今注目のニュース
取り調べは「供述と自白」を強要し、否認事件ほど「保釈が難しい」…刑事弁護人が明かす実態
「2か月に一度、禁煙手当がもらえる」従業員の禁煙を目指す会社の取り組み
女性の過半数が「仕事は楽しくない」と回答 「つらい」と感じている年代1位は20代

セイロン沖海戦単語

セイロンオキカイセン

  • 1
  • 0
掲示板をみる(0)
  • twitter
  • facebook
  • はてな
  • LINE
  • ほめる(1)
  •  
  •  
  •  
  •  
  • その他

セイロン沖海戦とは、大東亜戦争中の1942年4月5日から9日にかけて生起した日本海軍機動部隊vsイギリス東洋艦隊の戦闘で、日本側が勝利した。

概要

背景

開戦と同時に行われた南方作戦は、日本側の予想を上回る速度で順調に推移。1942年3月9日オランダ軍の中枢だったジャワ攻略し、アメリカ軍闘するフィリピンを除いて東南アジア一帯の資地帯は全て日本の手中に収まった。この資地帯を防衛するにあたり、インド洋のセイロンを拠点とするイギリス東洋艦隊が特に脅威であった。帝國海軍は次なる標的を東洋艦隊に定めた。

切り札である南雲機動部隊の攻撃に先立って、まず第5潜戦隊がペナンを拠点にしてインド洋へ進出。通商破壊を実施し、8隻の輸送船を撃沈した。3月26日午前8時南雲機動部隊が誇る正規空母5隻(加賀欠)がスターリング湾を出港。315機の稼動機と第3、第7戦隊、第1戦隊、第17、第18、第4駆逐隊を護衛につけてインド洋へと向かった。4月1日、先に進出していた巡洋艦熊野鈴谷由良ベンガル湾で通商破壊を実施。露払いを行った。

4月4日18時55分、戦艦比叡が触接しようとする英軍第205中隊所属のカタリナ飛行艇を発見し通報赤城蒼龍翔鶴瑞鶴から戦闘機3機が、飛龍から6機が出撃。19時20分頃に撃墜したが、敵が文で位置情報通報している様子が傍受された。

イギリス軍の戦備

東南アジア一帯を日本軍に占領された結果、セイロン日本軍の眼前にされる事になった。イギリス軍にとってセイロン上輸送路を結ぶ重要拠点であり、何が何でも守らなければならなかった。急遽インドから増援を送り、空母インドミタブルを使って必死航空機と必要資材を運搬した。オーストラリア政府北アフリカ戦線から引き上げ中の二個団を派遣し、イギリス軍の本隊が到着するまで代わりに戦うと約束した。

3月24日空母フォーダブルによってサマヴィル提督がセイロンに上陸した。彼の揮下には旧式戦艦ウォースパイトリベンジ戦艦4隻、ハーミーズを始めとする軽空母3隻、オランダ軍の巡洋艦7隻、駆逐艦16隻が収まっていた。戦闘機は約60機に達し、ダルビアック少将に率いられて訓練を続けていた。

3月28日、サマヴィル提督日本の有な機動部隊が4月1日前後にセイロンを攻撃するという情報を得た。彼はコロン南方に艦隊を集結させ、カタリナ飛行艇6機を偵察に投入。セイロン総司令官レイトン提督は全部隊に戦闘態勢を取らせ、港内の商船に脱出や分散配置を命じた。コロンボ港内で修理を受けていたドーセットシャーの工事は中止され、南方にいると合流するためにコーンウォールと出港した。

サマヴィル提督の艦隊はコロン南方日本機動部隊を待ち受けていたが、予定日の4月1日になっても全く姿を現さない。翌2日まで待ってみたが、リベンジ級のが不足してきたため補給しなければならなくなった。提督は気が進まなかったが、アッヅ環礁に向けて南下を始めた。4月4日、艦隊がアッヅ環礁に到着する直前にカタリナ飛行艇から緊急電が入った。「敵の大軍襲来!」

