ヒステリシス(経済学)とは、英語圏においてhysteresisと綴られ、日本語圏において履歴現象とか履歴効果と和訳され、経済学で使われる言葉である。
ヒステリシスという言葉は工学でも使われる。詳しくはヒステリシスの記事を参照のこと。
ヒステリシスとは、短期における総需要の変動が長期において生産技術や労働量に影響を与えて総供給に影響を与えて実質GDPや失業率の自然率水準に影響を与えることをいう。
ヒステリシスとは、短期において需要ショックを与えて総需要-総供給モデルにおける総需要曲線を右または左に平行移動させると、その影響が経済に対して履歴として残って効果を与えて供給ショックを引き起こし、総需要-総供給モデルにおける短期総供給曲線や長期総供給曲線を右または左に平行移動させることをいう。
ヒステリシスとは、短期において需要ショックを与えてフィリップス曲線モデルにおいて経済の状況を指し示す点を短期フィリップス曲線に沿って左上または右下に移動させると、その影響が経済に対して履歴として残って効果を与え、経済の状況を指し示す点が自然失業率まで完全に戻らなくなり、自然失業率垂直線が左または右に平行移動することをいう。
新古典派経済学を支持する経済学者は「短期における需要ショックが長期において実質GDPや失業率の自然率水準に影響を与えることがない」と考える自然率仮説を支持している。これは履歴現象の存在を完全に否定する考え方である。
一部の経済学者は、履歴現象の存在を肯定し、自然率仮説に疑問を投げかけている[1]。
1980年代における欧州諸国の高失業率を説明するときに履歴現象が盛んに論じられた。
1970年代に2度のオイルショックが発生して欧州諸国はスタグフレーションに陥った。1980年代初頭から欧州諸国はディスインフレーションを開始し、失業率を高めつつインフレ率を下げていった。しかしインフレが収束したあとも欧州諸国は高失業率が続くことになった[2]。
国家の実質GDPは、資本量と労働時間と生産技術で決定される[3]。それを表す生産関数の1つがコブ=ダグラス生産関数である。
履歴現象の存在を肯定する者は「短期における需要ショックが長期において労働時間や生産技術に影響を与え、その結果として長期において実質GDP・失業の自然率水準に影響を与える」と論ずることが多い。つまり、需要ショックが長期において有利な供給ショックを生むという考え方である。
需要が長期において作り出す有利な供給ショックには様々なものが考えられるが、その中で①需要の労働機会付与効果がもっとも有名である。これは経済学者がしばしば指摘するものである。
需要が長期において作り出す有利な供給ショックの中で、②需要の情報提供効果と③需要の内発的動機付け効果は経済学者があまり指摘しないが、誰でも簡単に思いつくような効果である。
①需要の労働機会付与効果と②需要の情報提供効果は「需要が供給者の生産技術を向上させ、長期において有利な供給ショックを引き起こす」という考え方である。一方で③需要の内発的動機付け効果は「需要が供給者の労働時間を増大させ、長期において有利な供給ショックを引き起こす」という考え方である。
需要の労働機会付与効果とは、需要によって人に対して労働の機会を与えて「労働者に属する生産技術」を獲得させて「労働者に属する生産技術を増やす有利な供給ショック」が発生する可能性を高めさせることを指す。
短期的に総需要が減って失業率が高くなり、労働者が失業者になり、人から「労働をする機会」が奪われるとする。そうなると人は生産技術を失い、人的資本の毀損と呼ばれる現象が起こる。短期的に失業者になることを続けた人は再就職しようとするときに生産技術を失っており、労働市場に自らを売り出したときに決定される名目賃金の均衡水準が低くなっていて、簡単に言うと「安い時給がせいぜいの人材」に成り果ててている。一方で、最低賃金や労働協約や効率賃金仮説に基づく自主規制により、企業は名目賃金最低額が決まっていて、高い時給を支払う義務を課せられている。短期的に失業者になることを続けることにより、その人の生産技術が下落し、その人の名目賃金の均衡水準Aが下落して企業の名目賃金最低額Bとの差が拡大していく。このため、短期的に失業者になることを続けた人は構造的失業になりやすい。短期的に失業率が高くなることが続くと、長期的にも失業率が高まる。
