トウカイトリック 単語

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トウカイトリック

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トウカイトリック2002年2月26日-2014年4月16日)とは、2002年生まれの日本の元競走馬である。鹿毛

たちの背中を見送り続けた名脇役であり、自身もまたある意味役足りうる存在といえるであった。

な勝ち
2007年:ダイヤモンドステークス(GIII)
2010年:阪神大賞典(GII)
2012年:ステイヤーズステークス(GII)

概要

折の天才エルコンドルパサーアメリカGⅠを勝ったズーナクア、Silver Hawkという血統。
血統の良さから一部エルコンドルパサーファンの中ではヴァーミリアンと並んでリベンジ凱旋門賞制覇を期待されていた。筆者とか。

後の実績からすると意外だが、デビューしたのは2004年・2歳のであった。この新馬戦こそ勝つもののまだ完成度が低めだったのか次に勝利したのは2005年5月。もうダービー行きの切符は売り切れていた。
その後、古相手にも勝ち始めるなど才の片鱗を見せ、京橋特別(1000万下) ではハートランドヒリュ(当時9歳)と走っている。は8戦3勝の上がりとして神戸新聞杯ディープインパクトに挑むが敗。菊花賞出走も逃すことになった。 

福島記念で2着し、しばらくは重賞戦線で戦えるだけの出走賞を得ると中長距離重賞を中心に走るが、突き抜け切れない日々が続く。阪神大賞典では逃げて1歳上のデルタブルースらを膚なきまでに千切るも、先頭にいたのはディープインパクトとかいう化け物であった。初GⅠ出走となった天皇賞(春)でもディープは馬鹿げたパフォーマンスで圧勝。彼は9着に敗れた。とにかくはあまりいいとこなしであった。

は短期免許でやってきたルメールに気合でも注入されたか、年末のステイヤーズステークス久々に連対すると、万葉ステークスも連対。更にダイヤモンドステークスで再びルメールに導かれついに重賞制覇を果たす。

出走賞を十分に稼いで油断してしまった…訳ではなかろうが、二度阪神大賞典は差して届かず3着。しかし僅差であり、前年より充実しさらにディープもいないとなればGⅠ制覇待ったなし!
さりとて世の中はそんなに甘くなく、二冠馬メイショウサムソンを追い詰めるが3着。この後はまた気が抜けたかのごとく連敗。内容も悪かった。しかし寒くなると復調。サムソンとは逆である。アルゼンチン共和国杯2着、ステイヤーズステークス4着の後に年始の風物詩万葉ステークスを勝つ。

ちょうどこの時期に所属していた松元省一厩舎が業することになり、当時厩舎のエース格だった彼は、勇退のとばかりにやや不得手な中距離重賞を二戦し敗。野中厩舎に転厩した後は新しい環境に慣れるのに時間がかかったのか2008年から2009年は全敗。年齢的にも衰えて仕方がない頃であり、引退の二文字がちらつき始めた。

今まで稼いだ出走賞が少なくなり始めたのを察知でもしたのか、2010年の始動戦万葉ステークスで二年ぶりの勝利を挙げると、ハンデがきついダイヤモンドステークスは敗れたが、その次走阪神大賞典重賞2勝。8歳ながら健在ぶりをアピール

しかし天皇賞(春)は負ける。この後、メルボルンカップ豪州遠征。フジヤマケンザンの前例に続け!と思ったのか、デルタブルースでやれるならこのでもハンデ次第で行けるという計算があったのか。
結果は前戦・本番ともに12着。現実は甘くなかった。年甲斐もなく遠征をしたせいか2011年ステイヤーズステークス3着以外はいいとこなし。 

10歳を迎えた2012年阪神大賞典三冠馬オルフェーヴルと対戦。6年ぶりに三冠馬と相まみえるも、暴走した彼にも先着は出来なかった。なお、これにより世代が離れた三冠馬2頭と戦った初のとなった。隣り合った世代であるミスターシービーシンボリルドルフを除けば数十年単位で離れている場合が多く、彼以外には難しいどころではない記録ではあるが。 本番の天皇賞(春)もやはり見せ場なく8着に敗退…と思ったらそれ以上にオルフェーヴルがさっぱり伸びずに11着に散ったため、初めて三冠馬相手に先着することができた。

再び出走賞が少なくなり始めた10歳の暮れ、ステイヤーズステークスに6回めの出走をするとメンツがそうでもなかったとはいえあれよあれよと先頭に躍り出て押し切り勝ち。なんと10歳での重賞制覇を決めたのであった。地ではアサカディフィートも小倉大賞典を勝っており、記録上はタイなのだが小倉大賞典2月、つまり10歳になりたての時期な一方でステイヤーズステークスは年末の重賞で、ほぼ11歳になっている時期である。どんだけ元気なんだ。

11歳になった2013年万葉ステークスから始動するも、10着と酷く負けてしまった。阪神大賞典では捲るゴールドシップを見つつ後方待機で着を拾うような形の5着。
その後、天皇賞(春)に出走するも16番人気を跳ね返し11着。高速京都ではもう太刀打ち出来ないのか。
が深まるまでじっくり休み、アルゼンチン共和国杯から復帰するが13着敗。これをステップにステイヤーズステークスに出走。爆発的な末脚でぶっちぎったデスペラードには及ばなかったが、二番い上がりを叩き出し3着。

12歳で迎えた2014年万葉ステークスから始動し3000mすら短いと言わんばかりの差し脚で4着。今年も長距離路線の看板として活躍するかに思われたが、重いズミを発症して高齢という事もあり引退が発表された。G1勝ちはかったが8度の天皇賞出走を果たした老兵ファンに惜しまれながら長い現役生活ピリオドを打った。

引退後は誘導として調教が進められていたが、同年4月16日に脚を骨折して安楽死の処置が取られた。

余談

血統表

*エルコンドルパサー
1995 黒鹿毛
Kingmambo
1990 鹿毛
Mr. Prospector Raise a Native
Gold Digger
Miesque Nureyev
Pasadoble
*サドラーズギャル
Saddlers Gal
1989 鹿毛
Sadler's Wells Northern Dancer
Fairy Bridge
Glenveagh Seattle Slew
Lisadell
*ズーナク
Zoonaqua
1990 鹿毛
FNo.5-g
Silver Hawk
1979 鹿毛
Roberto Hail to Reason
Bramalea
Gris Vitesse Amerigo
Matchiche
Made in America
1977 鹿毛
*イクスプロデント Nearctic
Venomous
Capelet Bolero
Quick Touch
競走馬の4代血統表

クロスSpecialLisadell 5×5×4(12.50%)、Northern Dancer 5×4(9.38)、Nearctic 5×4(9.38)、Nearco 5×5(6.25)、 Nashua 5×5(6.25)

関連動画

2007年

2008年

2010年

2012年

関連コミュニティ

関連項目

そして今日はもう一頭紹介させて下さい。このレース8年連続出走という大記録を残して今年引退したトウカイトリック。残念ながら先日不慮の事故でこの世を去ってしまいました。天皇賞の誘導といういませんでしたが、今日天国から後輩達の活躍を見守っています。

2014年5月4日 第149回天皇賞()本馬場入場にて 岡安譲アナウンサー

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