ナイスネイチャ 単語

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ナイスネイチャ

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とは、必ずしもGIホースとは限らない。

健気に走り続けるその姿が、絶大なる支持を集め、され続けたとすれば、

それは既に名の領域。

ナイスネイチャは、まさにそんな一頭だった。

20世紀の名馬」冒頭のナレーションより

ナイスネイチャとは、1988年生まれ日本の元競走馬である。 

有馬記念(GI)を3年連続3着(1991年1993年)した事で有名なブロンズコレクターである。

曖昧さ回避 この記事では実在競走馬について記述しています。
このを元にした『ウマ娘 プリティーダービー』に登場するウマ娘については
ナイスネイチャ(ウマ娘)」を参照して下さい。

概要

1990年に3歳でデビューし、2戦新馬戦で初勝利。年明けの自己条件戦を経て、若駒ステークストウカイテイオーの3着になった。その後脚部不安で休養に入り、7月に復帰すると不知火特別から京都新聞杯まで4連勝で重賞ウィナーの仲間入りを果たす。菊花賞ではレオダーバンの4着と振るわなかったが、小倉記念で古相手に勝利鳴尾記念でも勝利を収め、1回有馬記念で3着に入る。

しかしその後は好走するも勝ちきれないレースが続き、出走するレースほとんどで2着、3着、4着と惜敗、その間の有馬記念を3年連続で3着となり、ここから「ブロンズコレクター」「善戦マン」と呼ばれるようになった。

上記のことを受け、「大偉業」ならぬ「大異業」と別称される。
しかも3回の3着は10番人気という人気薄からビワハヤヒデとテイオーには離されたがマチカネタンホイザには抜かれず3着にったといった内容で、むしろ健闘した結果である。ちなみに4回ナリタブライアンの5着で、3着はライスシャワーだった。
他にも毎日王冠2年連続3着、マイルCS阪神大賞典でも3着を獲得するなど3着に縁が深いというか、なんというか…な記録を持っている。

そんなナイスネイチャが久々勝利を挙げたのは7歳時の高松宮杯(当時GII、今のGI高松宮記念。なお当時は1200mではなく2000m走で、現在金鯱賞に相当する条件のレース)だった。
この高松宮杯、前年のダービーを勝ったウイニングチケットや、その年のジャパンカップを制するマーベラスクラウン、なんか似た雰囲気を感じるアイルトンシンボリが混ざっていた中の勝利である。
実に2年7ヶ振りの勝利であったものの、その後はまた不調になり、9歳まで現役を続けたが、6年連続有馬記念出走を前に引退種牡馬となった。ただ産駒成績は思わしくなく、5年後には種牡馬引退した。

ちなみに有馬記念5年連続出走は当時の最多記録タイである(他はスピードシンボリメジロファントム現在記録コスモバルクの6年連続出走)。
また重賞連続出走記録34回、GI出走16回と言った当時の最多記録も保持している。

ちきれないレースが多かったが、レース自体は安定した走りを見せており、GI戦線で長らく活躍し、ほとんどのレース掲示板入りしている。そのためGI勝利ながら累計獲得賞は6億円をえており、91年クラシック世代に限って言えばあのトウカイテイオーに次いで2位であり、事是名を体現したといえる。
その人気と3着に縁のあることを評価されてか、99年に発売されたワイド馬券キャンペーンキャラクターにも選ばれた(ワイドは3着でも当たる可性がある複勝に次ぐ馬券である)。

競馬ファンからのされ方は、生涯GI勝利いにもかかわらず「20世紀の名馬100」で71位ランクインするほど。ほかにG1勝利ツインターボ(91位)、ステイゴールド(34位)のみだが、ステイゴールド企画実施後に海外GI香港ヴァーズ勝利している[1]

ナイスネイチャとある厩務員の絆

前述の異称はともかく、ナイスネイチャをるにあたり欠かせないエピソードが、ある厩務員とのである。

実は、ナイスネイチャは若駒の頃はが強い松永厩舎のスタッフが手を焼く存在であった。
そんななか、松永厩舎の厩務員だった馬場氏はナイスネイチャを叱ることなく接し続けた結果、やがて馬場氏に対しては引き綱なしで付いていくような大人しいになったという。(逆に馬場氏がいないとゲートに近づこうとしなかったり、調教中に動かなくなることすらしばしばあったという)
ナイスネイチャと馬場氏の強いについて、「それほどまでの信頼感が人との間にあるケースは実にしい」と松永厩舎の同僚の稲垣調教助手がるほどであった。

また、ナイスネイチャには多くの千羽鶴ファンレターが送られたり、多くのファンがナイスネイチャの元を訪れていた。
馬場氏はそういったファンとの交流を欠かさず、おくられてきた千羽鶴を厩舎に飾ったり、競馬のあとにはファンメンコやゼッケンを気軽にファンに配布するなどしていた。
先述の稲垣氏によると、ナイスネイチャに会いに来るために東に訪れていたファンの大多数は馬場氏のファンでもあったともっており、ある意味ナイスネイチャの人気を作ったのは馬場氏が担当だったからと言っても過言ではないだろう。

ちなみに、6年連続の有馬記念出走を断念するきっかけとなった怪を見つけたのは馬場氏であった。
ケガ自体は有馬記念に出走しても問題がないものであったが、ナイスネイチャの事を思った馬場氏が松永調教師に「もしものことがあったらいけない」とながらに出走を回避するように説得。
松永調教師はナイスネイチャの有馬記念の連続出走という記録に誇りを持っていたが、馬場氏の説得に「お前がそこまで言うなら仕方ないな」と回避を決断したという。