短期的に総需要が増えて失業率が低くなり、失業者が労働者になり、人に「労働をする機会」が与えられるとする。そうなると人は生産技術を獲得するようになる。特に、挨拶や報連相(報告・連絡・相談)のような初歩的な行動をとることができない未熟な若年層にはそうした効果が高く、労働をすることで挨拶や報連相をするようになり、生産技術を獲得していく。短期的に労働者になることを続けた人は生産技術を得ており、労働市場に自らを売り出したときに決定される名目賃金の均衡水準が高くなっていて、簡単に言うと「高い時給がふさわしい人材」に成長している。一方で、最低賃金や労働協約や効率賃金仮説に基づく自主規制により、企業は名目賃金最低額が決まっていて、高い時給を支払う義務を課せられている。短期的に労働者になることを続けることにより、その人の生産技術が向上し、その人の名目賃金の均衡水準Aが上昇して企業の名目賃金最低額Bとの差が縮小していく。このため、短期的に労働者になることを続けた人は構造的失業になりにくい。短期的に失業率が低くなることが続くと、長期的にも失業率が低くなる。
MMT系の経済学者がJob Guarantee Program(JGP 就業保証プログラム)の重要性を主張するときに履歴現象の存在を肯定することが多く、「需要の労働機会付与効果」を論じることが多い。例えば「JGPで失業者を減らして人々に労働機会を与えれば、人々を良質な労働者として育成することができ、国家の生産技術を高められる」といった具合に論じる。
ケインズ系の経済学者(ケインジアン)の一部が「土を掘って埋めるような公共事業でも意味がある」と述べることがある。その論理の中には「土を掘って埋めるような公共事業であっても人に労働の機会を与えて良質な労働者として育成する機能があり国家の生産技術を高める効果がある」という主張が込められているのだが、これは「需要の労働機会付与効果」を期待する考え方である。
需要の情報提供効果とは、需要者が供給者に対して情報を提供して生産技術を獲得する可能性を高めさせて「使用者に属する生産技術を増やす有利な供給ショック」が発生する可能性を高めさせることを指す。
総需要というものは消費・政府購入・投資・純輸出といった需要の合計である。これらの需要が行われるとき、需要者から供給者へ情報が提供される。
供給者は需要者が多く購入する商品について「この商品が人々に好まれている」という情報を得ることができる。また供給者は需要者からの苦情が多い商品について「この商品のこの部分が好ましくない」という情報を得ることができる。また供給者は需要者からの賞賛の声が多い商品について「この商品のこの部分が好ましい」という情報を得ることができる。
供給者は需要者から寄せられた情報を基礎にして生産技術を高めることができる。最も典型的な例は「サッカー選手からの苦情や賞賛の声をよく収集したシューズ職人が、そうした情報を基礎にして生産技術を向上させる」といったものである。
ちなみに需要者と供給者の使用言語や文化が同一である場合、苦情や賞賛の言葉がよりいっそう届きやすく、情報提供が大量に行われやすい。言語や文化が統一された国家の中で国内の供給者が国内の需要者へ供給するとき、国内の供給者に対する情報提供が盛んに行われやすい。
短期的に総需要が減ることが続くと、供給者が入手する情報が減って供給者の生産技術が低下することが続き、長期的に国家の実質GDPが低下する。
短期的に総需要が増えることが続くと、供給者が入手する情報が増えて供給者の生産技術が上昇することが続き、長期的に国家の実質GDPが上昇する。
需要の内発的動機付け効果とは、需要をする者が供給者に対して内発的動機付けを掛けて供給者の性格を変貌させ供給者の労働意欲を向上させ失業率を低下させて労働時間を増大させて「労働時間を増やす有利な供給ショック」を発生させることである。
総需要というものは消費・政府購入・投資・純輸出といった需要の合計である。これらの需要が行われるとき、需要者から供給者へ感謝の言葉が届けられるなどの現象が起こって供給者に内発的動機付けが掛けられることがある。
ちなみに需要者と供給者の使用言語や文化が同一である場合、感謝の言葉がよりいっそう届きやすく、内発的動機付けが強く掛かりやすい。言語や文化が統一された国家の中で国内の供給者が国内の需要者へ供給するとき、国内の供給者に対して内発的動機付けが強く掛かりやすい。
