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マーヴェリック・ヴィニャーレス単語

マーヴェリックヴィニャーレス

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マーヴェリック・ヴィニャーレス(2017)

マーヴェリック・ヴィニャーレスexitとは、
スペインカタルーニャ州ジローナ県フィゲーレスexit出身のオートバイレーサーである。

1995年1月12日生まれ。

2011年よりMotoGP125ccクラスへの参戦を始め、2013年moto3クラスチャンピオン
2014年moto2クラス年間ランキング3位。
2015年2016年スズキワークスから最大排気量クラスに参戦した。
2017年2018年ヤマハワークスから最大排気量クラスに参戦した。

2019年2020年ヤマハワークスから継続参戦する。

ゼッケン、ヘルメット、ライダースーツ

ゼッケン12を使用

ゼッケン12を2018年11月のバレンシアテストから使用し始めたexit

子供の頃はモトクロス凹凸のある土の路面をジャンプして走る競技)をしていて、
そのとき付けていたゼッケンは12番か100番だった。なぜ12番かというと、誕生日1月12日なので。
子供の頃の画像はこちらexit

何らかの選手権に参加するとき、既に12番が他の選手に使われていたので25番を付けた。
モトクロス25番を付けて速く走っているライダーがいたので、敬意を表して25番を使うことにした。
その「25番を付けていたモトクロスの速いライダー」は、イヴァン・セルヴァンテスexit
マーヴィン・マスキンexitじゃないか、と本人がここexitっている。


2009年2010年スペイン選手権(CEV)125ccクラスに参戦したが、このとき25番を付けている。

2011年MotoGP125ccクラスに移ったが、このときもゼッケン12番は他の選手に使われていた。
しょうがないので25番を継続して使うことにした。

そんな調子でずっと25番を使い続けてきたが、2018年シーズン途中に「心機一転しよう」と思い立ち
2018年11月バレンシアテストからゼッケン12番に戻した。

「12番を付けていた頃のはすごく小さかったんです。Conti cupexitスペイン子供向け選手権)
に出てたんですけど、その頃のライバルをなぎ倒して勝ちまくってたんです。
そのことを思い出すためにも12番を選んだんです」ともっている。

「それに・・・12番を付けてマルク・マルケスに勝ったこともあるんですよね。それも理由の1つです」
ともっていて、それを聞いたマルク・マルケスが「そんな昔のこと憶えてないよ」と言っている。

※この項の情報こちらexitこちらexitこちらexit

赤文字のゼッケン

ゼッケン文字を好んでいる。それが確定したのは2013年である。

2009年exit2010年exit文字2011年exit2012年exit黒文字2013年exit文字チャンピオン獲得。
2014年exitスポンサーLos40スペインラジオ局)の要望通り色の40番。
2015年exit2016年exit2017年exit2018年exitと最大排気量クラスでは全て文字にしている。

その他

ゼッケンexitヘルメットexitに小さながある。
このは、映画トップガン」の影である。トップガンのタイトルにも星があるexit


ヘルメットAraiヘルメット契約している。

ライダースーツ2011年から現在までアルパインスターズexit契約している。


アルパインスターズ1963年アルプス山脈の麓で創業した。そこにはエーデルワイスが生えていた。
エーデルワイスは星のような花exitで、イタリア語stelle alpine(アルプスの)と言う。
それを英語にしたのがAlpine starsで、これが会社名になった。
このため、アルパインスターズのロゴに星が入っているexit

が入っているメーカーだからアルパインスターズ契約した・・・のだろうか。
かマーヴェリックに質問してみてほしい。

マーヴェリックという名前の由来

父親アンヘル・ヴィニャーレス映画トップガン」の主人公マーヴェリックをみて格好いいと思い、
息子にその名前を付けた。


ここで余談ながらマーヴェリック(Maverick)という言葉について述べておきたい。

スペイン語圏の人や日本人には格好いいきに聞こえる。
しかし英語圏、とりわけ米国の人たちにはかなり格好悪く感じるのである。

19世紀のアメリカ・テキサス州にサミュエル・マーヴェリックという人がやってきて、
優れた働きで政治家として成功、資産も増えて、牧場を手に入れた。
あるとき彼に借を返しに来た人がいて、は払えないがなら出せる、と400頭を差し出した。
サミュエルを受け取ったが、そのときは牧場経営に興味く、をほったらかしていた。
400頭だったは繁殖して数が増え、近くの牧場に入りこむようになったが、
サミュエルであることがすぐ分かった。
他の牧場は必ずに焼き印を押していたが、サミュエルに焼き印を押さなかったのである。

サミュエルに焼き印を押すことを奨められたが「みんなが焼き印を押しているなかで自分だけ
焼き印を押さないんだから、それでいいじゃないか」と面倒くさそうに拒否してしまう。

焼き印のないが牧場に入りこんでウロチョロしているのを見ると
「ああ、あの面倒くさがりのマーヴェリックさんとこのか」で通じるようになり、
次第に焼き印がなくフラフラ彷徨っているをマーヴェリックと呼ぶようになった。

もちろん、「マーヴェリックさんはをしっかり管理しない、しょうがねえ人だ」
という雰囲気があったのである。
「面倒くさがりの親父に放置されている可哀想な」を哀れんでマーヴェリックと呼ぶのである。

