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ダイワスカーレット

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女王物語、開幕

をはじめとする一族は
やかな成功を収めた。
追いかけてくる相手との
ライバル関係はこの先も続く。
でもそんな
かが作ったストーリーなど
気にすることはない。

ただ全で駆け、前へ進め。
みずから紡ぎ出すのだ
女王物語を。

JRA「名馬の肖像」ダイワスカーレットexit

ダイワスカーレットとは、2004年産の東・松田英厩舎所属の競走馬である。騎手安藤勝己。『ダスカ』と書かれる場合が多い。

な勝ち
2007年:桜花賞(JpnI)、秋華賞(JpnI)、エリザベス女王杯(GI)、ローズステークス(JpnII)
2008年:有馬記念(GI)、産経大阪杯(GII)

2007年最優秀3歳、最優秀父内国産馬

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘については
ダイワスカーレット(ウマ娘)」を参照して下さい。

概要

通算12戦8勝、2着4回。12戦してのパーフェクト連対は中央競馬においてシンザンに次ぐ史上2位記録である。

スタート(騎手は何もしていないのに勝手に飛び出していたらしい)から前でレースを作り、直線で息の長い末脚を使うのがレーススタイル。08年天皇賞(秋)では一旦脚が止まったと思われたところを、さらに差し返すなど勝負根性も一級品。しかもそのレースは怪明けであるなど、バイリティの高さも評価が高い。ただ一点、安藤が「前向きすぎる」と評したように気性には若干の難を抱えていた。

 同期GI7勝のウオッカとはいわゆるライバル関係のようなものであり、フジテレビ系列ドリーム競馬」では永遠の宿敵と称された。ちなみにウオッカとは5度対戦してダイワスカーレットが3度先着している。競走馬としての性質も、ダイワスカーレットは安定度抜群で、先行して押し切るを得意とし、距離適性はマイルはこなすが中距離ベストであったのに対し、ウオッカは競走成績にムラがあり、中団からの末脚を武器とし、距離適性は中距離もできるが特にマイルで好成績を残すなど、両者の性質が微妙に異なる点も興味深い。

血統背景

アグネスタキオンスカーレットブーケノーザンテーストという血統。敗で皐月賞を制したがその後故障で引退した「三冠馬」の筆頭格。種牡馬としても本ディープスカイなどの活躍で2008年リーディングサイアーを獲得する活躍を見せた。は一大牝系を築き上げたスカーレットインクの血を引く良血で、自信も重賞4勝の活躍80年代日本競馬を支配した大種牡馬ノーザンテースト。半(血量的には75%)にGI5勝のダイワメジャーがおり、近にもヴァーミリアンやサカラートらがいる良血。コッテコテの社台配合でもある。

2歳 令嬢の黎明

血統背景だけでなく育成段階から図抜けたを見せ大きな期待を集めていたダイワスカーレット。一方でデビュー前から前向きすぎる面があったという。当初は武豊とのコンビデビューする予定だったのだが、登録した新馬戦で武に先約があったため安藤勝己が騎乗。以降も安藤引退までダイワスカーレットの手綱を取ることとなった。

そのデビューは2歳11月京都2000m。気性面から短距離向きとの見方もあったが、管理する松田師の方針でこのレースが選ばれた。このとき松田師には二つの思惑があった。一つはこのをスプリント専門にはしないという方針の明確化。そしてもう一つは、ダイワメジャーが同日のGIマイルチャンピオンシップに出走予定であり、このの強さも話題に取り上げてもらおうというものであった。

この思惑は大当たりで、自身は2番手から3コーナー手前で先頭に立ち、直線で々と突き放す余裕たっぷりの競馬勝。そしてダイワメジャーマイルCSを勝ち、兄妹で同日勝利を果たしたことが大きな話題となった。なお自身が新馬戦で破ったの中にはサンライズマックス、トーホウレーサーと翌年重賞を勝つが2頭おり、後々から考えれば決して弱い相手と戦っての勝利ではなかった。

次走はOP中京2歳Sを選択。ここでは同じアグネスタキオン産駒ビワハイジに持つ、自身に劣らぬ良血アドマイヤオーラ対決。しかしここも2番手から直線であっさりと抜け出し、アドマイヤオーラの追撃も半身退け勝利デビュー2連勝を飾る。

3歳春 宿敵との邂逅

3歳初戦は年始の名物重賞シンザン記念。ここも1番人気に支持される。安藤は将来を見据え後ろからの競馬を試そうとしており、実際スタート直後は中団にいたのだが、の行きっぷりが良すぎて抑えきれず、結局は中で3番手に押し上げる展開。それでも直線で一度先頭には立ったが、背後でダイワスカーレットをマークしていたアドマイヤオーラが繰り出した333という末脚の前にキレ負けしての2着。初を喫する。