内発的動機付けを掛けられた労働者は、仕事を面白いと感じる性格になり、離職率を下げる要因になる。また、内発的動機付けを掛けられた労働者は「構造的失業を増やすと仕事をするという楽しみを奪われる人が増えてしまう」と考えるようになり、「名目賃金最低額を労働市場均衡水準から遠ざけて構造的失業を増やすか、それとも名目賃金最低額を労働市場均衡水準に近づけて構造的失業を減らすか」と問われたときに後者を選ぶような性格になっていき、労働運動に対して消極的になり、構造的失業を減らして、失業者の就職率を上げて労働者の離職率を下げる要因になる。
このため内発的動機付けを掛けられた労働者が増えると、労働者の離職率が下がって失業者の就職率が上がり、失業率が減り、国家全体の労働時間が増大し、国家全体の実質GDPが増える。
短期的に総需要が増えることが続くと、内発的動機付けを掛けられた労働者が増え、労働意欲の高い労働者が増える。そうなると労働者の離職率が下がる。また、「構造的失業を増やすと仕事をするという楽しみを奪われる人が増えてしまう」と考える労働者が増え、「名目賃金最低額を労働市場均衡水準に近づけて構造的失業を減らす」という選択を選ぶ労働者が増え、労働運動が沈静化して企業の名目賃金最低額が下がり、構造的失業が減って、失業者の就職率が上がる。また国家全体の労働時間が増え、国家全体の実質GDPが増える。このため、短期的に総需要が増えることが続くと、長期的に失業率が減っていき、長期的に実質GDPが増える。
短期的に総需要が減ることが続くと、内発的動機付けを掛けられた労働者が減り、労働意欲の高い労働者が減る。そうなると労働者の離職率が上がる。また、「構造的失業を増やすと仕事をするという楽しみを奪われる人が増えてしまう」と考える労働者が減り、「名目賃金最低額を労働市場均衡水準から遠ざけて構造的失業を増やす」という選択を選ぶ労働者が増え、労働運動が活発化して企業の名目賃金最低額が上がり、構造的失業が増えて、失業者の就職率が下がる。また国家全体の労働時間が減り、国家全体の実質GDPが減る。このため、短期的に総需要が減ることが続くと、長期的に失業率が増えていき、長期的に実質GDPが減る。
タテ軸物価・ヨコ軸実質GDPの総需要-総供給モデルを用いてヒステリシス仮説を分析する。
まずは、景気刺激を行った後に実質GDPが自然率水準に戻らない現象を分析する。
1.~5.を通じた長期的な視点でみると、政策担当者が景気刺激を起こしたあとに実質GDPが自然率水準に戻らず、実質GDPの上昇と物価の上昇が起こる。
続いて、ディスインフレーションを行った後に実質GDPが自然率水準に戻らない現象を分析する。先程の分析を正反対にしたものである。
1.~5.を通じた長期的な視点でみると、政策担当者がディスインフレーションを起こした後に実質GDPが自然率水準に戻らず、実質GDPの下落と物価の下落が起こる。
タテ軸インフレ率・ヨコ軸失業率のフィリップス曲線モデルを用いてヒステリシス仮説を分析する。
まずは、景気刺激を行った後に失業率が自然率水準に戻らない現象を分析する。
1.~5.を通じた長期的な視点でみると、政策担当者が景気刺激を起こしたあとに失業率が自然率水準に戻らず、失業率の低下とインフレ率の上昇が起こる。
続いて、ディスインフレーションを行った後に失業率が自然率水準に戻らない現象を分析する。先程の分析を正反対にしたものである。
1.~5.を通じた長期的な視点でみると、政策担当者がディスインフレーションを起こしたあとに失業率が自然率水準に戻らず、失業率の上昇とインフレ率の低下が起こる。
総需要-総供給モデルを用いた分析においても、フィリップス曲線モデルを用いた分析においても、「期待インフレ率と摩擦的失業が正の相関にある」と述べている。
そのことは自然率仮説の『期待インフレ率と摩擦的失業が正の相関にあることの説明』の項目を参照のこと。
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最終更新:2025/12/08(月) 02:00
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