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トンボ釣り単語

トンボツリ

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 トンボ釣りとは、航空母艦での発着艦に失敗して面に墜落した艦載機の機体・パイロットを救助する駆逐艦の作業の様子、あるいはその駆逐艦自体をす、日本海軍における俗称である。
 「トンボ」は同じく日本海軍で、朱色塗装された練習航空機を「トンボ」と呼んでいたことなどに由来する、航空機の俗称。シロッコ「墜ちろ、トンボ!」 → 大百科記事あり 九三式中間練習機

 解説

初期の運用

 コンピューターによる誘導・制御を行っている現代でさえ、空母での発着艦は危険であり、事故が多い。ましてそのような設備のない太平洋戦争以前の空母では、発着艦は全にパイロットの腕頼みであり、事故が絶えなかった。しかし巨大な空母が自ら事故機を救助するのもまた難しかったため、小回りの効く駆逐艦がそれを行っていた。

 日本海軍では、昭和3年4月空母赤城」と「鳳翔」で初めて第一航空戦隊一航戦)を編成したときから、航空戦隊のなかに駆逐艦の部隊(駆逐隊)を組み入れ、空母の直衛・対・対潜、そしてトンボ釣りを担わせていた。
 にこの担当となったのは、大正時代前期の建造で昭和では老朽化しつつあった駆逐艦である(時代が進んでくると、睦月型駆逐艦吹雪型駆逐艦も担当に)。

アジア歴史資料センターexitより】

 初期の運用では「釣り」の句どおり、事故機体そのものの回収も行っていたようだが、機体の大化・重量化によって難しくなり、後にはパイロットの救助のみを行って機体は諦める(可であれば部品回収?)ようになったらしい。

 なお、戦艦巡洋艦水上機母艦搭載の水上機については、そもそも

 カタパルトで射出 → 面にフロートで着 → クレーンで回収

 という運用をするものなので、このことを「トンボ釣り」とはあまり言わない。[要出典]

南雲機動部隊(第一航空艦隊)以後

 昭和16年4月、それまで第一艦隊(一航戦が所属)と第二艦隊(二航戦が所属)で個別に編成されていた航空戦隊を集中運用する艦隊として、【第一航空艦隊】が組織された。

昭和16年10月時点の第一航空艦隊】

艦隊 戦隊 空母 随伴
第一航空艦隊 第一航空戦隊 赤城 加賀 第七駆逐隊   潮
第二航空戦隊 蒼龍 飛龍 第二十三駆逐隊 菊月 卯月 夕月
第四航空戦隊 龍驤 春日(特設空母 第三駆逐隊  帆
第五航空戦隊 翔鶴 瑞鶴 秋雲
第七駆逐隊より引き抜き)
(※三航戦は第一艦隊所属)
第一艦隊 第三航空戦隊 瑞鳳 鳳翔 三日月(第二十三駆逐隊より引き抜き)
(第三駆逐隊より引き抜き)

 上表のように各航空戦隊には引き続きトンボ釣りの駆逐隊がついていたが、9月に就役したばかりの「秋雲」(陽炎型)を除き、第三駆逐隊は峯第七駆逐隊吹雪型綾波)、第二十三駆逐隊睦月型である。
 これらの中堅・老朽化駆逐艦では、12月真珠湾攻撃作戦で長駆ハワイまで出動することが困難と考えられたため、一航戦・二航戦・五航戦が参加した実際の作戦では、第一水雷戦隊第二水雷戦隊から引き抜かれた陽炎型駆逐隊第十七駆逐隊第十八駆逐隊)が護衛につき、「秋雲」(作戦参加)以外の各艦は別戦線への出動、もしくは内地待機に配置換えされた。

 真珠湾攻撃以後も、南雲機動部隊(第一航空艦隊)の護衛は引き続き十七駆と十八駆がにつとめ、元の航空戦隊所属駆逐隊は復帰しなかった。
 昭和174月、機動部隊固有の護衛戦として第十戦隊陽炎型夕雲型)が編成されたのを期に、航空戦隊空母のみで編成され、機動部隊のトンボ釣りは艦隊所属の駆逐艦全体で行うようになる。