こうして、マーヴェリック(Maverick)という言葉が一般的な英単になっていった。

マーヴェリックという言葉を「一匹」と勇ましい言葉に訳すこともあるが、これはあまり正確ではない。
原義から考えれば「所有者に放置されている可哀想な」となり「捨て子」「孤児」「みなしご」
「実者の父親に振り向いてもらえない見捨てられた子ども」という意味になる。
非常にイメージが悪い言葉なのである。

実際に、映画トップガン」で主人公が「マーヴェリックです」と自己紹介すると、
「ひどい名前だねえ・・・」「親に嫌われてるの?」と呆れられる、そういうシーンがある。

こういうイメージ最悪の名前を名乗っているのがあの美形俳優トム・クルーズだから、たまらない。

爽やかイケメン美形俳優トム・クルーズ戦闘機パイロットというエリートの役を演じるときに、
自信満々のドヤ顔で、「マーヴェリック(親に見捨てられた捨て子)です」というのである。

だから映画トップガン」はアメリカ人にとってはコミカルで笑える感じの映画になっているのである。

ちなみに主人公マーヴェリック相棒を生やした長身の格好いい人なのだが、
この人の名前がグースGoose)である。 Gooseというのも「馬鹿、マヌケ」という酷い意味がある。

「マーヴェリックグース、(艦長室に)入りなさい!」と艦長に呼ばれるシーンがあるが、米国人には
「捨て子とマヌケ、(艦長室に)入りなさい!」と聞こえる。
聞くだけでずっこけてしまう感じのシーンなのだ。

ライディングスタイル

転倒が少ない

とても転倒が少なく、堅実に走りきる事で有名である。

こちらのページexitで、2015年から2018年までの年間転倒数を確認できる。
最大排気量クラスルーキーイヤーでさえ僅か8回で、これはとても少ない。

ホルヘ・ロレンソほどの技巧派ではない

2017年ヤマハワークス入りしてからチーフメカラモン・フォルカダexitに言われ続けてきたのは
ヤマハマシンホルヘ・ロレンソの乗り方が一番合う。だからロレンソの走りを真似ろ」だった。
こちらの記事exitでもそう言われている。

MotoGPの中で最も技巧ライダーというと、ヤマハ時代のホルヘ・ロレンソとなるだろう。
強すぎないブレーキング、タイヤを酷使しない、マシンを動かさない、走行ラインが毎周全く同じ・・・
こういった諸特徴のあるロレンソは、まさしく技巧の筆頭格なのである。

ところが、マーヴェリックにはロレンソの走りを真似するのが理だった。
こちらの記事exitでもこんなっている。
2017年にライディンスタイルを変えようとしたが、それで調子が悪くなった。
もう自分のライディンスタイルを変えたくない。そうすると、自分の髄を失ってしまう。
はこのライディンスタイルでここまでステップアップしてきたんだ」

マーヴェリックホルヘ・ロレンソほどの技巧ではない、とみていいだろう。

マーヴェリックは「ブレーキングを遅いタイミングで強くかけるのがの強みだ」とここexitっていて、
ブレーキングが弱めだったヤマハ時代のホルヘ・ロレンソとはちょっと違う。

パッシングが上手で、クリーン

「他ライダー理矢理押しのけて強引にパッシング」というシーンがほとんど見られず、
綺麗に上手にクリーンに抜いていく。

2011年125ccクラス時代から、彼がパッシングで他ライダーに甚大な迷惑をかけたシーン
ちょっと思い出せない。

マルク・マルケス2015年マレーシアGPまでは強引なパッシングがわりと立つライダーだったが、
マーヴェリック・ヴィニャーレスはかなり若い頃から強引なパッシングとはほぼ縁のライダーである。

マシンを起こすのが素早い

MotoGP有識者が口をえて摘するのは「マーヴェリックマシンを起こすのが素い」である。

コーナー出口マシンを起こす作業が素く、MotoGP最大排気量クラスでもトップクラスとされる。

コーナーをクルッと回ってから、コーナー出口アクセルを開けて加速していくのだが、
そのときマシンが垂直であればより効果的に加速できる。

フィジカルモンスター

体をストイックに鍛え上げる「フィジカルお化け」「フィジカルモンスター」である。

彼のSNSを見てみると、腹筋ポコポコの見事な体が観察できる。
画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit画像5exit画像6exit画像7exit画像8exit

壁を駆け上がる動画exitがある。まさしくフィジカルお化け

こうした体の強さが、先述のようなマシンを起こす速さにつながっているのであろう。

コーナーリング最中に、外側の足を外す

コーナーリングをしている最中に、外側の足をステップバーから外すことがある。

こちらの動画exitをみるとよく分かる。
先行するアレイシ・エスパルガロが左足でグッとステップバーを踏んでいるが、
マーヴェリックは左足をステップバーから外している。

これはリアタイヤを滑らせてマシンの向きを変えるためにやっているらしい。
青木宣篤さんも「本当に信じられない」ととここexitここexitで驚嘆しつつコメントしている。

足がぴょこんと飛びだしているようで、見ていて面い。動画1exit動画2exit


2014年moto2クラスで、チャンピオンを獲得したティト・ラバトが、しばしばコーナーリング中に
外側の足をステップから外していた。それを見てマーヴェリック真似したようである。

