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タイキシャトル

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98年 安田記念
のなかの無敵、タイキシャトル。
性は人を熱くする。
 ―2011年安田記念CMより 

タイキシャトルとは、1994年まれの競走馬日本二番海外GⅠに勝った名である。色々惜しかったであった。

概要

詳しいところはウィキペディアなんかで補ヨロ。

Devil's BagWelsh MuffinCaerleonという一流の血統。アメリカタイキファームで生まれ、アイルランド致を施され、日本に輸入された。正にエリートのお坊ちゃま。しかも尾毛。だがしかし、見たはむしろマッチョヤンキーイメージだった。

見たに反して?繊細なところがあったのかとぼけたところがあったのか、ゲート試験に三回も落ちている。なのでデビューは3歳の4月になってからであった。デビュー戦はダート。ここをほとんど追うこともいまま楽勝するとあっという間に3連勝。なんかもう、この時点で物が違う感じであった。

ところがこの後、菩提ステークスで何故か2着に負けてしまう。直線で追い込みきれなかったようであるが、結果的にはこの負けが、タイキシャトルの色々惜しかった伝説の始まりだったのかもしれない。

ユニコーンステークスワシントンカラー子ども扱いして重賞初制覇。スワンステークスも厳しいところから伸びて勝ち。そしてマイルチャンピオンシップではハイペースで全がばてばてになる中、一頭だけ抜け出してきてGⅠ初制覇となった。続くスプリンターズステークスでも横綱相撲勝。の短距離GⅠを連勝したはタイキシャトルが初めてであった。

圧倒的な戦績から、もしかして距離路線初の年度代表になるか?と思われた。しかしながらここは17年ぶりに天皇賞を制したエアグルーブに譲ることとなった。惜しい・・・。

翌年はくから海外遠征が噂されており、の短距離路線はタイキシャトルがどれだけ強いかだけが焦点であった

と、ファンは思っていたのだが、後から聞いた話では、ここで蹄がボロボロになって危うく引退危機という事態になっていたんだそうである。 まぁ、京王杯スプリンカップを直線中ほどまでなりで、そんでレコード勝ちするのを見せられたら、休養中調整に苦しんだなんて分からないよね。

物凄い強さを見せ付けて、次は安田記念に向かう。ここはずぶずぶの不良馬場。中団にいたタイキシャトルは直線で不良馬場をものともせずに伸びに伸びて圧勝。重い馬場を苦にしないこのならヨーロッパの深いターフにも対応出来る。きっと日本初の海外GⅠ制覇を果たしてくれるに違いない!ファンは太鼓判を押し、タイキシャトルは海外へと飛び立ったのであった。

フランスへ渡ったタイキシャトルは順調を伝えられ、ファンはシャトルが出走予定だったジャック・ル・マロワ賞をワクワクしながら待っていた。

 ところが、そのジャック・ル・マロワ賞の僅か一週間前。衝撃のニュースが飛び込んできたのである。

 安田記念で10着に負かしたシーキングザパールが、武豊騎手上にモーリス・ド・ゲスト賞(GⅠ)を制して、日本初の海外GⅠ制覇を記録したというのであるえ?何時の間に行ってたのシーキング?とファンは疑問で一杯になったのであるが、、タイキシャトルと岡部幸雄騎手前から「日本初!」という栄の記録が消え去ったことだけは確かだった。

 こうなれば、意地でも負けるわけには行かない。そして迎えたジャック・ル・マロワ賞。タイキシャトルは圧倒的な一番人気に支持された。1600mのレースを直線だけで行うという日本にはコース設定。しかもタイキシャトルは入れ込んでいて、中は物見しっぱなし。しかしながら最後の600mでグイグイと抜け出すと、海外を従えてゴールに飛び込んだのであった。海外競馬に挑戦し続けていた岡部騎手にとっては悲願達成の間であり、表ではあの想な岡部騎手が涙を流した。日本二頭海外GⅠ制覇。二週連続で海外GⅠを日本が勝った日本競馬ファンの鼻が最高に高くなった時期である。

