ブラウン・ラチェットまたはブラウニアン・ラチェット(Brownian Ratchet)とは、リチャード・ファインマンが考案した思考実験上の装置である。
分子は、熱運動という不規則な運動をしている。流体の場合、その中に微粒子が含まれていると、熱運動をする分子と衝突し、ブラウン運動(Brownian motion)と呼ばれる不規則な動きを及ぼす。
ここで、微粒子の代わりに(十分質量の小さい)羽根車を置いてみると、微粒子は羽根車に衝突し、羽根車も動かされるはずである。ところが、分子の動きはランダム。つまり右方向に回そうとする力と左方向に回そうとする力がほぼ同じになってしまう。羽根車は回ることは回るだろうが、右に左に不規則に回るばかりで、この羽根車を使ってものを動かそう(仕事をさせよう)ということは無理である。
しかし、物理学者のリチャード・ファインマンは、物理学の講義においてこう問いかけた。自由に回る羽根車ならば確かに仕事を取り出すことは不可能だが、一方向にしか回らないならばどうか?
ラチェットという工具がある。ネジを締めるときは固定されているが、緩める方向に回すと空回りする(またはその逆)という仕組みになっており、いちいち外さなくても緩めたり締めたりが楽にできる機構である。上述の歯車にもラチェットを組み込み、一方向には自由に回るが反対方向には回らないようにすればよいのではないか?
巨視的に再現したものがYouTubeにアップされている
が、確かに羽根車は一方向にしか回っていない。これを分子レベルで実現させることはできないだろうか?
仮にこれが実現すれば、温度差のない流体から運動を取り出せることになり、熱力学第二法則を破ることになる。つまり、永久機関が作れることになる。やったー! ファインマンの大発見だー!
…ということにはならない。ファインマンは一流の物理学者であり、永久機関が作れないということは十分知っている。この思考実験は、彼が著した物理学の教科書『ファインマン物理学』に記載されたものであり、「この機構は実際には動かない。ではどこに論理の穴があるのか?」と学生に問いかけるためのものである。
ラチェット機構の最も単純なモデルは、歯車の歯がノコギリの刃のように一方に偏っており、そこにツメが引っかかっているものである。一方へはノコギリの刃がツメを避けて進めるが、逆方向にはツメが引っかかって動けないのである。
ツメが引っかかる方向にノコギリ歯を回転させると、歯は回転運動の途中でツメに衝突し、止まる。つまり、運動エネルギーが減っている。しかしエネルギーは保存されるため、減った分の運動エネルギーはツメの方が受け取っていると考えられる。ツメは受け取った運動エネルギーの分、逆方向にはじかれている。現実のラチェット機構では、この「はじかれる」動きは分子レベルにとどまり、熱エネルギーとして観測される。巨視的には、ツメはわずかに熱を持つかもしれないが、ほぼ変形しないと考えて差し支えない。
「ブラウン・ラチェット」で考えているのは分子の衝突でも動くレベルのミクロな装置なので、歯車もツメも分子レベルのミクロなものである。ラチェット(の分子)がツメ(の分子)に衝突するとき、ツメははじかれてしまうため歯車を支えることができない。
すなわち、ラチェットは変形しないものという勝手な前提を置いていたことが、「ブラウン・ラチェット」の間違いだったのである。
ツメの分子が動くということはツメが熱運動を起こしている(=ツメの温度が上がっている)ということであり、動かない状態にしてやりたければツメを冷やさなければならない。そのためには外部から温度差(エネルギー)を供給してやる必要があり、熱力学第二法則を破ることはできないのである。
さて、前項最後の段落で、「ブラウン・ラチェット」を動かすならば外部からエネルギーを供給してやらなければならない、と言ったが、逆に言えば外部からエネルギーを供給してやれば、ランダムな熱運動から一方向の動きを取り出すことができるということでもある。
例えば、生物の細胞膜で行われている「ナトリウム-カリウムポンプ」である。これは細胞内のカリウムイオン濃度を高く、ナトリウムイオン濃度を低く保っている。
イオンは放っておくと熱運動で拡散し、均一になろうとする。細胞膜にあるNa⁺/K⁺-ATPアーゼは細胞内をランダムに動くナトリウムイオンを捕まえて外に放り出し、細胞外を漂うカリウムイオンを捕まえて内に取り込む。この機構を動かすにはエネルギーが必要だが、これはATP(アデノシン三リン酸)から供給している。
掲示板
掲示板に書き込みがありません。
急上昇ワード改
最終更新:2026/08/19(水) 06:00
最終更新:2026/08/19(水) 05:00
ウォッチリストに追加しました!
すでにウォッチリストに
入っています。
追加に失敗しました。
ほめた!
ほめるを取消しました。
ほめるに失敗しました。
ほめるの取消しに失敗しました。