その後、馬場氏はナイスネイチャの子供を所有することを見ていたが、不運にも交通事故に遭い41歳の若さで急逝。
その交通事故はナイスネイチャが縁で知り合い、結婚することとなったカップル結婚式の帰路であったという。

引退馬協会の顔役

引退後に重賞どころかGIを制覇するほどのであっても、行方知らずとなってしまうケースは少なくない(ナイスネイチャの同期である菊花賞レオダーバンなどが例。この辺りの話は浦河渡辺牧場の記事も併せて読んでもらいたい)。だがナイスネイチャは幸いにも種牡馬登録抹消後に、功労として故郷で余生を送るが開かれた。引退後も応援を続けていた多数のファンや、故郷の浦河渡辺牧場尊い決断があっての慶事であった。

そうした引退馬の悲劇を減らすため2011年に立ち上げられたNPO法人引退馬協会exit」は引退馬が健やかな余生を送れるように資援助などを行っている団体であるが、ナイスネイチャはこの団体のフォスターホースとなり、多大な貢献を果たした。

メイショウドトウなどのGIホースも所属している中でネイチャの支援会員は最多を数えており、未だにそうした人気がある事を考慮して、2017年から誕生日である4月16日5月15日の期間に「ナイスネイチャ・バースデードネーション」と銘打って寄付が呼びかけられ、毎年多額の寄付が寄せられた。

競走馬としてはブロンズコレクターであったナイスネイチャだが、競走馬生としてはまさにゴールドコレクターであろう(ちなみにナイスネイチャの産駒ゴールドコレクターというもいるが、残念ながら2戦未勝利引退している)。

そして…

引退場協会広報部長としての貢献の一方で、故郷の浦河渡辺牧場で過ごす日々は幸せに満ちたものであった。牧場Twitterなどではセントミサイル2018年)やメテオシャワーといった仲間たちとのんびり過ごす様子や、息子であるナイスゴールドと顔を合わせる様子などが投稿され、見る人を和ませていた。

しかし2023年5月に入ったあたりから急に食が細くなり、牧場スタッフ医の献身的なケアで一時は持ち直すものの、2023年5月30日から心拍数の急増及び腸の活動低下という予断を許さない状況となってしまった。
体力限界が近づき、横たわったまま立てなくなったことを受け、12時40分、青空の下、そよ風吹く牧場の上で安楽死の処置が取られた。
35歳人間年齢に換算すれば100歳近い、まさに大往生であった。

そして、6月7日には引退馬協会公式サイト内「渡辺牧場だより」にて「ナイスネイチャ 最後のご報告」exit投稿された。長年に渡ってナイスネイチャを支え続けた渡辺氏による、2023年5月以降の闘病記録である。

ナイスネイチャの生きた35歳44日という生涯は、競走馬の長寿記録では10位、JRA重賞の長寿記録ではマイネダビテ(36歳272日)、シンザン(35歳102日)、リキエイカン(35歳88日)に次ぐ4位となった(参考→競走馬の長寿記録一覧)。
なお、であるウラカワミユキサラブレッドの最長寿記録(36歳1日)を保持しており、長寿の系と言えるだろう。

亡くなった後の誕生日(2024年)より1ヶ間開催された「ナイスネイチャ・メモリアルドネーション 2024」では、当初こそ昨年をやや下回るペースではあったが最終日の駆け込みですごい末脚を見せた結果、昨年をわずかに上回る7488万円(標額の300%)に到達した。なお、2025年以降も同様に開催する見込みであるexitことが引退馬協会より報じられている。

余談

血統表

*ナイスダンサー
Nice Dancer
1969 鹿毛
Northern Dancer
1961 鹿毛
Nearctic Nearco
Lady Angela
Natalma Native Dancer
Almahmoud
Nice Princess
1964 栗毛
Le Beau Prince Fontenay
ナイスネイチャ
1988 鹿毛
Quillerie
Happy Night Alizier
Happy Grace
*ハビトニー
1974 鹿毛
Habitat Sir Gaylord
Little Hut
Courteous Lady Gallant Man
ウラカワミユキ
1981 鹿毛
FNo.20-c
Fleurlea
ケンルミドリ
1971 鹿毛
ケンマルチカラ *ヒンドスタン
ミカヅキ
ケンミドリ *ガーサント
*ヴェルヴェット
競走馬の4代血統表

クロス:5代内アウトブリード

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関連項目

脚注

  1. *グレード制がない時代の八大競走GI格とすればマルゼンスキーも相当する
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  • 817 ななしのよっしん

    2024/05/17(金) 09:46:19 ID: HUKzx7Qovr

    今回やるかどうかわからなかったという理由もあったので替わりのタイミングでの寄付したんだけど、その辺わかってたら4月5月に分けて2回寄付したかもしれない、自分みたいな人も少なくないかも

    来年はそのつもりで構えておく

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  • 818 ななしのよっしん

    2024/05/22(水) 10:19:11 ID: Pb/vhwU6dM

    喜びにを差したいわけじゃないけど、支援者3000人近くも減っちゃったのがちょっと気になっちゃったな…
    それだけ減ったのに支援額は同じかそれ以上ってことは今の人たちが理してないか?とか…
    ある意味去年がスゴすぎたのかもしれないし、今年にしたって途絶えることなく続いたのはとてもめでたいことだからそこは本当に素晴らしいと思う

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  • 819 ななしのよっしん

    2024/05/30(木) 21:13:35 ID: U0jXbE3WYJ

    ナイスネイチャが亡くなってから今日で一周忌、いもんですね…

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