ピザゲート (英:Pizzagate) とは、アメリカ合衆国選挙期間中に広まった陰謀論。当時の大統領候補であったヒラリー・クリントン陣営の関係者が児童の人身売買や性的虐待を行っているとしたものであり、そのアジトとされたのがとあるピザ屋であったことから、ウォーターゲート事件に準えて「ピザゲート」と呼ばれたわけである。このピザ屋『コメット・ピンポン (Comet Ping Pong)』はピザゲートを信じる者たちから度重なる脅迫を受け、更には銃乱射事件の舞台にまでなったが、ついぞ陰謀論者たちが信じる児童売買や児童性的虐待の証拠が見つかることはなかった。
誤情報・偽情報研究者のアビー・リチャーズが作成した『陰謀論チャート』では2020年版・2021年版いずれにおいても「反ユダヤ主義の境界」「世界は超エリートに支配されている!」とされる一番上のグループに入れられている (本大百科では便宜的に危険度5と表記している) 。この陰謀論を信じていた者はやがてその後のQアノンに深く関わっていくことになり、「Qアノンのオリジン」としても知られている。Qアノンでは未だにピザゲートは真実であるとされているほか、アドレノクロム陰謀論ではピザゲートの焼き直しのような陰謀論が世界各地で産み出されている。
2006年にオープンしたコメット・ピンポンはワシントンDCにある、ちょっと洒落た雰囲気を持つピザ屋である。ピザ屋といってもドミノ・ピザやピザハットのようなものではなく、ミュージックショーが行われるような感じのレストランである。とはいえ、それでもアメリカ合衆国では珍しくない業態であった。そんなコメット・ピンポンは、オーナーであるジェイムズ・アレファンティスが熱心な民主党支持者であることから、バラク・オバマの選挙資金集めの協力を行ったり、民主党陣営の選挙戦ではピザを差し入れで届けたりと民主党に熱い協力を行っていた。
2016年11月、機密情報を公開する内部告発サイト・ウィキリークスはヒラリー・クリントン陣営の選対委員長を務めているジョン・ポデスタのメールを多数公開した。この内容はヒラリー・クリントン陣営の選挙中の不正を多数明るみにした。「候補者への質問がひとつ事前に知らされていた」「共和党陣営の勢いを削ぐために選挙の日程を遅らせようとした」といった内容である。しかし4chanの住民はその暴露されたメールの中に、やたら「コメット・ピンポン」の店名が出現することに注目した。
なぜコメット・ピンポンが多数言及されるかといえば、これは単に民主党陣営が「あそこのピザ屋はよく差し入れしてくれる」といった情報を共有していたからに過ぎないのだが、重大な選挙不正と同程度に登場したコメット・ピンポンが、対立陣営から怪しまれることは否めなかっただろう。そしてよりによってヒラリー・クリントンの夫であるビル・クリントンが、児童性的虐待で捕まったジェフリー・エプスタインと懇意であったことから、とある突飛な推測が産まれてしまったのだ。
すなわち、「ピザやホットドッグといった単語は符牒であり、児童買春の話をしているのだ」というものである。
hotdog ホットドッグ |
男児 | pizza ピザ |
女児 |
---|---|---|---|
pasta パスタ |
幼い男児 | cheese チーズ |
幼い女児 |
ice cream アイス |
男娼 | walnut クルミ |
有色人種 |
日本でも児童性愛者はあまりいい目で見られないが、こと欧米では児童性愛者はことさらに批難されがちであり、ましてビル・クリントンがジェフリー・エプスタインと懇意だったことから余計にこの陰謀論は主に反民主党陣営が多くを占める4chan[1]では真実相当性が高いとされた。
やがて「コメット・ピンポンには地下室があり、そこでは児童売買が行われている」「政治家や有力者たちが出入りする児童性愛者の一大拠点である」などといった妄想が繰り広げられ、店舗壁面の現代美術から子供の写真を漁っては「これが動かぬ証拠だ」などと言い立てたりした。
やがて過激化した一部の者はコメット・ピンポンの中を撮影して生配信などを行うまでに至った。このときたまたまコメット・ピンポンでは子供のバースデーパーティーが行われており、コメット・ピンポンは子供が見知らぬ者に撮影されている状況を快く思わなかった。コメット・ピンポンは警察に通報し、撮影者を退去させたが、皮肉にもこれが「店の中に子供がいた」「店を調べていた者が退去させられた」ということで、コメット・ピンポンが児童売買に関わっている証拠とまで言われるようになっていくのである。
主要なメディアは当たり前だがこの『疑惑』を事実と認めなかった。証拠がない。被害者の証言もなければ被害届も出されていない。そもそも「候補者への質問がひとつ事前に知らされていた」「共和党陣営の勢いを削ぐために選挙の日程を遅らせようとした」といったれっきとした選挙不正について真偽を確かめるフェーズに、そんな「たまたま言及が多かっただけのピザ屋を無理やり児童性的虐待に絡めた」だけの夢物語に注目するはずもなかったのである。
このため、基本的には4chanやRedditといった掲示板で、陰謀論者たちが「そうだそうだ、そうに違いない」とエコーチェンバーの中で互いの確信を高め合うだけにとどまっていた。とはいえ、ピザゲートを真実だと信じ込んだ人たちはコメット・ピンポン前で抗議集会を開いたり、従業員たちのSNSに「児童性的虐待をやめろ」と脅迫を行ったりとリアルにおいてもコメット・ピンポンの営業に影響が出るようにはなっていった。アレファンティスはこうした抗議者のグループと対話を行ったが、彼らが基本的な事実を無視することを指摘している――例えば、そもそもコメット・ピンポンには地下室なんてないといったことだったり。