昭和176月 ミッドウェー海戦時の南雲機動部隊】

艦隊 戦隊 所属艦
第一航空艦隊 第一航空戦隊 空母 「赤城」 「加賀
第二航空戦隊 空母 「蒼龍」 「飛龍
第三戦隊(第二小隊 戦艦 「榛名」 「霧島
第八戦隊 重巡洋艦 「利根」 「筑摩
第十戦隊 軽巡洋艦 「長良
第四駆逐隊 駆逐艦 「野分」 「」 「萩風」 「舞風
第十駆逐隊 駆逐艦 「風雲」 「夕雲」 「秋雲」 「巻雲
第十七駆逐隊 駆逐艦 「浦風」 「磯風」 「浜風」 「谷風

第四駆逐隊の本来所属は第四水雷戦隊であり、この位置には第七駆逐隊・潮)が入るべきところだが、七駆は第十戦隊新編成直後の5月珊瑚戦へ五航戦(翔鶴瑞鶴)の護衛で出動し、その流れでミッドウェー海戦本戦でも四航戦(龍驤隼鷹)の護衛でアリューシャン方面へ出動したため、代わりに四駆が十戦隊へ入っていた。

駆逐艦「夕風」

 機動部隊の編成体系が定まったことで、空母は固有のトンボ釣りを持たなくなったが、そのなかで一、太平洋戦争特定空母の随伴を続けた駆逐艦があった。峯の10番艦「夕」である。

編成時期 戦隊 空母 随伴
昭和15年11月15日 第一航空戦隊 加賀 第三駆逐隊  帆 
昭和16年4月10日 第三航空戦隊 鳳翔
第四航空戦隊 龍驤 第三駆逐隊  帆
8月11日 第三航空戦隊 瑞鳳 鳳翔 三日月 
昭和174月10日 連合艦隊附属) 瑞鳳 三日月 (ミッドウェーでは第一艦隊所属)
鳳翔 (ミッドウェーでは連合艦隊所属)
7月14日 (第三艦隊附属) 鳳翔
昭和18年1月15日 第三艦隊
五十航空戦隊
鳳翔 龍鳳
摂津(標的艦)
鹿航空隊(鹿児島
航空隊(福岡
9月1日 鳳翔 鹿航空
航空
昭和19年1月1日 第十二航空艦隊
五十航空戦隊
鳳翔 千代田 航空
豊橋航空隊(愛知
厚木航空隊(神奈川
2月20日 連合艦隊附属) 鳳翔 

 一航戦でトンボ釣りについていた第三駆逐隊は、昭和16年に三航戦が「鳳翔」と「龍驤」(四航戦を新編)に分けられた際にこちらも分割され、「夕」が単独で「鳳翔」のトンボ釣りへ配置された。
 以後、「夕」は「鳳翔」の編成替えに常時随伴し続け、昭和18年以降に作られた空母艦載機育成部隊の第五十航空戦隊や第五十航空戦隊でも、「鳳翔」の発着艦訓練のトンボ釣りを行った。

 昭和20年4月20日付けで「鳳翔」が現役編成から外れて予備艦に移されると、「夕」は空母海鷹」の護衛につき、大分県別府湾へ移動。ここには特攻兵器回天」の訓練基地(大神基地)があり、「海鷹」「夕」は「回天」の訓練標的艦となった。

 7月24日、「海鷹」「夕」は襲を避けるため山口県の室へ移動中、「海鷹」が米軍の投下機に触れて航行不能に陥る。ここで「夕」は、大胆にも「海鷹」の航を試みる。
 1,200トンの「夕」に対し「海鷹」は13,000トンと10倍以上の重量差があり、発揮できる速はわずか2ノット。に巻きつけたワイヤーが切断しないよう注意しながらジリジリと移動し、約10時間かけて「夕」は「海鷹」を大分県速見へ座礁させることに成功する。
 7月28日、「海鷹」は米軍艦載機軍港襲の部隊か)の攻撃を受けて大破・船体放棄となり、対戦闘で約20名の戦死者を出すが、乗員のほとんどは上陸して難を逃れることができた。「夕」は、最後に大きな “ トンボ釣り ” をやってのけたのである。(「海鷹」は座礁状態で終戦を迎え、昭和23年までに離礁・解体)