4日、サマヴィル提督戦艦ウォースパイト空母インドミタブル、フォーダブル巡洋艦2隻、駆逐艦6隻を率いて緊急出撃。リベンジ級には補給が済み次第追従するよう命じた。

海戦開始

4月5日

1942年4月5日午前9時コロン南方200里の空母から淵田中佐率いる攻撃隊129機が発進。セイロンの港町コロンボへ向かった。セイロン南端で、英海軍航空隊第788中隊のソードフィッシュ撃機8機と赤城の艦戦が遭遇。ソードフィッシュ全滅した。午前10時45分、攻撃隊がコロンボ上陸に到達。仮装巡洋艦クター駆逐艦テネドスを撃沈し、潜水母ルチアを中破、商船1隻を大破させた。あらかじめ商船が分散配置されていたため、商船への被害は少なかった。間もなくハリケーン戦闘機36機とフルマー戦闘機10機が迎撃に上がってきて、戦となる。イギリス軍機は対が届く地に誘導しようとしてきたが、錬度の高い日本軍機には通用せず、ハリケーン14機とフルマー4機が撃墜された。対する日本側の損瑞鶴の艦爆5機と翔鶴の艦爆1機を喪失した程度だった。午前10時46分、南雲機動部隊に触接を試みた飛行艇飛龍隊が撃墜している。13時25分、攻撃隊が帰投した。

攻撃隊が帰投する少し前の13時5分、索敵中の利根艦載機が機動部隊西方に「敵巡洋艦らしきもの2隻発見」と報告してきた。南雲中将は第二次攻撃隊の発進を命じ、14時49分より赤城飛龍蒼龍から順次攻撃隊が発進した。15時54分、英巡洋艦コーンウォールとドーセットシャーを発見。この2隻はコロンボを出港し、東洋艦隊と合流するためアッヅ環礁へ向けて南下中だった。16時29分より突撃が行われ、太陽を背に一斉に襲い掛かった。この時、日本の搭乗員は恐るべき錬度を発揮。赤城94%蒼龍は78%飛龍94%均して88%という驚異の命中率を叩き出した。当時の均命中率は25%程度であり、開戦劈頭の日本海軍世界最高の錬度と言われる所以である。正確爆撃にさらされ、2隻の重巡洋艦く間に撃沈された。生存者は人食いサメがうようよしている域を漂ったが、翌日の夕刻に巡洋艦エンタープライズ駆逐艦2隻に救助された。攻撃隊は17時45分までに全機帰投。あまりにもあっさり敵が全滅したので、出撃待機中だった翔鶴瑞鶴の攻撃隊は出番を失った。

こうして4月5日戦闘は終了した。しかしソードフィッシュが出現した事から、付近に英空母が潜んでいると南雲中将は判断。警を厳重にしながら一度セイロンの警圏から脱し、北上してトリンコマリ方面に向かった。一方、サマヴィル提督日本の強大な戦と、その指揮官真珠湾攻撃揮した南雲中将だと知る。生存者を収容した東洋艦隊は夜戦を挑むべく北上を開始。航空が脆弱なため、アルバコアを使って撃を行うつもりだったが、既に南雲機動部隊が北へ逃げた後だった。

4月6日、第一南遣艦隊がベンガル湾で通商破壊を実施。前日の襲で、慌ててカルカッタから逃げ出してきた商船が軒並み狩られ、21隻が撃沈された。

4月9日

4月9日午前9時、5隻の空母から艦攻91機と零戦41機が出撃。午前10時30分からトリンコマリ攻撃が開始され、停泊中の船舶や港湾施設に甚大な被害を与えた。英戦闘機との交戦で15機が撃破されたが、11機を撃墜した。軽爆撃機も迎撃に投入されたが、優勢な日本軍戦闘機隊によって半数が未帰還となっている。