次走のGIIIチューリップ賞は2番人気。このレースで断然人気に推されたこそ、阪神JFを2歳日本レコード勝利した2歳女王にして、終生のライバルとなるウオッカである。
このレースでは初めての逃げ競馬。手応えは悪くなく、直線半ばまで持ったまま先頭をキープしていたのだが、外から伸びてきたウオッカとの追いべでは敵わずクビ差2着。初対戦は敗に終わる。しかし上の安藤は、このレースで確かに逆転の糸口を掴んでいた。

迎えた桜花賞ウオッカが単勝1.4倍の断然人気に推され、阪神JF2着からGIIフィリーズレビューを圧勝してきたアストンマーチャンが5.2倍の2番人気。ダイワスカーレットは5.9倍の3番人気であった。オッズ一桁台はこの3頭のみで、4番人気ショウナンタレントが34.7倍という三強ムードとなった。

大外18番からスタートしたダイワスカーレット。当初は中団にいたが、暴走気味に進出したアストンマーチャンを追いかけるように先団に向かい、3手前でやっぱり3番手の競馬になる。ここまでガッチリと手綱を抑えていた安藤は、4手前からじわりと仕掛け始め、4ウオッカが追いついてくる前にトップギアに入れた。
これこそ安藤がはじき出した逆転の一手。前走でウオッカが並ぶまで待って仕掛けるという競馬をしたことで、安藤は「キレ味ではウオッカに及ばないが持続ではスカーレットが上」と分析していた。そこで桜花賞ではウオッカより先に仕掛けることでなし崩しに脚を使わせ、自身の領分である持続勝負に持ち込もうと考えたのである。
果たしてダイワスカーレットは仕掛けにバテるどころかグイグイと脚を伸ばしていく。直線半ばまではウオッカも差を詰めていたが、ダイワスカーレットは残り1ハロンでさらに加速に乗ってウオッカを振り払い差を開いていく。最後まで脚は止まらず、ウオッカ永遠に詰められないかのような1身半差をつけてゴールインチューリップ賞ではウオッカとコンマ4の差があった上がり3ハロンタイムは、桜花賞では同じ336。論み通りウオッカに自分の競馬をさせず武器を封じ込めた、安藤作戦勝ちというべき勝利クラシック兄妹制覇を遂げた、

このあとはオークスに出走する予定だったのだが、レース直前に熱発し念の回避。牝馬三冠の可性は潰えた。その1週後、桜花賞の敗戦からダービーに挑んだウオッカが3身半差の勝。64年ぶりのダービーとなり、再び世代最強の座を奪い返そうとしていた。

3歳秋 統一女王

はこのまま休養し、秋華賞トライアルGIIローズSで復帰。強な差し脚を持つオークス2着ベッラレイアとの初顔合わせとなる。5ヶの休み明けではあったが単勝1.6倍の断然人気に推され、その通りに逃げて直線でもしっかりと伸び、最内を突いてきたベッラレイアの末脚を半身封じ込めて復帰戦を勝利秋華賞へ向けて万全をアピールする。なお、このレースからトレードマークメンコレースでも装着するようになった。

秋華賞ではウオッカと再戦。ダービー宝塚記念の惨敗、軽い故障による凱旋門賞回避など紆余曲折を経てこのレースに出走してきたウオッカに対しは予定通りに運んでいたダイワスカーレットだったが、ダービーインパクトは強すぎたかウオッカが1番人気。しかし単勝オッズは0.1倍の差でしかなく、実質的に1番人気が2頭いるような状況だった。
レースは好スタートからハナを切っていったが、向こう正面手前で1頭を前に行かせ2番手の競馬になる。安藤ガッチリと手綱を絞っていたのだが、3でもう抑えきれないという勢いで進出し、凄まじい手応えのまま直線に入る。外で伸びあぐねるウオッカを後に最後まで脚は衰えず、レインダンスに1身1/4差で勝利。再びウオッカ完封牝馬二冠を達成した。

