マルティン・ウーデゴール 単語


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マルティンウーデゴール

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マルティン・ウーデゴール(Martin Ødegaard、1998年12月17日 - )とは、ノルウェー出身のサッカー選手である。
イングランドプレミアリーグアーセナルFC所属。サッカーノルウェー代表

ポジションは攻撃的MF178cm68kg。利き足は左足。

概要

ノルウェーブスルードランメン出身。幼い頃から注を集めた「ノルウェーの神童」であり、若干15歳プロデビュー16歳のときにはスペインの名門レアル・マドリードへ移籍。その後、レンタル移籍を繰り返すなど苦労をするが、レアル・ソシエダへ移籍した2019-2020シーズンに才が開

2021年からはアーセナルFCへ移籍し、ミケル・アルテタ監督の信頼を得て攻撃の中心として活躍。全移籍2年となった2022-23シーズンからは23歳の若さキャプテンを任される。以降は名実ともにガナーズを牽引するリーダーとして認知され、攻撃の全権をる絶対的な存在へと成長。回りはしたが、北欧天才児はプレミアリーグ最高のゲームメーカーとなっている。

ドリブルで相手を惹きつけてから出すラストパス、サイドを変えるサイドチェンジロングパス、相手守備網の間を通す絶妙なパスなどどれも完璧レベルでこなし、創造性溢れるプレーは見る者を魅了し、アーセナルに移籍してからはチームリーダーとしての自覚も芽生え、天才肌の選手でありながらもチームのためにハードワークをこなす献身性の高い選手になっている。

ノルウェー代表にはなんと15歳デビューしており、22歳の若さで代表のキャプテンを任されている。アーリング・ハーランドと共にノルウェー世界に誇れるビッグスターだが、代表チームはなかなか大きな舞台に立てておらず、代表でのキャリアは物足りないものとなっている。

日本ではマルティン・ウーデゴー、マルティン・ウーデゴーア、マルティン・ウーデガルト、マルティン・エーデゴールなどの表記ゆれがある。メディアによって日本語の表記が統一されておらず、ファンの間でも呼び方が異なっている。

経歴

生い立ち

ビールアートの町といわれるノルウェードランメンで誕生。父親ハンスエリックも元プロサッカー選手であり、ウーデゴールが生まれた頃はエリテセリアン(ノルウェー1部リーグ)のストレームスゴトセトIFMFとしてプレーしていた。は幼い頃のヒーローであり、自然サッカーにのめり込むようになっていった。

情溢れた庭で幼年期を過ごし、6歳の頃には両やその友人が地元のサッカークラブに出資し、利だったグラウンドを人工芝にり替えている。幼少期のウーデゴールはそのグラウンドで数えきれないほどの時間を過ごし、父親教育を受けながらも週20時間以上のトレーニングを欠かさなかった。努力だったウーデゴールは、父親の想像をえる努力を重ね、サッカー選手としての実力を伸ばしていた。

その後、父親が所属していた地元のクラブであるストレームスゴトセトIFの下部組織に入団。ここでも当時のコーチが想像もできないようなアイディア溢れるプレーを発揮するなど、すでに神童としての片鱗を見せていた。

14歳となった2013年にはトップチーム練習にも参加するようになる。またこの頃には短期間ながらもバイエルン・ミュンヘンマンチェスター・ユナイテッドといった名門クラブ練習にも参加していた。

ストレームスゴトセトIF

2014年1月15歳にしてトップチームへの昇格が決まると、4月13日のオーレスレ戦でついに公式戦でのデビューを飾る。15歳と4か若さでのデビューはエリテセリアン史上最年少の記録だった。ストレームスゴトセト5月5日にこの金のプロ契約を結ぶ。
5月16日サルプスボルグ08戦ではチームの4点を決め、エリテセリアン史上最年少ゴール記録。その後も非な才を遺憾なく発揮すると、8月15日のスタルト戦では3ゴール全てに絡む大活躍を見せる。ついにはフル代表にも選出され、「ノルウェーの神童」の存在は外からも注されるようになっていた。そして、名だたる強クラブが彼を活躍しようと触手を伸ばしていた。

