マシンガン打線とは、20世紀末に横浜ベイスターズファンが見た儚い夢である。
1997年から2000年にかけて組まれた横浜ベイスターズ打線の愛称。ホームランこそ少ないものの、勝負強い巧打者が左右ジグザグに並んだ打線の破壊力は抜群で、単打や二塁打の集中砲火で大量点を奪っていく様子がマシンガンの連射を思わせたことから、この愛称が付けられた。
また1998年のゴールデングラブ賞内野手部門を独占したことからもわかるように、レギュラー選手の守備力は総じて高く、攻守に渡って隙のないオーダーを組むことが可能だった。
マシンガン打線が組まれた4年間のチーム成績は2位→1位(日本一)→3位→3位と全てAクラスに入っており、Bクラスに甘んじることが多い(61シーズン中46シーズンがBクラス)大洋・横浜球団の歴史における黄金時代だったと言っても過言ではない。そしてマシンガン打線は黄金時代の象徴として、暗黒時代に生きるベイスターズファンたちの間で今もなお語り継がれている。
72勝63敗0分(セ・リーグ2位) チーム打率.273(同2位) チーム総得点572(同3位)
打順 | 守備 | 選手名 | 打席 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 遊 | 石井琢朗 | 左 | 132 | .319 | 10 | 44 | 23 | B9 | |
2 | 中 | 波留敏夫 | 右 | 127 | .295 | 8 | 41 | 16 | ||
3 | 左 | 鈴木尚典 | 左 | 125 | .335 | 21 | 83 | 11 | 首位打者 B9 | |
4 | 二 | ロバート・ローズ | 右 | 130 | .328 | 18 | 99 | 3 | 最高出塁率 B9 | |
5 | 一 | 駒田徳広 | 左 | 135 | .308 | 12 | 86 | 2 | GG | |
6 | 右 | 佐伯貴弘 | 左 | 106 | .260 | 4 | 25 | 6 | ||
ビル・セルビー | 左 | 90 | .228 | 5 | 17 | 3 | 4月・5月レギュラー | |||
川端一彰 | 右 | 69 | .303 | 1 | 15 | 1 | 対左投手時 | |||
7 | 三 | 進藤達哉 | 右 | 117 | .236 | 10 | 43 | 9 | GG | |
8 | 捕 | 谷繁元信 | 右 | 128 | .232 | 13 | 46 | 2 | ||
9 | 投 |
終盤スワローズに競り負けたものの、数十年ぶりに優勝争いを演じたシーズンである。その原動力となったのがこの強力打線で、特に後半戦は集中打で大量得点を挙げて勝つ試合が目立った。この頃から「マシンガン打線」の愛称が使われ始めるようになる。
右翼手以外は既にレギュラーが固定されており、打順も1番から5番はほぼ固定だった(石井と波留が入れ替わることもあった)。右翼手はオープン戦首位打者の新外国人・セルビーが抜擢されたが早々と失速、6月以降は佐伯をメインに据えつつ、川端・宮里太・畠山準らが交代で起用された。
79勝56敗1分(セ・リーグ優勝・日本一) チーム打率.277(同1位) チーム総得点642(同1位)
打順 | 守備 | 選手名 | 打席 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 遊 | 石井琢朗 | 左 | 135 | .314 | 7 | 48 | 39 | 最多安打 盗塁王 B9 GG | |
2 | 中 | 波留敏夫 | 右 | 106 | .273 | 2 | 39 | 12 | ||
3 | 左 | 鈴木尚典 | 左 | 131 | .337 | 16 | 87 | 3 | 首位打者 B9 | |
4 | 二 | ロバート・ローズ | 右 | 124 | .325 | 19 | 96 | 2 | B9 GG | |
5 | 一 | 駒田徳広 | 左 | 136 | .281 | 9 | 81 | 0 | B9 GG | |
6 | 右 | 佐伯貴弘 | 左 | 108 | .289 | 9 | 55 | 1 | ||