午前10時55分、戦艦榛名の索敵機が軽空母ハーミーズ駆逐艦3隻を発見。ハーミーズは前日トリンコマリから脱出し、退避していたところだった。午前11時43分、待機中の第二次攻撃隊(艦爆85機、零戦6機)が出撃。13時30分にハーミーズ隊を捕捉し、ここでも驚異的な命中率を叩き出して僅か数分で撃沈。ついでに駆逐艦ヴァンパイア艇1隻、商船2隻も撃沈した。

その頃、機動部隊ではトリンコマリへの第二次攻撃に備えて準備が進められていた。飛行甲上には燃料と爆弾を搭載した航空機がずらりと並べられていたが、そこへイギリス艦隊発見の報告が入る。艦隊への攻撃を優先し、陸上爆弾から対艦用の爆弾に換装する作業が始められた。空母が一番脆弱になる状況……これを狙いすましたかのように、セイロンから飛来した少数のブレニム爆撃機赤城より奇襲を仕掛けてきた。もし被弾すれば引火爆発を招く大変危険な状態だったが、幸い爆弾は命中せず、ブレニムも零戦に撃墜された。ともすれば空母を喪失しかねない致命的な危機だったにも関わらず、楽観ムードが漂っていた上層部はさほど問題視しなかった。上層部の気っぷりに現場の将兵は「いっそのこと爆弾に当たった方が良かったのでは?」とさえ思ったという。

圧倒的な強さを誇る南雲機動部隊に、セイロンイギリス軍は恐怖で震え上がった。サマヴィル提督リベンジ戦艦を守らなければならないと判断し軍部長に掛け合ったところ、英海軍省から3000km西方南アフリカへ撤退する権限が与えられた。せめてインドペルシア湾の航路だけは守らなければ、という本の判断だった。こうして東洋艦隊キリンディニ基地まで後退していった。開戦から連戦続きだった南雲機動部隊を休ませるべく本土への帰還が言い渡され、日本側も撤退。セイロン沖海戦は幕を下ろした。

結果

セイロン沖海戦は日本側の勝利に終わった。日本軍を東洋の黄色サルと見くびっていたイギリス軍はその対価を大きく払わされ、優位が確立された戦争末期まで攻勢に出られない事態に陥った。戦後4月15日チャーチル首相ルーズベルト大統領に窮状を訴えた。この戦で、イギリス空母の艦載機が時代遅れのものだと露呈したため、アメリカ軍ヘルキャットやコルセアアベンジャーを送って艦載機の刷新を図った。イギリス日本軍の攻勢を警し、インド洋に戦が集められた。5月にはイラストリアスが、6月にはバリアントインド洋に到着した。それでも足りないチャーチル首相は、対独戦で活躍している将と航空機を東洋に回すよう要したが、これは拒否されている。

インド洋から東洋艦隊を一掃した南雲機動部隊は、日本本土に凱旋帰を果たした。今や東南アジアの安泰は約束されたも同然だった。しかし飛行甲航空機を満載した状態で奇襲を受けるという、のちのミッドウェー海戦に繋がるような大きな問題点が浮上した。だが楽観視していた上層部はまるで対策を講じず、約2ヵ後にそのしっぺ返しを受ける羽になる。

関連動画

関連項目

掲示板

掲示板に書き込みがありません。

急上昇ワード

最終更新:2020/02/25(火) 13:00

ほめられた記事

最終更新:2020/02/25(火) 13:00

ウォッチリストに追加しました!

すでにウォッチリストに
入っています。

OK

追加に失敗しました。

OK

追加にはログインが必要です。

           

ほめた!

すでにほめています。

すでにほめています。

ほめるを取消しました。

OK

ほめるに失敗しました。

OK

ほめるの取消しに失敗しました。

OK

ほめるにはログインが必要です。

タグ編集にはログインが必要です。

タグ編集には利用規約の同意が必要です。

TOP