 終戦時残存艦の「夕」は復員船に使用され、約10,000人の復員作業に従事。昭和22年、イギリスへの戦時賠償艦に定され、7月26日佐世保発、8月14日シンガポールイギリス軍に引き渡された。
 その後の「夕」の動向は不明だが、イギリスへの引き渡し艦は英本まで回航されず、駆逐艦」のように日本の解体業者に払い下げられて日本国内で解体されるか、重巡高雄」「妙高」のように接収地域で処分されているので、「夕」も同様に処分されたものと思われる。

 (参照)航空戦隊トンボ釣りの編成

 第一航空戦隊

編成時期 空母 随伴
昭和3年4月 赤城 鳳翔 第六駆逐隊  
昭和3年12月 解隊)
昭和4年4月 赤城 鳳翔 第四駆逐隊   帆 太刀
11月 加賀 鳳翔 第一駆逐隊  波 沼 
昭和5年12月 赤城 鳳翔 第二駆逐隊  沢 矢 
昭和6年12月 加賀 鳳翔
昭和8年11月 赤城 龍驤
昭和9年11月 龍驤 鳳翔 第五駆逐隊  春風 松風 旗
昭和11年12月 第三十駆逐隊 睦月 如月 弥生 卯月
昭和12年12月 加賀 第二十九駆逐隊  疾風
昭和13年12月 赤城
昭和14年11月 第十九駆逐隊 磯波 浦波 敷波 綾波
昭和15年5月 赤城 龍驤
11月 加賀 第三駆逐隊  帆 夕
昭和16年4月 赤城 加賀 第七駆逐隊    潮
10月   潮

第十戦隊編成後)

編成時期 空母
昭和174月 赤城 加賀
7月 翔鶴 瑞鶴 瑞鳳
昭和19年2月 翔鶴 瑞鶴
4月 大鳳 翔鶴 瑞鶴
8月 雲龍 天城
11月 雲龍 天城 葛城 隼鷹 龍鳳 信濃
昭和20年2月 大和戦艦 天城 葛城 隼鷹 龍鳳 信濃(名前のみ)
昭和20年4月 解隊)

 第二航空戦隊

編成時期 空母 随伴
昭和9年11月 赤城 第二駆逐隊  
昭和10年11月 加賀 第二十九駆逐隊  疾風
昭和11年12月 第二十二駆逐隊 皐月 水無月 文月 長月
昭和12年10月 第二十四駆逐隊 海風 山風 江風 涼風
12月 龍驤 第三十駆逐隊 睦月 如月 弥生 卯月
昭和13年12月 蒼龍 龍驤 第十二駆逐隊 東雲 薄  叢雲
昭和14年11月 蒼龍 飛龍 第十一駆逐隊 吹雪 白雪 初雪
昭和15年11月 第二十三駆逐隊 菊月 卯月 夕月

第十戦隊編成後)

編成時期 空母
昭和174月 蒼龍 飛龍
7月 隼鷹 飛鷹 龍驤
昭和18年4月 隼鷹 飛鷹 龍鳳
昭和19年7月 解隊)

 第三航空戦隊

編成時期 空母 随伴
昭和11年6月 神威水上機母艦 第二十八駆逐隊 凪 夕凪
昭和11年12月 解隊)
昭和12年8月 神威水母
10月 神威水母 能登水母
12月 神威水母 香久丸(特設水母 (特設水母
昭和13年12月 解隊)
昭和15年11月 龍驤 鳳翔 第三十四駆逐隊   太刀
昭和16年4月 鳳翔
8月 瑞鳳 鳳翔 三日月 夕

第十戦隊編成後)

編成時期 空母
昭和174月 連合艦隊附属へ区分変更、解隊)
昭和19年2月 瑞鳳 千歳 千代田
8月 瑞鶴 瑞鳳 千歳 千代田
昭和19年11月 所属艦全滅、解隊)

 第四航空戦隊

編成時期 空母 随伴
昭和12年12月 能登水上機母艦 衣笠水上機母艦
昭和13年8月 解隊)
昭和16年4月 龍驤 第三駆逐隊  帆
9月 龍驤 春日(特設空母

第十戦隊編成後)