レアル・マドリード

EU圏内の移籍が可となる16歳になると、2015年1月22日スペインラ・リーガの名門レアル・マドリードへの移籍が発表される。移籍金400万ユーロ契約期間は6年。
加入後はトップチーム練習しながらも、Bチームであるカスティージャでプレーしていた。2015年5月23日ラ・リーガ最終節ヘタフェ戦で後半13分から出場し、チーム史上最年少となる16歳157日でリーガデビューを飾る。

2015-16シーズンカスティージャが戦場となっていた。しかし、当時クリスティアーノ・ロナウドカリム・ベンゼマガレス・ベイルの「BBCトリオ」全盛だったトップチームに若いウーデゴールが付け入る隙はく、自身も文化や言語など異への適応に苦しみ、セグンダB(3部)でも実力を出し切れずにいた。結局このシーズンでは一度もトップチームでの出場機会はなく、2016-17シーズンでもトップチームに定着できない状況に変わりはなかった。

ヘーレンフェーン

2017年1月9日オランダエールディヴィジSCヘーレンフェーンへの18か間の期限付き移籍が発表される。待望のトップリーグでの出場機会を得ることはできたが、ここでもオランダサッカーへの適用に苦しむことになる。結局、リーグ戦14試合に出場したものの得点という不完全燃焼に終わる。

2017-18シーズンからは背番号10を与えられ、チームの中心としての活躍が期待される。ポジションは右ウイング戦場となり、デンゼルダンフリースと右サイドコンビを組むことに。しかし、加熱する周囲の期待に応えたとはいえず、周囲とのコミュニケーションに難があったことも災いして前年同様に実力を発揮できず。2シーズン公式戦24試合2得点庸な成績に終わり、不完全燃焼のままヘーレンフェーンでの移籍期間を終える。

フィテッセ

一旦レアル・マドリードへ復帰するが、2018年8月21日オランダエールディヴィジのフィテッセへ期限付き移籍することになり、再びオランダの地で武者修行をすることに。ヘーレンフェーンでの失意の2年間ので「熟で消えていく若手」と懐疑的なも聞かれたが、10月31日KNVBカップ2回戦では移籍後初ゴールマーク。さらに、11月10日エールディヴィジ第12節ヘラクレス戦では鮮やかなFKでのゴールを決め、公式戦2試合連続となるリーグ戦初ゴール記録。この活躍でチーム内での信頼を勝ち得ると、攻撃の中心として躍動するようになり、公式戦39試合で11得点12アシストという成績を残し、ようやくくすぶっていた賦の才を見せつけた。なお、この年のフィテッセの年間ベストゴール10のうち4つがウーデゴールのものだった。

レアル・ソシエダ

2019年7月5日、フィテッセでの活躍を受けて獲得を熱望したスペインラ・リーガレアル・ソシエダへの期限付き移籍が発表される。8月25日RCDマジョルカ戦では、ラ・リーガでの初ゴールを決め、速結果を残す。若手育成に定評のあるイマノル・アルアシ監督からは中盤のとしての役割を任されると、ボールを大切に繋ぐチームスタイルプレースタイルフィットし、スペインの地でようやく高いポテンシャルを安定して発揮。ミケル・オヤルサバルミケル・メリーノといった技巧の多いチームメイトく間にスムーズな連携も見せ、アタッキングサードで「違い」を生み出す重な存在となる。一時は暫定ながら首位に立つなど躍進を遂げたソシエダの攻撃の中心として安定した活躍を続け、リーガでは6位、コパ・デルレイではクラブにとって33年ぶりのタイトル獲得となる優勝に導く。

レアル・マドリード復帰

レアル・ソシエダとのレンタル期間はあと1年残されていたが、レアル・マドリード側の強い要望もあってレンタル期間を短縮し、2020-21シーズンは保有先のレアル・マドリードへ復帰することになった。
ラ・リーガ開幕戦こそスタメンで起用されたが、ルカ・モドリッチトニ・クロースとのポジション争いで勝てず、ジネディーヌ・ジダン監督からの信頼も得られなかったことから満足な出場機会を得られなかった。前半戦での出場がわずか7試合に終わったことで再びチームを離れることを決断する。

