客を誇っていた。
しかし90年代後半になるとキッズたちの耳はしだいにラップ、ヒップホップに傾けられるようになり、その嗜好、趣味の多様化もあり、スタジアム・ロックはかつてほどの、まるで世界をも動かせると思わせたほどの全盛のパワーを失っていった。
その一因にはインターネットがあるだろう。
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最終更新:2024/12/11(水) 06:00
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