編成時期 空母
昭和171月 龍驤 祥鳳
5月 龍驤 隼鷹
昭和177月 解隊)
昭和19年5月 伊勢航空戦艦 日向航空戦艦
8月 伊勢(航戦) 日向(航戦) 隼鷹 龍鳳
11月 伊勢(航戦) 日向(航戦)
昭和20年3月 解隊)

 第五航空戦隊

編成時期 空母 随伴
昭和16年9月 翔鶴 瑞鶴 秋雲 
昭和177月 一航戦へ移籍、自然消滅)

 第十戦隊

昭和16年12月 真珠湾攻撃時】 (※戦隊未設)

部隊旗艦 駆逐隊
阿武隈
第一水雷戦隊
第十七駆逐隊 一水戦 谷風 浦風 磯風 浜風
第十八駆逐隊 (二戦) 陽炎 不知火  
秋雲

<備考> 真珠湾攻撃において、各航空戦隊の本来所属である峯睦月型駆逐艦では同行困難とみなされたため、作戦には一水戦・二戦から陽炎型朝潮型)の駆逐隊が分され、一水戦旗艦「阿武隈」が臨時にこれを統率した。
 ハワイ攻撃後も引き続き、本来所属の駆逐隊に代わって十七駆と十八駆が南雲機動部隊の護衛を努め、昭和174月のセイロン戦では第四駆逐隊から「萩風」「舞風」も派遣された。

昭和174月10日 戦隊新設時】

戦隊旗艦 駆逐隊
長良 第七駆逐隊   潮 は隊を外れて横鎮附属)
第十駆逐隊 夕雲 風雲 秋雲 巻雲
第十七駆逐隊 谷風 浦風 磯風 浜風

<備考> 南雲機動部隊がインド洋で作戦中の4月、機動部隊固有の護衛戦として第十戦隊が新設され、七駆と十七駆および新編成の十駆が配属された。しかしこの時点で、機動部隊と行動を共にしているのは十七駆と「秋雲」のみであり、開戦以来所属艦艇の差し替えが続いていた南雲艦隊は、また一から艦隊訓練をやり直すこととなった。
 しかも5月珊瑚戦へ七駆は五航戦と出動したため本隊から外れ、ミッドウェー海戦本戦では四戦から分された第四駆逐隊萩風舞風野分が臨時編入。同戦大敗についての南雲艦隊報告書では、作戦直前の空母航空隊員の人事異動で新人が加入して航空隊の技量が低下したことに加え、新編成の十戦隊満足な行動訓練ができないまま出動となったことを挙げている。

昭和177月14日 第三艦隊編成時】

戦隊旗艦 駆逐隊
長良 第四駆逐隊 萩風 舞風 野分 
第十駆逐隊 風雲 夕雲 秋雲 巻雲
第十六駆逐隊 雪風 初風 天津風 時津風
第十七駆逐隊 谷風 浦風 磯風 浜風

<備考> 「翔鶴」「瑞鶴」を中核とする新たな空母機動部隊として第三艦隊が新編成されると、第十戦隊もこの艦隊へ編入される。ミッドウェーでは臨時編入だった四駆が正規編成となり、二戦から十六駆も転入して、単純に戦だけを見れば「華の二水戦」をもぐ部隊となった。
 しかし陽炎型夕雲型駆逐艦は本来、戦艦による撃戦でのとして建造されたものであり、空母航空攻撃から護るための対には決して優れていなかった。南太平洋戦では沈没こそ出さなかったものの「翔鶴」と「瑞鳳」を戦闘開始々に大破させられており、秋月型艦の配備が遅れる(南太平洋戦に「照月」のみ参戦)中で十戦隊の各艦は不向きな戦闘を強いられる。

昭和18年4月 い号作戦の頃】

戦隊旗艦 駆逐隊
阿賀野 第四駆逐隊 萩風 舞風 野分 
第十駆逐隊 風雲 夕雲 秋雲 (昭18.2 「巻雲」戦没)
第十六駆逐隊 雪風 初風 天津風 (昭18.3 「時津風」戦没)
第十七駆逐隊 谷風 浦風 磯風 浜風
第六十一駆逐隊 秋月 涼月 初月 (昭17.12 「照月」戦没)