アーセナル

2021年1月27日イングランドプレミアリーグの名門アーセナルFCへのレンタル移籍が発表される。背番号は11。
加入からわずか3日後の1月30日にはプレミアリーグマンチェスター・ユナイテッド戦に途中出場し、プレミアリーグデビューを果たす。その後、すぐにミケル・アルテタ監督からの信頼を得ることになり、メスト・エジルに代わるに定着。3月11日UEFAヨーロッパリーグリンアコス戦では快な回転のミドルシュートを決め、移籍後初ゴール記録。3日後のプレミアリーグトッテナム・ホットスパーとのノースロンドンダービーではプレミアリーグゴールを決める。その後も不振のアーセナルにおいて、孤軍奮闘の活躍を見せる。

アーセナルでのパフォーマンスが高く評価され、アルテタ監督は正式な獲得を熱望。当初、ウーデゴールはレアル・マドリードへの復帰を希望していたが、カルロ・アンチェロッティ監督から構想外であることを伝えられたこともあり、2021年8月20日アーセナルへの全移籍を決断する。
2021-22シーズンからは背番号を8に変更。序盤は調子が上がらず、一時はアルテタ監督の解任が出るほどの絶不調に陥ったチーム戦犯として批判も受ける。徐々にチーム状態が上向くようになるが、2022年1月13日には新型コロナウィルスの陽性反応が検出されるアクシデントに見舞われる。しかし、コンディションが回復して以降は、全に中心選手としての立場を確立。攻撃を牽引する存在として、欠かせない存在へと成長していく。公式戦40試合7得点5アシストチームのEL出場権獲得に貢献する。

2022-23シーズンは23歳という異例の若さアーセナルキャプテンに任命される。名実ともにリーダーシップとしての責任を背負うと、開幕から快進撃を見せ、首位を快走するアーセナルの攻撃の中心として躍動。11月12日ウルヴァーハントン戦で2ゴール12月26日ウェストハム戦で2アシスト12月31日ブライトン戦で1ゴール1アシストプレミアリーグ3戦連続で大活躍し3試合で合計3ゴール3アシスト記録した。この活躍から11月/12月プレミアリーグ最優秀選手に選出される。得点力の大幅なアップに加え、守備面でも貢献するようになり、アタッキングサードで違いを生み、スマート且つ泥臭い守備で攻守一体アルテタスタイルピッチ上で見事に体現。2023年3月12日フラム戦では自身のキャリアにとって初となるシーズン二桁ゴールに到達。シーズン終盤戦にかけてチームは失速し、マンチェスター・シティに首位の座を奪われリーグ優勝を逃すが、最後までピッチ上できを放ったウーデゴールは公式戦15ゴール8アシストというかしい成績を残し、この年のプレミアリーグ役の一人となる。シーズン終了後、サポーター投票によるシーズンにおけるチームの年間最優秀選手に選出される。

2023-24シーズンプレミアリーグ第2節クリスタル・パレス戦でPKによりシーズンゴールを決めるが、シーズン前半戦は怪を抱えながらプレーしていたこともあって前年ほどの圧倒的なスタッツを残せずにいた。一方、レアル・マドリード時代以来の出場となったUEFAチャンピオンズリーグでは2023年9月20日グループステージ第1節PSVアイントホーフェン戦でCLゴールを決める。シーズンが進むにつれてコンディションが上がるようになり、後半戦になると前年以上のパフォーマンスを見せるようになる。2024年2月11日の第24節ウェストハム戦では2アシストの活躍を見せ、2月17日の第25節バーンリーFC戦では1ゴール1アシストでいずれも勝利に貢献。クラブと長期契約を結んだこともあって心身ともに充実しており、リーグで3位となる95回のゴールチャンスメイク数を記録。勝ち点2差で首位シティを追う最終節のエヴァートン戦では2アシスト逆転勝利を演出。惜しくもリーグ優勝はあと一歩届かなかったが、8ゴール10アシストという成績を残し、キャプテンとしてもさらに凄みを増したシーズンとなった。

2024-25シーズンアーセナルにとって欠かせない絶対的な存在として開幕を迎えるが、2024年9月の代表戦で足首の靭帯を損傷してしまい、長期離脱となる。11月10日プレミアリーグ第11節チェルシー戦で復帰すると、ガブリエウ・マルティネッリの先制ゴールアシスト11月30日、第13節ウェストハム戦では1ゴール1アシストの活躍で復活アピールカイ・ハフェルツブカヨ・サカといった攻撃に怪人が続出する中でチームトップチャンスクリエイト数を記録3月4日CLラウンド16 PSVアイントホーフェンとの1st legでは2ゴールを決める。シーズン終盤は守備のタスクが増えたことで疲労が蓄積し、パフォーマンスが低下するようになる。それでもプレミアリーグ最終節のサウサンプトン戦では試合終盤に劇的な勝ち越しゴールを決め、シーズンを終えている。