次走は初の古対決となるエリザベス女王杯ウオッカが跛行のために出走直前で取り消しとなり、ダイワスカーレットが1.9倍の一本被りになった。とはいえフサイチパンドラスイープトウショウと前二代の女王杯勝ちも出走するなど、史上最多のGI5頭が集結するメンバーには違いなかった。
しかし古相手でもダイワスカーレットは自分の競馬で圧倒。抜群のスタートダッシュ先手を取り、中もみないペース逃げ、4で仕掛けられたらもう止まらない。外からフサイチパンドラ必死に詰めてきたが、3/4身の着差以上の実差を見せつけて快勝。統一女王の座に就いた。なおこの翌週にはダイワメジャーマイルCS連覇を果たし、兄妹で2週連続GI勝利というしい記録を作っている。

さらに営はグランプリ有馬記念への出走を決定。エリ女回避後JCで4着に敗れたウオッカとの再戦となった。3歳世代からはこの2頭くらいしか有が出なかったが、古戦線からは天皇賞春連覇のメイショウサムソンJC2着のポップロックなどが参戦。そして引退レースグランプリを選んだダイワメジャーと生涯一度だけの兄妹対決が実現した。
気性面からくる距離不安もあってか5番人気での出走。いつも通りゲート完璧に決めたが、外から猛然と押してきたチョウサンを見て安藤ハナを譲る構えを見せた。しかしダイワスカーレットは先頭は渡さないとばかりに行きたがり、ややなだめるのに苦労するシーンが見られた。その後はいつも通りのレースをしたが、序盤の引っ掛かりと4でやや外を回ったことがとなり、3番手から内をぬるりと抜け出した9番人気マツリダゴッホに直線突き放されてしまった。それでもダイワメジャーの追撃は退けて2着にっており、3着以下が軒並み差しだったことを考えれば悲観する内容ではなかった。

この年はGI3勝含む7戦4勝2着3回という成績を残し、最優秀3歳・最優秀父内国産馬を受賞した。なお最優秀父内国産馬の表はこの年限りで止されており、ダイワスカーレットが最後の受賞となった。

4歳春 挫折に次ぐ挫折

迎えた4歳シーズンは第一標をドバイワールドカップに定め、ダート適性を見るためにフェブラリーSに出走するという予定が立てられた。ところが調教中に跳ねたウッドチップを負傷してしまい、フェブラリーS出走が流れたことでドバイ遠征も中止になってしまう。

めてGI標とし、GII大阪杯に出走。メイショウサムソンに加え同期皐月賞ヴィクトリーと菊花賞アササキングスなどが参戦。しかしダイワスカーレットがオッズ2倍の1番人気。中間もたついても、もはやこのの実もが信頼するところとなっていた。
そしてレースもいつも通り先手を取ってみなく逃げ、4アササキングスが迫ってきたところでゴーサイン菊花賞叩き合いで完封し、最内を伸びてきたエイシンデピュティをこともなげに振り切って勝利。4歳初戦もきっちり勝利する。

この後はヴィクトリアマイル補に挙がっていたが、大阪杯を頑りすぎたか管瘤を発症。調教が出来ない状態に陥り、は全休となってしまった。

4歳秋 緋色の女王は伝説へ

瘤は3ヶほどで治り、7月末から運動を再開。この時点で営は前年と同じエリザベス女王杯から有馬記念という2戦でローテーションを組んでいた。しかし調整が予想以上に順調に進んだため復帰予定を前倒すプランも上がっていた。

帰厩後は放牧で増えた体重も絞れ、松田師は予定をめても問題ないと判断。エリザベス女王杯の2週前、天皇賞(秋)への出走を決定した。調整自体は順調だったのだが、走りたくて仕方がないが半年も休まされたせいか、調教段階からかつてないほどテンションが高く、安藤は不安を感じていた。

天皇賞(秋) 最後の死闘

迎えた天皇賞(秋)。ここにはダイワスカーレットがいない間にドバイで惨敗、ヴィクトリアマイル2着、安田記念圧勝といろいろあったウオッカが出走。さらに前述のアササキングス、復調していた同期の2歳王者ドリームジャーニー、そして3歳世代から史上2頭の変則二冠を制したディープスカイが出走。メイショウサムソンこそ回避してしまったが強メンバーった。
1番人気は2.7倍のウオッカで、ダイワスカーレットは3.6倍の2番人気。長期休養明けながらここまでの安定感が買われた形となった。ディープスカイも4.1倍に接近しており、オッズは三強の様相であった。

47番からいつも通りハナを切ったダイワスカーレット。しかし安藤の不安は的中し、レース前からイレ込んでいたうえに中後続に絡まれたこともあって序盤から一気に飛ばしていってしまう。1000mは587の猛時計常識的には休み明けでこのラップ自爆に等しいもので、安藤も「今日は飛ぶな」と惨敗を覚悟していたという。