<備考> 南太平洋戦の後、「長良」ほか十戦隊の一部の艦艇は第二艦隊の揮下に入り、第三次ソロモン海戦ガダルカナルへの輸送、同撤退作戦などに参加。この最中に「長良」が損傷したため、昭和1712月戦隊の旗艦は新鋭軽巡の「阿賀野」となる。
 昭和18年は空母航空再建が図られたため、十戦隊は本来任務の機動部隊での作戦い一方、行動可な艦艇はトラックラバウルを拠点にソロモンへの泥沼の輸送に駆り出され、「萩風」(8月)「」(8月)「夕雲」(10月)「初風」(11月)が喪われる。
 「阿賀野」も11月潜水艦攻撃を受けて損傷。このため「秋月」が仮の旗艦となり、翌昭和19年2月に「阿賀野」が再び潜水艦攻撃を受けて戦没したので、旗艦は「矢矧」へ移る。

昭和19年6月 マリア戦時】

戦隊旗艦 駆逐隊
矢矧 第四駆逐隊 野分 山雲 満潮 (昭18.8 「」「萩風」戦没)
(昭18.9 「山雲」編入)
(昭19.2 「舞風」戦没)
昭和19.4 「満潮」編入)
第十駆逐隊 朝雲 (昭18.10 「夕雲」戦没)
(昭18.11 「朝雲」編入)
(昭19.4 「秋雲」戦没)
戦10日前 「風雲」戦没)
第十七駆逐隊 浦風 磯風 浜風 雪風 (昭19.4 十六駆解隊、「雪風」編入)
戦10日前 「谷風」戦没)
第六十一駆逐隊 秋月 初月 若 (昭19.1 「涼月」戦線離脱)
(附属) 霜月

<備考> 最後の空母決戦となったマリア戦(あ号作戦)を前に第十戦隊も戦整備が図られたが、秋月型の配備は遅々として進まず、その他の駆逐隊も所属艦の戦没・損傷が相次ぎ、四駆・十駆は編成艦が一変、十六駆は残存艦が「雪風」のみとなってしまったため解隊し、十七駆に編入となる。また、決戦直前にはダバオで「風雲」・タウタウイで「谷風」が潜水艦の襲撃で撃沈され、対とともに対潜の拙劣さも浮き彫りとなった。
 そして本戦では、「翔鶴」「大鳳」が潜水艦攻撃により撃沈。続く機動部隊による襲では、一航戦一の残存となった「瑞鶴」は守ったものの、防備が行き届かなかった二航戦(十戦隊と二戦から部分的に護衛艦を抽出)においては「飛鷹」撃沈・「隼鷹」中破となってしまう。

昭和19年10月 レイテ沖海戦時】

戦隊旗艦 駆逐隊
矢矧 第四駆逐隊 野分 山雲 満潮 朝雲 (昭19.7 十駆解隊、「朝雲」編入)
第十七駆逐隊 浦風 磯風 浜風 雪風
第四十一駆逐隊 霜月 (昭19.10 「冬月」戦線離脱)
第六十一駆逐隊 秋月 初月 若 (昭19.10 「涼月」戦線再離脱)

<備考> マリア戦の結果、空母事実上壊滅。続くレイテ沖海戦(捷一号作戦)においては第十戦隊のうち「矢矧」と四駆・十七駆は戦艦重巡とする第一遊撃部隊(栗田艦隊)へ編成されて空母から離れ、秋月型による四十一駆と六十一駆のみが第一機動艦隊(小沢艦隊)に残存。栗田艦隊のレイテ突入を援けるオトリである小沢艦隊は、航空戦艦伊勢」「日向」、一応防艦化された軽巡五十鈴」、前連合艦隊旗艦「大淀」、果ては松型駆逐艦など、可な限りの戦を手当たり次第かき集めた有り様となった。
 そして本戦において四駆が全滅。機動部隊でも「瑞鶴」以下4空母とともに「秋月」「初月」が撃沈。「若」「霜月」も戦後フィリピンでの作戦中に相次いで撃沈され、「浦風」は台湾戦艦金剛」とともに撃沈される。

 昭和19年11月15日付けで第十戦隊は解散。「矢矧」以下の残存艦は、同様に解散となった第一水雷戦隊とともに第二水雷戦隊へ集約編成され、昭和20年4月7日戦艦大和」の特攻に殉じることとなる。

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