ノルウェー代表

くから神童として注されていたこともあり、14歳だった2013年にはU-15代表、U-16代表に飛び級で選出。15歳となったばかりの2014年1月にはU-17ノルウェー代表に選出されて試合にも出場している。

2014年8月にはノルウェー代表に初選出されると、8月19日UAEとの試合15歳253日というノルウェー史上最年少でのフル代表デビューを飾る。2014年9月にはU-21ノルウェー代表に招集され、UEFA U-21欧州選手権予選の最終戦フル出場をしたが、チームポルトガル代表に1-2で敗れ、予選敗退となる。

その後もフル代表とU-21代表を兼任する時期が続くが、2015年3月29日EURO2016予選のクロアチア戦では、16歳101日の若さ公式戦での初スタメンを飾る。ノルウェー代表はEURO20162018 FIFAワールドカップと立て続けに予選で敗退。以降は、代表の中心選手として定着するようになる。2019年6月8日EURO2020予選ルーマニア戦で代表初ゴール記録

EURO2020予選敗退後の2021年3月12日には22歳という若さノルウェー代表のキャプテンに任命される。2歳年下のアーリング・ハーランドと共に新ノルウェー代表の看板として大きな期待がかかるが、2022 FIFAワールドカップ欧州予選では10試合試合に出場しながらもチームオランダトルコに次ぐ3位に終わり、惜しくもワールドカップ出場を逃す。

個人成績

シーズン クラブ リーグ 試合 得点
2014 ストレームスゴトセト エリテセリエン 23 5
2014-15 レアル・マドリード ラ・リーガ 1 0
レアル・マドリードカスティージャ セグンダB 11 1
2015-16 レアル・マドリード ラ・リーガ 0 0
レアル・マドリードカスティージャ セグンダB 34 1
2016-17 レアル・マドリード ラ・リーガ 0 0
レアル・マドリードカスティージャ セグンダB 13 3
ヘーレンフェーン(loan) エールディヴィジ 14 0
2017-18 ヘーレンフェーン(loan) エールディヴィジ 24 2
2018-19 フィテッセ(loan) エールディヴィジ 31 8
2019-20 レアル・ソシエダ(loan) ラ・リーガ 31 4
2020-21 レアル・マドリード ラ・リーガ 7 0
アーセナル(loan) プレミアリーグ 14 1
2021-22 アーセナル プレミアリーグ 36 7
2022-23 アーセナル プレミアリーグ 37 15
2023-24 アーセナル プレミアリーグ 35 8
2024-25 アーセナル プレミアリーグ 30 3

個人タイトル

プレースタイル

ウイングセカンドトップでのプレーも可だが、彼のメインポジショントップ下、もしくは4-3-3のインサイドハーフ。小回りの利くドリブルで相手を翻弄しながらチャンスメイクをするのが得意で、狭いエリアでもボールを奪われない技術を持っている。そのため時間を作ることができ、攻撃の起点として機する。相手にすれば、うかつに飛び込めば、交わされますし、行かなければドリブル、パスでゴールに迫られてしまう厄介な存在である。

広い視野と正確なキックから繰り出される高精度のラストパスもを見るものがあり、走りこむ味方にピタリと合わせることができる。基本的にはライン間でのプレーを好むタイプだが、列を落ちてビルドアップにも貢献できる。キックの精度が高いので、フリーキックキッカーを任されることも多い。

また、天才肌の選手と見られがちだが、守備の貢献度の高さも特徴の一つである。プレッシングをかける際のパスコースの消し方には定評があり、労を惜しむことなく泥臭い守備もこなす。

何よりもサッカーIQが高く、相手のを逃さず、相手の出方に応じて適切なプレー選択を素く選べるプレイヤーである。若くしてアーセナルでも代表でもキャプテンを任されるなど、リーダーシップも持ち合わせている。

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