バーラム(Bahram)とは、
父Blandfordは生まれつき足が曲がっていて、当歳時には肺炎に罹るなど病弱で万全な状態でレースに出ることはできなかったが、それでもアイリッシュダービーを優勝し、また種牡馬としてもすでに2頭のダービー馬を送り出すなど活躍していた。
母Friar's Daughterはウェールズ産馬。当歳時に重度の肺炎に罹ったが一命を取り留め、アガ・カーン殿下の専属調教師、ドーソン師に目を付けられ、250ギニーで購入された。Friar's Daughterは6戦して1勝、2着4回というそこそこの成績を残した。
いや書いていて思ったのだが大丈夫かこの両親……。
そして誕生した子馬も病弱で幼駒の頃に肺炎に罹ったが、獣医の献身的な治療でなんとか競走馬としてデビューすることができた。
アガ・カーン殿下は第一次大戦で客船サセックスとともに沈められた従兄弟のイラン皇太子、バーラム殿下から馬をバーラムと名付けた。
アガ・カーン殿下はイスラム改革運動の英雄であった一方、巨万の富を築いてイギリスを中心に馬産活動を行い、9100ギニーという巨額で購入したMumtaz Mahalを基礎繁殖牝馬として多くの活躍馬を出すなど馬産家としても成功を収めていた。
アガ・カーン殿下「うちの息子は馬術が得意で凄いからレースに出させてみない?」
ドーソン師「流石にそれはやめろ、絶対にやめろ」
といった感じで喧嘩別れした。
その後バーラムを含めたアガ・カーン殿下の競走馬は厳しいトレーニングで知られたバターズ調教師に預けられた。
しかし、もともと病弱だったためかバーラムは調教で全く走らず「怠け者」の烙印を押され、バターズ師は本馬をレースで鍛えることに決めた。
とりあえず7月に調教のつもりで出走させたナショナル・ブリーダーズ・プロデュースSだったが、ここで本馬はアガ・カーン殿下が期待していた同厩舎の*セフト(Theft)に勝ってしまった。更に2週間後のラウス記念Sに出走させてみると、これも勝ってしまった。
まだまともに走ってくれるか半信半疑であったが、不良馬場のジムクラックSに出走すると、これも勝利した。
10月にボスコウェンSに出走したが3頭立てのレースだったので楽勝した。また2歳馬の主要レースの1つ、ミドルパークSに出走すると2馬身差で勝利した。
2歳時の戦績は5戦5勝。フリーハンデでもデューハーストS優勝馬Hairanらより上のトップに支持され、もう疑いもなく世代最強馬といっていい存在となっていた。
バーラムは3歳になって16.2ハンドの美しい馬体に成長したが病弱なのは変わらなかった。初戦はクレーヴンSに出走する予定だったが発熱で回避し、2000ギニーステークスにぶっつけで出走することになった。2000ギニーではスパートをかけると*セフトを追い抜き1馬身1/2差で勝利した。
ダービーステークスでは圧倒的な1番人気に支持され、ジョージ5世国王ら50万人が観戦する中、直線で抜け出すとRobin Goodfellowに2馬身差で勝利した。
その後セントジェームズパレスSに出走し、1馬身差で勝利した。
8月になってからイギリスでインフルエンザが流行り、またバーラムも体調不良で調整が遅れたため、セントレジャーステークスもぶっつけで出走することになった。「怠け者」だったバーラムはこのレースではやる気を見せ、前日に落馬負傷した主戦のフレデリック・フォックス騎手の代打を務めたチャーリー・スマーク騎手を背に3番手グループから抜け出し、直線で持ったままSolar Rayに5馬身差をつけて楽勝し無敗の三冠馬となった。スマーク騎手が「12ストーン(約76kg)背負って二人乗りしても勝てるよ」とレース後に豪語したほどの内容であった。
バーラムは9戦9勝無敗のまま引退して種牡馬入りすることになった。他の世代や他国の馬との対戦がなかったので真価はわからないままであった。バターズ師は「この馬の本当の強さは俺にもわからないよ」と答えている。
種牡馬としては当時の最高額の500ギニーに設定され、初年度からセントレジャー馬Turkhanを送り出した。その後もちょくちょく活躍馬は出たのだが、このレベルの馬としては物足りないものであり、また第二次世界大戦が始まり、アガ・カーン殿下がスイスに隠居することも重なってアメリカに輸出された。アメリカでは活躍馬を出すことはなく、アルゼンチンに再輸出され、24歳でその地で眠ることになった。
子孫にドイツリーディングサイアー3回のMonsunがおり、その血統は現在でもしぶとく生き残っている。
Blandford 1919 黒鹿毛 |
Swynford 1907 黒鹿毛 |
John o' Gaunt | Isinglass |
La Fleche | |||
Canterbury Pilgrim | Tristan | ||
Pilgrimage | |||
Blanche 1912 鹿毛 |
White Eagle | Gallinule | |
Merry Gal | |||
Black Cherry | Bendigo | ||
Black Duchess | |||
Friar's Daughter 1921 黒鹿毛 FNo.16-a |
Friar Marcus 1893 鹿毛 |
Cicero | Cyllene |
Gas | |||
Prim Nun | Persimmon | ||
Nunsuch | |||
Garron Lass 1917 鹿毛 |
Roseland | William the Third | |
Electric Rose | |||
Concertina | St. Simon | ||
Comic Song | |||
競走馬の4代血統表 |
クロス:St. Simon 4×5×5×5(15.63%)、Isonomy 5×5(6.25%)、Galopin 5×5(6.25%)
掲示板
1 ななしのよっしん
2020/07/22(水) 01:13:20 ID: nQAGgOELll
終わってみれば三冠レース全て危なげなく勝利してるし生涯無敗の三冠馬
他にはオーモンドしかいない
2 ななしのよっしん
2022/05/30(月) 21:06:53 ID: 5VjsxAvbTI
記事を読んでて「セントレジャー出るんだ!」とちょっと驚いてしまった
この時代はまだ三冠の権威が残ってたんだなぁ
3 ななしのよっしん
2023/09/03(日) 20:06:00 ID: DeHflCKj7E
冒頭部分なんですが、馬はBahramで、戦艦はBarhamなんですよ
戦艦の方はrとhの位置が違ってますので修正を希望します
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最終更新:2024/04/24(水) 07:00
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