フロントタイヤの温存が上手い

ヴァレンティーノ・ロッシマシンを倒しこみながらブレーキングして、
コーナーの進入でスルスルッとインに入ってパッシングするのが得意中の得意である。
セパン・インターナショナルサーキットの9コーナーで、そういうシーンが多く見られるexit

こういう、マシンを傾けてブレーキングする行為はフロントタイヤを酷使する傾向があり、
フロントタイヤにちょっと厳しい乗り方である。しかしパッシングのためには極めて有効なので、
ヴァレンティーノが最大の武器にしている。

一方でマーヴェリックは、マシンを倒しこみながらブレーキングするのをあまり好まない。
マシンを倒す前に、マシンが垂直になっている状態のときに、ブレーキングをしてしまう。

こういう乗り方はフロントタイヤを酷使しないのでフロントタイヤが長持ちしやすい。
レース後半になって強い走りができるというわけである。

こちらの記事exitでも「タイヤを温存するのが得意です」とっている。

セッティング能力は今ひとつ

セッティングは今ひとつのようであり、チームメイトセッティングを丸パクリしているとか、
チーフメカに頼り切りであるとか、そういう噂が根強い。

かつてマルコシモンチェリが「最大排気量クラスでは電話帳みたいな取扱説明書を渡されて大変だ」
と言っていて、 セッティングを高めるのは難しいのだが、頑ってほしい。

得意なサーキット、不得意なサーキット

ル・マンブガッティサーキットでの成績が良い。

2011年デビュー4戦にして初表台・初優勝をかっさらっていったのもここだった。
このときは「最終ラップで狭っ苦しい最終コーナーで鮮やかに抜いてゴール」という離れ技を決めたexit
抜いた相手はこの年にチャンピオンになったニコラス・テロルで、簡単に抜ける相手ではない。

2016年には最大排気量クラスでの初表台を手に入れている。

2017年はヴァレンティーノ・ロッシとの最終ラップバトルを制し、勝利exit

ロッシとの最終ラップバトルを制して優勝した人は世界中見渡してもわずかしかいない。
マーヴェリック・ヴィニャーレスはその中に列する栄誉に浴することになった。


ブルノサーキットが苦手な様子である。2017年にやっと初めて表台に上った。
ブルノサーキットはしっかりセッティングを出せないと苦しいサーキットであり、
セッティングが飛び抜けて高いわけではない彼にとっては門なのである。

また、本人はヘレスサーキットが苦手だとここexitっている。

戦歴

2011年 衝撃のデビュー。きれいなお姉さんと田舎少年

2011年16歳125ccクラスに参戦開始。
Avintia Racingに所属してアプリリア2スト125ccマシンを駆り、デビュー4戦で初勝利
デビューイヤーでシーズン4勝という衝撃的な成績を収めた。

この年のチームオーナーは、なんとあのパリス・ヒルトンexitで、度々サーキットを訪れていた。

綺麗で華やかで超金持ちでマスコミに追い回される大スターであるパリス・ヒルトンexitと、
16歳高校球児みたいな臭いマーヴェリックとの対が非常に面かった。

こちらの動画exitでは、サーキットを訪問したパリス・ヒルトンがマーヴェリックをかけている。

パリス・ヒルトン2011年シーズン限りでこのチームから撤退したが、
マーヴェリックは同じチームに留まった。

2012年 走らないマシンで奮闘する。マシンキック事件、チーム離脱事件

2012年moto3初年度で、Avintia RacingはFTRのシャーシとホンダエンジンを選択した。
ところがこのホンダエンジンがあまり強くなく、ライバルチームKTMマシンに後れを取ってしまう。

レプソルホンダの「中本修平(元HRC社長)」の欄で記述したように、ホンダドルナの意向をんで
安価エンジンを作ったが、KTMは「高くても速いマシン」を勝手に作っていた。
moto3初年度はホンダKTMマシンに格差があった。

マーヴェリックは奮闘し、サマーブレイク前の第9戦まで5勝を挙げ、9ポイント差のランク2位につける。

しかしサマーブレイクけてからは勝てなくなる。
インディアナポリスでは2位走行中の最終ラップ15コーナーで痛恨の転倒、ノーポイント
ブルノサーキットでは4位。ミサノサーキットでは5位。
ランキング1位コルテセとは46ポイント差が付いてしまう。
特にミサノサーキットでは10コーナー立ち上がってからの区間でどうにもマシンが伸びなかった。

そして迎えたモーターランド・アラゴンのアラゴンGP。

決勝レース直前のサイティングラップなんとホンダのエンジンが故障してしまうexit

結局レースをあきらめ、マシンを支えずに立ち去る。立ち去るときに後ろ足でマシンに蹴りを入れたexit

このマシンにはレプソル(Repsol)exitロゴがしっかり入っていた。
案の定、翌年からマーヴェリックレプソル支援を受けられなくなった。


日本GPでは2位に入るものの、その次のマレーシアGPで突如「チームとの契約を破棄する!」と言い、
父親アンヘル・ヴィニャーレスと共に飛行機に飛び乗ってスペインに帰してしまった。

このときのマーヴェリックの表向きの明は「チーム仕事が悪すぎる。他のホンダマシンよりも遅い。
こんなチームとは一緒に仕事できない」というものだった。

しかし実際は、Avintia Racing監督とマーヴェリックの個人マネージャーを兼務している
リカルド・ホヴェが、速いKTMマシンを走らせている他のチームからのオファーを
握りつぶしていたことに不信感を抱いていたのだ。