それでもハイペースに付き合わされいもってガス欠していた先行を後に直線半ばまで先頭をキープしたが、ここで中6,7番手で並び、直線もって外から仕掛けたウオッカディープスカイが満を持して並びかけてきた。ダイワスカーレットは抗いきれず残り200mで2頭にかわされ、脚色も断然不利。勝利は前の2頭に絞られた・・・はずだった。

かしここからもが信じられない展開が起こる。なんとダイワスカーレットが最内から差し返してきたのである。

ハイペースに付き合わされたのは差しも同じことで、ダービー2頭も100%自分の土俵に持ち込めたわけではなかった。加えてウオッカには差し切ると気を抜く面があり、このレースディープスカイを競り落として先頭に立ったことで標を見失い気が抜けてしまったのだという。

こうした要因が重なり、ダイワスカーレットは内からウオッカに食らいつく。ウオッカ上の武豊必死に追うがその差は詰まり、全に並んだ状態で大接戦ドゴーン!!!のままゴールを通過した。勝ち時計1分572シンボリクリスエスが持っていた記録を実にコンマ8更新する圧巻のコースレコードであった。
見たには全にダイワスカーレットが体勢有利で、検量室の掲示板にも(7,14)と記された。基本的に先に書かれた番が勝っている場合が多く、営は勝利を確信した。しかし上の安藤だけは騎手としての感覚から「これ負けてるんじゃないか?」と感じていたという。

入線から実に13分後、長い写真判定の末に着順掲示板に掲げられた1着の番は14安藤の感覚通り、ダイワスカーレットはハナ差、僅か2cm差で敗れていたのである。それもゴール前後はダイワスカーレットが前で、決勝線の間だけウオッカが首の上下で前に出ていたのであった。

一度は勝ったと思った営の落胆は相当なものだったが、一部でダイワスカーレットを「勝ちよりもすごい競馬をした」と評価するもあった。いくらハイペースで後続に脚を使わせたとはいえ、そのペースを刻んだのがあろう自分自身。中の掛かり具合を鑑みても並のならっ先に潰れるはずで、安藤も「ひどい競馬をしてしまった」と振り返っていた。しかしダイワスカーレットは止まらないどころか後半1000mで585とさらにペースを上げ、最後は2頭のダービー相手に1頭を競り潰しもう1頭も差し返しにいくというあり得ないことをやってのけたのである。ある意味、得意なコースで自分の競馬をして勝ち切ったウオッカ以上に常識外れな競馬をやったことには間違いなかった。

確定後、ファンのみならず関係者からもこのレースレベルの高さを称賛するが寄せられた。後の活躍も含めて2頭は稀代のライバル関係と認知され、その2頭が2cm差で競り合ったこのレース競馬史に残る名勝負としてり継がれている。

なお、結果的にウオッカとはこれが現役最後の直接対決。5度対戦してダイワスカーレットが3度先着という戦績だった。

有馬記念 夢の扉

この2着から約2ヵ後、予定通り第53回有馬記念に出走。前年覇者マツリダゴッホジャパンカップウオッカディープスカイを破ったスクリーンヒーロー、そして引退レースとなるメイショウサムソンなどがった。

1戦使ったことでガスも抜け、順調に調教を積んだダイワスカーレット。前年敗れた舞台ではあったが単勝2.6倍の1番人気に支持される。

813番と有馬記念では不利な外からスタート。しかし例によって二の脚が速く、先行しにきたカワカミプリンセスアササキングスを寄せ付けず々と単騎の逃げに持ち込む。1000m通過は596中山2500mでは決して楽なペースではないのだが、自身は秋天と違い過度にむこともなく自分のペースで追走できていた。
3コーナーで先行がダイワスカーレットを潰しにかかったが、ダイワスカーレットと安藤は持ったまま先頭をキープ。直線で然と追い出されると後続を一気に突き放す。先行していた天皇賞メイショウサムソン菊花賞アササキングスなど並み居るスタミナ自慢は軒並みガス欠を起こし、直線を待たずに撃沈。大外を回されたマツリダゴッホも上位争いに加われず、ん中から抜け出したスクリーンヒーローも伸びを欠く。そして後方から上がってきたの末脚も全く相手にならず、1身3/4差で逃げ切りゴールイン。前年ちぐはぐな競馬で2着に甘んじた辱を堂々たるレースぶりで果たし、悔しさに満ちた1年の最後を圧倒的な勝利で締めくくった。
グランプリ制覇はトウメイ以来37年ぶり4頭四半世紀以上閉ざされていたを開いた。この数年後、ダイワスカーレットがこじ開けたに飛び込むようにが続々と有馬記念を制する時代が来るのだが、それはまた別のお話である。