こうしてアメリカ合衆国ではほとんど陰謀論者以外には注目されていなかったピザゲートであったが、アメリカ合衆国から遠く離れたトルコの地でそれは注目されてしまうこととなる。
なぜトルコなのか?それは当時のトルコ大統領・エルドアン率いる与党・公正発展党の出した政策が理由である。公正発展党は「少女を強姦したとしても、結婚してしまえば罪に問われない」というとんでもない法案を提出した。もともとトルコで広く信仰されているイスラームでは「夫婦間のレイプは犯罪にならない」というものがあるのだが、公正発展党の法案はそれを拡張的に解釈し、後付で結婚してしまえば問題なしという女性の人権もへちまもない話になってしまう。
当然トルコでも大きく批判され、公正発展党はこの政策を取り下げたのだが、このとき親政府メディアや与党支持者たちは、野党支持者たちの批判を逸らす目的でこのピザゲートを持ち出したのである。「なるほど、レイプを事後処理的に合法化してしまう法律は確かに問題だ。ではなぜあなたがたは、実際に起きているコメット・ピンポンでの児童売買には声をあげないのだ?」というわけである。
これは典型的なWhataboutismなのだが、なによりここでピザゲートが取り上げられたことで、たかだか場末の掲示板で噂されていただけの陰謀論が、「世界的注目を浴びた一大スキャンダル」と化してしまったのである。
そしてこんな折にちょうどタイミング悪く、トランプ陣営がもともと予定していた「私用メールサーバ問題についてのクリントンへの訴追」の公約を撤回するという発言を行った。これはトランプ陣営が、連邦捜査局の「クリントンのメールについての違法性がない」ということを受けて、単に個人攻撃にしか見えなくなる訴追公約を維持するメリットを失ったことを受けてのものであった。
候補者への質問が知らされていた問題が追求できなくなるから?――違う。
共和党陣営の勢いを削ぐために選挙の日程を遅らせようとした疑惑が晴れていないから?――違う。
メールサーバ問題の肝は上記であったはずなのだが、今の彼らはそんなことはもはや気にしてはいなかった。彼らはただ、今は恐怖と正義感に突き動かされていたのだ。
こうした陰謀論が加熱する中、暴走した正義は恐ろしい事件を引き起こす。
2016年12月4日、ノースカロライナ州はソールズベリー出身の男、エドガー・マディソン・ウェルチ28歳 (当時) がこのコメット・ピンポンに銃を持って押し入り、店内で乱射するという事件が起きたのであった。ウェルチはなぜコメット・ピンポンに押し入ったかと問われ、「ピザゲートを自ら調査するため」と回答したのであった。彼は2人の娘を持つごく普通の父親であった。逮捕後のメディアのインタビューでは、ウェルチはこう回答した――ピザ屋に囚われている子供たちを助けたかった、と。
この事件でコメット・ピンポンに地下がないことは証明された、疑惑は払拭された――とはいかなかった。この事件が起きた当日でさえ、ピザゲートを信じる者たちはコメット・ピンポンにまつわる陰謀論を唱えていた。マイケル・G・フリンもその一人で、この事件の起きた日の夜に、「ピザゲートは存在する」とTwitterでつぶやいたのだ。フリンはこの2日後、トランプ新政権移行チームから更迭されることとなる。――逆に言えば、 (更迭されたとはいえ) トランプ陣営の中枢にいるような人物でさえ、このピザゲート陰謀論を信じていたということになるのだ。
フリンだけではない。他のピザゲート陰謀論者たちも口々に「この事件はピザゲートをなかったことにしようとする勢力によって起こされた茶番である」と述べた。これは「False Flag (偽旗作戦)[2]」なのだと。
RedditのCEOがトランプ支持者の書き込みを編集したことを認めた、という事実もこの偽旗作戦説に信憑性を持たせてしまった。RedditはピザゲートのSubredditを削除し、「当サイトでは魔女狩りお断り」と記載している。
恐ろしいことに、事件から5日経ってさえ、1224人の大統領選投票者に聞いたアンケートでは、全体の9%の者が「クリントンはワシントンのピザ屋を拠点とした児童性愛ネットワークに関与している」と回答したのだ。更に、トランプ支持者からは14%、そしてあろうことかヒラリー・クリントン支持者からも5%の者が「関与していると思う」と回答したのだ。じゃあなんでそんな危険な人を支持してるんだよ 他にも、ヒラリー・クリントンに対して数百万の不正投票があっただとか、ジョージ・ソロスがトランプへの抗議デモ参加者に資金提供をしていると行ったデマも合わせて信じられていることがアンケートからも浮かび上がった。
現在はピザゲート事件は更に発展して「ペドゲート」という形に変わっている。これはコメット・ピンポンが疑われなくなった――わけではなく、依然としてコメット・ピンポンは疑われ続けているのだが、そのうえで更に他の場所にも地下に児童売買施設があるという話に変わっているのである。
例を上げるならディズニーランドや日本のこどもの国、更には火星なんていうとんでもないものさえある。
更に児童売買の理由も単に性奴隷にするというものだけではなく、「人肉食」や「支配者層の自身の若返りを目的としたアドレノクロムの製造」という話にまですり替わっており、マクドナルドや味の素、富士フィルムなどが人肉食やアドレノクロム製造に関わっているとまで主張している。とりわけ味の素はこの件で非常に陰謀論者から目をつけられており、自身のレシピに味の素を多用する料理研究家のリュウジが陰謀論者から悪魔崇拝者認定される事態にまで陥っている。
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最終更新:2024/11/30(土) 02:00
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