このときはリカルド・ホヴェを擁護するも多く、個人マネージャーであるがやはりチーム監督なので、
他所のチームからの良いオファーを握りつぶしたくもなるだろう・・・というものだった。

マーヴェリックに同情するも多く、「遅いホンダであと2年走るなんて、可哀想だ」というものだった。
マーヴェリックリカルド・ホヴェは1ヶ前に2013年2014年シーズン契約を結んでいたのである。


その後どうなったかというと、マーヴェリックが雇った弁護士パコ・サンチェスがマーヴェリック
とりあえずチームに謝罪して残りの2戦を出走しなさい。それをしないと契約違反で面倒なことになる。
2013年2014年契約を取り消すのはなんとかなる」と言い渡し、マーヴェリックも従った。

パコ・サンチェスMotoGPでのゴタゴタを解決する経験が豊富な弁護士で、今回も仲介に入って
うまーく調整し、マーヴェリック2013年2014年契約を取り消すことに成功した。

2013年 他に比べて遅いマシンで奮戦、わずか3勝で年間チャンピオンに輝く

マーヴェリックほどの才がかからないはずがなく、KTMマシンを擁するTeam Calvoと契約できた。
ただこのチームは資がメチャクチャ高いというわけでもない均的なプライベートチームだった。
ルイス・サロムKTMワークスや、アレックス・リンスTeam Monlau(資が高いことで有名。
ワークスチーム並みに高額な部品を買い込む。KTM使用)にべるとマシン完成度が少し低く、
直線で後れを取ることが多かった。

ちなみにCalvoはスペインの水産加工品の食品企業であるexit

マーヴェリックは直線で遅いマシンで懸命に食い下がり、毎レースで表台圏内を確保する。
しかしながらルイス・サロムアレックス・リンスが速く、じりじりとポイント差が離れていった。

第15戦終了時点でのランキングはこの通り。

ランキング1位 ルイス・サロムexit 7勝 ポイント300
ランキング2位 アレックス・リンス 6勝 ポイント295 首位とは5ポイント
ランキング3位 マーヴェリック 2勝 ポイント278 首位とは22ポイント

    

この時点で残り2戦、マーヴェリック絶体絶命の窮地に立たされた。


迎えた第16戦、ツインリンクもてぎで行われた日本GP。
気は快晴で、路面温度27度とまずまず高く、も全く吹いていない。波乱なく終わりそうである。

ところがなんと1周V字でルイス・サロムにイサック・ヴィニャーレスが突っ込んでしまうexit
ルイス・サロムは転倒し、最後尾30位まで順位を落とした。
ちなみにイサック・ヴィニャーレスはマーヴェリック従兄弟であり、一
「マーヴェリックのためにわざと・・・」ともが考えただろうが、
イサックの転びっぷりが凄まじいのでもそう言わなくなった。

ファテストラップを連発し懸命に追い上げたルイス・サロムは4コーナーで再び転倒、すべてが終わる。

レースはマーヴェリックアレックス・リンス、そしてアレックス・マルケスの3人が争う形になった。
アレックス・マルケスはこの時点でキャリア勝利であり、奮気味に攻めまくってくる。
それに苛ついたアレックス・リンス90コーナーを過ぎた後に振り返って
「何してくるんだ!」とハンドジェスチャーを送る。

そしてなんと、残り5周の16周目、最終コーナーでアレックス・リンスがハイサイド転倒してしまうexit

ランキング1位2位ライダーって転倒する大波乱のレースとなった。

最終ラップでマーヴェリックミスし、アレックス・マルケスが先頭に立ち、そのまま押し切って優勝。

これでランキングはこのようになった。

ランキング1位 ルイス・サロムexit ポイント300
ランキング2位 マーヴェリック ポイント298 首位とは2ポイント
ランキング3位 アレックス・リンス ポイント295 首位とは5ポイント

 

終戦バレンシアGPは歴史的な1戦となり、最終周の最終コーナーで勝負を決めたマーヴェリック
見事チャンピオンいた。

そのときのドキュメント動画こちらexit。緊迫の最終戦となっている。

2014年 moto2で4勝。シト・ポンスに絶賛される

2014年チャンピオンチームPons Racingexitに誘われ、ルーキーイヤーにして4勝を挙げた。

このときの様子を、チームオーナーシト・ポンスexit19881989年250ccクラスチャンピオン)は
このようにっている。

「マーヴェリックは集中が高く、自分がなんのためにサーキットへ来ているかを良く理解していた」
「マーヴェリックは自分の仕事をやり遂げることしか考えていなかった」

このあと、「それに引き換えアレックス・リンスときたら・・・」と続くのだが、これはまあ省略しよう。

2015年~2016年 スズキで1勝。チャンピオンチームヤマハに引き抜かれる

弱冠20歳で最大排気量クラスに移ったマーヴェリックは、初戦から第10戦までポイントを獲得し続けた。
これも最大排気量クラスルーキーとしては異例のことであった。
ヴァレンティーノ・ロッシ加藤大治郎、ケーシー・ストーナーホルヘ・ロレンソマルク・マルケス
など、最大排気量クラスルーキーは転倒しまくるものだが、マーヴェリックはほとんど転ばない。