中根仁 | 右 | 70 | .301 | 4 | 31 | 2 | 対左投手時 | |||
7 | 三 | 進藤達哉 | 右 | 124 | .241 | 14 | 54 | 0 | GG | |
8 | 捕 | 谷繁元信 | 右 | 134 | .254 | 14 | 55 | 1 | B9 GG | |
9 | 投 |
コーチ人事を巡り退団した大矢明彦の後任として権藤博が監督に就任。野村弘樹・三浦大輔・川村丈夫・斎藤隆の先発四本柱に島田直也・五十嵐英樹・佐々木主浩ら鉄壁のリリーフ陣、そして前年以上に精度を増したマシンガン打線が見事にかみ合ったこの年、横浜は実に38年ぶりとなるリーグ優勝・日本一を果たしている。
脱税事件で起訴された波留が5月中旬まで出場を禁止されたため、序盤は佐伯・中根・井上純が交代で中堅手を受け持った。この時期は打順が一定せず勝率5割と伸び悩んだが、波留の復帰後は上記のベストオーダーで戦えるようになり、連勝街道を驀進していくことになる。なお進藤と谷繁の打順は調子に応じて入れ替えていた。
このシーズンは豪快な馬鹿試合が多く、特に「シングルヒット7連打で5得点」「ライトフライ→ボークで打ち直し→同点2ラン」といった様々な伝説を生んだ7月15日の対ジャイアンツ戦(下記スコア・動画参照)は今でも語り草となっている。
1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | R | H | E | |
巨人 | 4 | 0 | 3 | 0 | 0 | 0 | 2 | 3 | 0 | 12 | 20 | 0 |
横浜 | 0 | 0 | 1 | 5 | 0 | 0 | 3 | 3 | 1X | 13 | 20 | 1 |
71勝64敗0分(セ・リーグ3位) チーム打率.294(同1位) チーム総得点711(同1位)
打順 | 守備 | 選手名 | 打席 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 遊 | 石井琢朗 | 左 | 131 | .292 | 8 | 58 | 39 | 盗塁王 B9 | |
2 | 中 | 波留敏夫 | 右 | 130 | .298 | 15 | 70 | 14 | ||
3 | 左 | 鈴木尚典 | 左 | 134 | .328 | 17 | 92 | 7 | ||
4 | 二 | ロバート・ローズ | 右 | 134 | .369 | 37 | 153 | 3 | 首位打者 打点王 最多安打 B9 |
|
5 | 一 | 駒田徳広 | 左 | 129 | .291 | 9 | 71 | 0 | GG | |
6 | 右 | 佐伯貴弘 | 左 | 112 | .309 | 10 | 53 | 1 | ||
中根仁 | 右 | 71 | .272 | 5 | 25 | 0 | 対左投手時 | |||
7 | 三 | 進藤達哉 | 右 | 109 | .286 | 14 | 43 | 1 | GG | |
アルキメデス・ポゾ | 右 | 91 | .297 | 9 | 30 | 0 | 5月・6月レギュラー | |||
8 | 捕 | 谷繁元信 | 右 | 122 | .295 | 11 | 51 | 0 | ||
9 | 投 |
チームとしての完成形は98年だが、打線としての完成形はこの99年である。投手陣の崩壊により連覇こそ逃したものの、1番から8番まで全く切れ目のない打線でプロ野球新記録(当時)となるチーム打率.294を記録。2011年時点でこれを超えるのは2003年にホークスが記録したチーム打率.297しかなく、指名打者制のないセ・リーグの記録としては現在も史上最高打率である。
69勝66敗1分(セ・リーグ3位) チーム打率.277(同1位) チーム総得点576(同4位)
打順 | 守備 | 選手名 | 打席 | 試合 | 打率 | 本塁打 | 打点 | 盗塁 | タイトル | 備考 |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1 | 遊 | 石井琢朗 | 左 | 134 | .302 | 10 | 50 | 35 | 盗塁王 B9 | |
