ドリームキャストとは、1998年11月27日に発売されたセガの最後の家庭用ゲーム機である。
通称、DC・ドリキャス。前世代機はセガサターン。
当時、セガサターンは国内ではプレイステーションとタメを張っていたものの、海外ではSNES(海外版スーパーファミコン)と長い間五分五分のシェアだったGENESIS(海外版メガドライブ)からの移行に失敗していた。(海外販売台数 メガドライブ約2700万台→サターン約300万台と大損失)
一方国内では、ドラクエやファイナルファンタジーを始めとするスーパーファミコンで人気を博したシリーズの大半がプレイステーションに移行するなどして、シェア争いはほぼ決着がついていたものの未だ十分健闘はしていた。だが、PSの19,800円という新定価に対抗して投入した白サターンの20,000円という定価が完全な原価割れであり、セガサターン事業は大赤字を計上してしまう。その結果、早期の次世代機投入を迫られていた。
そこで、社運をかけた次世代機として開発・発売されたのが、このドリームキャストであった。
ソフトは、当時のセガの人気シリーズだったバーチャファイターとセガラリー、海外では絶大な人気だったがセガサターンではオリジナル作を投入しなかったソニックの最新作を数か月で発売した。
グラフィックチップにPowerVR2を搭載し3D処理能力に特化した性能を存分に発揮した。それまでのハード(PSやN64)などとは一線を画す美麗なグラフィックが注目を集めた。
ソフトの供給媒体は、当時主流だったCD-ROMより大容量の1GBを誇るGD-ROMを使い、大容量のゲームを提供できた。
さらには、当時としては画期的な、ダイヤルアップ接続によるインターネットを利用したオンラインプレイにも対応しており、現在のオンラインゲームの盛況を先見した妙手を打っていた。
宣伝も、新聞の1面を丸々使っての大広告を連日打ち出し、テレビCMも頻繁に流すなど、とにかく注目を集めるために大攻勢を打った。当時、テレビCMで湯川専務の姿を目にした人は多いだろう。
結果、発売前予約は全国で埋まり、店頭に出されたものは片っ端から買われ、供給が追いつかなくなるほどの人気を得ることに成功し、ドリームキャストは順風満帆で出航したかに見えた。
しかし、大きく膨らんだ人気に対する初期出荷の不足はかなり致命的であった。
これは、搭載しているグラフィックチップの開発が遅れたことで、生産とソフト開発に遅れが生じたためであった。
豪華なローンチタイトルの殆どは発売延期となり、品薄と合わせてスタートダッシュを確保したかった1998-99年年末年始商戦での商機を逃した。
諸問題が解消されないまま数か月後の1999年3月にSCEが次世代機プレイステーション2(PS2)の発表。ドリームキャストを超える美麗なCG処理能力と、DVD再生機能を搭載。さらには3000タイトル以上のラインナップを誇るプレイステーションのソフトをそのまま楽しめるとだけあって、こちらは1000タイトルを誇ったセガサターンのソフトとの互換性を持たず、ソフトの不足で苦戦していたドリームキャストはこの発表だけで致命的なダメージとなる。
PS2発表以降関心の低下で普及が鈍くなり、1999年6月には、1台売るごとに1万円赤字という逆ざや状態の捨て身の姿勢で値段を29800円から19900円に値下げを決行し、できるだけ2000年3月発売のPS2に対してアドバンテージを確保しようとした。だが、値下げ直後は好調だったもののすぐに鈍化し、PS2の発売数か月で普及台数を追い抜かれ、万策は尽きた。
2001年1月31日セガは家庭用ゲーム機本体事業からの撤退を発表した。同年3月に本体の生産停止。以降、それまでに生産した在庫分は値段を9900円に値下げし販売した。セガがリリースするドリームキャスト用ソフトも2002年3月
業界最大手のアーケードゲームは従来通りだが、家庭用ゲーム機はソニーや任天堂、マイクロソフトの家庭用ゲーム機向けにソフトを供給することに転換した。
ちなみに、出荷台数は国内累計は245万台にとどまったが、海外は800万台と、サターン時代の2倍以上売れた。世界累計1045万台。
コアにWindowsCEとDirectXを搭載していたため、マイクロソフトとも関係が深い。[1]そのためファンの中には、メーカーは異なるが直系の後継機は「Xbox」であると見る向きもあった。後年明らかになったことではあるが、実際にセガの大川功会長(当時)はXboxにドリームキャスト互換機能を搭載するために、何度もビル・ゲイツの元を訪ねたという。[2]
ソフト開発のコストの安さなどからか、新品本体の在庫がほぼ無くなった2002年以降も小規模ソフトメーカーを中心に約100タイトルのソフトが発売された。ドリームキャスト最後の専用ソフトの発売日が 「カラス」(発売元:マイルストーン)の2007年3月8日と、生産停止の後に発売されたゲーム機、ニンテンドーゲームキューブの最後のソフトの「ゼルダの伝説 トワイライトプリンセス(2006年12月2日、任天堂)」より後であった。
2013年現在では新作ソフトが海外のみでリリースされ続けている。
活躍らしい活躍があまりないドリームキャストだが、当時の格ゲープレイヤーには非常に重宝されその筋では「神機種」とまで呼ばれるほどだった。
その理由として、同時期にアーケードゲーム業界に導入された互換基板「NAOMI」の登場によって、人気作品の移植が非常に早かった事に起因する。特にドリームキャスト・NAOMI基板の互換性を利用した「MARVEL VS. CAPCOM2」や「CAPCOM VS. SNK」は家庭用がアーケード稼動と同時に発売しており、実際にコントローラーとセーブデータ入りビジュアルメモリを用いる事でタイムリリースキャラクターの解禁を早めたりする連動機能もあり同作の人気に一役買っていた側面もある。また、接続したコントローラーをそのまま使用できるため、パッド勢をゲーセンに取り込む事にも成功した。
また当時はアーケード格闘ゲームの完全移植というもの自体に需要が多分にあり、PS2発売後もしばらくはドリームキャストがその需要を一手に引き受けていた。KOFシリーズやストⅢシリーズも最新作の移植が非常に早く、それ以外にもかつての人気作であった未来への遺産やKOF98、ストZERO3が再移植されるなどPS2には決してないアドバンテージを確立していたのもまた事実である。
2020年8月現在、タグ登録数は約9000。DCとのOR検索で約10000。
掲示板
302 ななしのよっしん
2024/04/14(日) 20:49:03 ID: qFw+dDHZLO
サターンユーザーからすると仕様からプロモから
切り捨てられた感ありありだったな
303 ななしのよっしん
2024/05/07(火) 12:24:33 ID: KWW0fJWleC
ビジュアルメモリを活用した遊び・格ゲーの完全移植は素晴らしいけど、一部のソフトは大容量の4Xメモリーカード非対応だったりコントローラーが格ゲーにあんまり向いてない形なのがまた惜しいハード。ちなみにプロアクションリプレイがあれば国内版の本体でも海外版のソフトも遊べたりする
304 ななしのよっしん
2024/05/23(木) 21:26:36 ID: vBfPOeGdXo
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最終更新:2024/10/05(土) 12:00
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