2016年シーズン始めにはヤマハからがかかり、スズキも懸命に引き止めようとしたが、
ヤマハ移籍を決める。

イギリスGPでは低い路面温度に他ライダーが苦しむなかレース序盤からかっ飛ばし、ぶっちぎって優勝。
スズキドライレースで優勝したのは16年ぶりのことだった。


ちなみに、スズキにはマシンを蹴るライダーがかつて2人在籍していた。

1993年TTサーキット・アッセンジョン・コシンスキーマシンキック解雇された。

2006年ロサイル・インターナショナルサーキットジョン・ホプキンスがマシンをキックexit

マーヴェリックマシンを蹴った前科があるので関係者が心配したが、事に2シーズンを終えた。

2017年~2018年 ヤマハでマシン開発の迷走に苦しむ

2017年シーズン序盤で3勝を上げるが、しだいにマシン開発が迷走し、徐々に成績を落とした。

2018年も引き続きマシンの開発が上手く進まなかった。

2017年ドイツGPから2018年日本GPまで、ヤマハワークス25連敗を喫した。
これはヤマハMotoGPに参戦した歴史の中で最長の記録である。
それまでの記録は19971998年22連敗だった。

このときよく聞かれたのが「加速するときにリアタイヤグリップせず、スピンする」というものだった。
これの原因がさっぱり分からず、エンジンなのか体なのか電子制御なのか、色々言われていた。

ところが2018年タイGPのあたりからヤマハワークスの2台が好調を取り戻し始め、
2018年オーストラリアGPでとうとうマーヴェリックが優勝し連敗に終止符を打った。

ただ、25連敗もしたわりにはロッシもマーヴェリックポイントをしっかり獲得しており、
2018年ランキングはロッシ3位、マーヴェリック4位である。
ヤマハは弱いのか強いのか、関係者一同が首をかしげることになった。

性格

マーヴェリックは一言で言ってしまえば直情的な性格である。彼のエピソードを紹介していこう。

調子の良し悪しが顔に出る

まずっ先に挙げなければならない特徴がこちら。

調子が良いときのマーヴェリックはパァッと明るい表情になり、自信満々、眼差しも強気、血色良く、
口元には余裕の笑みがこぼれ、がどう見ても「ああ、調子が良いんだなぁ・・・」と分かる。

画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit  こういう、「調子の良いときのマーヴェリック画像集」は
簡単に作ることができる。


調子が悪くなると欲求不満がモロに顔に出て、ふてくされたような表情になる。カメラを向けられても
一切反応しなくなり、がどう見ても「ああ、調子が悪いんだなぁ・・・」と分かる。

表情をちょっと見るだけで調子の良し悪しが分かるので、とても分かりやすい。

マシンパンチ

たまにマシンパンチを浴びせることがある。

こちらの動画exitでは、手にバイクをばちこーんいている
この2017年バレンシアGPは、予選13位決勝12位で、どちらもシーズン最悪だった。
あまりの調子の悪さに、怒りがマシンに向かったのだ。

こちらの動画exitでも、バイクパンチを2連打している。(何か嫌なことがあったのだろう)

こちらの動画exitでも、軽くであるがマシンパンチ

こちらの動画exitは、2012年オランダGP(moto3クラス)の最終ラップの最終シケインでパッシングし、
見事な勝利を収めた直後に、喜びのあまりマシンパンチを浴びせている様子が映っている。


勝とうが負けようが、マーヴェリックマシンパンチを浴びる運命にあるのであった。

チーム批判をする

調子が悪くなるとチーム批判を始めるのがマーヴェリックの特徴である。

現在所属しているのがヤマハワークスで、この会社は優しいのか甘いのか寛容なのかがあるのか、
ライダーチーム批判してもあまり止めようとしない。
マーヴェリックの口からチーム批判の言葉が出るのが近年のMotoGP風物詩である。

そうしたマーヴェリックの言葉をMotorsport.comというニュースサイトがせっせと記事をするのを
見た人は多いだろう。(あのニュースサイトは舌戦や舌禍を取り上げるのが得意なのである)


失望した。目標を見失ったし、マシンの感触は極めて悪い。アジア遠征シリーズなんてさっさと終わってほしい。モチベーションもゼロだし、期待もゼロだexit
スズキワークスにいたときの方がチームとコミュニケーションが取れたexit
2018年は『ホンダやドゥカティに乗っていたらどうだったか』との思いが頭の中を駆け巡っていたexit
うちのチームは雨のバイクを作り上げることができていないexit
上手く走れない理由はヤマハに聞いてくださいよexit


マーヴェリックくん!まあまあちょっと落ち着いて、と言ってあげなければならない。

ちなみに、アジアラウンドなんてさっさと終われ発言をしたのが2018年9月なのだが、
そのわりにはアジアラウンドの4戦を必死に走り、好結果を残していた。
タイGPで6戦ぶりに表台獲得、オーストラリアGPで1年5ヶ月ぶりに優勝して感涙exit
マレーシアGPも4位獲得。