2 | 三 | 金城龍彦 | 両 | 110 | .346 | 3 | 36 | 8 | 首位打者 新人王 | 進藤に代わりスタメン |
中 | 波留敏夫 | 右 | 60 | .301 | 8 | 17 | 3 | 6月中旬に故障 | ||
3 | 左 | 鈴木尚典 | 左 | 134 | .297 | 20 | 89 | 6 | ||
4 | 二 | ロバート・ローズ | 右 | 135 | .332 | 21 | 97 | 1 | 最多安打 B9 | |
5 | 右 | 中根仁 | 右 | 103 | .325 | 11 | 61 | 1 | ||
一 | 駒田徳広 | 左 | 85 | .258 | 4 | 34 | 2 | 不振でスタメン落ち | ||
6 | 右 一 |
佐伯貴弘 | 左 | 122 | .259 | 6 | 52 | 2 | 駒田に代わり 一塁手に転向 |
|
7 | 中 | 多村仁 | 右 | 84 | .257 | 7 | 29 | 2 | 波留に代わりスタメン | |
三 | 進藤達哉 | 右 | 59 | .224 | 2 | 15 | 0 | 5月中旬に故障 | ||
8 | 捕 | 谷繁元信 | 右 | 122 | .251 | 9 | 44 | 0 | ||
9 | 投 |
チーム打率こそ優勝した98年と同じ水準でリーグトップを保ったものの、故障者・不振者の続発でレギュラーを固定できなかったこともあり打線の繋がりが悪く、得点力は大幅にダウンしてしまった。特に下位打線の迫力不足が目立った。
2000年シーズン終了後から2001年シーズン初頭にかけて、ローズ・駒田・進藤・波留とマシンガン戦士の半数がチームを去ったことにより、マシンガン打線は事実上終焉を迎えた。
その後ベイスターズは、2001年こそ辛うじてAクラスを維持するものの、2002年にはチーム打率.240とマシンガン打線の面影すらない状態でダントツの最下位に沈み(ただし2002年は打線以外の要因も大きい)、以後2005年を除きBクラスという先の見えない暗黒時代が2016年まで続いた。
なお2001年に波留敏夫がトレードで中日、オフに谷繁元信がFAで中日に移籍。2008年に石井琢朗と鈴木尚典が、2010年に佐伯貴弘が、いずれも戦力外通告を突きつけられるという形でチームを去った(鈴木はそのまま引退、佐伯は中日ドラゴンズ、石井は広島東洋カープへ移籍する。後に両者とも引退)ことにより、1998年の日本一をもたらしたマシンガン打線の主力選手はベイスターズから完全に姿を消すこととなった。
掲示板
71 ななしのよっしん
2020/04/17(金) 23:08:05 ID: UMjxFmv/57
極論言えばヒットで繋いで満塁にしても大量得点もあれば無得点で抑えられることがあるのに対して、
ホームランは打てさえすれば絶対得点できるので実は運否天賦の打線は前者の方って考え方があるからね。
ただホームランばかりだと大量得点し辛く得点が伸びないので勝利の方程式頼りの傾向になるのでバランスが重要になる。
その点マシンガン打線はハイアベレージの上位打線の選手ばかりがクローズアップされるけど、
佐伯・進藤・谷繁等の下位打線組がハマスタ効果もあって実は毎年二桁安定して打てる能力あった。
なので一度繋がれば止まらない打線の「0か100かになりがち」という欠点を上手くカバーできていた。
72 ななしのよっしん
2020/05/30(土) 08:43:44 ID: /duSYKF1IL
最近はクリーンナップでHR打って点を稼ぐチームになったな
大和光の加入で下位打線に厚みが出たけど
73 ななしのよっしん
2020/07/10(金) 06:10:05 ID: /duSYKF1IL
さらに今季はオースティンの加入、佐野の4番抜擢により1~6番まで3割後半打者が続く打線になった模様
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最終更新:2024/04/19(金) 07:00
最終更新:2024/04/19(金) 07:00
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