タイキシャトルのために言えば、同じGⅠと呼ばれているレースでもモーリス・ド・ゲスト賞とジャック・ル・マロワ賞では全然格が違うレースなんである。ジャック・ル・マロワ賞はフランス距離王決定戦とも言うべきレースなのであり、そこでタイキシャトルが勝ったのは相当凄い事なのだ。そもそも、シーキングザパールはタイキシャトルとの対決を避ける都合でモーリス・ド・ゲスト賞へ向かったのである。まぁ、しかしながら日本ファンにはその辺はあまり分からないし関係がいことでもある。惜しい・・・。

 この後、ブリーダーズカップに行くという話しもあったものの、結局タイキシャトルは日本に帰ってきてしまった。ムーラン・ド・ロンシャン賞やブリーダーズカップマイルでもこのならきっと勝負になったはずで、そうなればタイキシャトルの名現在知られているものの何倍もの高さでられただろうにと思うと、この辺りも惜しい・・・。

タイキシャトルはマイルチャンピオンシップに出走。このレースにはシーキングザパールも出走しており、海外GⅠが二頭もいると大きく盛り上がった。しかしながらタイキシャトルは、安田記念べて12kgも太かった。大丈夫なのか?とちょっと思ったことは確かである。 だがこのレース、直線でしく岡部騎手が全で追ったら伸びる伸びる。なんとマイル戦GⅠで5身差である。これは現在に至るまで破られていないマイルCS最大着差記録(タイである。

 タイキシャトルはこの年に引退することになっており、スプリンターズステークスが最後のレースだと発表されていた。こんな強いをもう引退させるなんて。もう一回海外に行ってよ!とファンはブーブー文句を言っていた。そして迎えたスプリンターズステークス。タイキシャトルはこのレース後、この場で引退式をやる事になっていた。当然勝って、その後引退式の予定である。この事に対して競馬解説者の大川慶次郎氏は「傲慢だ」と怒っていたし「なんや、タイキシャトルのためのレースか。わざわざ関西から遠征してんのに!」と厩舎関係者にもかなり怒っている人もいたらしい。そしてレース当日。タイキシャトルの体は更に増えていた。去年の同じレースよりも20kg多い明らかに太かった・・・。

そしてレースではいつもなら当然競り落とせるのマイネルラブを交わせず、後ろからきたシーキングザパールにも差されてしまうのである。3着。この3着で連対率100%の記録が途切れてしまう。もし13連続全連対ならシンザンに次ぐ記録になり、海外GⅠ含むなら史上初の快挙になるところだったのだが。惜しい・・・。

予定通り引退式は行われたのだが、なんだか気が抜けたような雰囲気が見守るファンの間に漂っていたことは間違いない。ここでもタイキシャトルのために言えば、本来マイルCS引退が、JRAの要請でスプリンターズに出走を決めたのであり、急仕上げだったのもそのためであった。それな有馬記念に出してくれれば・・・。

13戦11勝二着1回は素晴らしい記録だし、海外含めてGⅠ5は凄まじいの一言なのだが、なんだかしきりに惜しかった、惜しかったという台詞が出てしまうのは、このならもっと凄い記録を出せたんではないかという思いをどうしても抱いてしまうからだ。それくらい強かった。結局短距離しか走っていないが、体的には2400mくらいならいけそうだったし、ダートも得意だったのだからアメリカで走る姿も見たかった。実に、実に惜しいであった。

引退の年には遂に短距離初の年度代表になっているし、これも日本としては初めてフランスの年度代表古にもなっている。そして1999年25顕彰馬に選出された。外初の殿堂入りである。散々記録を後一歩で逃していたタイキシャトルだったが、引退後は数々の初尽くしの栄に包まれている。

としてはGⅠ二頭を含む、数多くの重賞勝ちを出して成功しているが、ポテンシャルはこんなものではない。ここでも惜しいと言われないよう頑って欲しいものである。

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最終更新:2019/11/13(水) 08:00

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