ちなみに有馬記念逃げ切り勝ちは1995年マヤノトップガン以来13年ぶり。そのトップガン1000m621というスロー逃げであった。1992年メジロパーマーは626、この後2017年有馬記念逃げ切ったキタサンブラックも616のスロー有馬記念歴史において1000m60を切るペース逃げ切ったは現状ダイワスカーレットのほかに存在しない。というか、有馬記念逃げて勝った自体が他にタニノチカラテンポイントくらいしかいない。ダイワスカーレットは歴代グランプリホースの中でも特筆すべきパフォーマンス勝利したのである。

有馬記念後のレーティング(格付け)では119ポンドとされ、に加味されるセックスアローワンス4ポンドを考慮すると、05年に同レースを制覇したハーツクライ(122ポンド)、07年の勝者マツリダゴッホ(121ポンド)よりも高い評価を受けたことになる。
なお、天皇賞(秋)ウオッカが受けたレーティングは118ポンドであったが、これは2着との着差によるものと考えられる。レーティングはあくまでレース内容に対する評価で、一概にどちらのほうが強いかといったものの標にはなりにくい。

おこの年の年度代表馬と最優秀4歳上GI2勝2着2回のウオッカ。ダイワスカーレットは年間3戦しかできなかったこともあって表なしに終わっている。

5歳~ 引退、それから

09年は前年果たせなかった海外遠征を計画。フェブラリーSダート適性を見た後、GOサインが出ればドバイフランスアメリカ世界中を転戦する見通しが立てられた。当初、オーナーサイドは「内のファンの皆様にもっとダイワスカーレットをお見せしたいという気持ちもある」と、明言を避けていたが、後日正式に発表されダートGI、さらに海外GI制覇への期待が膨らんだ。しかしフェブラリーS二週前の追いきりで浅屈腱炎を発症(正確にはその前週に前兆はあった)。惜しくも引退を歩むこととなった。

繁殖牝馬としての初年度は新種牡馬チチカスナンゴと交配。翌年事に芦毛(ダイワレーヌ)が誕生した。ダイワレーヌは未勝利のまま引退してしまったが、2頭ダイレジェンド(キングカメハメハ)は中央4勝、3頭ダイミランダ(ハービンジャー)は新勝ちを収めている。ちなみに初から2020年までに生まれた産駒まで10頭連続でを産むという非常にしい繁殖実績であった。牝系を繋げというのお告げだろうか。2021年には11番にして初の駒が誕生している。

明日も、緋色のが吹く。

に大輪のを咲かせ、さらに女王としての戴冠劇。
速く、強く、鮮やかに。世代をえ、雌雄の壁えた最強へ。
ターフには、明日スカーレット〈緋色〉のが吹き抜けていく。

JRA「ヒーロー列伝」No.67 ダイワスカーレットexit

血統表

アグネスタキオン
1998 栗毛
*サンデーサイレンス
1986 青鹿毛
Halo Hail to Reason
Cosmah
Wishing Well Understanding
Mountain Flower
アグネスフローラ
1987 鹿毛
*ロイヤルスキー Raja Baba
Coz o' Nijinsky
アグネスレディー *リマン
コマエイカン
スカーレットブーケ
1988 栗毛
FNo.4-d
*ノーザンテースト
1971 栗毛
Northern Dancer Nearctic
Natalma
Lady Victoria Victoria Park
Lady Angela
*スカーレットインク
1971 栗毛
Crimson Satan Spy Song
Papila
Consentida Beau Max
La Menina

関連動画

関連商品

関連コミュニティ

関連項目

JRA賞最優秀父内国産馬
優駿賞時代 1982 メジロティターン | 1983 ミスターシービー | 1984 ミスターシービー |
1985 ミホシンザン | 1986 ミホシンザン
JRA賞時代 1980年代 1987 ミホシンザン | 1988 タマモクロス | 1989 バンブービギン
1990年代 1990 ヤエノムテキ | 1991 トウカイテイオー | 1992 メジロパーマー |
1993 ヤマニンゼファー |1994 ネーハイシーザー | 1995 フジヤマケンザン |
1996 フラワーパーク | 1997 メジロドーベル |1998 メジロブライト | 1999 エアジハード
2000年代 2000 ダイタクヤマト | 2001 該当※1 | 2002 トウカイポイント | 2003 ヒシミラクル |
2004 デルタブルース | 2005 シーザリオ | 2006 カワカミプリンセス |
2007 ダイワスカーレット
※1.該当しを除く最多得票ナリタトップロード
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