マーヴェリックの言葉は話半分に聞かねばならない。

レースでは一転して忍耐力を発揮し、理性と自制心の塊となる

マシンパンチを浴びせる、チーム批判をやらかす、でマーヴェリックのことを過な男だと
思う方は多いだろう。

そんな過ライダーなら、レースでも過に振る舞うのかというと、これが全く正反対である。

レースにおけるマーヴェリックはとにかく堅実に振る舞い、自分の限界をきっちり理性的に見極め、
攻めすぎず、しっかり自制し、常に冷静に判断し、転倒が少ない。

これがあのチーム批判ばかりの舌禍男か、と思えるほどにしっかりしていて、まことに落ち着いている。


レースでしっかり自制心を働かせるので、その反動が出て、レースの外で舌禍を巻き起こす・・・
そのように見て良いのではないだろうか。

2位や3位でも満足する

マーヴェリックは最大排気量クラスチャンピオンライダーにしてはしく、2位や3位でも
満足して笑みを浮かべるタイプ人間である。

マルク・マルケス2009年以前のホルヘ・ロレンソは典的な「1位じゃないとダメ。2位は負け」の
タイプで、2位になると半端じゃないほど悔しがる。

ホルヘ・ロレンソに対してはウィルコ・ズィーレンベルグexitというコーチ2010年頃に何度も
1位じゃなくても良いんだ。2位を集めればチャンピオンになれる」と言い聞かせ、
やっと性格が矯正され、1位を狙って突進していく癖が直った。

マルクやホルヘはそういうタイプで、闘争心の塊といった感じなのだが、マーヴェリックはちょっと違う。

マーヴェリック2位や3位になってもわりとしっかり満足するタイプであり、パルクフェルメで
悔しそうな表情をしない。moto3時代はルイス・サロムアレックス・リンス速さで敵わず
3位に甘んじるケースが多かったが、そういうときでもパルクフェルメでニコニコ笑って満足していた。


2015年インタビューで、自分の欠点は何か、と問われたマーヴェリックは「闘争心がないところ」
と答えていた。これは、2位や3位でも満足することを示している。

もちろん、2位や3位を積み重ねれば巨大なポイントになり十分にチャンピオンを狙える。
ゆえに、マーヴェリック2位3位で満足することは、決して非難されることでもない。
そういう気の持ち方もありうると言えよう。

最近でも、2018年バレンシアGPで予選最速のポールポジションを獲得したのに、
「決勝ではトップ7に入ればいい」というコメントを残していたexit

もっと強気になって優勝を狙っていかんかい、と言いたくなる人も多いだろうが、
こういう標設定をするのがマーヴェリック流なのである。

永遠のライバル マルク・マルケス

マーヴェリックが穏便でない感情をむき出しにしてライバル視しているのは、マルク・マルケスである。
1歳11ヶ年上のマルクに対し、マーヴェリック一方的に敵対心を露わにしている。

2人は子供の頃から同じレースをしていて、勝つのはだいたいマルクで、マーヴェリックはそのたびに
号泣していたという。その頃の恨み辛みが今もマーヴェリックの心に残っている。

2015年日本GPの時のインタビューでは
「やっとマルク・マルケスと同じ土俵に立てた。ここまで長かったよ」とコメント


2017年ドイツGPの予選中、2コーナーをマーヴェリックが走っている最中に、マルクにぶつけられたexit
そのあとコース上でマーヴェリックがマルクにかけよって抗議したのでexit、関係者一同に戦慄が走った。

直後のインタビューでもマーヴェリックは怒りが収まらないexit
「あれは、わざとやってないとは考えられない。絶対にわざとだ」
「マルケスはコーナーを曲がろうとせず、バイクを止めようとしてきた」とまくし立てた後、
限界点がどこにあるのか、今や明らかになった」
「予選が行われる状況の中で、がやらなきゃならないときには、やってやる」
「マルケスはのことを探すだろうが、を見つけられないだろうね」と何とも不穏なことを言う。

遠回しに婉曲に表現しているが、要するに、場合によってはマルケスに仕返しをする、
ルケスを転倒あるいはコースオフさせてやる、という意味に取れるだろう。何とも過な発言である。

これに対してマルク・マルケス平謝りしているexit



2018年アメリカズGPの予選中、14コーナー付近でマルク・マルケススロー走行し、
マーヴェリックの邪魔をした。何度も振り返って手を挙げて怒りを表現するマーヴェリックexit

パルクフェルメで謝りするマルクに対し怒りが収まらないマーヴェリックexit
途中で灰色のセーターを着たドルナスタッフが「これは止めないとマズい」と感じたのか、
手のをマーヴェリックに向けつつ2人の間に割って入っている。

いつもこんな調子なので、表台でシャンパンファイトの時間になっても2人は一切触れ合わない。

こちらの画像exitん中に女性がいるので緊緩和している。

トレーニング

マーヴェリックSNSにはトレーニングに励む姿がたびたび上がっている。

モトクロス

モトクロス凹凸のある土の路面をジャンプしながら走る競技)が好き。

見事な跳躍を披露する動画が多い。動画1exit動画2exit動画3exit動画4exit動画5exit動画6exit

スキー・スノーボード

マーヴェリックの地元はジローナ県フィゲーレスexit現在の住所はアンドラ公国exit
どちらもピレネー山脈の近くにあり、になるとがしっかり積もる。

このためスキーが得意である。画像1exit画像2exit

スノーボードも大好き。画像1exit画像2exit

自転車

自転車も好んでいる。彼のがあるアンドラ公国は山岳地帯なので自転車トレーニングにぴったり。
画像1exit画像2exit画像3exit

自転車で走っていたら羊の集団に出くわしたらしいexit

ジム

ジムトレーニングを積むことが多い。

ベンチプレスなどのような筋トレは好まず、いろんな動作をすることを好む。
鉄棒exit吊り輪exitトランポリンexitロープexit、といろんなことをする。

また、バランスボールに乗って体幹を鍛えることも熱心である。画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit

音楽を流して色んなことをして、飽きないように工夫している。画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit

個人スポンサー

スペインのエナジードリンクexit2011年から2013年までのスポンサー
トライアスロンの大会のメインスポンサーをしていたこともあるexit

オーストリアエナジーリンク2014年から2016年まで。

アメリカエナジーリンクヤマハワークスモンスターエナジー支援を受けているため、
2017年ヤマハワークス移籍と同時に個人スポンサーも切り替わった。

こちらの画像exitでは、現在スポンサーに気遣って、レッドブルを消している。

アメリカサングラスメーカーこちらはCMの動画exit。やっぱりジムトレーニングしている。

アメリカハンバーガーチェーン店。

マーヴェリック・ヴィニャーレスの称は、Maverickを略したMack(マック)である。

マクドナルドは「マック・デリバリー」と称して配達サービスを行っていたので、
こういうCMが作られることになったexit。こんな配達員がいたら面すぎる。

バルセロナにもこんな看板があるexit

個人マネージャー

1999年から2002年まで井陽一がデルビから参戦していたが、そのときのチーム監督だった。

2008年から2012年までマーヴェリックマネージャーを務めていた。
より良いチームからのオファーを握りつぶしていたとマーヴェリック側に不審に思われ、解任された。

オファーを握りつぶしてライダー側に教えない癖があったようで、アレイシ・エスパルガロ
僕もリカルド・ホヴェに同じことされたことがあるんだよexit」とTwitterで喋っている。

公式Twitterアカウントがあるexit現在スペインテレビ解説をしているexit

名門プライベートチームアジョ・モータースポーツを率いる。
2014年からマーヴェリックマネージャーを務めるようになった。2人の2ショット写真は多いexit

実直な人物として有名で、ライダーシーズン途中に解雇することをしない。

ジャック・ミラーアキアジョを個人マネージャーとしていた。この縁でジャックとマーヴェリック
仲良くなった。2014年から2015年程度まで、同じモーターホームサーキットへ通っていた。
こちらexitが、そのモーターホームの画像である。

アキアジョはフィンランドがあり、は凍り付いたバイクで走るアイスレースをする。
マーヴェリックアイスレースに誘われている。画像1exit画像2exit画像3exit

こちらexitでは、アキアジョの息子ニクラス・アジョexitトレーニングしている。

2016年4月ヤマハワークスとの移籍交渉をしている最中にマーヴェリックによって解任された。

2016年4月から現在に至るまで、マーヴェリックマネージャーを務めている。

2012年シーズン終盤にチームと諍いを起こしたとき、マーヴェリックチームの仲介をした弁護士

弁護士というと、スーツをビシッと着こなして颯爽としているexit、というイメージがある。
ところがパコ・サンチェスはいつもラフな装で、とても弁護士に見えない。

マスコミに向かってベラベラ喋ることでも有名で、移籍シーズンになると彼へのインタビューが増える。
マーヴェリックマスコミに向かってベラベラ喋ることが大好きなので、似たもの同士惹かれたのだろう。

最大排気量クラスレース中はいつもマーヴェリックピットにおり、立って観戦しているexit
マーヴェリックが表台に上ると、パルクフェルメに駆け寄っているexit

2019年シーズンからはジョアン・ミルが最大排気量クラスに参戦する。
ジョアン・ミルも、パコ・サンチェスが手にかけて育てたライダーである。
パコ・サンチェスはどっちのピットに行くのだろうか・・・

家族・親戚

マーヴェリック父親マーヴェリック8歳の時のこの動画exitで出てくる。

2012年シーズン終盤に、マーヴェリックが「こんなチームで走れるか!チームを離脱する!」と
息巻いたとき、アンヘルは「そうだ!そうだ!」と同調していた。

マーヴェリックが直情的な人間に育ったのはアンヘルの影があるだろう。

マーヴェリック従兄弟。マーヴェリックから見て1年2ヶ年上。

マーヴェリック父親の姓はViñales、母親の姓はRuiz。
イサック父親の姓はViñales、母親の姓はMares
ゆえに両者は、父親兄弟であるタイプ従兄弟である。

こちらの記事exitによると、イサックとマーヴェリックは幼少時からいつもバイクで競争していたという。
イサックの存在こそがマーヴェリックバイクにはまったきっかけだったようである。

2人がってmoto3に参戦するときには、マーヴェリックの方が速く走れるようになっていた。
そこで、しばしばマーヴェリックがイサックに親切にしていた。
予選においてマーヴェリックがイサックの前に出て、イサックに走り方を教えてあげていた。

英語版Wikipediaありexitmoto3時代はしばしば表台に上がる強ライダーだった。

両者の2ショット写真がいくつかある。画像1exit画像2exit画像3exit

マーヴェリックであり、と戯れる画像が多い。

シベリアンハスキー

2015年から2016年までのマーヴェリックSNSには、シベリアンハスキーがたびたび映っていた。
その名前はIceという。

真っ白な小さい子犬の頃から飼っていた。画像1exit画像2exit

巨大化していくIce。体毛も灰色が増える。画像1exit画像2exit画像3exit

の中、それもベッドの中にまで連れ込んで溺愛していた。画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit

自分の顔との比較画像を作られexit、「似てるね!」と御満悦なコメントをするマーヴェリック



ところが、2017年になった途端、マーヴェリックSNSからIceの姿が消えた。
もしかしてIceに召されたのかな・・・」「なんと気の毒なことに・・・」とファンたちはざわめいた。

実はIceは、キアラ・フォンタネージexitイタリアモトクロス女性選手。2012年から2018年まで
モトクロス女子世界選手権を7連覇している。イタリア語Wikipediaありexit)の飼い犬であり、
キアラの実家で飼われていた。
キアラの実家イタリアパルマ近郊にあり、マーヴェリックはそこにしばしば行って同棲していた。
2017年1月に2人が別れたので、マーヴェリックSNSに出てこなくなったというわけである。

キアラのSNSにはIceがしばしば映っている。画像1exit画像2exit画像3exit
Ice専用のInstagramアカウントもあるexit

キアラに未練はないがIceには未練があるマーヴェリックは、裁判を起こしてIceを奪還しようと
考えたらしいが、いまだ裁判には至っていない模様。

マーヴェリックキアラが付き合い始めたのが2015年で、その頃に記念としてIceを飼い始めた。
飼い始めたときのIce真っ白子犬で、マーヴェリックIceの成長とともに時を過ごした。
このためIceのことが忘れられなくなってしまった。

同棲カップルペットを飼う」というのをしてしまうと、別れるときに耐えがたき苦しみを味わう。
そのことはGoogle検索しても出てくるのだがexit、マーヴェリックは実体験してしまったのだった。

ラブラドール・レトリーバー

2017年1月に飼い始めたのが、色のラブラドール・レトリバーである。
こちらの名前はMinnieミニー)という。

散歩へ連れて行ったりの中で飼ったりと寵愛している。 画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit

Minnieヘルメットを作ってもらい喜ぶマーヴェリック 画像1exit画像2exit

Minnieが大好きなのか、雪が降ると興奮するexit
そのためしばしばスキー場へMinnieを連れていっている。画像1exit画像2exit

その他の雑記

2015年ラゴンGPの前のイベントで、戦闘機に乗せてもらったことがある。 画像1exit画像2exit画像3exit
名前の元ネタ戦闘機パイロットで、さらにその元ネタなので、牛のワッペンを付けたexit
乗ったのはFA-18戦闘機で、最初はちょっと嘔吐気味になったという。
この場所exitにあるサラゴサ軍基地から、この場所exitにあるサーキットまで、95kmを10分で飛行した。

イノシシが好みのデザインexit
2013年moto3クラス終戦でもヘルメット後頭部にイノシシが描かれているexit
2017年ラゴンGPではイノシシヘルメットを被った。画像1exit画像2exit


秋葉原に出没してお茶写真を撮ることがある。
2013年がこれexit2015年がこれexitこれはいつなのか分からないが秋葉原なのは間違いないだろうexit

クレヨンしんちゃん」が好きなアニメっている。※同作品はスペイン大人気である

2018年10月日本GP後に明治神宮へ参拝したexit。その直後のオーストラリアGPで見事優勝した。

2018年オーストラリアGP直前に「勝ったら頭を丸める」と宣言したため、約束通り坊主になった。
画像1exit画像2exit


アレイシ・エスパルガロとはかつてスズキワークスチームメイトだったから仲が良い。
アレイシのポルマルク・マルケスが仲が悪く、またマーヴェリックマルク・マルケスも仲が悪い。
「敵の敵は味方」ということか、アレイシとマーヴェリックは一緒に映ることが多い。
また、自転車トレーニングという共通の趣味があるのも大きいだろう。
画像1exit画像2exit画像3exit画像4exit画像5exit

ジャック・ミラーとはかつてモーターホームを共有していたほどで、とても仲が良い。
2018年ラゴンGPでは、マーヴェリックマシンが故障したので、ジャックが押してあげていたexit

MotoGPライダーには「レースの前はホテルサーキット空港にしか行かない」という修行僧タイプと、
レースの前は近くのへ行って買い物や外食を楽しむ」という遊び人タイプがいる。
マーヴェリック・ヴィニャーレスは前者であり、ジャック・ミラー後者だという。

パリス・ヒルトンの胸をチラ見したのを激写されたことがあるexit

カタルーニャ州出身者なのでFCバルセロナファンかというとそうでもない。
地元のジローナFCのイベントに出席したことがあるexit

関連リンク

2018年11月以降の過去ツイートを検索する方法

until:2018-12-1 from:mvkoficial12」といった文字列で検索すればよいexit

2011年3月~2018年10月の過去ツイートを検索する方法

「until:2016-12-1 from:mvkoficial12」といった文字列で検索しても、上手くいかないexit
なぜなら、2018年11月Twitterアカウントを変えたからである


until:2016-11-1 from:maverickmack25」といった文字列で検索すればよいexit
かつてのアカウント名を入すればうまくいく

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最終更新:2019/07/24(水) 03:00

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最終更新:2019/07/24(水) 03:00

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